異世界転生したのに前の転生者にやり尽くされていた件 作:berunarudo
またもや、冒険者たちが大迷宮へ向かった後の静かな時間を狙い、俺たちは冒険者ギルドの食堂へ集まっていた。
朝の喧騒が嘘のように消えた広い食堂の一角で、エドガーは俺たち三人の前へ四つの魔導具を並べる。
形状は顔の半分ほどを覆う仮面に近く、額の部分には小さなくぼみがあり、内側には俺には読めないほど細かな魔術式が幾重にも刻まれていた。
「これはカイトが作った水中呼吸用の魔導具だ」
「水の中で呼吸できるのか?」
「ああ。額のくぼみへ魔想石を差し込み、少量の魔想を流せば、水中でも一定時間呼吸できる」
「すげえな……」
まさしく異世界版の酸素ボンベだった。
魔導具というものを知ってから便利だとは思っていたが、まさか水中呼吸まで再現できるとは思わなかった。
「今回の目的地は八十階層だ。七十階層まではタケルが転移門を解放しているから問題ないが、その先は完全な海中になる」
エドガーは一枚の地図を広げながら続けた。
「七十階層から八十階層へ向かう道もすでに頭へ入っている。ただし海中はかなり暗い。魔物を刺激しないためにも、八十階層へ着くまでは灯りを使わない」
「真っ暗な海を泳ぐのかよ」
「俺の魔想を追え。ルークスとタケルなら問題なく感知できるだろう」
「俺たちはいいけど、ローラは?」
「エドガーとは長いから大丈夫だよ~」
ローラは軽く杖を振った。
「迷子になれば終わりだぞ」
エドガーの声だけは真面目だった。
「実際、八十階層へ向かう途中で方向を失い、そのまま帰還できなくなったパーティーもいる。戦闘以前に環境そのものが魔境だ」
「気をつけます……」
やはり、海は怖い場所だ。
◇
準備を終えた俺たちは、まず正式に《黄金の一杯》としてパーティー申請を済ませた。
そのまま転移門へ向かう途中、何となく大迷宮の最高到達階層を記録している巨大な石碑へ目を向ける。
一位 百階層 《明日への一杯》
二位 九十階層 ベルナード
二位 九十階層 《理想郷》
三位 八十一階層 《戦乙女》
四位 八十階層 《究極の一品》
五位 六十階層 《明日の空》
「……増えてる」
以前にはなかった名前が一つ追加されていた。
《明日の空》。
六十階層まで到達したパーティーらしい。
「大会が始まってから、挑戦者は増え続けている」
エドガーも石碑へ目を向ける。
「俺たちが立ち止まっている間にも、他の連中は先へ進む」
「別に競争じゃないだろ?」
「俺にとってはな」
「俺は少し燃えてきたぞ!」
放っておけばランキング目的で百階まで殴り込みかねない。
俺は仮面を顔へ装着し、そのまま転移門を潜った。
◇
白い光が視界を覆い、次に目を開けた時には、巨大な海が目の前いっぱいに広がっていた。
「うわ……」
思わず声が漏れる。
目の前にはどこまでも続く青い水面があり、その向こうには水平線しか見えない。
足元は白い砂浜で、穏やかな波が何度も寄せては引いている。
「海って初めて見た……」
「そうなのか?」
「ああ。前……いや、生まれてから一度も来たことなかった」
危ない。
前世では海を見たことがある。
でも、この身体では初めてだ。
「大迷宮の良いところだな」
エドガーが海を眺める。
「高い路銀を払わなくても、世界中の景色に近いものを見られる」
「確かに、それだけ聞けば観光地だな」
「魔物がいなければね~」
ローラの言う通りだ。
問題は、俺たちの格好が完全に冒険者装備のままだということだった。
水着なんて当然ない。
「この服のまま泳ぐのか?」
「そこは私に任せてよ」
ローラが杖を掲げる。
「我が神よ、彼の者たちの身を迫り来る水より守りたまえ――第三階位《
淡い光が俺たちの身体を包む。
試しに海へ足を入れると、水そのものは触れているのに、服へ染み込んでくる感覚がほとんどない。
