異世界転生したのに前の転生者にやり尽くされていた件   作:berunarudo

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第三十七話 竜と拳

 

 拳と拳が、地下空洞の中央で激突した。

 空気が弾け、目には見えない衝撃が周囲へ広がっていく。

 足元の岩盤には放射状の亀裂が走り、壁を覆っていた青白い結晶が甲高い音を立てて震えた。

 タケルとバーボンは同時に弾かれ、靴底で岩盤を削りながら距離を取る。

 互いに何事もなかったような顔をしているが、そうでないことは俺にも分かった。

 タケルの頬には、バーボンの拳が触れた跡が赤く残っている。

 対するバーボンも、最初に腹へ受けた一撃が効いているらしく、呼吸に合わせてわずかに肩を上下させていた。

 それでも、二人の顔に苦痛はない。

 浮かんでいるのは、強敵を前にした喜びだった。

 

「やるじゃない。さすがは火龍の里の戦士ね」

「君こそ見事だ。俺の里でも、それほど鍛え上げられた筋肉を見ることは少ない」

「あたしの筋肉は世界一よ」

「そうか。それは素晴らしいな」

 

 タケルは心から感心したようにうなずいた。

 挑発でも皮肉でもない。本当にバーボンの筋肉を褒めているだけだ。

 バーボンもそれを理解したのか、上機嫌に口元を緩める。

 直前まで本気で殴り合っていたはずなのに、二人の間には奇妙な親近感が生まれつつあった。

 やはり、筋肉で通じ合う何かがあるのだろうか。

 俺には一生分からない世界である。

 しかし、二人とも構えを解いてはいない。

 口では相手を褒めながら、その視線はわずかな動きも見逃さないように向けられている。

 互いに相手の呼吸、重心、次に踏み込む方向を測っているのだ。

 先に動いたのは、バーボンだった。

 

「あたしの独想魔術は、鎖」

 

 両手を広げると、その指先から黒い鎖が滑り落ちた。

 鎖は生きた蛇のように岩盤を這い、バーボンの周囲でゆっくりと鎌首をもたげる。

 

「この鎖で縛ったものを、あたしは支配できる。物でも、魔術でも、もちろん人間でもね」

 

 バーボンが能力を口にした瞬間、鎖から放たれる魔想が一段階強くなった。

 相手に手の内を明かす。

 戦闘において、本来なら不利になる行為だ。だが、なぜかその効力を引き上げている。

 

「今のは開示よ。これでもう、あたしの鎖から簡単には逃げられないわ」

「ご丁寧な説明、感謝する」

 

 タケルは拳を構えたまま答える。

 

「だが、開示したところで意味はない。鎖が届く前に、すべて叩き落とせばいいだけだ」

「あら。強い男は好きだけど、自信過剰な男は嫌われるわよ」

「それは困るな」

「そうは見えないけれど?」

 

 バーボンが指を鳴らした。

 それを合図に、彼女自身の肉体へ巻きついていた鎖が一斉にほどける。

 数十本もの鎖が地面を削りながら走り、あらゆる方向からタケルへ襲いかかった。

 タケルは前へ踏み込む。

 右から迫った鎖を拳で弾き、背後から足首を狙った一本を跳び越える。

 そのまま空中で身体をひねり、正面から迫っていた三本をまとめて蹴り飛ばした。

 黒い鎖が青白い結晶へ叩きつけられ、甲高い金属音が地下空洞に響き渡る。

 

「ほらほら、どうしたの?」

 

 バーボンは両腕を指揮者のように動かし、鎖を自在に操っていた。

 上から、下から、左右から。

 タケルの逃げ道を潰すように、鎖が次々と襲いかかる。

 それでもタケルは止まらない。

 鎖が届く直前にその軌道を見切り、ときには拳で弾き、ときには身体を反らしてかわしながら、一直線にバーボンへ近づいていく。

 

「捕まらないと言っただろう」

「ええ。あなたは捕まらないわね」

 

 バーボンが笑った。

 

「鎖だけなら」

 

 すべての鎖が、突然光の粒子となって消えた。

 タケルの視界を埋め尽くしていた黒い線が、一瞬にして失われる。

 その直後、バーボンが両手を岩盤へ叩きつけた。

 タケルの足元に魔法陣が浮かび、地面から新たな鎖が噴き出す。

 

「極」

 

 タケルが踏み込みとともに拳を振り下ろした。

 一点へ集められた魔想が鎖へ直撃する。岩盤ごと粉砕された鎖が、無数の破片となって宙へ舞った。

 だが、タケルの拳が地面へ向いた、その一瞬。

 砕け散った鎖の陰から、巨大な人影が飛び出した。

 

