異世界転生したのに前の転生者にやり尽くされていた件 作:berunarudo
グッドモーニング。
実に良い朝である。
窓から差し込んでくる朝日は眩しく、昨日までなら鬱陶しいと布団を被っていたかもしれないのに、今日は不思議なくらい心地よく感じられた。
理由はいくつもある。
誰も突破できなかった六十階層の結界を破り、大迷宮の謎へ確実に一歩近づくことができた。
ハッカイという得体の知れない老人から、答えそのものではないにしろ、今まで俺たちが見落としていた何かへ繋がるヒントも手に入った。
何より、カイトに作ってもらった魔力増幅器。
あれにはロマンがある。
今は俺の魔想を外へ流すための補助装置でしかないが、いつか魔術式を刻むことができれば、俺自身にも魔術を使える可能性がある。
そう考えるだけで。
「……いい朝だ」
随分と久しぶりに、素直にそう思えた。
キャンウィング領にいた頃は、朝が来るたびに何かが起こっていた気がする。
ノアーク教団にスタンピード。
考え始めればきりがない。
「レンとサラ……元気にしてるかな」
窓の外を見る。
二人が今どこで、何をしているのか。
俺には分からない。ただ、生きている。
そう信じるしかない。
「ノアーク教団は……」
拳を握る。
「必ず俺が止める」
今はまだ遠い。
それでも少しずつ前へ進んでいる。
「何をしているんだ、ルークス?」
「うおっ!」
突然後ろから声を掛けられ、振り返る。
いつの間に起きたのか、タケルがこちらを見ていた。
「朝から拳を掲げて」
「……覚悟を決めてたんだよ」
「そうか!」
タケルが大きく頷く。
「良いことだな!」
今日は良い日だ。
そんなことを考えながら俺たちは宿を出た。
◇
「……なんだ?」
外へ出て、すぐに違和感へ気づいた。
普段から人の多い迷宮都市ではある。
朝になれば大迷宮へ向かう冒険者たちが通りを埋め、商人は彼らへ食料や道具を売り込み、宿屋では昨日戻った者と今日出発する者が入れ替わる。
だから騒がしいこと自体は珍しくない。
だが、今日は少し違った。
「どうなってんだ?」
「俺が知るかよ」
「勇者様のパーティーじゃないのか?」
「いや、《明日の空》は順位が落ちただろ」
「じゃあ誰だよ」
通りの至る所で、同じ話がされている。
順位。
どうやら大迷宮のランキングに、また何か変化があったらしい。
「ランキングか」
昨日。
その前には八十階層の渦竜も倒している。
それが反映されたのだろうか。
「一位が入れ替わったらしいぞ」
「一位?」
思わず足を止める。
「二百年以上変わってなかったんだろ?」
「そうだよ。だから騒ぎになってんだ」
一位が変わった。
それは確かに大事件だ。
「すげえな」
どこのパーティーだろう。
俺たちが八十階まで到達したとはいえ、百階到達者を抜けるとは思えない。
「タケル」
「うん?」
「石碑見に行こうぜ。一位が変わったらしい」
「本当か!」
予想通り食いついた。
「ならば見に行こう!」
「お、おい!」
タケルが走り出す。
俺も慌ててその後を追った。
◇
大迷宮前の広場は、普段以上の人だかりになっていた。
巨大な石碑を中心に何重もの人の輪ができ、その外側からも冒険者たちが首を伸ばしながら順位を確認している。
「通してくれ!」
人の間を抜け、ようやく石碑の正面まで出る。
最上段を見る。
「…………」
一位 六十階層《黄金の一杯》
「……え?」
目を擦って、もう一度見る。
一位 六十階層《黄金の一杯》
「ええええええええ!?」
思わず叫んだ。
「どうした、ルークス」
「どうしたじゃない!」
タケルの肩を掴み。
石碑を指差す。
「見ろ!」
「む?」
「俺たちだ!」
「何?」
タケルも石碑を見る。
「本当だ!」
珍しく目を大きくした。
「これは驚いたな!」
「驚いたな、じゃないだろ!」
六十階だぞ。
確かに八十階層までは到達しているが、石碑には六十と刻まれている。
昨日のあの場所。
間違いなくあれが原因だ。
だが。
「なんで六十階が百階より上なんだよ……」
その下には。
二位 百階層《明日への一杯》
明らかにおかしい。
単純な最高到達階層を競っているなら、絶対にあり得ない順位だ。
つまり、あの石碑は俺たちが思っていた基準とは別の何かを見ている。
「私の名は――!」
その時、広場に大声が響いた。
