異世界転生したのに前の転生者にやり尽くされていた件   作:berunarudo

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第四十七話 四者四様

 

 目が覚めた時、最初に感じたのは身体を包んでいる柔らかな温かさだった。

 芯まで冷え切っていた身体には厚手の布が掛けられており、そのすぐ近くでは小さな焚火が赤々と燃えていて、時折爆ぜる火の粉とともに乾いた木の匂いが鼻へ届く。

 雪原で意識を失ったはずなのに、今は風もほとんど感じない。

 

「……生きてる」

 

 自分の声が思った以上に掠れていた。

 

「あ、起きたんだ」

 

 声のした方へ顔を向けると、森の奥から一人の女性が歩いてきた。

 見覚えはない。

 年齢は俺よりかなり上だろうが、柔らかな表情のせいか若く見える。身軽そうな服の上から聖職者らしい装飾を身につけており、それ以上に目についたのは髪の隙間から伸びる長い耳だった。

 エルフ。

 たぶん、そうなのだろう。

 ぼんやりしていた記憶も、少しずつ戻ってきた。

 俺は雪原へ飛ばされ、姿の見えない熊の魔物と戦った。

 どうにか倒したところまでは覚えているが、その後は魔想も身体も限界を迎え、そのまま意識を失ったはずだ。

 

「俺を助けてくれたのか?」

「うん。とは言っても、いろいろしたのはエドガーだけどね」

「エドガー?」

 

 名前を口にした直後、今度は女性が出てきた方向とは別の茂みから一人の男が姿を現した。

 女性とは対照的な格好だった。

 頭部を完全に覆う鉄兜を被り、胴体には動きを邪魔しない程度の軽鎧を身につけている。

 重装備というほどではないが、兜のせいで表情がほとんど見えず、柔らかい雰囲気の女性と並んでいるせいもあって、必要以上に威圧的に感じた。

 

「起きたようだな、坊主」

「あなたがエドガー?」

「ああ」

 

 男は俺の近くまで来ると、火の向こう側へ腰を下ろした。

 

「それにしても、お前はどうやって幻熊を倒した?」

「幻熊?」

「お前が倒れていた近くにいた魔物だ」

「あいつ、幻熊って名前なのか」

 

 俺がそう答えると、エドガーは兜越しでも分かるほど露骨に首を傾げた。

 

「……まさか、名前も知らずに戦ったのか?」

「気づいた時には襲われてたからな」

「坊主、お前どうやってここまで来た」

 

 そう聞かれ、俺は十階層でリクドーと名乗るオーガと戦ったこと、その直後にタケルと一緒に強制転移させられ、目を覚ました時には一人で雪原にいたことを簡単に説明した。

 話を聞いていたエドガーは、リクドーという名前が出た瞬間だけ、明らかに反応を変えた。

 

「……リクドーに会ったのか」

「知ってるのか?」

「直接会ったことはない。冒険王バルド・アッセルが残した書物に、リクドーと名乗るオーガと遭遇した直後、高階層へ飛ばされたという記述がある」

「そんな昔からいるのか」

「ああ。俺もいつか会ってみたいと思っていた」

 

 エドガーの声には、ほんの少しだけ羨ましそうな響きが混じっていた。

 あんな奴に合いたいとは変なやつだ。

 

「それより、タケルって男を知らないか? 背が高くて、とにかく筋肉がすごいやつなんだけど」

「知らないな」

「そうか……」

 

 無事かどうかだけで言えば、あまり心配していない。

 俺より遥かに強いあいつが、大迷宮へ飛ばされた程度で死んでいる姿はどうしても想像できなかった。

 問題は別だ。

 

「……絶対、何か余計なことしてるよな」

「何?」

「いや、こっちの話」

 

 たぶん、どこかで魔物を見つけて嬉々として殴り合っている。

 命よりそっちの方が心配だった。

 

「で」

 

 エドガーが再び俺を見る。

 

「幻熊をどうやって倒した」

「ああ、それなら単純だよ。あいつが攻撃する瞬間だけ実体化してたから、その時に出る殺気とか魔力を読んで、あとはカウンターを狙っただけだ」

 

 俺がそう答えると、エドガーはしばらく黙った。

 横にいた女性まで、なぜか気の毒そうな顔でこちらを見ている。

 

「……なんだよ」

「坊主」

 

 エドガーが深いため息を吐いた。

 

