異世界転生したのに前の転生者にやり尽くされていた件 作:berunarudo
翌朝。
俺は再びカイトの魔導具店を訪れ、昨日見せてもらった魔力増幅器を受け取った。
完成した装備を目の前に置かれた時は、昨日と同じように少しだけ胸が高鳴った。
いつか魔術式を刻めば、自分にも魔術を扱えるようになるかもしれない。
そう考えれば、これまでただの金属にしか見えなかった鎧の表面を走る無数の細い回路さえ、今では自分の中になかったものを補ってくれる可能性そのものに見える。
ただ、実際に着てみると、感想は少し変わった。
「……重い」
思っていたより、かなり重い。
胸部から腰、両腕、脚部までを金属で覆っているのだから当然なのだが、これまで軽装を中心に戦ってきた俺からすれば、身体の動きへ常に僅かな抵抗が掛かっているような感覚がある。
腕を上げるだけでも普段より余計な力を使わなければならなかった。
しかも目立つ。
この世界にも全身を金属で固めた騎士は存在するが、冒険者の装備としてはあまり一般的ではない。
魔術や魔想によって身体能力を補える者が多い以上、わざわざ動きを犠牲にして重い金属を全身へ纏う者は少ないらしく、俺が通りを歩いているだけで何人もの冒険者がこちらへ視線を向けていた。
「夢の装備って、もっと格好いいものだと思ってたんだけどな……」
兜の奥で呟く。
昨日は感動して泣いた。
今日は重さで泣きそうだ。
それでも、この装備が俺の魔想をどこまで引き出せるのかについては興味がある。
いつもの倍以上だと、カイトは簡単にそう言っていた。
だが、俺自身がこれまで自分の魔想を最大まで放出した経験などほとんどない。
そもそも身体の方が先に限界を迎えるため、魔力炉が生み出した魔想をすべて外へ流し切るという発想そのものがなかった。
その限界を、身体の外側から作った回路によって引き上げる。
口で説明されても、まだ実感はなかった。
◇
「……なんじゃそりゃ」
冒険者ギルドへ入った瞬間。
俺を見るなり、エドガーがそう言った。
「良い重りだな、ルークス!」
「わあ。すっごく重そう」
「感想が全員ひどくないか?」
タケルは楽しそうに鎧を叩き、ローラは珍しいものでも見るように俺の周囲を一周している。
エドガーに至っては、兜から足元まで一通り確認したあとで露骨に眉を寄せた。
「動けるのか、それ」
「一応」
「戦闘中に転ぶなよ」
「そこまでじゃない」
たぶん。
実際に戦ってみないと分からないが。
そんな俺たちの前には、以前と同じように何枚もの地図や記録が広げられていた。
今日向かうのは六十階層。
正確には、六十階層の端に存在する見えない壁の向こう側だ。
エドガーが長い年月をかけて大迷宮を調べる中で見つけた、通常の攻略経路から外れた場所。
様々な魔術や物理攻撃を試しても突破できなかった結界があり、その先に何が存在するのかは、未だ誰にも分かっていない。
「今から向かう場所には、何がいるのかも分からん」
エドガーが地図を畳む。
「結界の向こうが安全だという保証もない。そもそも本当に道が続いているのかすら不明だ」
「ああ」
「ついに来たね」
「俺も準備はできているぞ!」
兜の中に声が反響し、普段より少しだけ低く聞こえる。
「俺も問題ない」
「なら行くぞ」
四人で席を立った。
◇
六十階層へ到達するまでに、大きな問題は起こらなかった。
途中にいた階層主のマグマスライムについても、エドガーは既に攻略方法を把握している。
マグマスライムは巨大な身体を持つ代わりに、自分から積極的には動かず、攻撃された方向へ反応する性質を持っている。
そのため、遠距離から氷魔術を浴びせ続ければ身体表面を冷却でき、流動していた肉体を固めてしまえば、あとは普通の大型魔物とほとんど変わらない。
ローラの補助を受けながらエドガーが冷気を発生させ、動きが止まったところをタケルが殴る。
それだけだった。
「……終わった」
