異世界転生したのに前の転生者にやり尽くされていた件 作:berunarudo
凍竜レルギオンは、Sランクに指定される魔物である。
人の住む町へ現れれば、討伐ではなく住民の避難が優先される。
Aランク冒険者を何十人集めたところで、それだけで勝利を望める相手ではない。
ましてや、目の前にいる個体は普通のレルギオンではなかった。
山の地下を流れる龍脈と融合し、そこから絶えず魔粒子を吸い上げている。
山を覆っていた吹雪も、俺たちを同じ場所へ押し戻していた雪の地面も、その力によって生み出されたものだ。
言ってしまえば、この山すべてがレルギオンの領域だった。
そんな怪物と、タケルは一対一で向かい合っていた。
「ルークスちゃん、下がっていなさい」
バーボンの鎖が俺の腰へ巻きつき、身体を後方へ引き寄せた。
直後、さっきまで俺が立っていた場所を巨大な尾が薙ぎ払った。
空気が破裂する。
人体を優に超える太さの尾には、無数の氷の茨が生えていた。
その一本一本が剣よりも長く、鋭い。
まともに食らえば、身体を潰されるより先に串刺しにされていただろう。
尾は勢いを失わないまま岩壁へ激突した。
地下空洞全体が揺れ、壁を覆っていた結晶がまとめて砕け散る。
頭上から降り注いだ破片が地面へ突き刺さり、俺は思わず両腕で頭を守った。
「なんて威力だよ……」
「竜種は有象無象の魔物とはわけが違うのよ。今のあなたでは、あの子の助けにはならないわ」
バーボンの声から、いつものふざけた調子が消えていた。
視線はタケルではなく、その奥にいるレルギオンへ向けられている。
タケルの力を認めていないわけではない。
むしろ、実際に拳を交えたからこそ、その強さを誰よりも理解しているはずだ。
それでも油断できないほど、今のレルギオンは異常なのだ。
「本当に一人でやらせるのか?」
「本人が望んだのよ。それに――」
バーボンは目を細めた。
「今のあの坊や、あたしと戦ったときより楽しそうよ。妬けちゃうわ」
レルギオンが咆哮を上げた。
冷気を含んだ衝撃が地下空洞を駆け抜ける。
燃え盛っていた俺の身体から一瞬で炎が消え、皮膚の上へ白い霜が広がった。
吸い込んだ冷気が喉から肺へ入り込み、呼吸の仕方すら分からなくなる。
「息を止めなさい!」
バーボンが鎖を振るい、俺たちの前へ何重もの壁を作った。
鎖同士が重なり合い、冷気の大部分を受け止める。
それでも完全には防ぎきれず、黒かった鎖が外側からみるみる白く凍っていった。
これが、Sランクの魔物。
ミシェルと対峙したときに感じた恐怖とは違う。
ミシェルの恐ろしさには、人間の悪意があった。
何を考えているのか分からず、気づかないうちに身体も心も侵されていく、邪悪で気味の悪い恐怖だった。
だが、レルギオンはもっと純粋だ。巨大で、速く、強い。
そこに人間のような悪意はない。ただ存在しているだけで、周囲のすべてを凍らせ、押し潰す。
自然災害そのものだった。
レルギオンがタケルへ向き直る。
巨体を支える後ろ脚が地面を踏み砕き、長大な尾が再び持ち上がった。
先ほど岩壁を粉砕した一撃が、今度は真正面からタケルへ迫る。
「どうした、レルギオン」
タケルは避けなかった。
「その程度では、火龍様の足元にも及ばないぞ」
腰を落とし、右腕を引く。
全身を巡っていた魔想が肉体へ溶け込み、肌が赤黒い鋼のような光沢を帯びた。同時に両足へ魔想が集中し、砕けかけていた岩盤へ深く沈み込む。
「極心三絶――
タケルの拳と、レルギオンの尾が正面から激突した。
一瞬、世界から音が消えた。
直後、地下空洞を引き裂くような轟音が響いた。
