異世界転生したのに前の転生者にやり尽くされていた件   作:berunarudo

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第四十六話 因縁の相手

 

 意識が戻った瞬間、最初に感じたのは、自分の身体がどこか遠い場所に置き去りにされたような奇妙な浮遊感だった。

 

「俺は……何をしていた……」

 

 頭の芯が揺れている。

 視界も定まらず、立ち上がろうと足へ力を入れたところで膝が言うことを聞かず、そのまま地面へ片手をついた。

 何があった。

 記憶を一つずつ引き戻していく。

 大迷宮へ入り、十階層まで進んだ。そこで名前を持つオーガ――リクドーと戦い、最後にあいつが地面へ手を置いた直後、俺たちの足元へ見たことのない魔術式が現れた。

 

「そうだ……転移させられたんだ」

 

 顔を上げた。

 

「タケル、無事か?」

 

 返事はなかった。

 代わりに、頬へ冷たいものが触れた。

 一つ、二つ。

 白い粒が空から静かに降り続けている。

 雪だ。

 

「……寒っ!」

 

 ようやく周囲を見る余裕ができた瞬間、俺は自分が置かれている状況を理解した。

 さっきまで木々に囲まれた森林階層にいたはずなのに、今はどこを見渡しても白い雪原しか存在しない。

 遠くには低い丘と雪に覆われた木々がわずかに見えるだけで、人影どころか魔物の姿すら見当たらない。

 しかも、この防具は防寒用ではない。

 冷気は布越しに容赦なく身体へ入り込み、指先から少しずつ感覚が薄れていく。

 息を吐けば白い霧となり、冷たい空気を吸い込むたびに肺の奥が痛んだ。

 

「まずいな……」

 

 このまま何もせずにいれば、魔物と戦う以前に凍死する。

 火龍の里からここまで来る途中も寒い場所は通ってきたが、あの時はタケルがいた。

 タケルは火の魔術を扱うことができた。

 だが今は一人だ。

 

「タケル! どこにいる!」

 

 声を張り上げても、雪原へ吸い込まれていくだけだった。

 焦るな。

 今ここで冷静さまで失えば、本当に死ぬ。

 俺は一度大きく息を吸い、魔力炉から魔想を巡らせる。

 身体の内側を熱が走り、凍りかけていた指先へわずかに感覚が戻った。

 魔粒子でも魔想でもいい。何かを感じろ。

 この際、索敵のために魔想を広げて魔物へ気づかれる危険よりも、タケルか階段か、人がいる場所を見つける方が優先だ。

 

「……何もいない?」

 

 魔想を薄く広げながら周囲を探る。

 反応がない。

 

「魔物もいない。階段もない。どうなってるんだよ」

 

 普通の階層なら、必ずどこかに次へ進む道があるはずだ。

 それどころか、魔物の気配すら一つもない。

 なら、とにかく歩くしかない。

 魔想を使っていれば多少は身体も温まる。索敵範囲を広げたまま進めば、いつか何かに引っかかるはずだ。

 

「おーい、タケル!」

 

 返事はない。

 

「誰かいないのかー!」

 

 しばらく歩き続けたところで、白い景色の向こうに黒い影が見えた。

 

「人?」

 

 雪を蹴って近づく。

 一本の木にもたれかかるように、一人の男が座っていた。

 

「よかった……!」

 

 ようやく誰かに出会えたという安心感が先に立ち、俺はほとんど警戒もせず近づいてしまった。

 

「なあ、悪いんだけど聞きたいことがある。タケルって男を知らないか? 背が高くて、筋肉が異常なくらいあって――」

 

 返事がない。

 

「……おい?」

 

 男の肩へ手を伸ばし、軽く揺らす。

 その瞬間。

 男の身体が力なく横へ倒れた。

 

「うわっ!」

 

 慌ててしゃがみ込み、顔を見る。

 肌は灰色に変色し、唇も紫色になっている。胸が上下している様子もなく、目は虚ろなまま半開きになっていた。

 

「死んでる……」

 

 そこでようやく気づいた。

 この男からは、魔想の反応がまったくない。

 生きている人間なら、どれだけ弱くても体内を巡る魔想を多少は感じる。

 それすら存在しない以上、最初から答えは出ていた。

 

「俺、相当焦ってるんだな……」

 

 そんなことにも気づけなかった。

 それほどまでに、俺は誰かがいることを求めていたらしい。

 

「……悪い」

 

 死体へ小さく頭を下げる。

 

