異世界転生したのに前の転生者にやり尽くされていた件 作:berunarudo
この世界には、魔想石と呼ばれる石が存在する。
大気や大地に漂う魔粒子を長い年月にわたって浴び続けた岩石は、少しずつその性質を変え、やがて内部に魔粒子を蓄える魔想石となる。
そうして生まれた魔想石は、今度は自らの内側から魔粒子を放出し、周囲の濃度を高めていく。
中でも、地下深くに大量の魔想石が連なり、川のように魔粒子が流れている土地を、古い魔術師やエルフたちは龍脈と呼んだ。
龍脈の上では、普段よりも少ない魔想で強力な魔術を発動できる。土地そのものが術者へ力を貸してくれるからだ。
しかし、魔粒子は生き物にとって、決して無害なものではない。
濃すぎる魔粒子は肉体を侵し、ときには生物を魔物へと変える。だからこそ、龍脈の周辺では強力な魔物が生まれやすい。
俺はそれを、本で読んだ知識としてしか知らなかった。
少なくとも、山そのものが一匹の魔物のように動き出す光景を見るまでは。
「なるほど。この山の地下には、龍脈があるのか」
俺は足元へ視線を落とした。
雪は絶え間なく降り続いている。だが、積もり方がおかしい。ただ上から降った雪が重なっているのではない。
俺が一歩踏み出すたび、靴底の前で新しい雪が膨らみ、後ろ側の雪が押し流されている。
まるで、足元に巨大な歩行器具でも置かれているようだった。
俺たちは確かに前へ歩いている。それなのに、雪で作られた地面だけが進んだ分だけ後ろへ流れ、俺たちを同じ場所に留め続けている。
そのうえ、正面に見えている山頂への道まで偽物だ。
猛烈に冷やされた地表近くの空気と、その上にある比較的温かな空気。その温度差によって光が曲がり、本来とは異なる位置に景色が映し出されている。
下にあるはずの道が上へ伸び、遠ざかっているはずの景色が目の前に浮かぶ。
山頂がいつまでたっても近づかなかったのも、そのためだ。
俺は近くに落ちていた木の枝を拾い、雪の地面へ深く突き刺した。
柔らかな雪を抜け、先端がその下にある硬い岩盤へ食い込む。
「タケル、少し歩いてみてくれ」
「分かった」
タケルが数歩、前へ進んだ。
彼の足元で雪が盛り上がり、後方へ流れていく。
先ほどまで枝の周囲にあった雪も動いた。
しかし、岩盤まで突き刺した枝そのものは、同じ場所から動いていない。
やはり、山の岩盤そのものが移動しているわけではない。
動いているのは、表面を覆う雪と氷だけだ。
「地面から感じる魔粒子は龍脈のものだと思い、気にしていなかった」
タケルは、枝の周囲で流れ続ける雪を見つめた。
「でも、それだけじゃない。レルギオンの魔術が、龍脈の魔粒子に紛れているんだ」
「区別できるのか?」
「いや。ほとんど同じにしか感じられない」
目を閉じ、センスへ意識を集中させる。
山の地下から噴き出す、膨大な魔粒子。あまりにも大きく、あまりにも広い。これまでは自然に存在する力の流れだと思っていた。
だが、注意深く探ってみれば、その流れにはわずかな揺らぎがある。
一定の間隔で強まり、弱まり、再び強くなる。
まるで、呼吸だ。
「たぶん、レルギオンは龍脈から魔粒子を吸い上げている。それを使って雪を降らせ、山を覆う雪と氷を作り替えているんだ」
「元々、周囲の空気を冷やして蜃気楼を起こす魔物なんだと思う。ただ、この山にいる個体は規模がおかしい。自分の魔想だけじゃ、山一つを覆い続けるなんてできるはずがない」
龍脈から力を奪い、その膨大な力によって山全体を自らの領域へ変えた。
そう考えれば、これまで起きた現象にも説明がつく。
「|蜃気楼とは何だ、ルークス」