俺の出番はなかった。
「マグマスライムの最大の弱点は、攻撃されてから動くことだ」
エドガーが固まった残骸を確認する。
「最初に冷やしきってしまえば反撃する機会そのものを与えずに済む」
「うむ。俺はあまり好きではないな」
タケルが腕を組む。
「何がだ」
「戦っている感じがしない」
「戦わずに勝てるなら、その方がいいだろう」
「あたしも少しかわいそうだと思うよ~」
「魔物に同情するな」
エドガーは徹底的に効率を求める。
前世で言えば、ゲームを始める前から攻略情報を全部読み込み、ボスの耐性や行動パターンを完全に把握してから挑むタイプだろう。
俺はそこまでしたくない。
攻略法を考えるのは好きだが、最初から答えを見るくらいなら一度は自分で挑戦したい。
その意味では俺はエンジョイ勢。
エドガーはガチ勢だ。
タケルはたぶん、攻略法を教えても無視して真正面から殴りに行く。
ローラは横で楽しそうに応援する。
改めて考えると、よくこの四人でまとまっているものだ。
◇
「久しぶりに来たな」
エドガーが足を止める。
六十階層の端。
巨大な岩壁の隙間に、先の見えない暗い洞窟が口を開けていた。
普通に見れば、ただの洞窟だ。
だが、入口へ近づいたエドガーが、何も存在しない空間へ手を伸ばす。
手のひらが止まった。
「ここだ」
俺も横から腕を伸ばす。
籠手の先が何かへ触れた。
「……本当にある」
目には何も映らない。
空気しかないように見える。
それでも、確かに硬いものがある。
力を込めても向こう側へ進むことはできない。
前世のゲームで言えば、マップの端に存在する透明な壁そのものだった。
「面白いな!」
「待て、タケル」
止めるより先に。
タケルが拳を振りかぶった。
「ふんっ!」
拳が透明な壁へ叩き込まれる。
鈍い衝撃音が洞窟へ響いた。
「おおっ!?」
殴った本人が後方へ吹き飛ばされた。
だがタケルは空中で身体を捻り、何事もなかったように両足で着地する。
「なるほど!」
「何がなるほどだ。危ないだろ」
「攻撃がそのまま返ってきたな!」
「だから様々な方法を試したと言っただろう」
エドガーがため息を吐く。
「火、水、雷、風。聖魔術も試した。武器でも殴った。魔導具による攻撃も使った。それでも結果は同じだ」
「だったら」
俺は壁へ掌を当てる。
「今度は俺の番だな」
意識を身体の内側へ向ける。
魔力炉から魔想を引き出す。
普段なら、ここから腕を通して掌へ流す。
だが今日は違う。
魔想が腕へ到達した瞬間、鎧の内側を走る回路が反応した。
「っ」
一気に流れが広がった。
昨日までなら細い道を無理やり押し広げながら流していたものが、突然巨大な河へ放り込まれたような感覚だった。
魔想が早く、多い。
自分の身体を動かしているはずなのに、自分の身体ではないように感じる。
「なんだ、これ……」
掌へ集めようとした魔想が、腕全体へ広がる。
絞る。
だが今度は肩へ逃げる。
慌てて戻そうとすれば、今度は胸部の回路へ流れ込んだ。
これまで十年以上掛けて覚えてきた魔想操作が、突然使えなくなったような錯覚に襲われる。
思い出した。まだ幼かった頃。
初めて自分の魔想を外へ出そうとした時も、こんな感覚だった。
力はある。
だが思った場所へ動いてくれない。
量を増やせば形が崩れ、形を維持しようとすれば量が落ちる。
「調子はどうだ、坊主」
「……難しい」
「何がだ?」
「出すぎる」
自分で言っていて変な言葉だ。
「今までとは全然違う。魔想が流れすぎて、どこに集めればいいのか分からない」
「焦るな」
エドガーは壁から少し離れる。
「時間はある」
「ああ」
もう一度ゆっくり流す。
それでも多い。
鎧を通しただけで、今まで肉体によって抑え込まれていた魔想が一気に外へ解放されている。
カイトが言っていた意味がようやく分かった。
魔力増幅器。
正確には、俺の力を増やしているわけではない。
