異世界転生したのに前の転生者にやり尽くされていた件   作:berunarudo

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第四十五話 大迷宮パラドリクス

 

 一文無しで迷宮都市まで来てしまった俺たちは、火龍の宝具を取り戻す以前に、今日をどうやって生き延びるかという非常に情けない問題を抱えることになった。

 結局のところ金を稼ぐためにも大迷宮へ潜るしかないという結論へ行き着いた。

 もっとも、俺はこの街へ来たばかりで、大迷宮パラドリクスがどんな場所なのかすらまともに知らない。

 

「ルークス、早く行こう! 大迷宮が俺たちを待っているぞ!」

「待ってないから。タケル止まれ」

 

 放っておけば今にも巨大な門へ向かって走り出しそうなタケルの腕を掴み、俺は半ば無理やり隣接している冒険者ギルドへ向かった。

 

 昨日見た時ほどではないものの、ギルド内部には相変わらず多くの冒険者が行き交っている。

 素材を積んだ大袋を受付へ運ぶ者や、傷だらけの仲間を肩へ担ぎながら帰還してくる者、壁一面に貼られた依頼書を真剣な表情で眺めている者など、大迷宮を中心に生活している者たちの姿がそこかしこにあった。

 幸い、ちょうど一つの受付が空いた。

 

「ちょっといいですか?」

「はい。どうされましたか?」

「ここの大迷宮について、少し教えてほしくて」

 

 俺とタケルの顔を交互に見た受付嬢は、一瞬だけ不思議そうな表情を浮かべたあと、何か納得したように小さく頷いた。

 

「ああ、挑戦者の方ですね?」

「挑戦者?」

「あ、失礼しました。この街では、ゴルド様が開催されている大会へ参加する冒険者の方々を、まとめて挑戦者と呼んでいるんです」

「なるほど、そういう意味か」

 

 大会へ参加するつもりで来たわけではないが、火龍の宝具が優勝賞品である以上、結果的には挑戦者になる可能性は高い。

 

「まず確認なのですが、大迷宮パラドリクスへ入場できるのは冒険者登録をされている方だけです。冒険者タグはお持ちでしょうか?」

「冒険者タグ……」

 

 一瞬何のことか分からず、首元へ手を伸ばしてから思い出した。

 キャンウィング領で、むしゃくしゃした勢いのまま冒険者ギルドへ登録した時にもらったものだ。

 ずっと首から下げていたせいで、今ではほとんど装飾品くらいにしか思っていなかった。

 

「ああ、これか」

 

 服の内側から木製のタグを引っ張り出し、受付の上へ置く。

 

「木製タグですね。確認いたします」

 

 受付嬢は小型の魔導具を取り出すと、俺のタグへ近づけた。

 薄い光が表面を走り、何かを読み取るような音が鳴る。

 

「それ、何をしてるんですか?」

「ギルドで正式に発行されたタグかを確認しています。偽造防止ですね」

「へえ……」

 

 バーコードを読み取る機械みたいなものか。

 剣と魔術の世界なのに、こういうところだけ妙に現代的だから困る。

 タグを返してもらったところで、隣にいたタケルも腰へ手を伸ばした。

 

「俺も必要なのだな」

「もちろん――」

 

 受付嬢が言いかけた言葉を止める。

 タケルが取り出したタグは、俺の木製とは明らかに違い、鈍い銀色の光沢を放っていた。

 

「み、ミスリルタグ!?」

 

 思わず声を上げた受付嬢が、手に持っていた魔導具を落としかける。

 その声が周囲へ聞こえたのか、近くにいた冒険者たちまでこちらへ視線を向けた。

 

「Aランク冒険者か?」

「誰だ、あいつ」

「見たことねぇな」

 

 ざわめきが広がっていく中、当の本人だけはまるで興味がないらしく、自分のタグを眺めながら首を傾げていた。

 

