異世界転生したのに前の転生者にやり尽くされていた件   作:berunarudo

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三章 迷宮都市パラド編
第四十四話 迷宮都市パラド


 

 火龍の里を出発してから一週間、俺とタケルはろくに休息らしい休息も取らないまま山道を下り続け、ようやく目的地である迷宮都市パラドを視界に捉えた。

 

「さすがに、ほとんど休まず一週間はきついな……」

「いい修行になったな、ルークス!」

「修行馬鹿め……」

 

 隣では、俺とまったく同じ距離を歩いてきたはずのタケルが、疲れた様子など欠片も見せずに胸を張っている。

 火龍の里から馬車を使えれば、もっと早く到着できたのだろう。

 しかし、あの辺りは火龍様の存在を本能的に恐れるのか、馬やそれに近い魔物が近づこうとしないらしく、結局俺たちは自分の足だけを頼りにここまで下りてくることになった。

 もっとも、一年近く山や森ばかりを見てきた俺にとっては、そんな疲労さえ忘れそうになるほど、久しぶりに見る人間の街は眩しく映った。

 

「あれが、迷宮都市パラドか……デカいな」

「ああ。俺も名前は知っていたが、実際に来るのは初めてだ。普段は里から出る必要がないからな」

 

 山道の先、緩やかに下っていく大地の向こうに、巨大な城壁に囲まれた都市が広がっている。

 遠くから見た時点でも十分に大きかったが、近づけば近づくほど城壁は視界いっぱいに高くそびえ、そこから突き出す無数の塔や建物の屋根が、まるでもう一つの山脈のように空を埋めていた。

 

 そして何より目につくのが、人だ。

 都市へ続く街道には馬車が連なり、大きな荷物を背負った商人や武装した冒険者たちが絶え間なく歩いている。

 その流れはすべて巨大な城門へ吸い込まれている。

 剣や槍を背負った者は珍しくもなく、全身を鎧で固めた戦士の横を杖を持った魔術師が歩いている、

 そのさらに隣では見たこともない魔物の素材を積んだ荷車が軋んだ音を立てながら進んでいた。

 

「やっぱり、人が多いな」

「大会の影響だろう」

 

 タケルの言う通りなのだろう。

 門の前には長い列ができており、ざっと見ただけでも数百人はいる。

 キャンウィング領へ入った時にも人の多さには驚いたが、こちらはそれ以上で、しかも並んでいる者の半分近くが冒険者らしい格好をしていた。

 

「ほら、きっちり並べ! そこ、列からはみ出すんじゃない!」

 

 衛兵が声を張り上げる。

 

「ちっ、いつまで待たせんだよ。衛兵は何やってやがる!」

「なんだと、貴様!」

 

 ……と思ったら、早速揉め始めた。

 いかにも気性の荒そうな冒険者が衛兵へ食ってかかった。

 周囲の仲間が止めようとしているものの、本人は聞く耳を持つ様子がない。

 冒険者が多ければ、こういう連中も増えるのだろう。

 なるべく関わらないでおこうと思った、その時だった。

 

「落ち着きたまえ、そこの冒険者君」

 

 人混みの中から、一人の男がゆっくりと歩み出た。

 

「あん? なんだ、お前」

「私は第六十代勇者、ダン・クロニクル。以後よろしく」

「ゆ、勇者だと!?」

 

 その言葉が聞こえた瞬間、周囲の空気が変わった。

 ざわめきが波のように広がり、並んでいた人々の視線が一斉に男へ集まっていく。

 

 無理もない。

 勇者。

 それはレンと同じ、神から特別な力を与えられた存在だ。

 俺自身、レンが勇者として選ばれるまでは、勇者なんて伝説の中にしか存在しないほど珍しいものだと思っていた。

 だが、この世界には俺が知らないだけで、まだ何人も勇者が存在しているらしい。

 

「ちっ、勇者がなんだってんだ。冒険者を舐めんなよ」

「お、おい、やめろって。勇者だぞ」

 

 仲間が肩を掴んで止めようとするが、怒りに頭へ血が上っているのか、男は腰の剣を抜いた。

 それを見たダンは困ったように小さく息を吐くと、自らの黄金色の前髪を指先で持ち上げた。

 

「私が嫌いなのは、悪だ」

 

 隠れていた額には、一つの眼があった。

 人間のものとは明らかに違う、縦に細く割れた蛇のような瞳。

 ただ見ているだけなのに背筋へ冷たいものが走り、俺は反射的にそこから視線を逸らした。

 

「そして、勇者である私へ剣を向けるということは――すなわち、悪であると判断して構わないだろう」

「てめぇらがビビってんなら、俺一人でやってやる!」

 