「つっかまえた♡」

 

 バーボンだった。

 彼女は鎖を囮にして地面を蹴り、低い姿勢のままタケルの懐へ潜り込んでいた。

 タケルが次の行動へ移るより早く、バーボンの両腕がその身体へ回される。

 背後から抱きしめるように拘束され、タケルの両腕が胴体ごと締め上げられた。

 ただの抱擁ではない。

 あの腕力で本気で締められれば、普通の人間など数秒も持たないだろう。

 さらにバーボンの手から新たな鎖が生み出され、タケルの首、両腕、胴体、両脚へ巻きついていく。

 

「まったく、Sランク冒険者を舐めすぎよ」

 

 鎖が締まるたび、タケルの身体から自由が奪われる。

 縛ったものを支配する独想魔術。

 あれだけの鎖に触れられれば、いくらタケルでも無事では済まない。

 

「タケル!」

「さて、次はあなたかしら」

 

 バーボンが顔だけを俺へ向けた。

 細められた瞳が、次の獲物を見つけた蛇のように俺を捉える。

 怖い。

 今すぐ逃げ出したい。

 それでも、俺は逃げなかった。

 タケルとバーボンが戦っている間、右腕へ魔想を集中させ続けていた。

 まだ壁を完全に使いこなせない俺が極を放てば、拳の方が耐えきれずに裂けるかもしれない。

 だが、そんなことを気にしている場合ではない。

 俺は腰を落とし、右拳を握り締める。

 

「あらあら。いいわよ」

 

 バーボンはタケルを拘束したまま、俺へ向かって笑った。

 

「存分にぶつけなさい!」

 

 地面を蹴ろうとした、その瞬間だった。

 バーボンの鎖の奥から、低い声が響く。

 

極心三絶(きょくしんさんぜつ)――廻天(かいてん)

 

 タケルを覆っていた鎖が、大きく震えた。

 次の瞬間、鎖の内側から激しい破裂音が鳴り響く。

 バーボンの顔から笑みが消えた。

 

「なっ――」

 

 鎖を流れていた紫色の魔想が、突然その向きを変えた。

 本来はバーボンから鎖へ流れ、縛った相手を支配するはずだった力が、鎖を逆流して彼女自身の身体へ戻っていく。

 

 転。

 触れた相手へ自らの魔想を流し込み、相手の魔想と衝突させ、内側から爆発を起こす極心流の技。

 廻天は、その転を応用した返し技だった。

 相手が放った気や魔想へ自分の魔想を流し込み、その流れを術者のもとへ押し返す。

 バーボンの鎖には、彼女自身の魔想が流れている。だからこそ、タケルはその流れへ自分の魔想をねじ込み、鎖を通じてバーボンへ返したのだ。

 逆流した二つの魔想が、バーボンの体内で衝突する。

 

「ぐっ――!」

 

 バーボンの巨体が、見えない力に内側からねじ上げられた。

 タケルを拘束していた腕がほどけ、そのまま身体ごと宙へ吹き飛ばされる。

 バーボンは俺の頭上を越え、背後にあった結晶へ激突した。何本もの結晶をまとめてへし折り、岩盤の上を転がっていく。

 自由になったタケルは、首を左右へ傾けながら立ち上がった。

 

「ふう。まさか三絶を使わされるとはな。俺もまだまだ修行が足りない」

「タケル! 無事だったのか」

「当然だ」

 

 タケルは何事もなかったように答えた。

 

「でも、完全に鎖で縛られていただろ」

「だから押し返した。相手の魔想が俺へ向かって流れてくるなら、その流れを逆に利用すればいい」

「そんなこともできるんだな……」

 

 半年間、極心流を教わってきた。

 それでも、俺が知っているのは入り口にすぎないらしい。

 背後から、小さな破裂音が聞こえた。

 何かが爆発したわけではない。

 バーボンが手を叩き、拍手をしていた。

 

「まったく。Sランク冒険者を二度も吹き飛ばすなんてね」

 

 砕けた結晶の中から、バーボンがゆっくりと立ち上がる。

 口元から血が垂れている。衣服もところどころ破れていたが、その目から戦意は失われていなかった。

 

「ずいぶん軽い重りだったさ」

「へえ。そうなの」

 

 バーボンの額に、くっきりと青筋が浮かんだ。

 タケルに相手を侮る意図はない。

 本当に、思ったことをそのまま口にしただけだ。

 だからこそ、余計に腹が立つのだろう。

 