今まで俺自身の身体では流しきれなかった魔想へ、外側から新しい道を与えている。
その結果として、使える量が増えている。
「……二倍どころじゃないだろ、これ」
掌の先にある結界へ魔想を流す。
最初は何も起きない。
ただ吸い込まれていく。
それでも流す。
「穴の開いた容器みたいだな」
「何?」
「いや」
結界へ魔想を入れても、どこかへ逃げていく。
なら流れ出す量を上回ればいい。
穴から抜ける水より、注ぎ込む水の方が多ければ。
いつか溢れる。
「制御できないなら……」
無理に制御しなければいい。
一点へ綺麗に集めることをやめた。
鎧へ流れる魔想を押さえ込むのではなく、そのまま前へ流す。
すると、全身を走る回路が淡く輝いた。
「っ!」
魔想が爆発的に流れ出す。
足元の砂埃が舞い上がる。
洞窟の空気が震える。
「おいおい……!」
エドガーが一歩下がった。
「とんでもない魔想だぞ!」
「わあ……」
ローラが目を輝かせる。
「教祖様みたい」
「すごいぞ、ルークス!」
タケルの声が聞こえる。
だが返事をしている余裕はない。
掌へ力を込める。
「まだ……!」
さらに流す。
鎧の内側が熱を持ち始める。
腕が震える。
今までならとっくに身体が悲鳴を上げていた量なのに、魔想だけはまだ出てくる。
そして何かが軋んだ。
透明な壁の表面に一本の細い線が走った。
「割れた!」
次の瞬間。
パリン。
まるで巨大なガラスが砕けたような音が洞窟全体へ響いた。
「うわっ!」
押し込められていた何かが一気に解放され、洞窟の奥から強風が吹き荒れる。
俺は咄嗟に足へ力を込める。
重い鎧が、今だけはありがたい。
数秒ほど続いた風が止まる。
目の前にはこれまで見えなかった洞窟の奥が続いていた。
「……破れた」
掌を見る。
まだ僅かに震えている。
「これが、この鎧の力か」
昨日までとは明らかに違う。
強い。だが同時に今の俺では扱いきれていない。
出力が増えた代わりに、十年以上掛けて身につけた制御技術が追いついていない。
強くなったというより。
もう一度、最初から練習する必要がある力を手に入れた。
「すごいね、ルークス君」
ローラが俺の腕を軽く叩く。
「本当に教祖様みたいだったよ」
「さっきから気になってたんだけど」
「何?」
「教祖様って誰なんだ?」
「あ」
ローラの目が一気に輝いた。
嫌な予感がする。
「私は実はハーフエルフなの!」
「そこから?」
「父さんが人間で、母さんがエルフなの。それでね――」
「ローラ」
エドガーが遮る。
「その話は帰ってからにしろ」
「えー」
「今はこの先だ」
「あ、そうだった」
ローラは少し残念そうだったが、すぐに洞窟の奥へ視線を向ける。
「じゃあ簡単に言うと、教祖様はハーフエルフをまとめてる人で、誰かの願いを叶えることを大切にしてるの」
「それでエドガーを手伝ってるのか?」
「そういうこと!」
「なるほど」
詳しい話は、また今度聞けばいい。
今は誰も入ったことのない場所が目の前にある。
「行くぞ」
エドガーを先頭に。
俺たちは洞窟の奥へ足を踏み入れた。
◇
洞窟は一本道だった。
分岐もなければ魔物もいない。
ただ薄暗い岩肌に囲まれた道だけが、僅かに下りながら奥へ続いている。
何分歩いたのかは分からない。
ただ俺には異様に長く感じた。
「……これ、帰りも歩くのか」
「何を言っている、良い鍛錬ではないか!」
「お前は黙ってろ」
ただでさえ重い鎧を着ている。
しかも先ほど大量の魔想を放出したばかりだ。
脚へ掛かる重さが、少しずつ増しているように感じる。
「ん?」
先頭を歩いていたエドガーが止まった。
暗闇の先に小さな光が見える。
「出口か?」
「思ったより早かったな」
「俺は十分長かったよ……」
光へ近づく。
少しずつ視界が白くなる。
そして洞窟を抜けた。
「…………」
全員が止まった。
目の前にあったのは。
ちゃぶ台だった。
「……は?」
殺風景な岩場の中央。
