異世界転生したのに前の転生者にやり尽くされていた件 作:berunarudo
《黄金の一杯》の名が大迷宮の石碑、その最上段へ刻まれてから二日が経った。
あの日を境に迷宮都市の空気は明らかに変わった。
これまで五十階層付近で満足していた冒険者たちまで深層へ向かう準備を始め、冒険者ギルドでは防具や回復薬を求める声が絶えず聞こえるようになった。
エドガーが売り始めた攻略本も予想以上の勢いで売れたらしく、少なくとも金が原因でしばらく調査を止める必要はなさそうだった。
もっとも稼いだ金が残っていればの話だが。
◇
「よし。集まったな」
朝の冒険者ギルド。
迷宮へ向かう冒険者たちが出払った後の食堂で、俺たち《黄金の一杯》はいつものテーブルを囲んでいた。
「今日は何をするんだ?」
タケルが聞く。
「これだ」
エドガーがテーブルへ一冊の本を置いた。
かなり古い。
革張りの表紙は色褪せている。端には何度も開かれた痕跡があり、紙も僅かに黄ばんでいた。
乱暴に扱えば、それだけで何枚か剥がれてしまいそうなほど年月を感じさせる本だった。
「この前、攻略本を売った金で買った」
「もう使ったのかよ」
「ああ」
エドガーは悪びれる様子もない。
「高かったんだよ~。これ」
隣に座っていたローラが頬を膨らませ、古書の表紙を指先で軽くつついた。
「せっかくお金が増えたのに、また減っちゃった」
「必要経費だ」
「エドガーはいつもそれ言うよね~」
「必要だからな」
何となく二人の資金事情が見えてきた。
エドガーが迷宮攻略のために必要だと思った物へ片っ端から金を使い、ローラがその横で生活費やら予備資金やらを確保する。
完全に。
「ダメ男じゃん」
「何か言ったか、坊主」
「何も」
聞こえていたらしい。
危ない。
「それで。その本には何が書かれているんだ?」
タケルが身を乗り出す。
「迷宮都市の歴史だ」
エドガーが慎重に表紙を開いた。
文字だけではない。
何枚もの地図が描かれている。
「こっちは現在の迷宮都市の地図だ」
別の紙を横へ広げる。
比較すれば違いはすぐ分かった。
「……小さいな」
「ああ」
古い地図に描かれた迷宮都市は、現在より明らかに小さい。
今では建物が密集している外周部も、古地図ではほとんど空白になっている。
街を横断する大通りや、大迷宮から露出した石造回廊を利用した立体的な道も少なく、現在の迷宮都市が何世代にもわたって外側へ膨張してきたことが分かる。
「街が発展しただけじゃないのか?」
「最初は俺もそう考えた」
エドガーが古い地図の端を指でなぞる。
「だが、どうもおかしい」
「何が?」
「街の増え方だ」
エドガーは現在の地図を重ねるように隣へ置いた。
「迷宮都市は、計画的に作られた都市じゃない」
「ああ」
それは俺も知っている。
大迷宮を発見した冒険者たちが周囲へ住み始めた。
少しずつ人が集まり、結果として今の巨大都市へ成長した。
「つまり、この街には最初から都市計画なんてものがなかった」
「そうだ」
エドガーが頷く。
「それぞれが必要な場所へ勝手に建物を増やしていった。なら街が広がる方向も、時代によってばらばらになって当然だ」
「でも、違う?」
「違う」
指先が地図を叩く。
「古い記録を見ると、ある時期を境に複数の場所がまとめて拡張されている」
「市長がやったんじゃないのか?」
「それも調べた」
すぐ返された。
「ブランドー家が持つ権限は、基本的に街の治安維持と公共設備の管理だ。現在でこそ道路工事程度なら行えるが、昔の市長に都市全体の規模を一斉に広げられるほどの権限も技術もなかった」
「じゃあ」
地図を見る。
「街が勝手に広がった?」
「そう考えるのが一番自然だ」
いや、全然自然じゃない。