「これはレルギオンのために残しておきたかったのだけどね」

 

 バーボンが両手を頭上へ掲げた。

 その背後から、黒い鎖が際限なく湧き上がる。

 一本、十本、百本。

 無数の鎖が互いに絡み合い、地下空洞の天井へ届きそうなほど巨大な球体を作り上げていく。

 鎖同士が擦れ合う音が重なり、耳障りな金属音となって空洞を満たした。

 

 タケルも右拳を握り締める。

 周囲に漂っていた魔粒子が吸い寄せられ、その拳へ集中していく。

 炎が激しく燃え上がり、足元の岩盤が熱で赤く染まり始めた。

 二人とも、次の一撃で勝負を決めるつもりだ。

 俺は反射的に後ろへ下がった。

 そのときだった。

 

 地下空洞が大きく揺れた。

 一度目の揺れで、足元の小石が跳ねる。

 二度目の揺れで、壁を覆う結晶が一斉に青白い光を放つ。

 三度目の揺れは、地震などではなかった。

 地下深くから響く、巨大な鼓動だった。

 

「な、なんだ?」

 

 タケルが拳を構えたまま周囲を見回す。

 

「これは……」

 

 俺もセンスを広げようとした。

 しかし、感じ取った魔粒子の量があまりにも膨大で、即座に意識を引き戻した。

 龍脈を流れていたすべての魔粒子が、一つの生き物へ集まり始めている。

 空洞の奥から、氷が軋む音が聞こえた。

 壁だと思っていた巨大な氷の一部に、縦向きの亀裂が走る。

 その奥で、青白い何かがわずかに動いた。

 眼だ。

 レルギオンが、目を覚ましかけている。

 

「あら。少し、うるさくしすぎちゃったみたいね」

 

 バーボンが両手を下ろした。

 頭上を覆っていた鎖の球体が、光の粒子となって消えていく。

 

「タケル、魔想を抑えなさい。このまま続ければ、本当に起きるわよ」

「そうか」

 

 タケルも素直に拳を開いた。

 集中していた魔想が霧散し、燃え上がっていた炎が元の大きさへ戻る。

 二人が戦闘を止めると、地下の鼓動も少しずつ弱くなっていった。

 結晶の光が薄れ、氷の奥に見えていた青白い眼も再び閉じていく。

 しばらく待っても、新たな揺れは起こらなかった。

 どうやら、完全に目覚めたわけではないらしい。

 強大な魔想同士の衝突を外敵の襲来と認識し、反射的に動き出そうとしただけなのだろう。

 刺激がなくなったことで、龍脈の奥へ再び意識を沈めた。

 バーボンは小さく息を吐く。

 

「これ以上ここで暴れたら、先にレルギオンの相手をすることになるわね」

「俺としては、それでも構わない」

「こっちは構うのよ。捕獲の準備が整う前に暴れられたら、全部台なしになるでしょう」

 

 バーボンは腰へ手を当て、俺たちを交互に見た。

 先ほどまでの殺気は薄れている。

 戦う必要がなくなったと判断したようだった。

 

「あなたたち、ノアーク教団じゃないみたいね」

「最初からそう言っている」

「最初は名乗っただけでしょう。財団が塞いだ入り口を通らず、突然天井から落ちてきたのよ。疑うに決まっているじゃない」

「ノアーク教団なら、もっと静かに入ってくると思う」

 

 俺が口を挟むと、バーボンは深くうなずいた。

 

「そうなのよ。あいつらは嫌いだけど、ここまで馬鹿じゃないわ」

「つまり、俺たちが馬鹿だから信用したのか?」

「ええ」

「なるほど」

「納得するなよ、タケル」

 

 タケルは本当に気にしていないらしい。

 

 バーボンが敵でないと判断したわけでも、彼女を完全に信用したわけでもない。

 ただ、仮に罠だったとしても自分なら対処できると思っているだけだ。

 実にタケルらしい考え方だった。

 

「ひとまず休戦にしましょう。話し合いたいことがあるわ。こっちへ来なさい」

 

 バーボンが空洞の奥を指した。

 

「おい、タケル。罠だったらどうする?」

「問題ない。俺の方が強い」

「そういう問題じゃないだろ」

 

 口ではそう言いながらも、俺も二人の後を追った。

 今の俺だけでバーボンから逃げ切るのは難しい。タケルと離れる方が危険だろう。

 結晶の陰を抜けると、岩壁に人が一人通れる程度の亀裂があった。

 その中へ入ると、小さな空洞が広がっている。

 壁際には寝袋と保存食が置かれ、地面にはレルギオンの身体や龍脈の流れを記したらしい地図が広げられていた。

 岩壁へ何本もの鎖が打ち込まれており、地下で何かが動けば、振動がバーボンへ伝わる仕組みになっているらしい。

 質素だが、長期間ここで生活していることが分かる場所だった。

 

