異世界転生したのに前の転生者にやり尽くされていた件 作:berunarudo
デスワームとの戦いで四人の連携に問題がないことは確認でき、それに加えてタケルが七十階層の転移門まで解放していたおかげで、俺たちは予定より遥かに早く渦竜スクリームへ挑める状態になっていた。
だからこそ、次の戦いへ備えてすぐに準備を始めるのだと思っていたのだが。
「お前たち、ここ一年くらい戦ってばかりだろ。一日くらい街でも見てこい」
エドガーからそう言われ、俺とタケルには強制的に休暇が与えられた。
最初に聞いた時は、何を言っているのか本気で分からなかった。
だが、改めて自分がここ一年ほど何をしてきたのか思い返してみれば、キャンウィング領では魔物やノアーク教団と戦い、火龍の里へ流れ着いてからは半年近く修行を続け、そのままレルギオンとの戦闘を経て迷宮都市へ到着し、今度は大迷宮へ潜っている。
「……俺、ずっと戦ってるな」
転生してから異世界らしい冒険をしたいとは思っていたが、ここまで休みなく命懸けの出来事ばかり起こるとは思っていなかった。
そんなわけで。
今日は大迷宮へ潜ることもなく、一人で迷宮都市パラドを歩いていた。
◇
「寄ってらっしゃい、見てらっしゃい! うちの焼き鳥は迷宮都市一だよー!」
大通りを歩いていると、どこかで聞いたことのある声が人混みの向こうから響いてきた。
声の方へ目を向ければ、以前この街へ入ったばかりの俺に大迷宮までの道を教えてくれた屋台のおっちゃんが、今日も大量の串を炭火の上へ並べながら客を呼び込んでいる。
「おっちゃん?」
「あん?」
声を掛けると、こちらを見たおっちゃんは少しだけ目を細め、それからすぐに大きく笑った。
「おお! あの時の兄ちゃんじゃねえか。しばらく見なかったから、大迷宮で死んだのかと思ってたぜ」
「縁起でもないこと言わないでくれよ。なんとか生きてるよ」
「そりゃ良かった! せっかく生きて帰ってきたんだ、一本買っていけ!」
「じゃあ二本」
「百本でもいいぞ!」
「食えるか!」
笑いながら代金を払い、焼きたての串を受け取る。
表面には甘辛いタレが塗られ、炭火で焼かれた肉の香ばしい匂いが鼻を抜ける。
一口食べると、表面は少し焦げているのに中は柔らかく、噛んだ瞬間に肉汁と濃い味付けが口の中へ広がった。
「……うま」
「だろ?」
「普通に迷宮都市一を名乗っていいと思う」
「ハハハ! 分かってるじゃねえか!」
値段もそこまで高くない。
この街にいる間は通ってもいいと思えるくらいには美味しかった。
二本目を食べながら、せっかくなので聞いてみる。
「そういえば、おっちゃん。この街で行った方がいい場所ってある?」
「観光か?」
「今日は休みなんだよ。せっかくだから街を見て回ろうと思って」
「昔なら色々あったんだがなぁ」
おっちゃんは少しだけ遠くを見るような目をした。
「この先にでけえ劇場があったんだ。各地の劇団が集まって、演劇だの曲芸だの、時には魔術を使った見世物までやっててな。迷宮へ潜らねえ奴でも楽しめる場所だった」
「今はないのか?」
「ゴルドに取り壊されたよ」
「ゴルドに?」
「ああ。そこだけじゃねえ。周りの店もまとめて買い取って、でけえ商業施設を建てるらしい」
「……ショッピングモールか」
「なんだそりゃ?」
「いや、こっちの話」
前世なら珍しくもない。
大きな建物の中へ衣服や飲食店、食料品店などをまとめて入れ、一つの施設だけで買い物の大半が済むようにする。
便利ではある。
ただ、その便利さの裏で、それまで街にあった小さな店が苦しくなるという話も何度も聞いたことがあった。
「時代ってのは残酷だぜ」