「街が勝手に大きくなるってなんだよ」
「だから調べている」
エドガーの目は楽しそうだった。
本人にとっては異常であればあるほど面白いのだろう。
「この現象と大迷宮には、何らかの関係がある」
エドガーが古書を閉じる。
「問題は、この本より古い資料がほとんど見つからないことだ」
「高いとかじゃなくて?」
「そもそも市場へ出ていない」
「金を積んでも?」
「存在しない物は買えない」
「なるほどな」
タケルが腕を組む。
珍しく真面目に考えている。
「俺の里には、そのような記録はほとんどないな。古いものといえば、ジュベルド山の噴火周期くらいだ」
「噴火周期か」
エドガーが少しだけ考える。
「時期を照合する価値はあるかもしれない。ただ直接の答えにはならないだろうな」
「そうか」
「ごめんね~」
ローラが少し申し訳なさそうに手を上げた。
「あたしがもっと偉いハーフエルフだったら、エルフの国アルヴァルスの長老様に聞けるんだけど」
「長老?」
「うん」
ローラは頷く。
「アルヴァルスで一番長く生きてるエルフ。もしかしたら、大迷宮ができた頃のことまで知ってるかもしれないよ」
「何歳なんだよ」
「知らない」
「知らないのかよ」
「だって、あたしが生まれる前からずっとおじいちゃんだもん」
どれだけ生きているんだ。
「直接会えないのか?」
「普通は無理かな~」
ローラは困ったように笑う。
「長老様はほとんど寝てるし、興味を持った相手じゃないと話してくれないの。長老様が知らない魔術とか、知らない知識を持っていれば別だけど」
「知らない知識……」
俺は考える。
待てよ、俺そもそもこの世界の人間じゃない。
アレスがどこまで地球の知識を話しているかは分からない。
ただ、少なくとも漫画やアニメについてなら、俺の方が詳しい。
アレスが全部話していたとしても。
「アニメなら負ける気がしない」
「何の話?」
「いや」
俺はローラを見る。
「なあ。だったら俺――」
「き、君たちが《黄金の一杯》かい?」
突然声を掛けられた。
全員が入口へ顔を向ける。
一人の男が立っている。
身なりは悪くない。冒険者にも見えない。
エドガーは反射的に剣の柄へ手を添えた。
「いかにも」
声が低くなる。
「俺たちが《黄金の一杯》だ」
「良かった……」
男は少し安心したように息を吐いた。
「迷宮都市の市長。ウォルト・ブランドー様が君たちに会いたいと仰っている」
「市長?」
タケルが驚く。
俺も同じだった。
「何で市長が俺たちを?」
「詳しい話は私からは」
「分かった」
エドガーが立つ。
「行く」
「いいのか?」
俺が聞く。
「今の俺たちに市長側から接触してくる理由は限られている」
エドガーは古書を鞄へ入れた。
「それに、市長なら俺たちが今欲しいものを持っている可能性が高い」
「歴史資料か」
「ああ」
迷う理由はなかった。
◇
案内された場所は、市街地の中心近くにある古い屋敷だった。
「古いな」
外壁には長い年月を感じさせる傷があり、石造りの部分には蔦まで伸びている。
だが荒れ果てているわけではなく、敷地の隅まで丁寧に手入れされていた。
中へ入る。
外観とは違い、内部は驚くほど綺麗だった。
床には埃一つない。
古い家具も修繕されながら使われ続けている。
「こちらです」
案内役の男が大きな扉の前で止まった。
「ウォルト様がお待ちです」
エドガーが扉を開く。
広い部屋の奥に一人の男が座っていた。
「やあ」
男が立ち上がる。
「君たちが《黄金の一杯》だね」
俺が市長を見るのは初めてだった。
もっと年老いた人物を想像していたが、見たところ三十代後半程度だろう。
服装は上質なものだった。しかし目の下には濃い隈があり、まともに眠れていない日が続いていることは一目で分かった。