「今の話を、本気で簡単だと思ってるのか?」

「冒険者なら、それくらいできるんじゃないのか?」

「できない」

「え?」

「相手の気配を正確に捉え、戦闘中に魔力の変化まで読める冒険者はほとんどいない。経験で何となく危険を察知する者ならいるが、お前が言っているのはそれとは別物だ」

「そうだよ」

 

 女性も隣へしゃがみ込み、俺へ少し身を乗り出した。

 

「そんな技術を普通に使えるのは、ごく一部の武人とか、高位の魔術師とか、そういう変態みたいに強い人たちだけだよ」

「変態って……」

「褒めてるよ?」

「褒めてないだろ」

 

 しかし。

 

「でも、師匠は普通にやってたぞ。タケルだって当たり前みたいにできるし、幼馴染のレンもできた」

 

 俺がそう言うと、二人とも黙った。

 今度はさっきより長い沈黙だった。

 

「……お前の周り、どうなってるんだ」

「知らないよ」

「魔境だよ、それ」

 

 女性にまで断言された。

 どうやら俺が思っていた以上に、これまでの環境そのものがおかしかったらしい。

 師匠からは「これくらいできないと死ぬ」と言われ、タケルは感覚で何でも見抜き、レンも勇者として当然のように感知技術を身につけていた。

 そんな連中に囲まれていれば、俺がそれを特別な技術だと思わなくなるのも無理はないだろう。

 

「今の冒険者なんてな」

 

 エドガーは火へ小枝を投げながら言った。

 

「騎士団に入れなかった連中か、それでも冒険者に憧れる馬鹿が大半だ。元貴族や武人が修行目的で冒険者になることもあるが、そういう連中は大抵すぐAランクまで上がる」

「じゃあ、普通の冒険者は魔術も使えないのか?」

「使えない者の方が多い。魔術回路を持っていても、戦闘中に魔力を細かく操作する訓練まで受けている者は少ない」

 

 そこでようやく理解した。

 俺がずっと「自分は特別じゃない」と思っていた原因の一つは、単純に比較する相手がおかしかったのかもしれない。

 師匠、タケル、レン、サラ。

 思い返してみれば、普通の人間と比べた記憶の方が少ない。

 

「坊主、お前の師匠は常識を教えなかったのか?」

「戦い方は教えてくれたぞ」

「そういう常識じゃない」

 

 エドガーが呆れたように首を振る。

 

「そもそも、学校はどうした」

「学校?」

「……そこからか」

 

 さっき以上に深いため息を吐かれた。

 

「基本的に、どの国でも十歳前後になれば王都か領地の学園へ通う。貴族も平民も、ある程度の基礎教育はそこで受ける」

「あー……」

 

 言われてみれば、故郷にいた頃にもそんな話は聞いた気がする。

 

「俺、十歳になった頃から色々あって、そのままずっと冒険してたな」

「色々で済ませるな」

「本当に色々あったんだよ」

 

 キャンウィング領へ行き。洗礼を受け。

 魔術回路がないことが分かり。スタンピードが起き。

 ノアーク教団と戦い。崖から落ち。

 火龍の里で半年修行し。凍竜と戦った。

 あれ、俺の人生どうなってる?

 

「まったく、常識外れにも程がある」

 

 エドガーは小さく首を振ったあと、俺へ手を差し出した。

 

「まだ名を聞いてなかったな」

「ルークス」

「俺はエドガー。こっちのうるさい女がローラだ」

「うるさい女だよー」

「自分で言うのかよ」

 

 ローラは全く気にする様子もなく笑っていた。

 

「とにかく、一度大迷宮を出るぞ。タケルとかいう男が本当にお前より強いなら、おそらく向こうも階層主を倒して転移門を開いている」

「分かった」

 

 立ち上がろうとしたところで、少し離れた場所に見覚えのある白い巨体が横たわっていることに気づいた。

 幻熊だ。

 しかも、俺が倒した時より随分綺麗になっている。

 

「……あれ」

「血抜きと解体は済ませてある」

 

 エドガーが当たり前のように答えた。

 

「このまま持って帰れば素材になる」

「助かる」

「で、坊主。鞄は?」

「持ってない」

「……」

 

 また深いため息を吐かれた。

 

「お前、本当にどうやって今まで生きてきた」

「俺も時々そう思う」

 

     ◇

 

 転移門を抜けた瞬間、目の前へ強い光が差し込み、反射的に片手で顔を覆った。

 

「うわ、眩し……」

「最初はみんなそうなるよ」

 

 隣にいたローラが笑う。

 