「……お前、Aランクだったのかよ」

「言ってなかったか?」

「聞いてない」

 

 Aランク。

 そりゃレルギオンと正面から殴り合える男なのだから、考えてみれば驚くほどのことでもない。

 問題は別にある。

 

「Aランク冒険者なのに、なんで一文無しなんだよ……」

「金は使うためにあるからな!」

「威張るな」

「も、申し訳ございません! Aランク冒険者様とは存じ上げず――」

 

 さっきまで普通に対応していた受付嬢が、突然腰を低くして頭を下げた。

 

「うん? 別に気にしていないぞ」

「ありがとうございます!」

 

 世の中というものは、どこへ行っても分かりやすい。

 俺が木のタグを出した時と態度が違いすぎる。

 

「それでは、大迷宮についてご説明しますね」

 

 受付嬢は姿勢を整えると、俺たちの前へ簡単な地図を広げた。

 

「大迷宮パラドリクスは、現在確認されている範囲だけでも百階層まで存在している巨大迷宮です。ただし、単純に地下へ続く洞窟というわけではなく、内部は階層ごとに異なる環境が形成されています」

「環境?」

「はい。森林、砂漠、水域、雪原、火山地帯などですね。一つの地域が何階層か続き、十階層ごとに階層主と呼ばれる強力な魔物が存在します」

「つまり、十階ごとにボスがいるのか」

「ボス……?」

「あ、いや、なんでもない」

 

 危ない。

 完全にゲーム感覚で話してしまった。

 

「階層主を倒すと、その階層に設置されている転移門を利用できるようになります。一度開放した転移門なら、次回以降は入口から直接その階層まで移動できますよ」

「なるほど」

 

 想像以上にゲームっぽい。

 いや、この世界では俺の知っているゲームの方が、こういう迷宮を参考にしていると考えた方がいいのかもしれない。

 

「それなら、百階層まで攻略するにはかなり時間がかかりそうですね」

「ええ。普通に進めば、相当な時間が必要になります」

「じゃあ、昨日見た巨大な石碑は?」

「あちらは大迷宮パラドリクスの最高到達記録を自動で記録する古代遺物です。現在の一位は、守護神アレス様が所属していた《明日への一杯》ですね」

「……あれ、アレス様だったのか」

 

 あんな酒場の看板みたいな名前のパーティーが。

 よりによって守護神アレス。

 

「はい。当時、腕試しとして仲間と共に大迷宮へ入り、百階層まで到達されたと記録されています。ただし、それ以降、百階層へ到達した者は一人もいません」

「そんなに難しいのか?」

 

 俺が尋ねると、受付嬢は少し答えづらそうに視線を泳がせた。

 

「正確には……難しいから行かない、というわけでもないんです」

「どういう意味だ?」

「勇者ベルナード様ほどの実力があれば、おそらく百階層へ到達すること自体は可能だと言われています。ただ、現在の冒険者たちは百階層を目指していません」

「なんで?」

 

 受付嬢は地図の端へ指を置いた。

 

「アレス様が百階層から帰還された時、大迷宮を完全攻略した者へ与えられると伝えられていた《迷宮管理権》を持っていなかったんです」

「迷宮管理権?」

「迷宮内部の構造や魔物の種類、出現する環境などへ一定の干渉を行える権利だと記録されています。つまり、百階層へ到達したアレス様ですら、大迷宮を攻略したとは認められなかった」

「……百階が最深部じゃないのか?」

「それすら分かっていません」

 

 受付嬢は小さく首を横へ振った。

 

「それ以降、多くの冒険者や研究者が百階層以外の攻略条件を探しました。隠し階層がある、特定の順番で階層主を倒す必要がある、どこかに特殊な通路が存在する……様々な説が出ましたが、今まで一度も完全攻略には至っていません」

 