拳と尾の間で生まれた衝撃が周囲へ広がり、地面を覆っていた氷が円形に吹き飛ぶ。俺の身体まで後方へ押され、腰に巻かれたバーボンの鎖が激しく軋んだ。
体格も重量も、レルギオンの方が圧倒的に上だ。
タケルなど、あの尾と比べれば小石に等しい。
それにもかかわらず、後方へ弾き飛ばされたのはレルギオンだった。
巨大な尾が跳ね上がり、その勢いに引かれて巨体が横へ傾く。片翼が岩壁へ激突し、壁を覆っていた結晶がまとめて崩れ落ちた。
対するタケルは、最初に構えた場所から一歩も動いていない。
足元の岩盤だけが、受け止めた衝撃に耐えきれず大きく陥没していた。
「どうなっているんだ……」
半年間、極心流を教わってきたからこそ、今の技が単なる力比べではないことは分かった。
一度目の壁によって肉体そのものを鋼へ変え、二度目の壁でさらに強度を上げ、殴った。三度目は受けた衝撃を転で逆に流し込んだ。
三つの技術を組み合わせることで、自分より何倍も巨大な相手を正面から弾き返したのだ。
レルギオンが怒りを示すように翼を大きく広げた。
空洞内の魔粒子が激しく揺れ、その巨大な口元へ集まっていく。
青白い光が牙の隙間から漏れ出し、周囲の空気が音を立てて凍りついていく。
「なんて魔力だよ……!」
「まずいわね。ブレス攻撃は竜種の十八番、痛いのが来るわよ」
バーボンが俺の前へ出る。
「ここから動かないで。あたしの後ろにいなさい、ルークスちゃん」
俺は逆らわず、その広い背中へ隠れた。
バーボンの両腕から無数の鎖があふれ出し、俺たちの前で幾重にも絡み合っていく。
「さあ、やろうか。レルギオン!」
タケルは逃げるどころか、真正面からレルギオンを見上げて笑っていた。
レルギオンの口元で、青白い光が一際強く輝く。
次の瞬間、極限まで圧縮された魔粒子が解き放たれた。
それは冷気の息という規模ではなかった。
青白い奔流が稲妻のような火花を散らしながら地下空洞を突き進み、触れた地面も結晶も一瞬で凍結させる。
タケルの姿が光に呑み込まれる寸前、その両脚へ魔想が集中した。
「極心三絶――」
タケルが地面を蹴った。
足元の岩盤が爆発したように砕け、その身体が真上へ跳び上がる。
レルギオンの放った奔流が、直前までタケルの立っていた場所を消し飛ばした。外れた攻撃はそのまま岩壁を削りながら上昇し、逃れたタケルを追いかける。
だが、わずかに遅い。
タケルは地下空洞の天井近くまで跳び上がると、空中で身体を反転させた。
右脚へ魔想が集まっていく。
足先から太腿までが赤黒い鋼へ変化し、周囲の空気が振動する。
「――
タケルが急降下した。
ただ重力に従って落ちたのではない。
跳躍によって得た勢いへ、極によって集中させた魔想を加え、自らの身体を一つの巨大な弾丸へ変えている。
レルギオンが迎え撃つように首を持ち上げた。
青白い奔流の方向を変え、上空から迫るタケルへ向けようとする。
しかし、その動きよりもタケルの方が速かった。
タケルの踵が、レルギオンの頭部へ直撃した。
轟音とともに、レルギオンの頭が地面へ叩きつけられる。
巨大な身体が衝撃によって跳ね上がり、そのまま地面へ沈み込む。龍脈の流れに沿って伸びていた結晶が次々と砕け、地下空洞全体が大きく揺れた。
ブレスを放とうとしていた口は、タケルの一撃によって無理やり閉じさせられた。
行き場を失った冷気が口内で暴発する。
牙の隙間から青白い光が漏れ、レルギオンの頭部が爆発に包まれた。
冷気と煙が混ざり合い、白い霧となって周囲へ広がっていく。
やがて煙が晴れる。
地面には巨大なクレーターが生まれていた。
その中心で、レルギオンは瞼を閉じたまま動かなくなっている。
巨体を包んでいた魔粒子の光も消えていた。
「ふう。やはり、竜種はほかの魔物より強いな」