「ほら、座りなさい」

「ああ」

 

 タケルは言われる前に座り、近くにあった干し肉を手に取った。

 

「それ、あたしの食料なんだけど」

「食べてはいけなかったのか?」

「もう食べてるでしょう。いいわよ」

 

 俺も困惑しながら、タケルの隣へ腰を下ろす。

 バーボンは俺たちの向かいに座ると、地面へ広げた地図の中央を指で叩いた。

 

「レルギオンという種が本来持つ特性は、周囲の空気を急激に冷やすこと。それによって温度差を作り、蜃気楼を発生させる。偽の道や景色を見せて、敵を自分へ近づかせないのよ」

「やっぱり、あの道は蜃気楼だったのか」

「でも、この山にいる個体は普通じゃない。地下の龍脈とつながり、そこから直接力を吸い上げているわ」

 

 バーボンの指が、地図に描かれた何本もの線をなぞっていく。

 

「龍脈と接続したことで、レルギオンの魔術は山全体へ広がった。今では雪や氷だけでなく、龍脈に触れた地面まで自分の身体のように動かせるのよ。侵入者が近づけば、新しい地面を作り、進んだ分だけ押し戻すなんて、人見知りなことしてくれるわ」

「だから、いくら歩いても山頂へ近づけなかったんだな」

「ええ。ただし、あれはレルギオンが考えて行っていることではないわ」

 

 バーボンの声から、先ほどまでの軽さが消えた。

 

「龍脈とつながりすぎたせいで、あの竜にはもうまともな自我が残っていない。今のレルギオンは、山へ近づく魔想に反応して、それを排除しようとするだけ。生き物というより、山そのものの防衛反応に近いわね」

 

 だから、俺たちが戦闘を止めると再び沈静化したのか。

 レルギオンは俺たちへ怒ったのではない。

 巨大な魔想同士がぶつかる気配を感じ、反射的に目を覚ましかけただけなのだ。

 

「地面の生成は、侵入者の魔想に反応している。魔想を限界まで抑えれば、ある程度は誤魔化せるわ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、俺はタケルと顔を見合わせた。

 俺たちは山へ登る間、寒さを防ぐために全身を燃やしていた。

 つまり、レルギオンの防衛反応へ自分たちの居場所を全力で知らせながら進んでいたことになる。

 

「だから、あれだけ地面が動いたのか……」

「あなたたち、まさか魔想を出しっぱなしにして登ったの?」

「ああ。全身を燃やしていた」

「馬鹿なの?」

 

 バーボンが真顔で尋ねた。

 否定したいが、何も言い返せない。

 

「でも、俺たちは突破したぞ」

「どうやって?」

「地面を掘った」

「地面を……掘った?」

 

 バーボンは意味が分からないという顔で、タケルを見つめる。

 

「ああ。前へ進めないから、下へ進んだ」

 

 その瞬間、バーボンは天井を見上げた。

 

 俺たちが落ちてきた穴の位置を思い出したのだろう。表情がゆっくりと引きつっていく。

 

「う、嘘でしょう。あなたたち、山の上からここまで自力で掘ってきたの?」

「あれが俺たちの見つけた攻略法だったからな」

「財団も地下を掘り進めて強引に突破したけれど、大型の掘削機を何台も使ったのよ。まさか、それを拳だけでやる馬鹿がいるなんて……」

「あはは……」

 

 やはり、地面を殴って地下へ進むのは正攻法ではなかったらしい。

 結果的にたどり着けたとはいえ、強引すぎたのは間違いない。

 

「それで、財団が塞いだ入り口ではなく天井から現れたのね。完全にノアーク教団が計画を邪魔しに来たと思ったわ」

「どうしてノアーク教団が?」

「あいつら、財団を嫌っているのよ。何をしてくるか分からない連中だから、警戒して当然でしょう」

「計画って、何をするつもりなんだ?」

 

 バーボンは少し黙り、タケルへ目を向けた。

 

「最初に言ったでしょう。あたしの目的は、レルギオンの捕獲よ」

「ああ。聞いた」

「財団は現在、魔物の研究を進めている。特に龍脈と接続した魔物なんて、世界中を探しても簡単には見つからない。殺すより、生きたまま確保した方がはるかに価値があるのよ」