「おお」
「完全に弾けるわけじゃないけど、服が水を吸って重くなるのはかなり防げるよ」
「助かる」
「流石だ、ローラ!」
「えへへ~」
準備は整った。
俺たちは海へ入り、そのまま深い場所へ向かって潜っていった。
◇
仮面の魔導具は想像以上に快適だった。
水中で口を開いても水は入らず、普段と同じように呼吸できる。多少の圧迫感はあるものの、酸素がなくなる恐怖を感じないだけで随分楽だった。
ただし暗い。
深く潜れば潜るほど太陽の光は届かなくなり、辺りはすぐに青黒い闇へ変わっていった。
視界に頼ることはほとんどできない。
俺は先を泳ぐエドガーから発せられる魔想を感じ取り、それだけを目印に進み続けた。
途中で何度か階層を移動し、そのたびにローラが《防水の祝福》を掛け直しながら先へ進む。
一度、闇の向こうを巨大なサメのような魔物が横切った時には本気で肝が冷えたが、幸いこちらへ興味を示すこともなく、そのまま遠ざかっていった。
そうして長い海中移動を終え。
俺たちは八十階層へ辿り着いた。
◇
「ここから先は、今までと同じつもりで動くな」
エドガーが俺たちを見る。
目の前に広がる海は、先ほどまでとは明らかに違っていた。
魔粒子が濃い。
水中なのに、呼吸をするたび仮面越しでも身体の奥へ魔力が入り込んでくるような錯覚を覚えるほどだった。
「八十階層の主は《渦竜スクリーム》。海中を自在に操るSランクの竜種だ」
エドガーが球状の魔導具を取り出す。
以前デスワーム戦で使ったものに似ている。
「こいつは敵を狙う際、咆哮を使って位置を探る。正確には、自分の放った音が周囲へぶつかって返ってくる反応を利用している」
「音で見てるってことか」
「その認識でいい」
エドガーは球を見せる。
「こいつを咆哮している口の中へ入れる」
「爆発させる?」
「違う。中に封じてあるのは音魔術だ。スクリーム自身の咆哮とは比較にならないほど大きな音を至近距離で叩き込み、感知能力を一時的に狂わせる」
「なるほど」
「その隙に俺がエラへ近づき、風魔術を使う」
「風?」
「水中で生きるとはいえ、奴も酸素を取り込んでいる。エラへ通常以上の酸素を強制的に送り込み、内側から損傷させる」
「えげつないな」
「相手はSランクだ。手段を選ぶ余裕はない」
さらにエドガーは俺たちを見る。
「それと、魔想は可能な限り温存しろ。この階層は魔粒子そのものは濃いが、水中では安定して体内へ取り込むことが難しい」
「ローラは?」
「私は身体の中に残ってる魔想なら使えるよ。ただ、補充できないから大きい魔術は何回も撃てないけどね~」
「だから温存してくれ」
「任せて」
作戦は単純。
音で感覚を奪い。
エラへ攻撃。
一気に仕留める。
「来るぞ」
エドガーが呟いた。
次の瞬間。
「BOOOOOOOOO――」
海全体が震えた。
「……っ!」
低い音が身体の中へ直接響き、仮面越しでも頭蓋骨そのものを揺らされているような不快感が走る。
遠い。
しかし、確実に近づいている。
「BOOOOOOOOO――」
さっきより大きい。
「BOOOOOOOOOOOOO――!」
目の前の闇が動いた。
それが巨大な生物の身体だと理解するまで、一瞬かかった。
レルギオンのように四本の脚と翼を持つ竜とはまるで異なり、細長い身体は巨大な海蛇に近い。
青黒い鱗に覆われた胴体は見える範囲だけでも何十メートルあるのか分からず、翼など存在しないにもかかわらず、身体を僅かに捻るだけで水そのものを押し退けながら滑るように進んでいる。
渦竜スクリーム。
感じる魔力だけでも、デスワームとは比較にならない。
山で戦った龍脈融合個体のレルギオンほど異常ではないにしても、普通の魔物と比べると別格だ。
「……でかすぎるだろ」
呟いた直後。