「慣れるまで少しかかるからね」

「ほら、行くぞ」

 

 エドガーに急かされながら街へ戻り、そのまま冒険者ギルドへ向かおうとしたところで、妙なことに気づいた。

 周囲の冒険者たちがこちらを見ている。

 というより。

 

「……俺?」

 

 明らかに俺だけを見ている。

 何かやらかしたかと思った直後、その理由はすぐに分かった。

 

「俺の友達のルークスという少年を知らないか! こういう顔だ!」

「…………」

 

 冒険者ギルドの入口付近で、一人の大男が紙の束を抱えながら、手当たり次第に冒険者へ配っていた。

 言うまでもない、タケルである。

 しかも配っている紙には、無駄に手の込んだ俺の肖像画が描かれており、なぜか実物より目つきが鋭く、前世の繁華街に貼ってありそうな指名手配書じみた出来になっていた。

 

「……あの馬鹿」

 

 思わず額へ手を当てる。

 

「ルークスを見なかったか? 十歳くらいで――」

「ああああああ!」

 

 俺の声に、タケルが勢いよく振り返った。

 

「その声はルークスではないか!」

 

 目を輝かせる。

 

「心配したぞ!」

 

 そのまま両腕を広げてこちらへ突進してきた。

 俺は右拳へ《壁》を馴染ませた。

 

「ぶっ飛べ、タケル!」

「グボェ!」

 

 拳が顔面へ突き刺さり、タケルの巨体が派手に後方へ吹き飛んでいく。

 同時に、抱えていた紙が宙へ舞い、そのうち一枚がひらひらと俺の足元へ落ちた。

 そこには、やたら格好つけた俺の顔が描かれている。

 

「誰だよ、これ描いたやつ……」

「愉快な連中だな」

 

 エドガーは腕を組んだまま静かに眺めていた。

 

「あはははは! だ、だめ、お腹痛い!」

 

 対するローラは、腹を抱えて笑い転げていた。

 

     ◇

 

 それから少し時間が経ち、夕陽が街の入り組んだ建物や石造りの回廊を赤く染め始めた頃、俺たちは冒険者ギルドに併設された食堂の一角へ集まっていた。

 エドガーは兜を完全には外さず、口元だけが見える程度まで持ち上げて飲み物を口へ運んでいる。

 

「ルークスを助けてくれて感謝する」

 

 タケルが珍しく真面目な表情で頭を下げた。

 

「別に構わん」

 

 エドガーは短く答える。

 

「冒険者同士で助け合うのは普通だ。それに素材を少し分けてもらえるなら、こっちにも得はある」

「俺一人じゃ運べなかったからな。むしろ助かったよ」

 

 あの後、幻熊の素材をギルドで売却したところ、予想以上の値がついた。

 幻熊は透明化能力を持つせいで討伐するだけでも難しく、倒せたとしても素材が大きく傷ついていることが多いらしい。

 しかし今回は、エドガーが倒した直後に血抜きと解体を済ませてくれたおかげで状態が良く、全部合わせて百万円Gという金額になった。

 半分をエドガーたちへ渡しても、俺の手元には五十万Gが残る。

 この世界の物価なら、半年近く生活できる金額らしい。

 ようやく野宿生活から解放される。

 ただ、受付嬢には最後まで俺が幻熊を倒したと信じてもらえず、結局エドガー名義で素材を売ることになった。

 少しだけ身長と筋肉が欲しくなった。

 

「それで」

 

 エドガーが机へ肘を置く。

 

「お前たちは、何をしに大迷宮へ来たんだ」

「これだ」

 

 タケルが懐から一枚の新聞を取り出し、テーブルへ広げた。

 紙面には、あの大会について大きく書かれている。

 エドガーは内容を見るなり、僅かに息を吐いた。

 

「やはり、そういう話か」

「俺は火龍の里の民だ」

 

 タケルの声から笑みが消える。

 

「この大会の賞品として出されている火龍の宝具は、もともと里から盗まれたものだ。それを取り戻すために俺たちはここへ来た」

「やはり盗品だったか」

「分かっていたのか?」

「火龍の里が自分たちの宝を皇族へ売るとは思えなかった。まして、大会の景品にするなど考えにくい」

 

 エドガーは新聞を机へ戻した。

 

「宝具欲しさに大会へ来た連中だと思っていたことは謝る。だが」

 

 一度言葉を切る。

 

「取り戻すのは難しいぞ」

「どうしてだ!」

 