タケルはレルギオンの頭部から飛び降り、肩を軽く回した。
「
そう言いながらも、タケルに大きな傷はなかった。
戦いが始まってから、ほとんど一方的だった。
龍脈と融合し、山全体を自分の領域へ変えたレルギオンを、タケルは力だけで正面からねじ伏せたのだ。
俺は目の前で起きたことを、うまく理解できなかった。
半年間、毎日のように一緒に鍛えてきた。タケルが人間離れした強さを持っていることは知っていた。
それでも、今見せた力は、俺が知っているタケルとはあまりにも違う。
バーボンと互角に殴り合っていたときでさえ、ここまで圧倒的ではなかった。
まるで、別人だった。
「なるほどね。さすがは火龍の里の戦士」
バーボンが俺の腰へ巻いていた鎖を解いた。
「
「誓枷と恩寵?」
聞き覚えのない言葉だった。
師匠から教わったこともなければ、村長の家で読んだ本にも載っていなかったはずだ。
「それが、さっきのタケルの強さに関係しているのか?」
「ええ。簡単に言えば、自分で自分へ枷を課して、その代償として世界から恩寵を受け取る法則よ」
バーボンは俺の頭へ手を置き、子供へ教えるように髪を撫でた。
「例えば、特定の相手には右腕を使わない。一日に一度しか技を使わない。決められた条件を達成するまで、本来の力を封じる。そうやって自分だけの規則を作り、それを世界へ誓うの」
「自分でギルドのクエストを作るようなものか?」
「そういう認識ね。ただし、簡単な枷では大した恩寵は得られない。本人にとって苦しく、長く、破ることのできない誓いであるほど、世界から返される力も大きくなるのよ」
バーボンの手を払いながら、俺はタケルを見た。
「じゃあ、タケルは普段から自分の力を封じていたのか?」
「そういうことだ」
タケルが悪びれる様子もなく笑った。
「俺が恩寵を解放できるのは、火龍様との戦い、あるいは火龍様から与えられた試練に挑むときだけだ。それ以外の戦いでは、自分の出力を制限している」
これまでの半年間が、頭の中でつながっていく。
毎朝、常識外れの鍛錬を繰り返していたこと。
魔物を相手にしても、必要以上の力を使わなかったこと。
バーボンと互角に殴り合いながら、どこか余裕を残していたこと。
すべては、いつか火龍へ挑むためだったのだ。
「制限した状態で積み上げた鍛錬や戦闘の経験は、恩寵として蓄積される。それを条件を満たした戦いで消費することで、俺は本来の限界を超えられる」
「どれくらいだ?」
「今ので、二〇〇%ほどだな」
「二〇〇%……」
「私を相手に力を隠していたなんて、ずいぶんとレディな扱いをしてくれるじゃない」
「隠したわけではない。火龍様に勝つためには必要なことなのだ」
バーボンのこめかみに、くっきりと青筋が浮かんだ。
タケルに相手を侮る意図はない。本当に思ったことを、そのまま口にしているだけだ。
だからこそ、余計に腹が立つのだろう。
普段のタケルでさえ、里の外では化け物と呼ばれるほどの強さだ。
その倍。
レルギオンを圧倒した光景にも納得できる。
「ずいぶんと自分を縛っているのね。あたしは縛られるより、縛る方が好きだけど」
バーボンが自分の鎖を撫でながら笑った。
「君らしいな」
「でも、そんな仕組みを誰が作ったんだ?」
「いいこと、ルークスちゃん。この世界には、神が存在するの」
「神? それは人間が作ったものじゃないのか?」
バーボンが俺の頭を軽く小突いた。
「あのね。聖公国でそんな発言をしたら、殺されるだけでは済まないわよ」
「誓枷と恩寵は、神が世界へ組み込んだ法則の一つといわれているわ。人間が自らに不利な条件を課し、それを守り続ける。世界がその覚悟を誓いとして認めたとき、相応の力が恩寵として返されるの」