「BOOOOOOOOO!」
咆哮。
スクリームの頭部が俺たちへ向いた。
エドガーが動く。
両足へ取り付けていた小型魔導具のくぼみに魔想石を差し込むと、背後へ猛烈な水流が噴き出し、その反動を利用して一直線にスクリームへ接近していった。
「速っ!」
水中とは思えない。
スクリームもそれに気づいたのか、巨大な口を開く。
「BOOOOOOOOO――!」
その瞬間。
エドガーが球状の魔導具を投げた。
小さな球体は開かれた口へ吸い込まれるように飛び込み。
音が爆発した。
「――っ!」
水中全体が強烈に振動し、俺たちまで反射的に耳を塞ぎたくなるほどの衝撃が走る。
「GAAAAAAAAA!」
スクリームの身体が大きく仰け反った。
頭を左右へ振り回し、明らかに俺たちを見失っている。
エドガーが上へ向かって小さな光を放った。
合図だ。
俺とタケルも一気に動き出す。
水中では地上のように足場を蹴ることができないため、魔想を後方へ放出し、その反動を利用してスクリームへ接近する。
今はまだ攻撃しない。
俺たちの役割は、エドガーが作業を終えるまでスクリームの注意を散らすことだ。
感覚を失ったスクリームの横へ回り込んだエドガーが、巨大なエラの一つへ筒状の魔導具を取り付ける。
くぼみへ魔想石を差し込んだ。
その直後。
風が吹いた。
「――!」
魔導具から生まれた大量の空気が一気にエラへ吸い込まれ、その内部へ無理やり酸素が送り込まれていく。
エラが膨らんだ。
次の瞬間。
赤い血が噴き出した。
「やった!」
青い海中へ大量の血が広がる。
スクリームのエラは明らかに傷ついていた。
エドガーの研究通り。
攻略法は正しかった。
あとは、このまま弱ったところへ――。
「……ん?」
スクリームの動きが止まった。
さっきまで感覚を失い、苦しむように身体を揺らしていた竜が、ゆっくりと頭を持ち上げる。
目が俺たちを捉えた。
「嘘だろ」
むしろさっきまでよりはっきりしている。
「BOOOOOOOOOOOOOOOOO――!」
これまでで最も大きな咆哮が海中を震わせた。
強引にエラへ酸素を送り込まれ、その内側を傷つけられた強烈な痛みによって、狂わされていた意識が逆にはっきりしてしまったらしい。
スクリームが身体を丸める。
「まず――」
最後まで言えなかった。
巨体が回転した。
回るたびに周囲の水流が加速し、最初はスクリームの身体の近くだけだった流れが、瞬く間に巨大な渦へ成長していく。
「ぐっ!」
身体が引っ張られた。
泳ごうとしても前へ進まない。
それどころか、スクリームを中心とした渦の中へ身体ごと巻き込まれていく。
一様に逃げようと模索するも耐え切れない。
「うおっ!」
俺たち四人の身体が一斉に吹き飛ばされた。
上下の感覚が消える。
身体が何度も回転し、肩を何かへぶつけたかと思えば、次の瞬間には背中へ衝撃が走る。
何がどこにあるのか、誰がどこにいるのか。
何も分からない。
その時、顔へ何かが激突した。
「っ!」
仮面がずれた。
まずい。
手を伸ばすも、間に合わない。
水流に持っていかれた仮面は、そのまま暗い海の向こうへ消えていった。
「……っ!」
反射的に口を閉じる。
呼吸できない。
焦る気持ちを抑えろ。
まず状況を確認しろ。
渦から投げ出されたせいか、水流は先ほどより弱くなっていた。
視界を巡らせる。
周りには誰もいない。
「……近い」
でも、スクリームが一番近い。
偶然にも、吹き飛ばされた俺の位置はスクリームの頭部に近かった。
しかも、さっきエドガーが傷つけたエラがすぐ目の前にある。
「…………」
迷っている時間はない。
ここを逃せば、また全員まとめて渦へ巻き込まれるかもしれない。
俺は息を止めたまま、スクリームへ向かって泳いだ。
傷ついたエラからは血が流れ続けている。