 冒険者が地面を蹴る。

 その瞬間、ダンの第三の眼が淡い紫色の光を放った。

 

「――蛇眼」

 

 俺は思わず目を細めた。

 ほんの一瞬だった。

 だが次に冒険者を見た時には、その身体は首から下まですべて灰色の石へ変わっていた。

 

「……は?」

 

 石像となった本人だけが、自分に何が起きたのか理解できていない。

 

「お、おいガイ! お前、石になってるぞ!」

「何言って……って、動けねぇ!?」

 

 周囲から悲鳴にも似たざわめきが上がる。

 ダンは騒ぎなど気にすることなく前髪を戻すと、何事もなかったように微笑んだ。

 

「私の眼は、悪と認めた者を石へ変えることができる。神から授かった力だ」

 

 そう言ってから、石になった冒険者へ視線を落とす。

 

「とはいえ、全身を石にしてしまっては呼吸もできないからね。顔だけは残しておいた。さあ、衛兵君。彼を連れていきたまえ」

「あ、はい!」

 

 あまりにも自然に命令されたせいか、衛兵も反射的に返事をしていた。

 何人かの衛兵が石像となった冒険者を抱え上げようとするが、当然ながら相当重いらしく、数人がかりでようやく動かしていく。

 俺はその光景を見送りながら、自分の額へ嫌な汗が浮かんでいるのを感じた。

 見ただけで石化。

 条件次第では、とんでもなく厄介な能力だ。

 

「ふむ……光そのものではないな」

 

 隣から聞こえた声に振り向く。

 

「どういうことだ、タケル?」

「俺もあの眼から出た光は見ていたが、石にはならなかった。おそらく光を浴びた者ではなく、あの眼と視線を合わせた対象へ発動している」

「なるほど……なら、目を見なければ防げるのか?」

「おそらくはな」

 

 相変わらず、こういう時だけ妙に頭が回る。

 普段からもう少しその頭を使ってくれればいいのだが。

 もっとも、あの男が本当に「悪だけ」を石にできるのか、それとも単に本人が悪だと判断した相手を石へ変えているだけなのかは分からない。

 後者なら、あまり近づきたくない能力だ。

 幸い、その後は特に騒ぎも起こらず、俺たちはしばらく列へ並んだ末に、ようやく城門をくぐることができた。

 そして――。

 

「…………街?」

 

 門を抜けた瞬間、俺は思わず足を止めた。

 迷宮都市。

 名前を初めて聞いた時、俺は単純に、大迷宮の近くへ冒険者たちが集まったことで生まれた街なのだろうと思っていた。

 武器屋があり、酒場があり、宿屋があり、迷宮へ潜る冒険者たちがそこら中を歩いている。

 実際、それ自体は間違っていなかった。

 

 正面の大通りには剣や槍を並べた武器屋が軒を連ね、その隣では革鎧を吊るした防具屋が客を呼び込んでいた。

 少し先の露店では薬瓶や縄、松明、干し肉といった迷宮探索に必要そうな品々が山のように積まれている。

 酒場からは昼間だというのに酔っ払った冒険者たちの笑い声が響き、肉を焼く匂いと香辛料の香りが通りを漂い、商人の呼び声へ冒険者の怒鳴り声、馬車の車輪が石畳を叩く音まで混ざり合っていた。

 キャンウィング領よりも、ずっと俺が想像していた「異世界の冒険者の街」に近い。

 それなのに何かが、おかしい。

 

「……どういう造りしてるんだよ」

 

 大通りを真っすぐ歩いていたはずなのに、少し先で道が二つへ分かれている。

 一方は石造りの坂となって上へ伸び、もう一方は地面の下へ潜り込むように緩やかに下降していて、その先には地下だというのに普通に店の明かりが並んでいた。

 何となく上を見た俺は、さらに言葉を失った。

 俺たちが歩いている大通りの頭上を、まったく別の道が横切っている。

 巨大な石造りの橋で、その上を人だけでなく荷車まで普通に行き来している。

 さらに視線を上へ向ければ、その橋よりも高い位置に別の回廊が伸び、そこから建物の二階や三階へ直接出入りしている人の姿まで見えた。

 

 一階。

 二階。

 三階。

 

 そんな言葉で分けること自体が間違っているのかもしれない。

 どこまでが地上で、どこからが建物なのか。

 目線を動かすたびに新しい道が見つかり、建物の屋根だと思った場所を人が歩いていたかと思えば、そのさらに下には別の路地が伸び、地下へ消えた階段の奥からは酒場らしき賑やかな声が響いてくる。

 