 なるほど。

 百階へ行けば終わるダンジョンではない。

 むしろ、百階まで到達したアレスですら答えを見つけられなかった。

 そう考えると、一気に面倒臭くなってきた。

 良い点を挙げるなら、火龍の宝具を取り戻すために必ずしも百階まで登る必要はないこと。

 悪い点を挙げるなら、完全攻略を目指す場合、二百年以上誰も見つけられなかった答えを俺たちが探さなければならないことだ。

 やはり可能なら話し合いで返してもらいたい。

 

「ありがとうございました。それにしても……昨日から思っていたんですけど、本当に人が多いですね」

「ええ。ゴルド様には感謝してもしきれません」

「ゴルド様に?」

「はい。以前の大迷宮は、攻略方法が分からないうえに、一度潜れば長期間拘束される場所でしたから、次第に挑戦する冒険者が減っていたんです。それに伴って街を訪れる人も減り、宿屋や武器屋、酒場も次々と閉店していきました」

 

 受付嬢は外へ視線を向けた。

 窓の向こうでは、昨日と変わらず大勢の冒険者が街を行き交っている。

 

「そんな時、ゴルド様が大会を開催されたんです。さらに閉店しかけていた店や土地を買い取り、中央地区には新しい商業施設まで建設してくださる予定で……街にとっては、本当に救世主なんですよ」

「…………そうなんだ」

 

 正直、意外だった。

 火龍の里から宝具を盗み出し、それを優勝賞品として大会を開催している。

 それだけを聞けば、ゴルドという男は金と名誉しか考えていない悪党に見える。

 けれど、この街に暮らしている人々からすれば違う。

 冒険者が戻ってきて、店が潰れなくなった。

 そして仕事が生まれた。

 

 街は再び動き始めた。

 もし俺たちが今ここで火龍の宝具を取り返し、大会そのものを終わらせてしまえば、この賑わいも消えてしまうのだろうか。

 それなら、宝具を取り戻すことは本当に正しいのか。

 ほんの少しだけ、そんな考えが頭をよぎった。

 

 だが、盗まれた物は、盗まれた物だ。

 火龍の里にとっても、タケルにとっても大切な遺物であることに変わりはない。

 街が救われたからといって、盗んでいい理由にはならない。

 少なくとも、今はまだ。

 

「よし。行こう、タケル」

「……う、ああ。行くか!」

 

 妙に反応が遅い。

 

「お前、今寝てたよな?」

「そんなことはないぞ」

「じゃあ聞くけど、お前の先祖でもあるアレスのパーティー名は?」

「…………」

 

 タケルの目が泳ぐ。

 

「あ……あれだ。あれ」

「寝てたじゃねぇか!」

 

 俺は大きく腕を振り上げる。

 ただ殴るだけでは芸がないので、半年かけてようやく形になってきた《壁》を拳へ馴染ませ、そのままタケルの脳天へ叩き込んだ。

 金属同士をぶつけたような音が鳴る。

 

「いったぁぁぁぁぁぁ!」

 

 Aランク冒険者の悲鳴がギルド中に響き渡り、受付嬢は何が起きたのか理解できないまま、目を丸くして俺たちを見つめていた。

 

     ◇

 

「タケル。もう一回言っておくぞ」

「なんだ、ルークス」

「今日は金を稼ぐのが目的だからな」

「もちろんだ!」

 

 どう見ても、大迷宮へ入れることしか考えていない顔である。

 絶対途中から金のことを忘れる。

 それだけは阻止しよう。

 巨大な門の前へ並び、順番が回ってきたところで俺たちはゆっくりと内部へ足を踏み入れた。

 一歩。

 門の向こうへ進んだ瞬間、視界が白く染まる。

 

「うおっ――」

 

 反射的に目を閉じる。

 次にまぶたを開いた時。

 そこには、森があった。

 

「…………は?」

 