「そこからか」
てっきり理解しているものだと思っていた。
「ものすごく冷たい空気と温かい空気が重なると、その境目で光が曲がるんだ。それで、遠くにある景色が本来とは違う場所に見えたり、上下が逆になって見えたりする」
「なるほど」
タケルは腕を組み、神妙な顔でうなずいた。
「分からん」
「だろうな」
俺だって、昔読んだ小説に出てきた曖昧な知識を引っ張り出しているだけだ。
詳しい原理を説明しろと言われても困る。
それでも、現象の正体が分かっただけで大きな前進だった。
問題は、正体が分かったところで、突破できるとは限らないことだ。
俺は枝を抜き、再び前へ歩いた。
靴底が雪を踏みしめる。だが、踏み固めたはずの足跡はすぐに崩れ、新しい雪に呑み込まれていく。
正面に浮かんだ偽りの道も、俺が進んだ分だけ遠ざかり、決して近づいてはこない。
「仕組みが分かっても、このままじゃ突破できない」
「なぜだ?」
「見てのとおりだよ。歩けば、その分だけ雪が後ろへ流れる。走っても跳んでも同じだ。レルギオンのいる方角へ近づこうとすると、雪の地面が俺たちを押し戻す」
俺たちを迷わせるために考えて作られた罠ではないのかもしれない。
侵入者が近づくたびに雪を生み、遠ざける。
それは罠というより、外敵を拒む生物の防衛反応に近い。傷口が塞がるように、踏み荒らされた雪が修復されていく。
「ならば、地面を歩かなければいいのだろう?」
「うん。まあ、そうだけど」
俺は空を見上げた。
飛行魔術でも使えれば簡単なのだろうが、あいにく俺には魔術回路がない。タケルも空を飛べるような器用な男ではない。跳躍したところで、着地すれば同じことだ。
「地面を歩かずに、どうやって前へ進むんだ?」
「ふふふ。ルークス」
タケルは不敵な笑みを浮かべた。
燃え盛る上半身を見せつけるように両腕を広げ、なぜか筋肉を隆起させる。
炎に照らされた肉体が、いつも以上にてかてかと輝いていた。
「常識にとらわれすぎている」
「ものすごく嫌な予感がする」
「前へ進めないのなら、下へ進めばいい」
俺の頭がその言葉の意味を理解するより早く、タケルの拳が足元へ突き刺さった。
轟音が山を揺らす。
圧縮されていた雪と氷が一瞬で吹き飛び、その下に隠れていた岩盤へ放射状の亀裂が走った。
衝撃で舞い上がった雪が俺の顔へ容赦なく叩きつけられる。
「な、何をしてるんだ、タケル!」
「見て分からないか。地面を壊している」
「それは見れば分かるよ!」
「ならば問題ない」
何一つ問題が解決していない。
だが、タケルが砕いた穴を見た瞬間、俺は言葉を失った。
周囲の雪は、今もゆっくりと穴を塞ごうとしている。
しかし、その動きは先ほどまでとは明らかに鈍い。
山頂へ向かう侵入者を押し戻すことには適応していても、真下へ穴を掘る相手までは想定していないらしい。
レルギオンの防衛反応は、山の表面を移動する生物に反応している。
地下へ向かって岩盤を破壊する行為には、うまく対処できないのだ。
「地面が戻るより先に、壊し続けるつもりか」
「そのとおりだ」
「本気か?」
「俺が冗談を言っているように見えるか?」
タケルは大真面目だった。
火龍の里の戦士は考えることが苦手だと、本人は言っていた。
俺も、タケルは疑いようのない脳筋だと思っていた。
だが、違った。
こいつは脳筋という分野において、間違いなく天才なのだ。
「分かった。俺も手伝う」
「二人で突破するぞ、ルークス」
「おお!」
タケルが拳を振り下ろし、俺は炎をまとった足で亀裂を踏み砕く。
雪が穴を埋めようと押し寄せてくるたび、二人分の炎で溶かした。