おっちゃんは串をひっくり返しながら呟く。
「俺だって、いつ買収されるか分かったもんじゃねえ」
「でも、ゴルドのおかげで街が復興したんじゃないのか?」
冒険者ギルドで聞いた話ではそうだった。
攻略方法が分からず衰退しかけていた大迷宮へ大会を開くことで冒険者を呼び戻し、潰れかけていた店や土地も買い取って街を再び活気づかせた。
少なくとも、あの受付嬢は本気でゴルドへ感謝していた。
「間違ってはいねえよ」
おっちゃんは少し考えるように顎へ手を当てた。
「大会のおかげで人が戻ったのは事実だし、この店だって前より客が増えた。だがな、あいつはこの街の店や土地を次々買い占めて、自分の商売に変えてんだよ」
「買い占め?」
「昔馴染みのパン屋があったんだが、今じゃ看板まで変わって《ゴルドパン》だ。何がゴルドパンだよ、気味悪ぃ」
「それは……嫌だな」
「だろ?」
おっちゃんは笑ったものの、その顔はどこか諦めているようにも見えた。
「だが仕方ねえんだ。このまま街ごと沈んでいくくらいなら、ゴルドの船に乗った方がまだマシだと思った奴も多い。そいつが泥船かどうかは、まだ誰にも分からねえがな」
「…………」
俺は何も言えなかった。
冒険者ギルドの受付嬢から見れば、ゴルドは街を救った救世主。
このおっちゃんから見れば、街を救う代わりに少しずつ自分のものへ変えている支配者。
どちらかだけが間違っているわけではない。
考えれば考えるほど、この街で誰が正しくて誰が悪いのか分からなくなってくる。
「市長は何してるんだろうな……」
迷宮都市には本来、皇族でも冒険者でもない、市長という街の代表者がいるはずだ。
その男はゴルドの行動を認めているのか。
それとも、止める力がないのか。
「……やめよう」
せっかくの休暇なのに、こんなことばかり考えていたら結局休めない。
おっちゃんに礼を言って屋台を離れ、入り組んだ街並みを適当に歩いていると、巨大な迷宮壁と木造建築に挟まれた細い路地の先に、一軒の古びた店があることに気づいた。
周囲の建物より少し奥へ引っ込んでいるせいか、注意して見なければ存在そのものに気づかない。
錆びた金属板に書かれた店名は――。
《魔導具店カイト》
「……カイト?」
聞き覚えがある。
エドガーが六十階層の結界について調べてもらった魔導技師。
「まさか、あのカイトか?」
ちょうど魔導具というものには興味があった。
魔術回路を持たない俺でも、ローラから渡された冷却マントのような魔導具なら魔術に近いことができる。
せっかくの休暇だ。
覗くだけ覗いてみてもいいだろう。
少し錆びた扉へ手を掛ける。
ギィ、と嫌な音を立てながら開いた瞬間。
「ぐああああああ!」
「え?」
目の前で何かが爆発した。
白い閃光が店内を埋め尽くし、反射的に腕で顔を覆う。
耳の奥で小さな音が鳴り続ける中、しばらくして目を開けると、店の中央には煙を上げる奇妙な装置と、その横で床に倒れている男がいた。
髪の毛が見事にチリチリになっている。
「だ、大丈夫か!?」
「ああ……大丈夫だ」
男は何事もなかったように上半身を起こすと、焦げた髪を片手で払いながら、倒れていたことなど忘れたように目の前の装置へ顔を近づけた。
「くそ、まただ。途中までは安定していたのに、出力を三割上げた瞬間に逆流した」
「…………」
「吸魔石の質ではない。なら魔術式か? いや、それなら二段階目で止まるはずだ。接続部分……違う。流量制御……いや」
何かをぶつぶつ呟きながら、床に散らばっていた紙を拾い、凄まじい勢いで数式を書き始める。
「うわあああ、駄目だ! 思いつかない!」
頭を抱える。