 巨大な樹木が天へ向かって伸び、その隙間から柔らかな光が差し込んでいる。

 足元には湿った土が広がり、踏みしめるたびに柔らかな感触が靴底へ伝わり、風が吹けば葉が擦れ合い、どこからか鳥に似た生き物の鳴き声まで聞こえてきた。

 鼻へ入ってくるのは土と草の匂い。

 遠くからは水の流れる音まで聞こえる。

 幻覚には思えない。

 目で見えるだけではなく、匂いも、温度も、風も、すべてが本物だ。

 

「すごいな……」

 

 思わず声が漏れる。

 俺たちはついさっきまで、何万人もの人が暮らす都市の中央にいた。

 石造りの巨大な門へ入っただけだ。

 それなのに、今は見渡す限り森しかない。

 

「タケル。これ、どうなってるんだ?」

「分からん!」

「即答するなよ」

「仕組みは分からんが、面白いではないか!」

「まあ、それはそうだけど……」

 

 空を見上げる。

 木々の隙間には青空まで見える。

 本物なのか、それとも、あれすら迷宮が作っているのか。

 考えていると、草を踏みしめる音が聞こえた。

 一つではない、複数の。

 

「来るぞ」

「ああ」

 

 俺とタケルはすぐに構えを取った。

 ……もっとも、タケルは拳。

 俺も拳。

 二人揃って武器を持っていない。

 火龍の里で剣を借りようとはしたのだが、あの里にはなぜか「普通」という概念が存在せず、置いてある武器はどれも分厚く巨大で、俺が持てば剣というより鉄塊を引きずっているような状態になった。

 本当に、あの里にはちょうどいい物がない。

 

 木々の隙間から現れたのは、三体の小さな魔物だった。

 緑色の皮膚に尖った耳で、手には粗末な棍棒。

 

「ゴブリンか」

「知っているのか、ルークス?」

「むしろ知らない方が難しい」

 

 前世で何度見たことか。

 ようやく俺の知識通りの魔物が出てきたことに、なぜか少し安心する。

 三体のゴブリンは俺たちを囲むように広がり、耳障りな声を上げながら棍棒を構えた。

 

「ギャギャ!」

「先手必勝!」

 

 俺は地面を蹴った。

 拳へ《壁》を馴染ませ、そのまま正面の一体へ叩き込む。

 ゴブリンは反応する暇すらなく吹き飛び、背後の木へ身体を打ちつけて動かなくなった。

 残る二体が驚いてこちらを見た。

 

「よそ見はいかんな」

 

 その一瞬でタケルが距離を詰める。

 一体の頭を軽く殴っただけに見えたが、その身体は地面へ叩きつけられ、ぴくりとも動かなくなった。

 最後に残った一体が棍棒を落とす。

 

「ギャ……ギャ……」

 

 そのまま地面へ膝をつき、額を土へ擦りつけ始めた。

 

「……土下座?」

 

 どこで覚えたんだ。

 涙まで流している。

 

「かわいそうだな」

「ああ。かわいそうだ」

 

 俺とタケルは顔を見合わせる。

 

「じゃあ行くか」

「そうだな」

 

 背を向けた直後。

 

「ギャァ!」

 

 予想通り、背後で棍棒が持ち上がる音がした。

 振り返るとゴブリンが棍棒を俺の頭へ振り下ろした。

 だが頭部へ《壁》を馴染ませる。

 棍棒が砕けた。

 

「ギャ?」

「知ってた」

 

 そのまま拳を振り抜く。

 最後のゴブリンも地面を転がって動かなくなった。

 

「やはり、ゴブリンはゴブリンだな」

「敵を簡単に信じるもんじゃないってことだ」

 

 前世の小説でも散々見てきた。

 弱そうに見えて油断を誘う。

 作品によっては最強種にまで成長する。

 ゴブリンとはそういう生き物だ。

 そして次に注意すべきは――。

 スライム。

 絶対に油断しないぞ。

 

     ◇

 