「これは実に凄いな、ルークス!」

「凄いというか……迷ったら二度と帰れなさそうなんだけど」

 

 俺とタケルは、完全に田舎者丸出しで首を上へ向けたまま歩いていた。

 しかも異常なのは道路だけではない。

 家々の間から、現在の建物とは明らかに年代の違う巨大な石壁が突き出している。

 長い年月を雨風へ晒されたのか、その表面はところどころ崩れ、苔や蔦に覆われ、何を意味しているのか分からない古い模様まで刻まれていた。

 どう考えても、人が住むために造られた壁ではない。

 それなのに、この街の住民たちはそんなことをまったく気にしていないらしく、巨大な壁へ木造の家を張り付けるように建て、その横では二本の古い石柱の隙間へ酒場を押し込み、さらに古代の回廊らしき場所へ洗濯物まで干している。

 

 迷宮跡を避けて街を造ったのではない。迷宮が邪魔なら、その上へ家を建てる。

 空いている部屋があるなら店にする。通路があるなら、そのまま道として使う。

 そうやって何百年も増築を繰り返した結果、迷宮と街の境目そのものが消えてしまったように見えた。

 少し進んだ先では、半分ほど地面へ埋まった古い石造りの部屋が、そのまま武器屋として使われている。

 アーチ状の入口の上には錆びた剣を模した看板が掛かり、奥を覗けば古びた石壁へ無数の剣や斧が立てかけられ、店主らしき男が冒険者と値段交渉をしていた。

 本当に迷宮の一室を、そのまま店にしているらしい。

 

「…………」

 

 理解はできる。

 空いているなら使えばいいという理屈も分かる。

 だが、それを街全体でやるとはな。

 

「おい、兄ちゃん。驚くのはいいけど、そんな間抜け面晒してると笑われるぜ」

 

 声を掛けられて振り向くと、通りの端で串に刺した肉を焼いていた屋台のおっちゃんが、楽しそうにこちらを見ていた。

 

「初めて来たんですけど……なんというか、街というより迷宮そのものですね」

「ハハハ! そりゃそうさ。この街は迷宮の上にできた街だからな。初めて来た奴は、大体一度は道に迷う」

「大迷宮に行きたいんですけど、もう辿り着ける自信がなくなってきましたよ」

「安心しろ。大迷宮だけは迷わねぇ。上にも下にも行かず、この大通りを真っすぐ進めばいい。中央に馬鹿みてぇにデカい門があるから、嫌でも分かる」

「ありがとうございます」

「おう。また通ることがあったら、今度は俺の串焼き買っていけよ!」

 

 愛想よく手を振るおっちゃんへ頭を下げ、言われた通り大通りを進む。

 左右へ分岐する道は相変わらず多く、途中には建物の内部を通り抜けなければ進めないような路地まで見えたが、中央へ続くこの一本だけは、不自然なほど真っすぐ伸びていた。

 そして、しばらく歩いたところで。

 

「…………でか」

 

 視界の先に現れたものを見て、俺はまた足を止めた。

 門。

 そう呼んでいいのか分からないほど、巨大な石造建築だった。

 都市の中心へ巨大な山を一つ置き、その中央を無理やりくり抜いたような入口が口を開けており、人間が何十人横へ並んでも余裕で通れそうなほど幅が広い。

 上を見ても、どこまで続いているのか分からない。

 門の周囲を埋め尽くす冒険者たちさえ、巨大な建造物の前では蟻の群れのように小さく見え、そのすべてが絶え間なく暗い入口の奥へ飲み込まれていく。

 

「あれが、大迷宮パラドリクスか」

「凄まじいな……これほどの冒険者が同時に潜っているとは」

 

 タケルまで珍しく感心したように見上げている。

 あれだけの人数が入って、内部で詰まったりしないのだろうか。

 門のすぐ近くには巨大な冒険者ギルドが建っており、何十個もある受付はすべて冒険者で埋まり、その周囲では素材を運ぶ者、仲間を募集する者、荷物を確認する者たちが絶え間なく行き交っていた。

 しかし、その中でも特に人を集めているものがあった。

 

「なんだ、あれ?」

 

 巨大な石碑。

 その周囲に人だかりができており、近づいてみると、表面にはいくつもの名前と数字が刻まれていた。

 上部には、

 ――大迷宮パラドリクス・最高到達記録。

 と刻まれている。

 

 一位 百階層 《明日への一杯》

 

 二位 九十階層 ベルナード

 

 三位 八十六階層 《理想郷》

 

 四位 八十階層 《究極の一品》

 

 五位 七十五階層 《戦乙女》

 

「ベルナードって……確か、四天の勇者だったよな」

 