さっき爆発した人間とは思えないほど元気だ。
「…………」
なんだこの人。
少し怖い。
「な、なあ」
恐る恐る声を掛ける。
「あなたがカイト?」
「…………」
「おーい」
「……ん?」
ようやくこちらへ視線が向いた。
「おや」
男は数秒俺を見つめたあと、さっきまで頭を抱えていた人物とは思えないほど一瞬で真顔になった。
「いつの間に人がいたんだ」
「最初からいたよ!」
「それは申し訳ない」
急に落ち着くなよ。
落差が怖い。
男は立ち上がると、乱れた服を簡単に整えた。
「改めて。私の名はカイト。この古びた魔導具店の店主兼魔導技師だ。それにしても、よくこんな店を見つけられたものだね」
「エドガーから名前を聞いていて。たまたま店の前を通ったら同じ名前があったから」
「ああ」
カイトは納得したように何度か頷いた。
「エドガー君の新しい仲間か」
「知ってるんですね」
「長い付き合いだからね。彼は非常に興味深い変態精神の持ち主で大変だろうが、悪い人物ではない」
「はは……俺にも似たような友人がいるので慣れてます」
頭の中にタケルが浮かんだ。
「ほう。それは興味深い友人だ」
「紹介すると絶対面倒なことになる気がするからやめときます」
「残念だ」
絶対残念じゃない。
「それで、私に何か用があるのかな?」
「実は魔導具に興味があって」
「魔導具に?」
「ああ」
俺は簡単に事情を説明した。
生まれつき魔術回路を持っていないため魔術を扱えず、今までは魔想を直接利用することで戦ってきたこと。
最近は極心流という技術も学んだものの、基本的には身体能力と魔想をぶつける戦い方しかできず、成長の方向に少し行き詰まりを感じていること。
「魔導具なら、俺にも魔術みたいなことができるんじゃないかと思って」
「なるほど」
カイトの目が変わった。
さっきまで普通に話していたのに、一瞬で研究者の顔になった。
「少し失礼」
「え?」
肩を掴まれる。
「ちょ、何を――」
腕を触られる。
背中を叩かれる。
今度は棚から何かの魔導具を取り出し、俺の全身へ青白い光を当て始めた。
「待て待て待て! 説明してくれ!」
「検査だ」
「先に言ってくれ!」
「ふむ」
俺の抗議を完全に無視して、カイトは小さな板へ表示された数字を見ていた。
少し離れた机の奥には、半透明の板のようなものが青白く光っており、その表面では見たこともない記号や数字が次々と変化している。
前世ならともかく、こんな古びた店の中にあるには妙に高度な機械だ。
「……おかしい」
「何が?」
「君、本当に人間かな?」
「人間だよ!」
失礼な。
「いや、失礼。だが数値を見る限り、疑いたくもなる」
カイトは検査に使っていた魔導具を置くと、椅子へ腰を下ろし、机の上にあったコーヒーを何事もなかったように飲み始めた。
「いいかい。魔導具は道具そのものの性能によって出力が大きく変わるが、それだけではない。魔想石や術式が稼働する過程で、どうしても微量の魔粒子が周囲へ漏れる」
「それが?」
「普通の人間なら、高出力の魔導具を長時間使い続ければ身体に負担が掛かる。そのため、使用者にはある程度の魔粒子耐性が必要なんだ」
カイトは俺を見る。
「だが君の魔粒子耐性は、普通の人間の基準から大きく外れている」
「そんなに?」
「それだけではない。体内に保有している魔想量も異常だ」
「異常って」
「少なくとも、同年代の人間と比較する意味はない。成人の一流魔術師と比較してもおかしい数字だ」
「…………」
「はっきり言えば、竜種が人間へ化けていると言われた方が、まだ納得できる」
「だから人間だって!」
何度言わせるんだ。