「突然呼び出してしまってすまない」
「問題ない」
エドガーが答える。
「こっちも少し行き詰まっていた」
「そう言ってもらえると助かる」
俺たちは用意された椅子へ座る。
「……柔らか」
思わず呟いた。
前世で使っていた安い椅子より遥かに座り心地がいい。
貴族、いや、市長ってすごい。
「君たちの活躍は聞いている」
ウォルトが話を始めた。
「二百年以上変化しなかった最高記録を更新した。迷宮都市の歴史に残る出来事だ」
「世辞はいい」
エドガーが即座に切った。
「用件は何だ」
「随分と急ぐね」
「市長が俺たちを褒めるためだけに呼ぶとは思っていない」
ウォルトが少し黙る。
「……なるほど」
エドガーは続けた。
「現在のブランドー家はゴルドによって追い詰められている。そんな市長が、突然一位になった俺たちを呼ぶ」
椅子へ深く座る。
「大迷宮を攻略してくれ。それ以外にあるか?」
ウォルトの表情が変わった。
「さすがだ」
「十年もこの街にいれば嫌でも分かる」
「なら、単刀直入に話そう」
ウォルトは机の上へ両手を置いた。
「君たちには、ゴルドが支援している《理想郷》より先に大迷宮を完全攻略してほしい」
「理想郷って」
俺は思わず声を漏らす。
「あいつら、ゴルドの支援を受けてたのか?」
「知らなかったのか?」
「ああ」
それはかなりまずい。
ゴルドが大会を運営している。
ゴルドが理想郷を支援している。
もし、その理想郷が大会優勝者になるなら。
迷宮管理権をゴルドが得ることができてしまう。
「大会が終了すれば、現在ゴルドに与えている運営権限の多くも失効する」
ウォルトが続ける。
「だからこそ、彼の息が掛かっていない者に勝ってもらう必要がある」
「なるほど」
エドガーは指を組む。
「それで」
ウォルトを見る。
「俺たちに何を出す?」
「資金」
即答。
「必要な装備や調査費はこちらで可能な範囲を負担する」
エドガーはまだ何も言わない。
「それだけではない」
ウォルトも分かっているのだろう。
「ブランドー家が管理している資料庫。そして市長権限で封鎖されている場所を含め、この街に関する情報へ可能な限り接触することを許可する」
エドガーの目が変わった。
「……本気か?」
「ああ」
「俺は十年以上この街を調べている」
「知っている」
「それでも知らない資料がある?」
「ある」
ウォルトは答える。
「一般へ公開されていない記録が、ブランドー家には残されている」
エドガーは黙った。
金よりそっちだ、目を見れば分かる。
「ただし」
ウォルトは拳を握った。
「これは私から君たちへの援助ではない」
椅子から立つ。
「賭けだ」
そして、俺たちの前へ歩いてくる。
「もし君たちが負ければ、私はこの街を守れない」
膝をついた。
「市長?」
「私は自分の判断でゴルドと契約した」
深く頭を下げる。
「この状況を生み出した責任は、私にある」
部屋が静かになる。
「それでも」
ウォルトが言った。
「私一人の力では、もう戻せない」
床へ置かれた拳が震えている。
「この街を」
顔を上げる。
「救ってほしい」
エドガーはしばらく何も言わなかった。
「……ウォルト・ブランドー」
「お前たちは、この街が衰退していくのを止められなかった」
「ああ」
「ゴルドへ頼ったのもお前だ」
「その通りだ」
「なら」
エドガーが立ち上がる。
「本来なら、お前たち自身でどうにかすべき問題だ」
「分かっている」
「だが」
一歩、近づく。
「俺たちも、この街で飯を食ってきた」
差し出される手。
「俺が出す条件は一つだ」
ウォルトが見る。
「何だ」
「俺たちが勝った後」
エドガーの目が真っ直ぐ市長を捉える。