あそこなら俺の攻撃でも通る。
右腕へ魔想を集める。
《オーラ・ブレード》。
魔想を刃へ変えた瞬間。
普段とは比較にならない速度で力が失われた。
「……!」
水中では、ただ刃の形を維持するだけでも周囲の水圧や流れへ逆らわなければならず、その分だけ魔想が削られ続けている。
息も苦しい。
肺に残っている空気も少ない。
それでもここで止めるわけにはいかない。
俺はスクリームのエラへ近づく。
しかし、すぐに気づかれた。
巨大な頭部がこちらへ向く。
口が開く。
逃げる余裕はない。
「――!」
残っていた空気を全部吐き出した。
泡が視界を覆う。
そして水を吸った。
当然、呼吸なんてできない。
肺へ冷たい水が入り込み、身体は酸素を求めて悲鳴を上げ、喉から胸の奥まで焼けるような苦痛が走る。
それでも水と一緒に入ってきたものがある。
濃密な魔粒子が肺へ流れ込み。
魔力炉が動いた。
酸素の代わりにはならない。
生きるための呼吸にはならない。
それでも、攻撃をあと数秒続けるための魔想には変えられる。
「――まだだ!」
声にはならない。
魔想を右腕へ流し込む
刃が伸びた。
傷ついたエラへ突き刺す。
「GAAAAAAAAAA!」
スクリームの巨体が暴れる。
俺の身体も水中で大きく振り回されるが、右腕だけは離さない。
さらに深く、もっと奥へ。
血が溢れ出し、透明だった海が赤く濁っていく。
しかし、スクリームは弱っているとはいえSランクの魔物
俺の攻撃を邪魔するがごとく、攻撃を仕掛けてくる
俺に避けることはできない
「――!」
攻撃が迫る。
その瞬間横から何かが飛び込んできた。
見えた顔はタケルだった。
両腕を交差させ、スクリームの頭部を真正面から受け止めた。
水中なのに身体へ衝撃が伝わってくる。
タケルの身体が押される。
それでも止めている。
「――!」
タケルが俺を見る。
目で合図を送ってきた。
おそらくは続けろと言いたいのだろう
俺はオーラ・ブレードへ残る魔想を注ぎ続ける。
タケルは俺へ攻撃を届かせないよう、スクリームの頭部へ両腕を押し当てたまま耐えている。
互いに長くはもたない。
その時、暗い海中へ光が生まれた。
「我が神よ――!」
水越しでも分かる。
ローラだ。
遠くへ吹き飛ばされていたはずの彼女が杖を両手で握り、体内に残していた魔想を一気に魔術へ変えている。
この階層では補給できない。
だから温存していた。
この一撃のために。
「その慈悲を刃へ変え、我らが前に立ちはだかる災いを打ち砕きたまえ――第四階位《聖槍(ホーリー・ランス)》!」
ローラの周囲へ無数の光が集まった。
最初は一本の槍だった。
だが次々と分かれる。
数十本。いや、無数の光が集まる
光の槍が海中へ広がり。
一斉にスクリームへ降り注いだ。
「GAAAAAAAAAAAAAAAA!」
エラだけではない。
スクリームの全身へ光が突き刺さる。
硬い鱗を完全に貫通するほどではないものの、これまで受けた傷と合わせれば十分だった。
スクリームの巨体が大きく揺らぎ。
タケルを押し込んでいた力も弱くなる。
そして、一つの人影が水中を駆け抜けた。
エドガーが足の魔導具を最大出力で起動し、猛烈な水流を後方へ噴き出しながら、矢のような速度でスクリームへ接近していく。
片手には剣。
狙う場所は俺が傷つけ続けていたエラ。
「これで――終わりだ!」
エドガーが剣を突き刺した。
鱗の隙間を抜け、傷ついたエラの奥まで刺さる。
剣の鍔近くにある小さなくぼみへ、魔想石を押し込んだ。
剣全体に刻まれていた魔術式が光る。
呼応するように風魔術が発動した。
今度はエラの内部から。
大量の風が一気に放出された。
「――――!」
声にならない咆哮。
エラの内側が膨らみ。
限界を超え弾ける。
血が爆発したように海中へ広がる。