そこだけ不自然なほど綺麗な畳が敷かれており、その上には小さなちゃぶ台と、一人の老人が座っていた。
白髪に長い髭。
ゆったりとした服。
老人は俺たちが来たことなど最初から分かっていたかのように、湯気の立つ茶を静かに口へ運んでいる。
「おや」
老人が顔を上げた。
「客とは珍しい」
エドガーが即座に警戒する。
「あんたは誰だ」
「ほほ」
老人は笑う。
「若人よ、急ぐ必要はない」
「なぜここにいる」
「質問が二つになったのう」
老人が湯呑みを置いた。
「まあ、時間はある」
その瞬間。
景色が変わった。
「え?」
岩肌が消える。
足元へ畳が広がる。
何もなかった空間へ柱が立ち、俺たちの周囲は一瞬で古い家屋の一室へ変化した。
いつの間にかちゃぶ台の周囲には四枚の座布団まで置かれている。
「わあ」
ローラが声を上げる。
「お茶まである」
「いつ出したんだよ……」
魔術なのだろうか。
それすら分からなかった。
「まあ座りなさい」
老人は自分の向かい側を示す。
「立ち話も疲れるじゃろう」
誰もすぐには動かなかった。
だが老人から殺気は感じない。
魔想を探ろうとしても、どこまでが老人のものなのかすら分からない。
エドガーが最初に座った。
俺たちも続く。
「まずは名乗るとしよう」
老人は湯呑みを持ち上げる。
「儂はハッカイ」
「ハッカイ……」
「ああ」
老人。
ハッカイが目を細める。
「お主らの名前は聞いておる」
「誰からだ?」
「リクドーじゃよ」
空気が変わった。
「リクドーを知っているのか?」
「もちろん」
ハッカイは何でもないように煎餅へ手を伸ばす。
「同じ主へ仕える者同士じゃからな」
エドガーがすぐにノートを取り出した。
「なら聞きたい」
「ほう」
「大迷宮には、お前とリクドー。それに黒龍以外にも、名前を持った魔物が存在するのか?」
「知らん」
あまりにも早い答えだった。
「……知らない?」
「そうじゃ」
「同じ主へ仕えているのに?」
「それが何かおかしいかの?」
「おかしい」
エドガーは即答する。
そして少しだけ黙った。
頭の中で何かを組み立てているのだろう。
「……いや」
やがて顔を上げる。
「お前たちが階層を自由に移動できないなら、知らなくても不思議ではない」
「ほう」
ハッカイが楽しそうに笑う。
「良いところへ気づいたの」
「つまり、そうなのか」
「ああ」
煎餅を一口。
「儂らは勝手に持ち場を離れることを許されておらん」
エドガーがすぐに何かを書き込む。
「では次だ」
「待て待て」
ハッカイが手を上げる。
「儂ばかり答えるのは不公平じゃろう」
「何?」
「次は儂の番じゃ」
老人は俺たち四人を順番に見る。
「お主ら」
目が細くなる。
「なぜここまで来た?」
「この大迷宮を攻略するためだ」
エドガーが答える。
「百階層へ到達することが攻略条件ではない。そう考えて十年間調査を続け、その過程でこの場所を見つけた」
「ほう」
「今度は俺だ」
エドガーが返す。
「なぜ、お前たちは俺たちに迷宮を攻略させようとする」
ハッカイは少しだけ目を見開いた。
そして愉快そうに笑った。
「面白い聞き方をするのう」
「答えろ」
「簡単なことじゃ」
老人は茶を一口飲む。
「始まったものには、終わりがある」
誰も口を挟まない。
「生まれた者は死ぬ。建てられたものはいずれ崩れる。国も、山も、海も、同じ姿では永遠には残らん」
ハッカイは静かに湯呑みを置いた。
「終わることのできぬものなど、この世には存在できんのじゃよ」
その言葉が妙に耳へ残った。
大迷宮は誰も完全攻略できていない場所。
それでも終わりは存在する。
そういう意味だろうか。
前世のゲームで考えるなら簡単だ。
どれだけ理不尽でも、どれだけ難しくても。
ゲームとして存在している以上、最後へ辿り着く方法はどこかにある。
もっとも、目の前の老人が言っていることは、それよりずっと大きな話のようにも感じた。
「次は儂じゃな」
ハッカイが俺たちを見る。