「勇者ダン・クロニクル!」
「……嫌な予感がする」
声の方を見る。
案の定。
以前、迷宮都市へ入る時に出会った男が、広場の台座の上へ立っていた。
整えられた金髪に腰には剣があった。
「これは明確な悪意である!」
「朝から元気だな、あいつ」
「あいつはこの前の面白い目を持つ男か」
「懐かしく感じてしまうぜ」
勇者ダン、俺たちが街に入る際に騒いでいた男を石にした男だ。
あの力は厄介だと感じたが、まさかここで出会うとはな。
「私たち《明日の空》も昨日、六十階層にいた!」
ダンが剣を掲げる。
「石碑が真実を示しているのであれば、同じ六十階層にいた我々も一位にならなければおかしい!」
「つまり!」
嫌な結論へ進みそうだ。
「これは私を順位から引きずり下ろそうと企む者の仕業!」
「やっぱり」
「出てこい!」
ダンが叫ぶ。
「卑怯者!」
「そうよ!」
その隣には三人の女性。
露出の多い服を着た魔術師。全身を甲冑で覆った女騎士。
そして、少しおどおどしている女僧侶。
見事に女性だけで固めている。
「勇者様が怖いのかしら!」
「…………」
これが勇者の格というものか。
俺とは違う。
「いや、感心してる場合じゃない」
あいつが探している黄金の一杯は俺たちだ。
「タケル」
「なんだ?」
「逃げるぞ」
「なぜだ?」
「いいか」
小声で言う。
「俺の記憶上、貴族と勇者に関わると大体ろくなことにならない」
「そうなのか?」
「そうなんだよ」
俺が見てきた物語では基本的にそうだった。
それはこの世界でも変わらないだろう
「俺たちは何も見なかった。今日はこのまま別の場所へ――」
「待て」
肩を掴まれた。
「……タケル?」
「彼らは俺たちへ宣戦布告している」
「違う」
「戦士として受けねばならない!」
「絶対違う!」
タケルの目が輝いている。
分かりやすすぎる。
「さてはお前、勇者と戦ってみたいだけだろ!」
「…………」
「黙るな!」
タケルが台座へ向かって歩き始める。
「おい!」
服を掴む。
「止まれ!」
引っ張るも、動かない。
「この馬鹿力!」
その時だった。
「俺が《黄金の一杯》の責任者だ」
「……え?」
聞き覚えのある声。
人混みの中から一人の男が歩き出した。
「エドガー?」
いつも通りの装備。
ただ今日はなぜか、普段より少し機嫌が良さそうに見える。
「現れたな!」
ダンが剣を向ける。
「卑怯者!」
「はははは!」
エドガーが笑った。
「なんだ、その台詞」
「何がおかしい!」
「いや」
肩を揺らす。
「いつの時代の勇者だと思ってな」
「私を愚弄する気か!」
「悪かったよ」
全然悪いと思っていない顔だ。
「俺はエドガー。この町で冒険者をしている」
名前が出た瞬間に周囲がざわついた。
「エドガー?」
「あの変人か?」
「知ってるぞ。魔物の攻撃を調べるために防具脱いで突っ込んだ奴」
「俺、地面に何時間も剣を叩きつけてるの見たぞ」
「変人じゃねえか」
「…………」
エドガー。
全然信用されていない。
まあ十年間、誰も信じていない迷宮攻略を続けている男だ。
周囲から見れば変人なのだろう。
「やはり!」
ダンが声を上げる。
「貴様のような者が一位になるなどあり得ない!」
「そうか?」
「ずるをしたのだろう!」
「ずる?」
エドガーが少し考える。
「まあ」
笑う。
「ある意味では、そうかもしれないな」
「何をした!」
「知りたいのか?」
「当然だ!」
「なら」
エドガーが指を二本立てる。
「対価を払え」
「何?」
「情報には価値がある」
「ふざけるな!」
ダンの額に血管が浮かぶ。
「卑怯者!」
「さっきから語彙が少ないな、お前」
「貴様!」
剣が抜かれる。
まずい。
「エドガー!」
その瞬間身体が浮いた。
「え?」
首根っこを掴まれている。
「行くぞ、ルークス!」
「タケル!?」
地面を蹴った。
「やめろおおお!」
俺を抱えたまま。
タケルが人混みを飛び越える。
次の瞬間俺はエドガーの横へ着地させられていた。
「なんだ、貴様ら!」
「俺たちも《黄金の一杯》の仲間だ!」
タケルが胸を張る。
「何してんだよ、お前!」
「宣戦布告を受けに来た!」
「受けるなって言っただろ!」
逃げられなくなった。
最悪だ。
「何人いようと関係ない!」
ダンが前髪を持ち上げ、目からは紫色の光が出ようとしている。