氷が再び固まるより先に拳を叩き込み、岩盤を砕き、破片を外へ放り出していく。
「うおおおおおおお!」
「もっとだ、ルークス!」
「くそおおおおおお!」
吹雪に閉ざされた雪山で、全身を燃やした男二人が雄叫びを上げながら地面へ穴を掘っている。
はたから見れば、凍竜よりも俺たちの方が討伐対象に見えるだろう。
魔想が尽きることを知らない男と、筋肉の使い方をどこかで間違えた男。
帰り道をどうするかなど、どちらも一切考えていなかった。
どれほど掘り進んだだろう。
拳が岩盤を砕く音に、わずかな反響が混じり始めた。
「タケル、待て。この下、空洞になっている」
「そうか」
「だから、少し慎重に――」
「ならば、あと一撃だな!」
「話を聞け!」
タケルの拳が振り下ろされた。
岩盤が大きく陥没し、俺たちの足元がまとめて崩れ落ちる。
「うわああああああ!」
「きれいだあああああ!」
落下しながら、タケルはなぜか感動していた。
確かに、眼下に広がる光景は美しかった。
巨大な地下空洞の壁一面を、青白い結晶が覆っている。
無数の結晶が龍脈を流れる魔粒子を受け、星空のように明滅していた。
天井から伸びる氷柱は巨大な牙にも見え、その奥には、地の底へ続く暗闇が口を開けている。
見とれている場合ではない。
俺たちは現在、かなりの高さから落下している。
「タケル!」
「任せろ」
タケルが空中で俺の身体を抱え込んだ。
直後、凄まじい衝撃とともに地面へ着地する。
結晶が砕け、細かな破片が青い光を反射しながら宙へ舞った。
タケルの足元には大きなくぼみができていたが、本人は何事もなかったように立ち上がった。
「無事か、ルークス?」
「ああ、なんとか。ありがとう」
腕から降ろしてもらい、改めて周囲を見渡す。
地上の吹雪が嘘だったかのように、空洞の中は静まり返っていた。音がない。風もない。
ただ、結晶の淡い光だけが、一定の間隔で強くなったり弱くなったりしている。
先ほど地上で感じた魔粒子の揺らぎと、まったく同じ間隔だった。
「ここは、どこだ?」
「分からない。けど、レルギオンの気配は地上より濃い」
センスを使うまでもなかった。
空気が重い。
魔粒子が濃すぎて、呼吸をするたび肺の内側に冷たいものが積もっていくような感覚がある。
空洞を覆う結晶の一本一本が、どこかへ向かって魔粒子を運んでいる。まるで、血管だ。
その先に、レルギオンがいる。
そう確信できるほどの気配が、地下のさらに奥から漂っていた。
「早く向かおう」
「ああ」
俺たちが歩き出そうとした、そのときだった。
「あらあら」
静寂しかなかった空洞に、妙に艶のある声が響いた。
「筋肉質な坊やに、かわいい顔をした坊や。天は二物も三物も与えてくれるのね。あたしのこと、そんなに好きなのかしら。照れちゃう」
反射的に振り向く。
高く突き出した結晶の上に、一人の男が立っていた。
いや、男と呼んでいいのだろうか。
身長はタケルよりも高く、全身が異常なほど発達した筋肉に覆われている。
その巨体に反して、立ち姿は奇妙なほどしなやかだった。
腰をくねらせ、片手を頬へ添えながら、細めた瞳で俺たちを見下ろしている。
こちらへ向けられているのは笑顔のはずなのに、猛獣に舌なめずりをされているような恐怖を覚えた。
「君は誰だ?」
タケルは普段と変わらない口調で尋ねた。
「あら。レディーに先に名乗らせるつもり?」
「それは失礼した」
タケルは素直に頭を下げる。
「俺はタケル・カミヤマ。火龍の里の戦士であり、現在は試練の最中だ」
「火龍の里の戦士……どうりで極上な身体をしているはずね。ますます欲しくなっちゃうわ」
男は結晶から飛び降りた。