「何か使えるものがあるなら借りるぞ」

 

 こんな場所で死体の荷物を漁ることに抵抗がないわけではない。

 ただ、このまま俺まで横に並ぶ方がもっと嫌だ。

 男の鞄へ手を伸ばした瞬間。

 背筋へ冷たいものが走った。

 寒さとは違う。

 殺気。

 

「っ!」

 

 考えるより先に横へ転がった。

 直後。

 さっきまで俺がいた場所の雪が爆ぜ、地面そのものが大きく抉れた。

 

「まじかよ!」

 

 すぐに距離を取る。

 雪が吹き飛ばされた地面には、巨大な爪で引き裂いたような跡が三本刻まれている。

 だが、そこには何もいない。

 

「やっぱり居やがったか……」

 

 心のどこかでは分かっていた。

 魔物が一匹も存在しない階層なんて、そんな都合のいい場所があるはずがない。

 もし本当に他の魔物がいないのなら、理由は一つ。

 

「階層主が全部追い払ってるってことか」

 

 十階層から強制転移させられた。

 なら、いきなり階層主の領域へ放り込まれていても不思議ではない。

 

「だよなあ……俺の人生、そんな甘くないよな」

 

 問題は敵の能力だ。

 姿が見えない。

 魔想も感じない。

 雪の上なのに足跡すら残っていない。

 

「考えろ……」

 

 俺は周囲へ視線を走らせる。

 幽霊のように完全に実体が存在しないのか。

 いや、それなら地面を抉ることはできない。

 攻撃した瞬間だけ実体化する。

 そう考える方が自然だ。

 しかも、最初の一撃を避けた後は攻撃してこない。

 

「……頭までいいのかよ」

 

 こいつは待っている。

 俺が気を抜く瞬間を。

 

「おい、幽霊野郎!」

 

 声を張り上げる。

 

「一発避けられただけで怖気づいたのか? 早く来ねえと、こっちから見つけるぞ!」

 

 もちろんハッタリだ。

 見つける方法なんて何もない。

 ただ、もし相手が知能を持っていて、なおかつ自分の能力に自信を持っているなら、挑発が効く可能性はある。

 

「来ないなら、こっちから行くぞ!」

 

 右腕へ《壁》を馴染ませる。

 同時に、手の周囲へ魔想を集め、刃状に圧縮する。

 《オーラ・ブレード》。

 今までは腕へ纏わせていたその刃を、今回は身体の外へ薄く広げた。

 

「――オーラ・エッジ」

 

 その場で身体を回転させる。

 圧縮した魔想の刃が円状に放たれ、周囲の雪をまとめて吹き飛ばした。

 白い地面が削られ、黒い土が露出する。

 派手な攻撃だ。

 同時に、隙も大きい。

 だからこそ来る。

 微かな殺気を感じた瞬間、俺は振り返らずに《壁》を施した右腕を上げた。

 何もない空間から巨大な爪が現れ、俺の腕へ叩きつけられる。

 

「ぐっ……!」

 

 重い。

 《壁》で硬化しているはずの腕が、今にも折れそうなほど軋んだ。

 真正面から受け止めるのは無理だ。

 こんな時、タケルならどうする。

 力を止めるのではない。

 流れを受け、そのまま返す。

 

「――転!」

 

 接触した腕から魔想を流し込み、相手の力へぶつける。

 タケルのように完璧に受け流すことはできず、相手へ返した衝撃と同時に俺自身も吹き飛ばされた。

 しかし、何度も雪の上を転がりながらどうにか勢いを殺し、肩で息をしながら立ち上がった。

 

「はは……やっぱ難しいな、これ」

 

 右腕が焼けるように痛む。

 骨にひびくらい入っているかもしれない。

 

「タケルはすげえよ」

 

 あいつなら今の攻撃を受けながら、そのまま相手を地面へ叩きつけていたのだろう。

 俺にはそこまでできない。

 それでもいい。

 タケルと同じことができないなら、俺なりのやり方を探せばいい。

 どれだけ戦う覚悟を決めても、死ぬ覚悟までできたわけではない。

 何度死にかけても死ぬのは怖いし、その恐怖を捨てられる気もしないからこそ、俺は死なないためにもう一度拳を構えた。

 

「どうした、幽霊野郎。また引きこもったのか?」

 

 返事はない。

 姿も見えない。

 だが、さっきまで完全に消えていたはずの気配が、ほんの僅かに残っている。

 怒っている。

 