自分の身体について考えてみる。特別なことをした覚えはない。
小さい頃から魔力炉を鍛え、より多くの魔粒子を魔想へ変換できるように何度も訓練し、それを扱えるだけの身体も並行して鍛えてきただけだ。
「小さい頃から魔力炉を鍛えてきただけだぞ」
「魔力炉を鍛えた?」
カイトの眉が動いた。
「どうやって?」
「魔粒子をできるだけ大量に魔想へ変換できるように、一日中意識して変換したり」
「一日中?」
「うん」
「幼少期から?」
「まあ」
カイトはしばらく無言で俺を見る。
「それほど単調で負荷の掛かる訓練を、幼い子供が毎日継続できるはずがない」
「あー……そこは頑張ったというか」
前世の記憶があったからだとは言えない。
身体は子供でも、考えている中身まで完全な子供だったわけではない。
転生した直後から、異世界に来たなら何か特別な力が欲しいと思い続け、その結果として毎日馬鹿みたいに魔力炉を鍛え続けた。
「…………」
カイトは信じられないものを見るような目を俺へ向けたあと、突然机へ向き直り、何枚もの紙へ俺には理解できない数式を書き始めた。
「変換量と耐性が同時に上昇した? いや、長期間に渡る適応なら説明できる。だが身体の成長前から……魔力炉の処理速度まで異常に高い。なら――」
「おーい」
「…………」
「聞いてる?」
「理解した」
「聞いてないだろ」
カイトは勢いよくこちらへ振り向く。
「君へ普通の魔力増幅器を取り付ければ、おそらく回路が焼き切れる」
「まじかよ!」
「供給量が想定値を超えすぎる。普通の術者を前提にした制御装置では間に合わない」
「じゃあ魔導具は無理なのか?」
「いや」
カイトはむしろ楽しそうに笑った。
「君専用に調整すればいい」
「専用?」
「興味深いではないか」
嫌な予感がする。
この人の「興味深い」は多分危険だ。
「これを持っていきたまえ」
差し出されたのは、ほとんど装飾のない黒い腕輪だった。
「これは?」
「計測器だ。装着者がどの程度の速度で魔想を生成し、どのような出力で放出し、どれだけ効率よく循環させているのかを記録する」
「つまり、俺の魔想の使い方を調べる?」
「そういうことだ。近いうちに渦竜スクリームと戦うのだろう?」
「エドガーから聞いたのか」
「もちろん」
カイトは楽しそうに腕輪を指差す。
「その戦いの間、これを装着しておいてくれれば十分だ」
「戦ってる途中で壊れたりしない?」
「安心したまえ。戦闘用の計測器だから相当頑丈に作ってある」
「ならいいけど」
腕輪を受け取る。
「それと」
カイトが何かを思い出したように店の奥へ入っていき、しばらくして一本のショートソードを持って戻ってきた。
「君にはこれも使えるかもしれない」
「剣?」
思わず身を乗り出す。
長さは俺でも問題なく扱えそうで、刀身そのものは普通のショートソードに近い。
しかし表面には無数の細かな魔術式が刻まれ、柄の中央には黒い石が埋め込まれていた。
「これは失敗作でね」
「失敗作を渡すのかよ」
「普通の人間にとっては、だ」
カイトは柄に埋め込まれた黒い石を指差した。
「これは吸魔石。本来は周囲の魔粒子を取り込み、内部へ蓄える性質を持つ石で、魔導具における魔力庫のような役割を果たす」
「へえ」
「この剣は、その吸魔石へ蓄積された魔粒子を刀身へ流し、刻まれている強化術式を起動することで、切断力を上昇させる予定だった」
「予定?」
「この個体だけ性質が変質していてね。外部の魔粒子をほとんど吸わない代わりに、人間が変換した魔想を直接吸収する」
「魔想を?」
「ああ」
カイトが笑う。