「まとめて石となれ!」
「まず――」
額の眼が開く。
「《蛇眼》!」
「見るな!」
俺は反射的に顔を背けた。
タケルも同じ。
だがエドガーはその場から動かなかった。
「遅い!」
ダンが笑う。
紫色の光がエドガーを正面から捉えた。
「エドガー!」
まずい。
そう思った。
だが、何も起こらなかった。
「…………」
エドガーは。
普通に立っている。
「な……」
ダンの笑顔が固まる。
「なぜだ!?」
「これか?」
エドガーが自分の胸元を指で叩く。
僅かに淡い光が残っている。
「聖魔術による異常耐性だ」
「何?」
「勇者を前にして、無策で正面に出るほど馬鹿じゃない」
エドガーが笑う。
「そもそも、馬鹿正直にお前が街の入口で能力を使ったことくらい、とっくに調べている」
「卑怯な!」
「攻略ってのはそういうもんだ」
ダンの顔が歪んだ。
「貴様!」
剣を握り、地面を蹴った。
「おっ」
速い。
流石は勇者。
身体能力そのものは俺より上かもしれない。
鋭い踏み込みから横薙ぎ。エドガーが半歩下がる。
剣先が兜の直前を通り過ぎる。返す刃。
今度は斜め。
エドガーは籠手で受けたことで金属音が鳴り響く。
「なるほど」
少しだけエドガーの声が変わった。
「基礎は悪くない」
「私を舐めるな!」
さらに連撃。
一撃、二撃、三撃。
早いが俺からすればレンの方が早いように感じた。
「足が止まってるぞ」
「何?」
エドガーが踏み込む。剣が振り切られた直後。
一瞬だけ空いた懐。右腕の籠手へ魔想石を差し込む。
風が爆ぜた。
「なっ――」
加速した拳はダンの顔面へ直撃した。
「ぐあっ!」
勇者の身体が宙へ浮く。
そのまま広場中央の噴水へ飛んでいった。
盛大な水音が鳴る。
「…………」
広場が静まり返る。
「エドガー」
「なんだ」
「やりすぎじゃないか?」
「大丈夫だ」
噴水を見る。
泡が出ている。
「ほら」
ダンの仲間三人へ視線を向ける。
「早く出してやれ。溺れるぞ」
「ひっ!」
「勇者様!」
三人が慌てて噴水へ走っていく。
「卑怯者!」
魔術師が振り返りながら叫ぶ。
「はは、卑怯者で何が悪い」
エドガーはまったく気にしていない。
そして周囲の冒険者へ向き直った。
「いいか!」
声が広場へ響く。
普段のエドガーなら、これほど大声を出さない。
「俺たち《黄金の一杯》は、大迷宮の完全攻略を目指す!」
冒険者たちの視線が集まる。
「お前たちは今まで通り、百階を目指せ!」
一瞬。
間を置いた。
「まあ」
エドガーが笑う。
「お前ら程度じゃ無理だろうがな」
「…………」
空気が止まった。
「なんだと!」
一人が叫ぶ。
「誰が無理だ!」
「変人野郎が!」
「あんな奴が六十まで行けるなら、俺たちだって行ける!」
「そうだ!」
「今日から潜るぞ!」
「……分かりやすいな」
煽られた。
ただそれだけで冒険者たちの目に火がついている。
「ところで」
エドガーが何かを取り出した。
「大迷宮を攻略したい奴」
冊子だ。それもかなり厚い。
「俺が十年間集めた攻略情報をまとめた」
「……まさか」
嫌な予感がする。
「一冊」
エドガーが笑う。
「五十万Gだ」
「高すぎるだろ!」
当然の反応だった。
「誰が買えるか!」
「ふざけんな!」
「そうか」
エドガーは平然としている。
「なら自分で十年調べろ」
「ぐっ……」
誰も言い返せなくなった。
五十万G。決して安くない。
下位冒険者には到底出せない金額だ。
だが逆に、大迷宮の深層へ挑むような者なら。
貯めた金を崩せば届く額だ。
「……待て」
一人の男が声を上げた。
装備を見る限りかなり上位の冒険者だ。
「その本」
「なんだ?」
「六十階までの階層主も?」
「全部載せている」
「弱点は?」
「俺が確認したものは全てだ」
「罠は?」
「位置が変化するもの以外は記録してある」
「…………」
男の目が変わる。
「売ってくれ」
「おい!」
仲間が止める。
「五十万だぞ!」
「分かってる!」
男が答える。
「だが、一回深層で全滅しかけた時に失う金より安い!」
「…………」
「俺にも一冊!」
別の冒険者。
「俺もだ!」
「待て!」
次々と手が上がる。
エドガーの笑みがどんどん深くなる。
「いいぞ!」
いつの間に用意したのか。
足元の箱を開けると大量の冊子。
「在庫はある!」
「用意良すぎだろ!」