「ご自慢の能力はその程度か?」

 

 空気が変わった。

 やっぱり効いている。

 自分の能力に絶対の自信を持っているタイプだ。

 なら、もっと怒らせればいい。

 

「姿消さないと何もできないのかよ。ずいぶん臆病な階層主だな」

 

 その瞬間。

 正面から魔力を感じた。

 

「魔力?」

 

 考えた一瞬が遅かった。

 氷で作られた弾丸が複数、一直線に飛んでくる。

 

「っ!」

 

 身体をひねって避ける。

 その瞬間。

 別方向から殺気。

 透明だった何かが実体化し、爪が頬を掠めた。

 

「危なっ!」

 

 数歩後ろへ下がる。

 

「こいつ……戦い方を変えてきやがった」

 

 魔術で意識を逸らし、その隙に本体で攻撃する。

 最初よりずっと面倒だ。

 

「ずいぶん賢いじゃないか」

 

 再び魔力。

 今度は騙されない。

 氷の弾丸を横へ避け、同時に実体化してきた爪も身体を沈めて回避する。

 

「読めてるぞ!」

 

 そう思った瞬間。

 肩に冷たい感触が突き刺さった。

 

「……え?」

 

 次の瞬間。

 

「ぐあああっ!」

 

 激痛が走る。

 俺の肩を貫いていたのは、氷で作られた一本の槍だった。

 爪を避けたことで生まれた隙へ、相手は実体化する直前まで魔力を遮断していた氷槍を手に持ち、そのまま突き刺してきたのだ。

 

「くそっ!」

 

 氷槍を強引に抜き、地面へ投げる。

 休む暇はない。

 顔を上げた瞬間、巨大な脚が視界へ入った。

 

「がっ!」

 

 蹴りが顔面へ直撃する。

 身体が宙を舞い、そのまま雪の上を何度も転がって木へ激突した。

 

「がはっ……!」

 

 肺の空気が一気に抜ける。

 痛い。

 身体中が痛い。

 それでも。

 

「……爪じゃなかった」

 

 本当に殺すつもりなら、さっきと同じ爪で首を狙えばよかった。

 わざわざ蹴った。

 つまり。

 

「どこまでも傲慢じゃねえか……」

 

 俺を仕留められる相手だと思っていない。

 遊んでいる。

 俺が何をしようと、自分には勝てないと思っている。

 

「笑ってろよ」

 

 やられた。

 肩も貫かれた。

 魔想もかなり減っている。

 だが、まだ生きている。

 それなら一度だけ、勝負できる。

 次に実体化した瞬間へ最大出力を叩き込む。

 

「来いよ」

 

 俺は立ち上がり、師匠から残された茶色のハットを深く被った。

 汚れ、端は破れ、今では出会った頃の面影もほとんど残っていない。

 それでも、これを被ると少しだけ落ち着く。

 こんなところで倒れたら、「何やってんだ馬鹿」と師匠に殴られそうな気がした。

 

「最後のぶつかり合いといこうぜ」

 

 深く息を吸う。

 それ以上の準備はいらない。

 気配はない。

 魔力も感じない。

 それでも。

 

「……前だ」

 

 根拠なんてない。

 ただ、そう感じた。

 真正面。

 見えない敵が振りかぶり、俺を殺すために踏み込んでくる。

 

「オーラ・ブレード!」

 

 右腕へ最大出力の刃を形成し、そのまま正面へ叩きつける。

 接触した瞬間。

 何かが砕けた。

 

「……は?」

 

 飛び散った破片を見て理解した。

 氷。

 俺が斬ったのは敵の身体ではない。

 氷の槍だ。

 

「そこまで読んでたかよ……」

 

 どうやら、こいつは最後まで俺を馬鹿にするのが好きらしい。

 だが。

 

「まあ、騙し合いならお互い様だ」

 

 俺は笑った。

 

「バーカ」

 

 《オーラ・ブレード》へ、残っている魔想を一気に流し込む。

 

「――オーラ・ブラスト!」

 

 腕へ纏わせていた刃そのものが急激に膨張し、限界まで圧縮されていた魔想が正面へ向かって一気に放出された。

 同時に、俺の身体も凄まじい反動によって後方へ吹き飛ばされ、背後の木を一本へし折りながら雪の上を滑っていく。

 そして。

 魔想の奔流が通過した空間で、初めて敵の身体が完全に実体化した。

 

「GAaaaaaaa!」

 