 それから俺たちは、森に出現する魔物を倒しながら順調に下層へ進んでいった。

 ゴブリンだけではなく、群れで襲ってくる狼、粗末な槍を持つコボルト、近づいた瞬間に根を引き抜いて襲いかかってくる木の魔物など、それなりに種類は多かったものの、火龍の里へ辿り着くまでに戦った相手と比べれば、どれも脅威と呼べるほどではない。

 まして、凍竜レルギオンを知った後ではなおさらだった。

 あれは山一つを自らの領域へ変え、龍脈から際限なく力を吸い上げる怪物だった。

 そんな存在と比べれば、一階層から九階層に現れる魔物など、怖がる方が難しい。

 

「しかし、弱いな!」

「そりゃ最初の十階だからな。開始直後にレルギオン級が出てきたら誰も攻略できないだろ」

「それもそうだな!」

 

 そうして、野宿をしながら進み続けること、二日。

 俺たちは十階層へ到達した。

 

「……結局、また野宿だったな」

 

 大迷宮の魔物は倒しても消滅しない。

 肉を食べられる魔物も多いため、食料に困ることはなかった。

 問題は寝床だ。

 久しぶりに街へ来たというのに、俺はまた外で寝ている。

 

「早く転移門を開けて、ベッドで寝たい……」

「良いではないか。大地の上で寝るのも鍛錬だ」

「タケルは静かにしててくれ」

 

 十階層へ続く道の前で、俺は大きくため息を吐いた。

 

「じゃあ行くか」

「ああ!」

 

 二人で階段を下りる。

 十階層は、それまでの森林とは明らかに違っていた。

 木々はほとんどなく、円形に近い広場だけが存在し、その中央に一体の魔物が腰を下ろしている。

 赤い皮膚で俺たちより遥かに大きな身体。

 額から伸びる巨大な一本角。

 太い腕は俺の胴体ほどあり、座っているだけなのに周囲の空気が重く感じられた。

 

「あれはオーガだ」

 

 タケルが拳を構える。

 

「腕力が非常に強い。まともに掴まれるなよ」

「了解」

 

 オーガがゆっくりと顔を上げた。

 俺たちを見る。

 その口元が、わずかに吊り上がった。

 

「来たか」

「……喋った?」

 

 次の瞬間。

 タケルが地面を蹴った。

 一瞬でオーガとの距離を消し、その巨体の顔面へ回し蹴りを叩き込む。

 鈍い衝撃音。

 オーガの身体が大きく後方へ吹き飛び、地面を何度も転がった。

 

「やったか?」

「いや」

 

 タケルが笑う。

 倒れていたオーガが、ゆっくりと起き上がった。

 首を左右へ動かす。

 骨の鳴る音が響いた。

 

「強き者よ」

 

 口元には、笑みが浮かんでいた。

 

「我が名は――リクドー」

「名前……?」

 

 嫌な感覚が走る。

 

「今の蹴り。俺でなければ死んでいたな」

「ネームド……!」

 

 タケルの表情が変わる。

 

「どこで名を得た?」

「そのようなこと、どうでもよいではないか」

 

 リクドーが立ち上がる。

 ただそれだけで、さっきまでとは比べものにならないほど巨大に見えた。

 

「今は戦おうぞ」

 

 その姿が消えた。

 

「タケル!」

 

 反射的に叫ぶ。

 次の瞬間、リクドーの拳とタケルの拳が正面から激突した。

 空気が爆ぜる。

 足元の地面が円形に陥没し、衝撃がこちらまで届いた。

 

「ぬっ……!」

 

 タケルの身体が後ろへ滑る。

 靴底が地面を削り、数メートル進んだところでようやく止まった。

 

「タケルが押された……?」

 

 レルギオン相手にすら真正面から殴り合っていた男だ。

 そのタケルを。

 

「面白い!」

 

 しかし本人は笑っていた。

 むしろ嬉しそうだった。

 

「面白いぞ、リクドー!」

「そうであろう!」

 

