異世界転生したのに前の転生者にやり尽くされていた件 作:berunarudo
タケルの家は、里の奥に立つ巨大な朱色の鳥居を越えた先にあった。
黒い石造りの家々が並ぶ火龍の里にありながら、その一帯だけは白い壁と木材で作られた建物が並び、神社の境内へ迷い込んだような静けさに包まれている。
タケルの家へ入ると、床には畳が敷かれ、壁は障子で仕切られ、部屋の中央には低いちゃぶ台が置かれていた。
この世界へ来てから初めて見るはずの景色なのに、懐かしい。
畳と木の香りを吸い込んだ瞬間、前世で暮らしていた日本へ帰ってきたような錯覚に襲われた。
「ここでいいか?」
「ああ。その布団へ寝かせてくれ」
俺はヒミコの身体を布団へ横たえた。
タケルは枕の位置を整え、妹の顔へかかった髪を大きな指で慎重に払うと、しばらく呼吸を確認するように見つめていた。
「どうした、ルークス?」
「いや、この部屋が少し懐かしく見えて」
「ルークスの家も、このような造りだったのか?」
「あ、いや。似た建物を見たことがあるだけだよ」
危ない。
油断すると、前世の記憶を今の自分の経験として話してしまう。
タケルは深く疑うことなく頷いたが、ヒミコの言葉が頭から離れなかった。
あなたは一体、何なのか。
俺自身にも、はっきりと答えることはできない。
前世で死んで記憶を持ったまま、この世界でルークスとして生まれた。
ただの転生者だと思っていた。
だが、俺の存在によって未来そのものが分岐し、世界が滅びる可能性まで増えているとしたら、俺はこの世界にとって何なのだろう。
「困ったことになった」
タケルはヒミコの布団の横へ座り、重い息を吐いた。
「ヒミコは未来を正しく見られず、登龍山は噴火している。火龍様に会うために必要な宝具まで失われた。この状況で、手がかりもなく宝具を探さなければならん」
「商人について、何か心当たりはないのか?」
「里を狙う国家などないはずだ。ここを正面から襲うのは、どの国にとっても損が大きすぎる。商人も見慣れない男だったらしく、誰も名前を聞いていない」
「正面から襲わず、里人の性格を利用して眠らせたんだ。火龍の里について、かなり詳しく調べていた相手だと思う」
「それができる集団に、心当たりがあるのか?」
タケルが身を乗り出した。
俺はミシェルとの戦いを思い出す。
ノアーク教団はキャンウィング領へ入り込み、住民へ気づかれないまま計画を進めていた。ミシェル自身も、距離を無視するような方法で移動し、逃げ道すら与えず俺たちを追い詰めた。
「あくまで可能性だけど、ノアーク教団かもしれない」
「ノアーク教団?」
「キャンウィング領を襲い、俺や師匠を追い詰めた集団だ。やつらなら、普通では入れない場所へ忍び込む方法を持っている」
「ルークスを襲ったのなら、悪い連中であることに違いはないな」
「判断が早すぎる」
「違うのか?」
「悪い連中なのは合っている。ただ、今回の犯人だと決まったわけじゃない」
ノアーク教団なら、火龍の里へ侵入する手段を持っているかもしれない。
だが、筋力鍛錬用の魔導具を用意し、商人に化けて持ち込んだ人物が教団員だったという証拠はない。
それでも、火龍の宝具という言葉には、引っかかるものがあった。
ミシェルは、自分が使っていた天使の力について、勇者の遺物を利用したものだと話していた。
「なあ、タケル。火龍の宝具は、どんな物なんだ?」
「勇者の籠手だ。かつて勇者ゼインが使い、火龍様へ預けた遺物だと伝えられている」
「勇者の遺物なのか?」
「そうだが、それがどうした?」
タケルにとっては常識なのだろうが、俺にとっては話が変わる情報だった。
ノアーク教団は勇者の遺物を集めている可能性がある。
火龍の宝具もその一つなら、彼らが狙う理由は十分にある。
「ノアーク教団は、勇者の遺物と関係する力を使っていた。だから、今回の盗難にも関わっている可能性がある」
「ならば、やつらを探せば宝具も見つかるのか?」
「そう簡単にはいかない。商人が教団員だった証拠もないし、盗んだ後に別の誰かへ渡した可能性もある」
「うむ。考えることが増えたな」
タケルは腕を組み、難しい顔で天井を見上げた。
考えることが苦手なタケルへ一度に複数の可能性を提示したせいか、眉間へ深いしわが寄っている。
結局、犯人の候補は増えたが、宝具の行方を探す方法は見つからなかった。
◇
その日の夜、俺はタケルの家の縁側へ座り、湯気の立つ湯呑みを両手で包みながら夜空を見上げていた。
火龍の里の食事は、焼いた魔物肉と大量の米が中心だった。
味つけは塩を振っただけの大雑把なものだったが、山を越え、戦いと修行を続けてきた身体には、それが妙に美味しく感じられた。