「一生かけてでも、この街を立て直せ」
ウォルトの目が僅かに開かれる。
「ゴルドを追い出して終わりじゃない」
エドガーは続ける。
「大会がなくなれば、また冒険者が減るかもしれない。店も潰れるかもしれない。別の街に人が流れるかもしれない」
それでも。
「もう一度、逃げるな」
「…………」
「この街が好きなんだろ」
「ああ」
ウォルトは答えた。
「なら、変わることを恐れるな」
エドガーの声が少しだけ柔らかくなる。
「俺も」
窓の外を見る。
「この街の冒険者も」
大迷宮へ向かう者たち。
武器を売る者。
酒を飲む者。
「迷宮都市が好きだ」
ウォルトが黙って聞く。
「だからと言って、昔のままでいてほしいわけじゃない」
エドガーは再び市長を見る。
「変わることを怖がってるのは、お前だ」
「……そうかもしれない」
ウォルトはゆっくり立ち上がる。
「私はこの街を守ることばかり考えていた」
街を変える。
その発想がいつの間にかなくなっていた。
「冒険者ではない私には、彼らがなぜ命を賭けてまで迷宮へ挑むのか、本当の意味では理解できていなかった」
「大層な理由なんていらん」
エドガーが答える。
「夢だ」
「希望でもいい」
「手を伸ばしたいものがある」
エドガーは笑った。
「それだけで十分だ」
ウォルトも少しだけ笑う。
「君たちを見て」
差し出された手を握る。
「少し分かった気がするよ」
「なら契約成立だ」
エドガーが手を離す。
「さっさと資料を出せ」
一瞬。
部屋が静かになる。
「やっぱりエドガーだね~」
ローラが笑った。
「この流れで最初に言うことがそれかよ」
「必要だからな」
本当にブレない。
◇
ウォルトが最初に持ってきたのは、一冊の本だった。
先ほどエドガーが買った古書とは比べものにならない。
革表紙は何度も補修されている。
金属製の留め具まで付けられていた。
「これは」
ウォルトが本へ手を置く。
「ブランドー家が代々保管してきた、迷宮都市最古の記録だ」
エドガーが身を乗り出す。
「やはり存在していたか」
「一般へ公開したことはない」
本が開かれる。
「我が祖先。スティーブン・ブランドーがこの土地へ辿り着いた頃の記録だ」
「最初の冒険者?」
「迷宮都市に残る記録上ではな」
ページには現在とは比べものにならないほど簡素な地図が描かれている。
だがそこには。
「……街?」
俺は思わず聞いた。
「ああ」
ウォルトが頷く。
「スティーブンがこの場所へ到着した時点で、大迷宮だけではなく、人が住める構造物が周囲に存在していたと書かれている」
「つまり」
エドガーが地図へ顔を近づける。
「冒険者たちが何もない土地へ街を作った、という通説が違う」
「正確には」
ウォルトが答える。
「既に存在していた場所へ人が住み始め、それを利用しながら現在の都市へ成長させた」
俺は地図を見る。
大迷宮そしてその周辺。
「じゃあ、最初から迷宮と街は一緒にあった?」
「ああ」
エドガーがゆっくり笑った。
「面白い」
「何か分かったのか?」
「いや」
即答された。
「まだだ」
「ウォルト」
「なんだ」
「ブランドー家が持っている地図」
エドガーが手を伸ばす。
「全部出せ」
「全部?」
「年代が違うものを全てだ」
「何をするつもり?」
ローラが聞く。
「比較する」
短い返事。
「ハッカイは言った」
変わったものばかりを見る必要があるのか。
「俺は今まで」
古い地図を見る。
「何が増えたかを見ていた」
次に現在の地図。
「何が消えたかも」
「今度は違う」
エドガーが笑う。
「変わっていないものを探す」
俺はその言葉を聞いた瞬間、ハッカイの声を思い出した。
――もしも変わらぬものがあるとするなら。
――それは本当に、この世のものなのかの?