 咆哮が響く。

 初めて聞いた声だった。

 腹を魔想の刃に貫かれながら姿を現した魔物を見て、俺は残り少ない魔想を使い切りかけているというのに、思わず笑ってしまった。

 

「……お前、熊かよ」

 

 巨大な白い熊だった。

 雪とほとんど見分けがつかない白銀の毛並みを持ち、両腕には氷晶のような巨大な爪が伸びている。

 

「俺、どこまで熊に呪われてんだよ!」

 

 故郷では赤眼熊。

 ここでも熊。

 

「だったら、なおさら――これで終わりだ!」

 

 最後の魔想まで叩き込む。

 魔想の刃がさらに深く食い込み、巨大な熊の身体を後方へ押し続けた。

 

「うおおおおおおお!」

「GAAAAAAA!」

 

 やがて咆哮が途切れる。

 幻熊は白目を剥き、そのまま雪が吹き飛んで露出した黒い地面へ倒れ込んだ。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 終わった。

 

「もう熊はしばらく勘弁してくれ……」

 

 足から力が抜け、そのまま仰向けに倒れ込む。

 冷たい雪が背中へ触れた。

 魔想はほとんど残っていない。

 身体を温める力すらない。

 肩からは血が流れ続けている。

 このまま寝たら。

 たぶん死ぬ。

 

「……まずいな」

 

 分かっているのに、まぶたが重い。

 起きろ。

 ここで寝るな。

 頭ではそう命令しているのに、身体がもう言うことを聞かなかった。

 なのに。なぜか、不思議と死ぬ気がしなかった。

 

「大きな音と魔力を感じたから来てみたら……幻熊が倒されてる!」

 

 遠くから声が聞こえた。

 明るい女性の声。

 

「ん? あっ! エドガー、あそこに人がいるよ!」

 

 足音が二つ、こちらへ近づいてくる。

 

「子供?」

「生きてる?」

 

 誰かが俺の身体へ触れた。

 

「ああ、まだ息はある」

 

 低い男の声だった。

 

「それにしても……対策もなしで幻熊を仕留めたのか」

 

 男は少し間を置いた。

 

「立派なガキだ。ここで死なせるには惜しい」

 

 その言葉を最後に。

 俺の意識は、完全に闇へ沈んだ。

 

     ◇

 

 ――その頃。

 

 大迷宮パラドリクス、七十階層。

 

「ハハハハハ!」

 

 吹雪の吹き荒れる雪原の中央で、タケルは一人、大声で笑っていた。

 そこは普通の人間なら数分立っているだけでも命に関わるほどの極寒地帯であり、視界を遮るほどの雪が絶え間なく降り続ける中、その足元には巨大な竜種が倒れていた。

 凍竜レルギオン。

 高山や寒冷地に生息するSランクの魔物であり、火龍の里へ向かう途中で戦った個体と同種ではあるものの、あの山のレルギオンのように龍脈と融合しているわけではない。

 それでも。

 単独で戦うには十分すぎるほどの怪物だった。

 

「ハハハ! ルークスにも見せたかったぞ!」

 

 タケルは倒れたレルギオンを見下ろしながら、満足そうに拳を握った。

 

「あの山の個体ほどではなかったが、それでもレルギオンはレルギオンだ。しかも今回は恩寵を使わずに勝てた!」

 

 かつて龍脈と融合した亜種個体を相手にした時には、自らに課していた誓枷を達成して得た恩寵によって能力を大きく引き上げていた。

 しかし今回は違う。

 純粋に現在の自分の力だけで、Sランクの竜種を打ち破った。

 

「これで、俺はまた一つ強くなったな!」

 

 満足そうに頷いたところで、ようやく何かを思い出したように顔を上げる。

 

「あ」

 

 周囲を見る。

 当然、ルークスはいない。

 

「そうだった。ルークスと離れていたな」

 

 今更である。

 

「まあ、ルークスなら大迷宮でも大丈夫だろう」

 

 タケルは倒したレルギオンの身体から鱗を一枚剥がし、記念品のように持ち上げた。

 

「俺より下へ飛ばされていないことを祈るばかりだ!」

 

 そう言いながら。

 自分が七十階へ飛ばされていることには、まったく危機感を抱いていなかった。

 目の前に現れた転移門をくぐると、タケルの姿は吹雪の中から消えていった。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
一様、ルークスの相手は対策を積めば大迷宮でも弱いほうです。
特に印象に残った場面や台詞がありましたら、一言だけでも感想をいただけると、とても励みになります。
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