里人たちは昼間の鍛錬で疲れているはずなのに、夕食の後も腕立て伏せを始めていた。だが、例の魔導具はすべて回収され、今では誰も装着していない。
あの道具が意図的に魔力を奪うために作られたものなら、使い続けるのは危険だ。
筋肉を鍛える道具を使って、戦士しかいない里を一晩で無力化した。
犯人は力では火龍の里に勝てないと理解していた。
だから、里人たちが自分から力を使い果たすように仕向けた。
敵が強いだけなら、タケルたちは喜んで正面から戦うだろう。
だが、今回の相手は戦わない。
タケルや里人たちにとって、最も相性の悪い敵なのかもしれない。
夜空に浮かぶ星は、前世で見ていたものとは数も位置も違っていた。月に似た天体もあるが、地球から見ていた月より少し大きく、夜の里を青白く照らしている。
家族は、今頃どうしているのだろう。
父さんや母さん、ルーシーは、俺が死んだと思っているかもしれない。
レンとサラも、すでに王都へ向かったのだろうか。
師匠が生きているのかさえ分からない。本当なら、今すぐ帰りたい。
生きていると伝え、何が起きたのか確かめたい。
けれど、俺が生きているとノアーク教団に知られれば、ミシェルは再び俺を消しに来る可能性がある。
その時、家族の近くにいれば、今度こそ全員を巻き込む。
今の俺では、ミシェルに勝てない。
レルギオンを倒したといっても、タケルとバーボンの助けがあり、龍脈という特殊な環境があったからこそ成立した勝利だ。
次に大切な人たちと会うなら、守られる側ではなく、守れるだけの力を身につけてからにしたい。
そう考えている。
だが、それが本当に正しいのかは分からない。
家族は、強くなった俺より、生きていると知らせてくれる俺を望んでいるかもしれない。
守るために離れるという判断が、ただ帰るのを怖がっている自分への言い訳ではないと言い切れるのだろうか。
「ルークス。隣に座ってもよいか?」
振り返ると、二つの湯呑みを持ったタケルが立っていた。
「ああ、もちろん」
「失礼するぞ」
タケルは俺の隣へ腰を下ろし、片方の湯呑みを差し出した。
昼間のタケルは、帰還を喜ぶ里人たちに囲まれ、何度も笑っていた。
しかし今は、いつもの豪快さが少し薄れている。
しばらく二人で黙って夜空を眺めた後、タケルが口を開いた。
「俺の試練は終わった」
「ああ」
「ここから南へ進めば、迷宮都市パラドがある。そこからなら、ゴルゴン王国へ向かう馬車や商隊も見つかるだろう」
「急にどうしたんだ?」
「火龍の宝具は、俺たちの里の問題だ。君を探す旅へ巻き込む義理はない。帰る場所があるのなら、君は帰るべきだと思った」
俺はタケルの横顔を見た。
タケルが俺へ帰れと言うとは思っていなかった。
これまでのタケルなら、「一緒に宝具を探すぞ」と、俺の返事を聞く前に決めていたはずだ。
だが今は、俺に家族がいることを考え、自分の問題へ巻き込むべきではないと判断している。
タケルなりに、俺の意思を尊重しようとしていた。
「タケルは、俺が帰りたがっていると思っていたのか?」
「嫌だったのではないか?」
「何が?」
「滝へ落ちた後、半年も俺の試練へ付き合わせ、ようやく里へ着いたと思えば、今度は宝具が盗まれている。俺が君を連れ回しているだけではないかと、少し考えた」
タケルが、自分の行動について悩んでいたことに驚いた。
いつも自信に満ち、勢いのまま進んでいるように見えていたが、何も考えていなかったわけではないらしい。
「勘違いしているぞ、タケル。俺はタケルとの日々を嫌だと思ったことはない」
「本当か?」
「滝に落ちた俺を助けてくれた。極心流を教えてくれた。それに、火龍の里まで連れてきてくれた。感謝することはあっても、迷惑だと思ったことはないよ」
タケルは大きな手で頬をかいた。
月明かりのせいかもしれないが、その頬はわずかに赤くなっているように見えた。
「母上から、いつも人の話を聞けと怒られていた」
「急にどうした?」
「俺は、気分が高まると先走ってしまう。自分では相手のためにしているつもりでも、話を聞かずに決めてしまい、ヒミコや里の皆へ迷惑をかけてきた」
タケルは湯呑みの中を見つめた。
「レルギオンの試練も、ヒミコの忠告を聞いていれば、三年間も同じ山をさまようことはなかっただろう。俺は戦うことは得意だが、考えることが苦手だ。今回の宝具についても、どう探せばよいのか何も思いつかない」
「別に、それでいいじゃないか」
「よいのか?」
「タケルが戦って、俺が考える。どちらか一人で全部できなくても、二人で足りない部分を補えばいい。俺たちは、そういうチームだろ」