「お主らは何のために、この大迷宮を攻略したい?」
「俺は」
エドガーが答える。
「冒険王バルド・アッセルを証明するためだ」
短い言葉だった。
「冒険王は、この迷宮を攻略したと記している。だが誰も信じていない。なら、俺が同じ場所へ辿り着けばいい」
「なるほど」
「俺は火龍の宝具を取り戻すためだ!」
タケルが続く。
「あたしはエドガーの願いを叶えるため」
ローラが笑う。
「それが私の修行だからね」
最後に。
ハッカイが俺を見る。
「俺は……」
一瞬考える。
「タケルの手伝いだ」
「それだけかの?」
「今はな」
俺が答えると。
ハッカイは少しだけ面白そうに目を細めた。
「ほほ」
「何だよ」
「いや」
老人は笑う。
「愉快じゃと思ってな」
煎餅をかじる。
「金が欲しい者。名誉を求める者。力を求める者。誰かを救いたい者。誰かが残したものを証明したい者」
ハッカイは部屋を見渡す。
「大迷宮とは面白い場所じゃ」
その声には。
どこか懐かしそうな響きが混ざっていた。
「叶わぬはずの夢へ手を伸ばせる。ほんの少しの勇気と、命を賭ける覚悟さえあればの」
老人が笑う。
「浪漫というやつじゃ」
「浪漫……」
エドガーが呟いた。
「言い得て妙だな」
確かに大迷宮へ集まる冒険者たちはみんな何かを求めている。
金。
名誉。
強さ。
未知。
そして俺自身もここへ来て。
ずっと諦めていた魔術という夢へ、ほんの少しだけ近づいた。
「では」
エドガーが再び口を開く。
「最後に一つ聞きたい」
「なんじゃ?」
「お前は、いつからここにいる」
ハッカイが止まった。
煎餅を持つ手がほんの僅かに。
「なぜ、それを聞く?」
エドガーはノートを閉じた。
「俺は十年間、大迷宮だけを調べていたわけじゃない」
ゆっくりと言葉を続ける。
「迷宮都市そのものについても調べた」
俺はエドガーを見る。
「古い地図も集めた。町がまだ小さかった頃のもの。今の半分程度しかなかった時代のもの。それよりさらに古いものもある」
そこまで調べていたのか。
「迷宮都市は変わっている」
エドガーの声が少しずつ強くなる。
「道が増えた。建物が増えた。大迷宮から露出した構造を利用し、橋が架けられた。地下へ町が広がり、上にも広がった」
俺たちが最初に見た。
あの迷路のような都市。
あれは最初からあの形だったわけではない。
何世代にも渡って少しずつ、今の姿へ変化してきた。
「そして、大迷宮側にも変化がある」
エドガーがハッカイを見る。
「冒険王の記録と現在の構造には、僅かな違いがある。古い冒険者たちの証言とも一致しない場所がある」
「ほう」
「だから聞いている」
エドガーが僅かに身を乗り出す。
「お前はいつから、ここにいる」
しばらく沈黙が続いた。
そしてハッカイが笑った。
「面白い」
「答えは?」
「儂は」
老人は自分の周囲を見る。
「最初から、ここにいたわけではない」
エドガーの目が鋭くなる。
「どういう意味だ」
「そのままの意味じゃ」
「なら――」
「じゃが」
ハッカイが言葉を遮った。
「お主が本当に知りたいことは、それではないじゃろう」
「何?」
老人が笑う。
「お主は既に多くを見ておる」
「…………」
「昔の迷宮を知っておる。今の迷宮も知っておる」
エドガーは黙っている。
「昔の町を知っておる。今の町も知っておる」
ハッカイが指を立てる。
「そして」
ゆっくりとエドガーの持っているノートを指した。
「それらが、どのように変わったのかも知っておる」
「……ああ」
老人がニヤリと笑う。
「この世は変わり続ける」
ハッカイの声が響く。
「人も変わる。町も変わる。国も変わる」
老人の姿が。
少しずつ遠くなるように見えた。
「昨日と今日が同じように見えても、本当は少しずつ違っておる」
景色が揺れる。
「ならば」
ハッカイが笑う。
「もしも変わらぬものがあるとするなら」
視界が滲む。
「それは、本当にこの世のものなのかの?」