「普通の人間なら数秒で魔想を吸い尽くされる。以前エドガー君に試してもらったところ、倒れかけていたよ」
「それ笑っていい話か?」
「今思い出しても面白い」
「この人、かなり危ない研究者だな……」
「何か言ったかね?」
「何でもない」
しかし。
失敗作。
普通の人間が使えば魔想を奪われすぎてまともに扱えない。
でも。
「俺なら使えるかも?」
「そう考えている」
剣を受け取る。
軽い。
火龍の里にあった馬鹿みたいに大きな武器とは違い、これなら昔使っていた剣と同じ感覚で振ることができそうだ。
「ちょっと試していい?」
「構わない」
柄を握り、ほんの少し魔想を流す。
「おお……」
面白いほど吸われる。
普通なら魔想を纏わせれば、自分の意思で留めておかなければ散っていく。
だが、この剣は流した分だけ綺麗に吸収していく。
「どれくらい入るんだ?」
「待ちたまえ」
もう少し。
「ルークス君?」
さらに流す。
「ま、待て」
「ん?」
「待ちたまえ!」
カイトの声に顔を上げる。
さっきまで余裕そうだった表情が完全に消えていた。
「この店ごと吹き飛ばすつもりか!」
「え? いや、そんなつもりないけど」
「止めろ! 今すぐ!」
慌てて魔想を止める。
カイトは俺の手からショートソードを奪うように取り上げ、刀身へ浮かんでいた術式を睨みつけた。
「想定外だ……」
「何が?」
「吸収上限へ到達する速度が早すぎる」
「もう満タン?」
「ああ。この石をここまで短時間で満たせる人間など想定していなかった」
カイトは再びぶつぶつ言い始める。
「いや待て。魔粒子を蓄積した場合と魔想を直接蓄積した場合ではエネルギー効率が違うのか? 術式側の許容値も変更する必要がある。これでは刀身が耐えられない」
「じゃあ俺でも使えない?」
「今のままでは危険すぎる」
「えー」
「君に渡したら絶対に壊す」
「そこまで信用ない?」
「今のを見て信用できると思うかね?」
剣を返してくれる様子はない。
カイトはそのまま店の奥へ走っていき、代わりに小さな魔導具を俺へ押し付けた。
「とりあえずこれは持っていきたまえ」
「何これ?」
「光を発生させるだけの簡単な魔導具だ」
「剣は?」
「調整する」
「いつ?」
「分からない!」
「おい!」
「今から計算し直すから帰ってくれ!」
しかし、もう俺の声は耳に入っていないらしい。
「魔想を直接エネルギー源にするなら、変換工程そのものを省略できる。いや、それなら効率は……」
完全に研究へ入ってしまった。
「…………」
仕方なく店を出る。
扉を閉めても、中からまだ何か叫んでいる声が聞こえていた。
「とんでもない人だったな……」
でも、悪い出会いではなかった。
手首へ付けた黒い腕輪を見る。
魔術回路がないなら、魔術を使えないまま戦うしかない。
これまではそう思っていた。
だから魔想を鍛え。身体を鍛えた。
それでも結局、俺の戦い方は魔想を直接ぶつけることが中心で、できることには限界がある。
だが、魔導具なら。
俺自身が魔術を使えなくても、魔術と同じ現象を道具へ任せることができる。
「……面白いな」
もしかすると、今までとはまったく違う戦い方ができるかもしれない。
それに。
思い返してみれば、俺は元々剣で戦っていた。
いつの間にか《オーラ・ブレード》が便利すぎて、自分自身が刃を作れるなら武器なんて必要ないと思うようになり、最近はタケルの影響もあって拳で殴ることの方が増えている。
「やっぱり武器、欲しいな」
あの失敗作の剣。
もし俺に合わせて調整できるなら。
かなり面白い武器になりそうだ。
◇
「ただいま」
宿へ戻ると、部屋の中央でタケルが座禅を組んでいた。
微動だにせず目を閉じている。