スクリームの巨体が一度大きくのけ反り、そのまま細長い身体を激しく振り回した。
最後の抵抗を見せるように尾が海水を薙ぎ払い、そのたびに巨大な水流が生まれていたが、先ほどまでの力はもう残っていなかった。
やがて動きが弱まり、最後に尾を一度大きく振ったのを境に完全に止まった。
「…………」
倒した。
けれど俺には喜ぶ余裕なんて残っていなかった。
肺には水が入り、酸素は足りず、魔想もほとんど使い切っている。傷
口から広がった血で視界まで赤く濁り、指一本まともに動かせないまま、俺の身体はゆっくりと海中へ沈み始めた。
「……またか」
最近無茶ばっかだ。
一回ぐらい余裕で勝利してみたいものだ。
そんなしょうもないことを考えながら意識を失う。
◇
「……げほっ!」
身体が勝手に跳ねた。
「ごほっ! げほっ!」
口から大量の水を吐き出す。
肺が痛い。
さしぶりの空気を感じた。
「はぁ……はぁ……!」
呼吸できる。
当たり前だったことが、今は泣きたいほどありがたい。
「起きた!」
ローラの声。
ゆっくり目を開く。
最初に見えたのは青い空だった。
そして、こちらを覗き込んでいるローラの顔。
「……ここは?」
「浜辺だよ」
「生きてる?」
「元気いっぱいにね」
「それは良かった」
どうにか身体を起こす。
八十階層へ入った時に見た砂浜だった。
少し離れた場所にはエドガーとタケルがいる。
「ルークス!」
タケルがこちらへ走ってきた。
「無事だったか!」
「なんとか……」
「流石はルークスだ。まさかエラに攻撃していたとはな」
「無茶しすぎた」
身体中が痛い。
それでも俺は生きている。
「スクリームは?」
そう聞くと三人が海の方を見る。
俺も視線を向けた。
「……でか」
砂浜に渦竜スクリームの巨大な身体が打ち上げられていた。
細長い胴体は砂浜のずっと先まで続き、海中で見た時以上に、その異常な大きさがはっきり分かる。
「討伐成功だ」
エドガーが静かに言った。
「……本当に倒したんだな」
「ああ」
「いやー、最後は危なかったねぇ」
ローラがいつもの調子で笑っている。
「笑い事じゃないって。俺、普通に溺れたぞ」
「危なかったね~」
大きく息を吐きながら、もう一度スクリームを見る。
デスワーム戦とは違った。
あの時はエドガーの作戦通りに戦い、そのまま予定通り勝つことができた。
今回は違う。
最初は良かったが、竜種のタフさには驚きだ。
それでも、吹き飛ばされた先で俺が傷ついたエラへ食らいつき、戻ってきたタケルが俺へ迫る攻撃を受け止め、ローラが温存していた魔術で全身へ打撃を与え、最後はエドガーが俺の作った傷口を利用して風魔術を内部から叩き込んだ。
誰か一人だけでは多分、勝てなかった。
「……勝てたな」
「ああ」
エドガーが頷く。
「これなら次へ進める」
「次?」
「忘れたのか」
エドガーは立ち上がった。
「俺たちの目的は、こいつを倒すことじゃない」
「あ」
そうだった。
ここまで来た理由は渦竜スクリームを倒したかったわけではない。
必要なのはこいつの魔想石だ。
◇
エドガーはスクリームの胸部付近へ剣を入れ、タケルとローラの手も借りながら巨大な身体を少しずつ解体していった。
流石にSランクの竜種だけあって簡単にはいかなかったが、しばらく作業を続けた末、ようやくエドガーが何かを引き抜く。
「これだ」
両手で抱えなければならないほど巨大な青い結晶。
内部ではまるで小さな渦が閉じ込められているように魔想が回転し続け、その周囲へ僅かに風のような流れまで生まれていた。
「渦竜スクリームの魔想石」
「これが……」
「ああ」
六十階層に存在する結界を突破するため。
カイトが作っている魔力増幅器。
その最後の素材。
「幻熊の素材はある」
「ミスリルも購入できる」
「そして」