俺をこの世界へ転生させた存在。
勇者の痣や、聖女の力。
確かに、自然の法則だけでは説明できないものは、これまでも存在していた。
ただ、魔導列車や電球、学校や企業など、思っていた以上に現代的なものばかり目にしてきた。
そのせいで、この世界も地球とそれほど変わらないと、どこかで思い始めていたのかもしれない。
ここは、魔術も、竜も、神も存在するファンタジーな世界なのだ。
「俺も使えるのか?」
「知識として知ったからといって、すぐに使えるものではないぞ」
タケルが首を横へ振った。
「枷は、ただ不便ならいいわけではない。破れば自分が少し困る程度の約束では、世界は応えない。その者の生き方を縛るほどの誓いでなければ、大きな恩寵は得られない」
「下手に大きな力だけを求めれば、誓いを破ったときに相応の天罰を受けるわ」
バーボンの言葉に、俺は口を閉ざした。
強くなれるなら使ってみたい。
そんな軽い気持ちで手を出していいものではないらしい。
そのときだった。
足元から、かすかな振動が伝わってきた。
「うん?」
地震とは違う。
一度だけ大きく揺れるのではない。
一定の間隔で、地面の奥から小さな振動が繰り返されている。
どくん。
どくん。
まるで、巨大な心臓の鼓動だった。
「タケル」
「ああ。何か来る」
倒れていたレルギオンの周囲で、砕けた結晶が紫色の光を放ち始めた。
一本、また一本と、地面から新たな結晶が伸びていく。
それらが向かっている先は、俺たちではない。
動かなくなったレルギオンだった。
「待て……」
鋭い結晶が、レルギオンの腹を貫いた。
続いて脚を、翼を、尾を貫く。
青白い鱗の隙間から何本もの結晶が突き出し、巨体を地面へ縫いつけていく。
攻撃しているようにしか見えない。
だが、貫かれるたび、レルギオンの身体から放たれる魔粒子は強くなっていった。
「何だよ、これ……」
レルギオンは目を覚ましていない。
翼を動かそうとも、結晶から逃れようともしていない。
それなのに、折れていた首が音を立てて持ち上がった。
四肢が不自然な方向へ引かれ、無理やり地面を踏みしめる。身体を貫いた結晶が骨の代わりとなり、動かなくなった肉体を強制的に立ち上がらせている。
「復活したんじゃない」
背筋を冷たいものが走った。
あれは、レルギオンの意思ではない。
「龍脈が、レルギオンの身体を動かしているんだ」
閉じていた瞼が開く。
先ほどまで青かった眼球は、結晶と同じ紫色へ染まっていた。
そこには怒りも、痛みも、意思もない。
ただ侵入者を排除するためだけに、山から流れ込む力が竜の死にかけた身体を突き動かしている。
「なるほど。だから火龍様は、これを試練に選んだのか」
タケルが再び腰を落とした。
二〇〇%の力で倒しても、龍脈が立ち上がらせる。
レルギオンを殴り倒すだけでは、この戦いは終わらない。
「ずいぶんと面白くなってきたじゃない」
バーボンの両腕から、黒い鎖があふれ出す。
俺も震える脚へ力を入れ、二人の後ろで構えた。
レルギオンが口を開く。
その喉の奥へ、山全体を流れる魔粒子が集まっていく。
「なんだよ、この魔力……。まるで、龍脈そのものじゃないか」
「GAAAAAAAAAAAAA!」
凍てつく咆哮が地下空洞を揺らした。
それは、竜の叫びではなかった。
レルギオンという肉体を得た山そのものが、俺たちを拒絶する声だった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
レルギオンは二度咲く。
特に印象に残った場面や台詞がありましたら、一言だけでも感想をいただけると、とても励みになります。