「タケル?」
「…………」
「寝てないよな?」
「む」
目を開けた。
「おお、ルークスか。帰ってきたのだな」
「何してたんだ?」
「鍛錬だ」
「やっぱり」
「今日は休養日だからな。普段より軽めにしている」
「休養の意味知ってる?」
「もちろんだ」
多分知らない。
「何やってた?」
「朝に腕立て千回、腹筋千回、スクワット千回。その後は精神統一だ」
「それを休養って言うな」
「身体を追い込みすぎてはいないぞ」
「基準がおかしいんだよ」
予想通りすぎて、聞かなければよかった。
「ルークスはどうだった?」
「街を歩いて、変な魔導技師に会った」
「強かったか?」
「何で人と会った感想がまず強さなんだよ」
「そうか、強くないのか」
「知らないよ」
俺はベッドへ腰を下ろし、腕輪を見せる。
「ただ、面白いものは見つけた」
「ほう」
「魔導具を使えば、俺も今までと違う戦い方ができるかもしれない」
「それは良いことだ」
タケルは素直に頷いた。
「戦い方が増えれば、その分だけ強くなれる」
「まあ、そのためにもまず渦竜スクリームだな」
「ああ!」
その名前を出した瞬間、タケルの表情が明らかに明るくなった。
「楽しみだ!」
「竜と戦う話でそこまで嬉しそうにできる精神が、俺にも少し欲しいよ」
「分けてやろうか?」
「遠慮しとく」
そんな会話をしながら、翌日の戦いに備えて俺たちは早めに眠りについた。
◇
同じ頃。
迷宮都市の片隅にある古びた魔導具店では、まだ明かりが消えていなかった。
昼間とは違い、店内に客の姿はない。
机の上には分解されたショートソードと大量の紙が並び、部屋の奥では青白く光る半透明の画面がいくつも浮かんでいる。
「一つ、計算を頼みたい」
カイトが誰もいない空間へ向かって呟いた。
直後。
画面に無数の文字と数式が流れ始める。
「魔粒子から魔想への変換効率。それから、魔想を直接動力として利用した場合の損失率を算出してくれ」
数字が次々と書き換わる。
カイトはその結果を眺めながら、昼間ルークスが握っていたショートソードへ視線を移した。
普通なら使い物にならない失敗作。
魔想を吸収しすぎるが故に、誰にも扱えなかった剣。
それを少年は、ほんの僅かな時間で限界近くまで満たした。
「いや」
カイトは小さく笑った。
「もう一つ追加しよう」
青白い画面へ、新しい項目が表示される。
《ルークス》
「彼の現在の身体能力、魔想量、変換速度、成長率。それらすべてを使って、今後の推移を予測してくれ」
昼間に計測した大量の数値が画面へ展開される。
「魔術回路を持たず、幼少期から魔力炉のみを鍛え続けた人間」
カイトは画面へ指を滑らせる。
「魔粒子への異常な耐性に、人間の基準から大きく外れた魔想量。そして、魔想そのものを直接利用する戦闘法」
数字が更新されるたびに、カイトの口元へ笑みが浮かんでいった。
「実に興味深い」
それは昼間、ルークスへ向けていた研究者としての好奇心と、ほとんど変わらない笑顔だった。
ただし。
その目が見ているものだけは違った。
「私の計算が正しいなら――」
画面の中央に表示されたルークスのデータを見つめる。
「彼こそが、私の夢を実現させる鍵になる」
古びた魔導具店の奥で、無数の計算式だけが静かに流れ続けていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
うーん、誰だろうな~。吸魔石君はこれからよく出てくるので覚えておきましょう。ここテストに出ます。
特に印象に残った場面や台詞がありましたら、一言だけでも感想をいただけると、とても励みになります。