タケルが顔を上げ、俺をじっと見つめた。
「ど、どうしたんだ?」
「チームか」
タケルは、その言葉を確かめるようにゆっくり繰り返した。
「よい言葉だな」
「ああ。俺たちはチームだ。一緒に宝具を取り戻して、その相手がノアーク教団なら、今度こそぶっ飛ばそう」
「もちろんだ!」
タケルの顔へ、いつもの明るい笑みが戻った。
「だが、チームなら名前が必要だな!」
「名前?」
急に面倒な方向へ話が進み始めた。
俺は自分にネーミングセンスがあるとは思っていない。
前世でも、ゲームのキャラクターに名前をつけるたび、友達から笑われた記憶がある。
こういう時はレンの方が格好のよい名前を考えそうだが、あいつなら「聖剣の導き」や「勇者の旅団」といった、勇者らしい名前にするだろう。
だが、俺もタケルも勇者ではない。
俺たちの旅は、魔王を倒すために決められたものでも、誰かから使命を与えられたものでもない。
未来を見るヒミコでさえ、どの道が正しいのか分からなくなっている。
決められた未来が見えないなら、自分たちで進む方向を選ぶしかない。
俺は夜空を見上げた。
知らない星ばかりだった。
それでも昔の人々は、星の位置を頼りに道を探したという。
「なら、この夜空にちなんで、『星読みの旅路』はどうだ?」
「星読みの旅路……」
「未来が見えなくても、星を見ながら自分たちで道を選ぶ。俺たちには合っていると思う」
「素晴らしい名前だ!」
タケルが勢いよく立ち上がった。
「俺の好きな星が入っている!」
「気に入った理由はそこかよ」
静かだった夜へ、俺たちの笑い声が広がった。
宝具の行方も分からず、ヒミコが見た世界滅亡の未来も理解できていない。
問題は何一つ解決していなかった。
それでも、一人で悩んでいた時より、少しだけ前へ進める気がした。
◇
「タケルーーーーー!」
翌朝、里中へ響き渡った叫び声によって、俺は目を覚ました。
誰かの声が目覚まし時計のように繰り返され、眠り続けることを諦めた俺は、重い瞼をこすりながら身体を起こす。
廊下の向こうから慌ただしい足音が聞こえた。
「どうした、ユウマ!」
「大変だ! 今朝、行商人が持ってきた新聞を見ろ!」
「新聞だと?」
火龍の里には街が近くにないため、数週間に一度訪れる行商人が食料や日用品とともに、外の国で発行された新聞を運んでくるらしい。
俺も部屋を出ると、タケルたちが集まっている広間へ向かった。
「どうしたんだ?」
「ルークス、これを見ろ」
タケルから新聞を受け取る。
紙面の中央には、大きな文字とともに、巨大な地下迷宮を模した絵が描かれていた。
そこには、こう記されている。
迷宮都市パラドにて、史上初となる大迷宮大会を開催する。
大迷宮パラドクスの最奥へ到達し、その謎を解き明かした者へ、大秘宝――火龍の宝具を授与する。
「な……」
何度読み返しても、書かれている内容は変わらない。
「これ、火龍の里から盗まれた宝具だよな?」
「ああ。勇者の籠手に間違いない」
「どうして迷宮都市にあるんだ。それに、誰がこんな大会を開くんだ?」
紙面の下部へ視線を移す。
主催者として記されていたのは、ノアーク教団の名ではなかった。
そこには、まったく別の人物の名がある。
――ゴルド・ジェスター。
「ゴルド・ジェスター?」
「ジェスター家は、ラーニアス魔導帝国の皇族だ」
タケルの声から笑みが消えた。
ノアーク教団が盗んだ可能性を考えていた。
だが、現在宝具を所有していると公言したのは、帝国の皇族だった。
ノアーク教団が盗み、ゴルドへ渡したのか。
ゴルドが魔導具商人を送り込み、自ら奪わせたのか。
それとも、盗んだ者から偶然手に入れただけなのか。
何一つ分からない。
ただ一つ確かなのは、火龍の里から盗まれた宝具が、迷宮都市パラドで大迷宮の攻略報酬として利用されようとしていることだった。
「どうする、タケル?」
「皇族であろうと関係ない」
タケルは新聞を握りしめた。
「里の宝を持っているのなら、取り返しに行く」
火龍の宝具を巡る問題は、もはや小さな里の中だけでは収まらない。
魔導帝国の皇族。
大迷宮パラドクス。
そして、勇者の遺物を求めている可能性のあるノアーク教団。
それぞれ別に見えていたものが、一つの場所へ集まり始めている。
迷宮都市パラド。
どうやら、次に進むべき道は決まったらしい。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
短いですが二章完結。三章の迷宮都市編もお楽しみに!
特に印象に残った場面や台詞がありましたら、一言だけでも感想をいただけると、とても励みになります。