 タケルが勢いよく机へ手を置き、横で焼き鳥を食べていたローラが肩を跳ねさせた。

 

「びっくりしたぁ……焼き鳥落とすところだったよ」

「魔導帝国の皇族が、一介の冒険者の話を素直に聞くと思うか?」

 

 エドガーはタケルの勢いを気にする様子もなく続けた。

 

「元々はお前たちの物だと言って返すなら簡単だ。だが、実際の世の中はそんなに単純じゃない」

「だが、里の宝だ」

「だからといって力ずくで奪えばどうなる。相手は皇族だぞ。帝国から一生追われるだけならまだいい」

 

 エドガーの声が僅かに低くなる。

 

「火龍の里の人間が皇族から宝具を奪ったと知られれば、個人の問題では済まない。最悪、帝国と里の争いになる」

「……」

 

 タケルが口を閉じた。

 俺も何も言えなかった。

 言われてみれば当然の話だ。

 俺たちは盗まれた物を取り返したいだけだが、相手が皇族になった瞬間、それは盗品の返還だけでは済まなくなる。

 正しいかどうかと、実際に通るかどうかは別だ。

 田舎の村で暮らしていた頃の俺が、王様へ会って「話を聞いてくれ」と頼んだところで通るはずもない。

 それと同じで、俺たちが正論を持っていたとしても、それだけで皇族を動かせるわけではない。

 

「むむむ……やはり大会で勝つしかないのか」

「それが一番安全だろうな」

 

 エドガーは頷く。

 

「少なくとも、大会のルールに従って宝具を受け取るなら、帝国側も表立って文句は言えない」

「だが、百階層へ行くだけでも時間がかかる。それに、完全攻略の謎なんて二百年以上誰も解けていないんだろ」

「なら」

 

 エドガーが俺たちを見る。

 

「この俺と手を組むというのはどうだ」

「ほう」

 

 タケルが興味深そうに身を乗り出す。

 

「どういうことだ?」

 

 俺も同じ疑問を抱いた。

 こちらには宝具を取り戻したいという明確な目的がある。

 でも、エドガーには俺たちを助ける理由がない。

 

「俺の目的は、大迷宮の完全攻略だ」

 

 エドガーはそう言うと、一冊の古びた本を机の上へ置いた。

 表紙は擦れ、角も何度も開かれたせいで丸くなっている。

 

「冒険王バルド・アッセル」

「知ってる」

「なら話は早い」

 

 エドガーの声は相変わらず低かった。

 しかし、この話に入った瞬間だけ、これまでとは僅かに違う熱が混じった。

 

「バルド・アッセルは、自分が見た土地や魔物、旅の出来事を数多く書物へ残している。今ではその大半が作り話だと言われているが、俺はそうは思っていない」

 

 エドガーは本の表面を指で軽く撫でた。

 

「冒険者として東方大森林へ入った時、俺は依頼中に魔物の群れへ襲われ、死にかけたことがある。その時に見た」

「何を?」

「白い毛。巨大な牙。それだけで森にいる魔物が近づこうともしない圧倒的な存在感」

 

 兜の奥から、まっすぐこちらを見る。

 

「神獣フェンリルだ」

 

 ローラは何も言わなかった。

 何度も聞いた話なのだろう。

 

「冒険王の書物に描かれていた姿、そのままだった。だが俺がそれを話しても、誰一人信じなかった。死にかけて幻覚を見た。冒険王の本を読みすぎた。好き勝手に笑われたよ」

 

 淡々とした言葉だった。

 しかし、その時だけエドガーの指が、本の表紙を少し強く押さえている。

 

「だから証明したい」

 

 短い言葉だった。

 

「冒険王は実在した。あの本に書かれた冒険も、ただの作り話じゃない。その証拠を、自分の手で見つける」

 

 エドガーはページを開いた。

 

「この本には、大迷宮パラドリクスを攻略し、その証を残したと書かれている」

「攻略した?」

「ああ」

「でも、今まで誰も完全攻略してないんだろ?」

「だから探している」

 

 その答えには迷いがなかった。

 

「俺は十年間、この大迷宮を調べ続けた。冒険王の記録と現在の構造を照らし合わせ、階層の変化、転移門、魔物の配置、街に残る古い記録まで調べた」

 

 エドガーは開いた本を閉じた。

 

「あと一歩だ」

 

 普段ほとんど感情を表に出さなかった男の声に、初めてはっきりとした熱が宿る。

 