 二人の筋肉馬鹿が一瞬で意気投合している。

 いや、感心している場合じゃない。

 ネームド。

 確か、魔族が魔物へ名を与えることで、その存在を明確にし、通常よりも強力な個体へ変化させる技術だったはずだ。

 だが、それには膨大な魔力が必要になる。

 なぜ、大迷宮の十階にそんな魔物がいる。

 

「オーラ・ブレード」

 

 魔想を全身から解放する。

 右腕へ集め、刃のような形へ固定する。

 出し惜しみして死ぬのは御免だ。

 俺も地面を蹴った。

 リクドーの側面へ回り込み、その首へ魔想の刃を振るう。

 

「我が首は安くないぞ!」

 

 リクドーが振り向く。

 巨大な拳が俺の右腕へぶつかった。

 

「ぐっ!」

 

 重い。

 腕そのものが折れそうになる。

 純粋な腕力では、完全に負けている。

 だが、接触した。

 

「――転」

 

 ブレードを通じて、魔想を流し込む。

 俺の魔想と、リクドーの内部を巡る力が衝突する。

 一瞬。

 リクドーの右腕が内側から膨らんだ。

 破裂し、肩口から先が吹き飛び、赤い血が地面へ降り注ぐ。

 

「これで右腕はなくなった」

 

 俺は距離を取る。

 

「次は、もう一本だ」

「…………」

 

 リクドーは失った腕を見る。

 そして。

 

「ふ……」

 

 笑った。

 

「はっはっはっはっは!」

 

 腹の底から響くような笑い声だった。

 痛みを感じていないわけではない。

 血は流れている。

 腕も消えている。

 それなのに、リクドーの目には恐怖ではなく、喜びしか浮かんでいなかった。

 

「良い」

 

 残った左手を地面へ置く。

 

「実に良い」

「何をする気だ?」

 

 リクドーは俺たちではなく、何も存在しない上空へ視線を向けた。

 その瞬間。

 俺は妙な違和感を覚えた。

 まるで。

 そこに誰かがいるような。

 

「我が認める」

 

 リクドーが笑う。

 

「主よ」

 

 背筋が冷えた。

 

「この者たちは、この階層で足止めする器ではない」

「……主?」

「また、どこかで会おうぞ。強き者たちよ」

 

 リクドーが地面へ手を押しつける。

 その瞬間、俺とタケルの足元に巨大な魔術式が展開された。

 

「なんだ、これ!」

 

 動こうとする。

 だが足が地面へ縫い付けられたように動かない。

 

「ルークス!」

「分かってる!」

 

 魔想を流して抵抗しようとする。

 しかし、間に合わない。

 リクドーが最後に、楽しそうな笑みを浮かべた。

 

「――転移」

 

 光が視界を埋め尽くした。

 俺とタケルの身体は、十階層から跡形もなく消えた。

 

     ◇

 

 この時の俺は、一つ大きな勘違いをしていた。

 ネームドとは、魔族が生み出した技術なのだと。

 だが実際には違う。

 あとから知るのだが魔族は、大迷宮に存在していた仕組みを模倣したに過ぎなかった。

 そして、もう一つ。

 大迷宮パラドリクスには、古くから奇妙な噂が存在する。

 強者が迷宮へ足を踏み入れた時。

 迷宮は時折、本来とは異なる動きを見せる。

 強い魔物を与え。

 進むべき場所を変え。

 時には、階層そのものさえ飛び越えさせる。

 その理由を知る者はいない。

 ただ、一部の研究者はこう考えていた。

 

 大迷宮パラドリクスは――。

 自らを攻略できる者を、探しているのではないか。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
魔物に名前を付けることは魔族はするけど、それなりの犠牲があるのでそこまでやりたくはないのと、昔の魔族は自分が最強と思うタイプなのでそこまで魔物を従える気もない。
特に印象に残った場面や台詞がありましたら、一言だけでも感想をいただけると、とても励みになります。
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