 世界でも最高峰の力を持つ勇者が、二位。

 しかも九十階。

 

「そのクラスでも百階に届かないのか……」

 

 そう呟いてから、一位へ目を戻す。

 《明日への一杯》。

 名前だけでは、まったく強そうに見えない。

 むしろ酒場で適当につけた名前にしか思えないのだが、その連中だけが唯一、百階層へ到達している。

 

「俺たちも、ぜひあそこへ名を載せたいな!」

 

 横を見ると、タケルの目が少年のように輝いていた。

 

「おい。目的忘れてないか?」

「わ、忘れてはいないぞ?」

 

 嘘つけ。

 完全に迷宮攻略へ心を奪われている。

 とはいえ、その気持ちは分からなくもない。

 こうして順位を数字で見せられると、俺の中にも妙な競争心が湧いてくる。

 前世でMMORPGをやっていた時も、サーバーランキングの一位に何度憧れたことか。

 結局、学生だった俺の資金力では重課金勢に勝てず、時間を注ぎ込んでも上位へ食い込むのが限界だった。

 ならば異世界でリベンジを――。

 

「……いや、違う違う」

 

 危ない。

 俺まで目的を忘れるところだった。

 俺たちがここへ来た理由は、火龍の宝具を取り戻すこと。

 別に迷宮を完全攻略しなければならないと決まったわけではないし、話し合いや金で解決できるなら、その方が遥かに安全だ。

 そこで俺は、一つ重大なことへ気づいた。

 

「なあ、今更なんだけどさ」

「なんだ、ルークス?」

「タケルって……所持金、どれくらい持ってる?」

 

 迷宮へ潜るにしても、まずは宿を取るべきだ。

 一週間まともな場所で寝ていない。

 久しぶりの街なのだから、今日は風呂へ入って、柔らかい布団で眠りたい。

 そう思って尋ねたのだが。

 タケルはなぜか、非常に爽やかな笑顔を浮かべた。

 

「それは無理だ、ルークス」

「……人が多くて、宿が空いてないとか?」

「違う」

 

 タケルは腰へ括りつけていた小さな革袋を取り外した。

 そして俺の目の前で、袋の口を下へ向ける。

 …………。

 何も落ちてこない。

 

「金はない」

「…………」

「俺たちは一文無しだ!」

「嘘だろ?」

「ハハハハハ! 俺は貯金をしない主義でな!」

「じゃあ旅の途中で通った馬車に乗らなかったのも、修行になるからじゃなくて金がなかったからかよ!」

「そうとも言えるな」

「ああああああああ! 馬鹿野郎!」

 

 一週間。

 一週間だぞ。

 俺はてっきり、こいつが修行のために歩きたがっているのだと思っていた。

 

「安心しろ、ルークス! 迷宮の中にも食べ物はあるし、寝られる場所くらいある!」

「そういう問題じゃない! 俺は久しぶりに人間らしい生活がしたいんだよ!」

 

 キャンウィング領から離れて一年近く。

 山で暮らし、滝に打たれ、魔物を食べ、筋肉男と修行し、巨大な竜と戦い、ようやく文明のある街へ帰ってきたと思ったのに。

 なんで俺は街まで来て、また地面で寝なきゃならないんだ。

 

「迷宮で寝るのも人間的だろう?」

「どこの人間だよ!」

 

 タケルは本気で分からないという顔をして首を傾げている。

 

「ああああああ! 日本に帰してくれええええええ!」

 

 往来の真ん中で叫んだ俺を、何人かの冒険者が奇妙なものを見るような目で通り過ぎていった。

 こうして。

 俺たちの新しい冒険は――。

 できれば、始まってほしくなかった。

 少なくとも今日は宿のベッドで眠りたい。

 俺は心の底からそう願いながら、一つだけ固く誓った。

 今度タケルに金が入ったら、絶対に俺が管理しよう。

 

     ◇

 

「へぇ……あれが例の二人でござるか」

 

 雑踏の向こう。

 ルークスたちから少し離れた建物の屋根で、一人の男が人混みに紛れる二人の背中を見下ろしていた。

 

「火龍の里のタケル・カミヤマ。それから――」

 

 男は手元の紙へ視線を落とし、そこに記された名前を指先でなぞる。

 

「ルークス」

 

 楽しげに目を細めると、男は紙を懐へ戻した。

 

「なるほど。確かに、おもしろそうな連中でござるな」

 

 次の瞬間には、その姿は屋根の上から消えていた。

 当然、その視線に俺が気づくことはなかった。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
一体勇者は何人いるのか?
特に印象に残った場面や台詞がありましたら、一言だけでも感想をいただけると、とても励みになります。
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