「だが、その一歩を超えるには、俺とローラだけでは足りない。知識だけでも駄目だ。力だけでも駄目だ」

 

 俺とタケルを見る。

 

「お前たちが加われば、届く可能性がある」

「私はね」

 

 それまで黙って聞いていたローラが、焼き鳥の串を皿へ置いた。

 

「エドガーが冒険王を証明したいから一緒にいるわけじゃないよ」

「違うのか?」

「うん」

 

 ローラは笑った。

 

「誰かが本気で叶えたいものを持っているなら、それが叶うところを見たいだけ」

 

 あまりにも簡単に言う。

 

「エドガーが十年追いかけてるなら、最後まで見てみたい。それに、今度はあなたたちにも叶えたいことがあるんでしょ?」

 

 火龍の宝具。

 確かにそうだ。

 

「だから、四人でやればいいじゃん」

「簡単に言うな」

 

 エドガーが呆れたように言う。

 

「簡単な方が分かりやすいよ」

 

 ローラは気にせず笑っていた。

 もし本当にエドガーが大迷宮の謎へあと一歩まで迫っているなら、これ以上に魅力的な話はない。

 俺たちは宝具を取り戻せる。

 エドガーは十年間追い続けてきた答えへ近づける。

 互いに目的が違うからこそ、利害は一致している。

 ただ、本当にあと一歩なのか。

 エドガーが嘘をついている可能性だってあるし、本人がそう思い込んでいるだけかもしれない。

 それでも。

 なぜか俺には、嘘を言っているようには見えなかった。

 十年、誰にも信じてもらえないものを、それだけ長い間追い続ける。

 俺には、その熱を笑うことができなかった。

 

「ああ、分かっ――」

「待て」

 

 答えようとした俺の声を、タケルが遮った。

 

「タケル?」

 

 さっきまで話を楽しそうに聞いていた男の表情から、笑みが消えている。

 

「エドガー」

「なんだ」

「君の話が本当なら、俺たちにとってこれ以上ない話だ。だが、君が本当に十年間、その冒険王とやらを追い続けてきたのか。それを俺はまだ知らない」

「証拠を見せろと言うのか?」

「そうだ」

「攻略方法そのものは、仲間になる前に教えるわけにはいかない。十年間集めた情報だ。下手に漏れれば、俺たちだけでなく知った人間まで危険に巻き込む」

「そうか」

 

 タケルはあっさり頷いた。

 

「なら、簡単だ」

 

 立ち上がる。

 俺は嫌な予感がした。

 火龍の里では、言葉より先に拳で相手を知ろうとする者が珍しくなかった。

 特にタケルにとって、相手の覚悟や本気を確かめる最も分かりやすい方法は、昔から一つしかない。

 

「……おい、まさか」

 

 タケルは右拳を前へ突き出した。

 

「拳で語り合おうじゃないか」

「やっぱりか!」

 

 思わず叫んだ。

 

「タケル、俺たちだけじゃ解決できないんだぞ。頼ることは悪くないだろ」

「分かっている」

「じゃあ、なんで殴り合うんだよ!」

「単純な話だ」

 

 タケルはエドガーを真っすぐ見る。

 

「俺は、彼の情熱を確かめたい」

「拳で?」

「ああ」

「なんで?」

「拳なら分かる」

「分かんねぇよ!」

 

 しかし、エドガーは立ち上がった。

 

「いいだろう」

「お前も!?」

「それで納得するなら早い」

 

 エドガーも拳を前へ出す。

 二人の拳が軽く触れ合った。

 

「一つ付き合ってもらおう、エドガー」

「ああ」

「ほんと、男って好きよね~」

 

 ローラは飽きれるように笑みを浮かべていた。

 

 その後、二人はギルドの訓練場で好きなだけ殴り合い、終わった頃には揃って妙にすっきりした顔をしていた。

 なお、二人が派手に暴れたせいで訓練場の一部が壊れ、その修繕費として、せっかく幻熊を売って手に入れた金の大半が消えた。

 その日の深夜、迷宮都市のどこかで男の嘆き声が響いたらしいが、俺は何も知らない。

 

 互いの目的も、考え方も、歩いてきた道も違う。

 それでも、この時から俺たち四人は、同じ大迷宮を目指し始めた。 

 

 

 




ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
冒険王の日誌は伝説の話として有名でAZ財団が絵本や小説を出している。AZ財団自体もこれは創作の話としている。
特に印象に残った場面や台詞がありましたら、一言だけでも感想をいただけると、とても励みになります。
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