優雅な動きとは裏腹に、着地した瞬間、岩盤が大きく沈み込む。
衝撃が空洞を走り、周囲の結晶が一斉に震えた。
それでも男は、何事もなかったかのように片足を引き、綺麗なポーズを決める。
「それで、そちらの坊やは?」
蛇のように鋭い目が、今度は俺へ向けられた。
「俺はルークス。わけあって、タケルの試練を手伝っている」
「ふうん。身なりは平民みたいだけど、とんでもない魔想を持っているのね」
男の視線が、俺の頭から足元までをゆっくりとなぞる。
「あたし、子供には興味がないの。でも、それだけ美味しそうだと、食べたくなっちゃうわ」
「ひっ」
情けない声が漏れた。
自分よりもはるかに巨大な筋肉の塊から、笑顔で食べたいと言われたのだ。恐怖を感じない方がおかしい。
男が右手を軽く振る。
何もなかった空間から黒い鎖が現れ、鞭のようにしなりながら岩盤へ叩きつけられた。
乾いた破裂音が響く。
鎖が触れた場所を中心に亀裂が広がり、地下空洞全体が低く震えた。青白い結晶の光が、一瞬だけ強くなる。
「あたしの名前は、
バーボンは両腕を広げ、舞台へ上がった役者のように名乗った。
「今は財団からの依頼で、
AZ財団。
その名前にも驚いたが、それ以上に聞き捨てならない言葉があった。
捕獲。
タケルへ課せられた試練は、レルギオンの討伐だ。同じ獲物を狙っている以上、どうやっても目的がぶつかる。
「それは困った」
タケルが一歩、前へ出た。
「俺の試練は、
「そう。なら、もっと困ってもらうことになるわね」
バーボンが生み出した鎖を、自らの右腕へ巻きつけた。
一巻きするたび、鎖が肉へ食い込む。紫色の閃光が走り、ただでさえ太かった腕がさらに膨れ上がっていく。
筋肉の隆起に耐えきれず、袖が裂けて地面へ落ちた。
自分自身を縛ることで、何かを強化している。
「あたし、依頼を失敗するのは嫌いなの。悪いけれど、少し眠っていてもらえる?」
「それはできない」
「そう言うと思ったわ」
バーボンの姿が消えた。
遅れて、岩盤を蹴り砕く音が耳へ届く。
巨大な右腕が、タケルの顔面へ迫っていた。
「タケル!」
思わず叫んだ。
しかし、タケルは避けない。
拳を受ける直前、燃え盛る肉体の表面が鈍い金属のような光沢を帯びる。
バーボンの拳が、タケルの頬へ直撃した。
衝撃が円形に広がり、周囲の結晶がまとめて砕け散る。
それでも、タケルの足は一歩も動かなかった。
「あら?」
「試練を邪魔する者は、戦士にとって敵だ」
タケルの右腕へ、膨大な魔想が集中する。
「極」
短い言葉と同時に、拳がバーボンの腹へ突き刺さった。
「がはっ!」
巨体が宙へ浮く。
バーボンは何本もの結晶を砕きながら吹き飛び、空洞の壁へ叩きつけられた。壁が大きく陥没し、天井から氷の破片が降り注ぐ。
だが、バーボンはすぐに立ち上がった。
口元から垂れた血を、舌でゆっくりと舐め取る。その顔に浮かんでいたのは、怒りではない。
歓喜だった。
「いいわ。とってもいいわ」
バーボンの両手から、さらに何本もの鎖があふれ出す。
鎖は腕だけでなく、胸、腹、脚へと巻きつき、その巨体を締め上げていく。拘束が増えるほど、全身から放たれる魔想は強くなった。
「おもしろくなってきたじゃない」
「同感だ」
タケルも腰を落とし、拳を構える。
光り輝く結晶は二人の不気味な笑みを照らしていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
謎のムキムキマッチョマン二号登場!
特に印象に残った場面や台詞がありましたら、一言だけでも感想をいただけると、とても励みになります。