頭が重くなる。
「待て!」
エドガーが叫ぶ。
「まだ聞きたいことが――」
「答えは既に、お主の手の中にある」
ハッカイはエドガーを見る。
そして次に俺を見る。
「また会おう」
笑った。
「夢を追い続ける者たちよ」
一瞬その目が俺だけを真っ直ぐ捉えた。
「そして」
どうしてだろう。
その笑みだけは、急に俺のことをずっと昔から知っているように見えた。
「揺れ動く世界へ降り立った、無垢な少年よ」
「……え?」
「さらばじゃ」
世界が消えた。
◇
「ルークス」
声が聞こえる。
「ルークス!」
「……ん」
目を開ける。
タケルが俺の肩を掴んでいた。
「起きたか!」
「ここ……」
身体を起こす。
畳もちゃぶ台もハッカイもいない。
俺たちがいるのは石造りの小さな空間だった。
そして目の前には一基の転移門が置かれている。
「ハッカイは?」
「分からん。俺も目を覚ました時にはここだった」
「おはよう~」
ローラが手を振る。
「起きたか、坊主」
エドガーもいる。
全員無事だ。
「……結局、何だったんだ」
「分からん」
エドガーは答えた。
だが声は落ち込んでいなかった。
むしろ僅かに笑っている。
「ただ」
彼は自分のノートを見る。
「一つ分かった」
「何が?」
「俺は」
エドガーはゆっくり立ち上がる。
「今まで、変化ばかりを調べていた」
「変化?」
「ああ」
「ハッカイの言う通りだ」
エドガーが笑う。
「俺はもう全部持っている」
「答えが分かったのか?」
「いや」
即答した。
「まだ分からん」
「なんだよ」
「だが」
エドガーは手に持ったノートを強く握る。
「今までは、そもそも答えが存在するかすら分からなかった」
十年間。
誰にも証明できなかったものを追い続けてきた。
「今は違う」
エドガーが俺たちを見る。
「あいつは俺の手の中に答えがあると言った」
その口元が僅かに上がる。
そして拳を握る
「なら見つけるだけだ」
「エドガー」
「俺一人では無理だった」
「お前たちの力を貸してくれ」
「もちろん!」
最初にタケルがその拳へ自分の拳を当てた。
「あたしも」
ローラが二人の上へ手を置く。
「エドガーが夢を叶えてくれないと、私も故郷に帰れないしね」
「俺もだ」
最後に俺も手を重ねた。
「ここまで来たんだ。最後まで付き合うよ」
「ああ」
四人の手が重なる。
「必ず」
エドガーが言う。
「この大迷宮を攻略する」
◇
その日の夕方。
迷宮都市パラドの大迷宮入口前。
多くの冒険者が行き交う広場で一人の冒険者が足を止めた。
「……おい」
巨大な石碑を見上げる。
「なんだ、これ」
周囲の者たちも気づき始める。
「どうした?」
「ランキング」
「ランキングがどうした」
「変わってる」
ざわめきが広がった。
大迷宮挑戦者たちの最高記録。
210年間、ほとんど動かなかった順位。
その最上段が変わっていた。
一位 六十階層 《黄金の一杯》。
「六十……?」
「待てよ」
「百階より上って、どういうことだ?」
誰も答えられない。
その下には二百年以上。
最上位に存在し続けた名が刻まれている。
二位 百階層 《明日への一杯》
三位 九十階層 ベルナード
三位 九十階層 《理想郷》
四位 八十一階層 《戦乙女》
五位 八十階層 《究極の一品》
「六十階の連中が……」
誰かが呟いた。
「なんで、一位なんだよ」
その疑問は僅か一晩で迷宮都市全体へ広がることになる。
そしてこの小さな順位の変化が。
長く均衡を保っていた迷宮都市を大きく揺らす最初の火種になることを。
この時俺たちはまだ知らなかった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
彼らを待ち受ける運命とはいかに。そして、さらっと石碑から消されたパーティーがあるな~
特に印象に残った場面や台詞がありましたら、一言だけでも感想をいただけると、とても励みになります。