俺は思わず叫んだ。
「エドガー!」
「なんだ、坊主!」
「お前、最初からこれ狙ってたな!」
「当然だ!」
「堂々と言うな!」
考えてみればエドガーには金が必要だ。
大迷宮を十年間調べ続けるだけでも金は掛かる。
昨日ハッカイから得たヒントを追うなら今まで以上に資金がいる
エドガーがこちらを見る。
「気づいたか」
「悪い顔してるぞ」
「攻略には金がいる」
「俺は十年かけて、それを嫌というほど知ってる」
「なるほど」
本当に必要とする深層攻略者がギリギリ手を伸ばせる価格。
「……計算してるな」
「当たり前だ」
やっぱりこいつはガチ勢だ。
「エドガー楽しそうだね~」
「ローラ?」
振り返ると人混みの端にローラが笑いながら立っていた。
「いたのか」
「最初からいたよ」
「全然気づかなかった」
「だって隠れてたもん」
「何してたんだ?」
「エドガーの支援」
杖を軽く振る。
「石化耐性でしょ。身体強化でしょ。それと、声が広場全体に届くように音の魔術も使ってたよ」
「全部ローラかよ!」
「そうだよ~」
エドガーは一人で勇者を完封したように見えて裏でがっつり支援を受けていた。
準備がいい男だ。
「今は何してるんだ?」
「金運上昇」
「そんな聖魔術あるの!?」
「気分だよ~」
「ないのかよ!」
「でも効果ありそうじゃない?」
冒険者たちが群がっている。
「五十万!」
「こっちにも一冊!」
「俺が先だ!」
「押すな!」
エドガーの周囲に金を持った冒険者が集まっている。
「……あるかもしれない」
「でしょ?」
その中心でエドガーが笑っている。
「がはははは!」
「誰だよ、あれ」
昨日までのクールな冒険者はどこへ行った。
「聖職者と悪魔のタッグか……」
噴水から引き上げられている勇者ダンを見る。
「勇者よ」
思わず呟く。
「最初から勝敗は決まっていたようだ」
◇
「一体、どうなっている」
低い声が豪華な一室へ響いた。
「申し訳ございません」
三人の冒険者が床へ膝をついている。
額から汗が流れていた。
その前には金色の装飾を惜しげもなく施した巨大な椅子へ一人の男が座っている。
指には一つでは足りないとでも言うようにいくつもの宝石付きの指輪。
「突然」
一人が答える。
「石碑の順位が変動しました」
「それは聞いた」
男は指先で椅子を叩く。
「俺様が聞いているのは」
止まる。
「なぜ貴様らが負けているかだ」
「…………」
「俺様は貴様らへ金を出した」
男たちが俯く。
「装備も与えた」
さらに。
「情報も集めさせた」
声が低くなる。
「それで」
男の目が細くなる。
「一位すら取れない?」
「お、お待ちください!」
一人が顔を上げる。
「我々は現在九十階層を突破しております!」
「もうすぐ百階です!」
「百?」
男が笑う。
だが目は笑っていない。
「百では足りん」
「…………」
「六十階に負けているのだからな」
返す言葉がない。
「奴らを超えろ」
男が言う。
「必ずだ」
「承知しましたゴルド・ジェスター様」
「当然でございます」
三人が頭を下げる。
「俺様こそが」
ゴルドは宝石で覆われた自分の手を見る。
「王となる」
指輪が光を反射する。
「それは不変的な事実である」
しばらくして三人が部屋を出ていった。
扉が閉まる。
「黄金の一杯……」
ゴルドが呟く。
「くだらん」
指を鳴らす。
少しして別の扉が開いた。
「呼んだか?」
一人の男が入ってくる。
礼をする様子もない。
ゴルドも咎めるつもりはない。
「黄金の一杯」
「ああ」
「知ってるぜ」
男が笑う。
「今じゃ街中その話だ」
「潰せ」
男の笑みがさらに深くなる。
「方法は?」
「問わん」
「つまり」
男が片手を上げる。
「何でもあり?」
「ああ」
「最高だな」
その男が着けている指輪は異様なものだった。
まるで指へ食い込むように巻き付き。
中央には濁った赤色の石が埋め込まれている。
「任せな」
男が笑う。
「そういう仕事は」
赤い石が一瞬だけ脈打った。
「得意なんだ」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
勇者ダンは正義馬鹿です。ちなみにこの本は結構売れました。
特に印象に残った場面や台詞がありましたら、一言だけでも感想をいただけると、とても励みになります。