エドガーが巨大な魔想石を見る。
「スクリームの魔想石」
「これで全部だ」
「じゃあ」
「ああ」
いつもならほとんど変わらないエドガーの声が。
ほんの少しだけ。
弾んでいた。
「十年だ」
「え?」
「ここを見つけてから、十年」
エドガーは魔想石へ目を落とす。
「ずっと届かなかった」
短い言葉だった。
でも、その十年がどれほど長かったのか。
今までの話を聞いてきた俺には、少しくらい分かる。
「ようやく」
エドガーが顔を上げた。
「あの結界の向こうへ行ける」
「……よかったな」
「ああ」
返事はそれだけ。
それで俺たちには十分だった。
「早速カイトのところへ戻ろう!」
タケルが立ち上がる。
「これで魔導具を完成させられるのだろう!」
「その前に」
俺は砂浜へ横たわっているスクリームを見る。
「こいつどうやって持って帰る?」
「…………」
三人が黙った。
「魔想石だけなら持てるよ?」
「いやいやいや。Sランクの竜だぞ。絶対ほかの素材も高いだろ!」
レルギオンの鱗一枚ですら相当な価値がある。
スクリーム一体分。
いくらになるのか想像もつかない。
「捨てるなんてもったいなさすぎる!」
「なら運ぼう」
タケルが当然のように言う。
「どうやって?」
「引っ張る」
「何トンあると思ってるんだよ!」
「やればできる」
「できるか!」
「あはははは!」
ローラの笑い声が砂浜へ響いた。
結局、ギルドへ連絡して解体班を呼ぶことになり、俺たちは魔想石だけを先に持って迷宮都市へ戻ることになった。
◇
夕方。
転移門を抜けて迷宮都市へ戻った俺たちの前には、昨日までと変わらない街並みが広がっていた。
巨大な城壁に、その上や隙間へ築かれた建物。上空を横切る石橋。
何も変わっていない。
だが俺たちにとっては大きく変わった。
六十階層の結界を突破するために必要だった三つの素材が、ようやく全て揃った。
「明日、カイトの店へ行く」
エドガーが歩きながら言った。
「魔力増幅器を完成させてもらう。完成すれば、そのまま六十階層へ向かう」
「ようやく本番か」
「ああ」
エドガーは前を向いたまま答える。
「十年間追い続けてきた答えの続きを確かめる」
俺たちは火龍の宝具を取り戻すため。
エドガーは冒険王が残した謎を解くため。
ローラはその願いが叶うところを見るため。
それぞれ目的は違う。
でも、今向かう場所は同じだ。
「行こうぜ」
俺が言う。
「ここまで来たんだ。最後まで付き合うよ」
「当然だ!」
タケルが笑う。
「私もここまで来て置いていかれたら怒るよ~」
ローラも笑った。
「……そうか」
エドガーは短く答える。
いつも通りの声だった。
それでも、兜の奥から僅かに見えた口元だけは。
ほんの少し笑っていた。
こうして俺たち《黄金の一杯》は、八十階層の主――渦竜スクリームを討伐した。
そしてエドガーが十年間追い続けてきた場所へ進むための最後の鍵が。
ようやく俺たちの手に渡った。
その日、石碑に一つのパーティーが刻まれた。
一位 百階層 《明日への一杯》
二位 九十階層 ベルナード
二位 九十階層 《理想郷》
三位 八十一階層 《戦乙女》
四位 八十階層 《究極の一品》
四位 八十階層 《黄金の一杯》
五位 六十階層 《明日の空》
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
渦竜スクリームは海に潜む悪魔。船で突然の対処を強いられるので、Sランクですが、準備さえすればSランク冒険者がいなくても倒せる竜種。とはいっても強いので挑むより逃げた方が得。
また、振り返りとしては、60階層にある謎の結界を解くために必要な装置の素材を集めてました。
特に印象に残った場面や台詞がありましたら、一言だけでも感想をいただけると、とても励みになります。