「そんなことを俺たちへ話してもいいのか?」

「駄目に決まっているでしょう」

 

 バーボンは当然のように答えた。

 

「話したのは、あなたたちと取引したいからよ」

「取引?」

 

 バーボンはタケルを真っすぐに見つめる。

 

「あなたはレルギオンを討伐し、試練を達成する。財団は討伐後の死体を回収する。それなら、互いの目的はぶつからないでしょう?」

「いいぞ」

 

 タケルは即答した。

 迷う様子も、何か裏がないか疑う様子もない。バーボンの干し肉を食べながら、あっさりとうなずいた。

 

「何よ。条件を言いなさいよ」

「条件?」

「お金でしょう? 龍脈とつながった特殊個体の死体よ。一生遊んで暮らせるほどの値段になるわ」

「俺は金に興味がない。試練を達成できれば、それでいい」

「本当に、それだけ?」

「ああ」

 

 バーボンは信じられないものを見るような目で、タケルを見つめた。

 

 タケルが嘘をついていないと理解すると、諦めたように大きなため息をつく。

 

「こんな男ばかりなら、あたしの仕事も楽なのだけれどね」

「ただし、レルギオンとは俺一人で戦う」

「それは駄目よ」

 

 バーボンの声が鋭くなる。

 

「いくらあなたが強くても、龍脈と接続したレルギオンを一人で倒すなんて無謀よ。あれは四天級に近い力を持っている」

 

 聞き慣れない言葉に、俺は首を傾げた。

 

四天(してん)って何だ?」

「あなた、本当に何も知らないのね」

「悪かったな」

「四つ以上の国から、その強さを正式に認められた者たちよ。一人で大陸を相手取れるとまでいわれる、四人の怪物。簡単に言えば、世界最強の証ね」

 

 バーボンは指を一本ずつ立てていく。

 

「ゴルゴン王国の勇者ベルナード。魔導帝国の|大賢者グレイ・ラーニアス。聖公国の教皇セルバード。そして、海上国シーランの海神ネルフェテル」

「ベルナードなら聞いたことがある」

「あら。あなた、ゴルゴン王国から来たの?」

「ああ」

「ルークスは滝から落ちてきたんだ」

 

 タケルが余計な説明を加えた。

 バーボンの目が大きく見開かれる。

 

「まあ!」

 

 次の瞬間、巨大な腕が俺の身体を抱き締めた。

 

「かわいそうに! あたしが保護してあげましょうか?」

「い、いや、大丈夫だ。それより、痛い……!」

 

 全身が筋肉に押し潰されそうになる。

 タケルは助けるどころか、干し肉を食べながら楽しそうに眺めていた。

 

 結局、その日はバーボンの拠点で休むことになった。

 レルギオンの支配下にあるためか、この地下には他の魔物が一匹も近づかない。

 先ほどの戦闘を止めてから、龍脈の流れも落ち着きを取り戻している。

 さらに、岩壁へ打ち込まれたバーボンの鎖は、わずかな振動さえ彼女へ伝える。

 何かが起きても、眠ったまま即座に反応できるバーボンとタケルがいる。

 その二人に挟まれている以上、ここで最も無防備なのは間違いなく俺だった。

 山を登り始めてから、まともに身体を休めていない。横になると同時に、意識が急速に遠のいていった。

 次に目を覚ましたとき、タケルはすでに片手の指先だけで逆立ちし、いつものように身体を鍛えていた。

 その隣では、目を閉じたまま横になっていたバーボンの鎖が、地下を流れる魔粒子の動きに合わせて小さく揺れている。

 眠っていても、周囲の警戒を続けているらしい。

 

「いよいよだ、ルークス」

 

 タケルは逆立ちしたまま、俺へ笑いかけた。

 

「俺は必ず試練を乗り越える」

「応援してるぞ、タケル」

「任せろ!」

「朝から元気ねえ」

 

 バーボンが目を開き、ゆっくりと身体を起こした。

 そのまま壁へ打ち込んでいた鎖を引き抜き、地下へ続く細い道へ目を向ける。

 

「今なら、レルギオンは完全に沈静化している。中心部へ近づくなら、この瞬間しかないわ」

 

 タケルが立ち上がり、拳を打ち鳴らした。

 俺も気持ちを切り替え、その隣へ並ぶ。

 バーボンを先頭にして、俺たちは拠点を出た。

 

 結晶の光さえ届かない、龍脈のさらに深い場所。

 目覚めかけた竜が眠る、山の中心部へ向かって。

 




ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
極心三絶は戦士たちの奥義です!
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