「……なるほど」
まだ答えは分からない。
だが確実に俺たちは近づいている。
「ウォルト」
「ああ」
「地図を頼む」
「すぐ用意させる」
「俺とローラはここへ残る」
「え?」
俺が聞く。
「俺たちも手伝うぞ」
「いらん」
「即答かよ」
「地図を重ねて差異を調べる作業だ。人数が多ければ早くなる類の作業じゃない」
「それに~」
ローラが笑う。
「エドガー、一度こうなると夜まで止まらないから」
「……なるほど」
俺は知っている。
こうなったエドガーへ付き合うと絶対に終わらない。
「じゃあ俺たちは帰るか」
「ああ!」
タケルが立ち上がった。
「明日また来るぞ!」
「それまでには何か見つける」
エドガーはもう地図しか見ていなかった。
◇
「なあ、ルークス」
屋敷を出てしばらく歩いたところでタケルが突然言った。
「なんだ?」
「ワクワクしないか?」
「急だな」
「謎が少しずつ解けていく」
タケルは楽しそうだった。
「こういうものも悪くない」
「お前、さっきほとんど考えてなかっただろ」
「それとこれとは別だ!」
「都合いいな」
俺は笑った。
確かに気持ちは分かる。
今まで正体すら分からなかったものへ一つずつ形が与えられている。
あと少しそんな気がする。
その時だった。
「ルークス」
タケルの声が変わった。
立ち止まる。
「どうした?」
「すまない」
身体を僅かに低くする。
「油断した」
「何が――」
最後まで言えなかった。
「おいおい」
路地裏から声が聞こえてきた。
「気づくかね普通」
暗がりの中。
一人の大男が歩いてくる。
「俺ちゃんの尾行」
タケルの目が鋭くなる。
「俺でも直前まで気づけなかった」
「ほう」
男が笑う。
「そりゃ嬉しい評価だ」
「何者だ」
「俺ちゃん?」
自分の胸を指差す。
「ゼード」
笑った。
「ゴルド様の手下って言えば」
「大体分かる?」
漆黒のマント。
その下には軍服にも似た装束。
「軍人……?」
「惜しい」
ゼードが笑う。
「俺ちゃんは」
左腕を前へ伸ばす。
「狩人だ」
右手を何も存在しない空間へ指を掛ける。
何かを引いた。
「っ!」
嫌な感覚。
だが遅い何もないはずの指先から。
魔想で形作られた一本の矢が放たれた。
「ルークス!」
タケルが割り込む。
矢が掌へ直撃する。
「ぐっ!」
タケルの皮膚が焼ける。
それでも矢は止まった。
「タケル!」
「問題ない」
焼けた掌を握る。
「ずいぶん手荒な挨拶だな」
「そりゃそうだろ」
ゼードは笑い続けている。
「殺し合いに待ったも糞もねえ」
「そうか」
タケルが構える。
「ならば」
魔想が身体へ馴染んでいく。
「俺も全力で止めよう」
そしてこちらを見た。
「ルークス」
「ああ」
「ついてこれるか」
意味は分かる。
相手は明らかに強い。
俺が迷えば足手まといになる。
「もちろん」
魔力炉を回す。
魔想が全身へ流れる。
「《オーラ・ブレード》」
今回は攻撃よりまず生き残る。
魔想の大半を身体強化へ回す。
残りだけを刃へ。
真正面から一撃でも受ければ終わる可能性がある。
「いいねえ」
ゼードが楽しそうに笑う。
「思ったより」
腕を広げる。
「でっけえ獲物じゃねえか!」
右腕を何もない空間へ振るった。
その瞬間、背筋が凍る。
「っ!」
俺は考えるより先に横へ跳んだ。
直後、地面へ一本の線が走った。
「……は?」
石畳が切れている。
斬撃は見えなかった。
魔想の刃も、風も何もない。
なのにそこだけがまるで巨大な剣で切り裂かれたように割れている。
「何だ、今の」
「おいおい」
ゼードが笑う。
「簡単に見破ってくれるなよ」
「見破ってねえよ」
分からない。
ただ一つだけ嫌な可能性が浮かんだ。
「まさか……」
空間そのもの。
「空間を――」
「そこから先は」
ゼードの笑みが深くなる。
「自分で確かめな」
もう一度腕が動く。
「俺ちゃんの魔術を」
見えない何かがこちらへ迫る。
「ネタバレするなんて」
タケルが前へ出た。
「悪い子だぜ?」
まずい。
今まで戦った相手とは明らかに違う。
俺とタケルの二人で勝てるのか。
「いや」
考えている暇はない。
勝てるかじゃない。
「やるしかない」
魔想の刃を構える。
ゼードは獲物を追い詰めた狩人のように楽しそうに笑っていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
名前の由来が分かりやすい市長です。
特に印象に残った場面や台詞がありましたら、一言だけでも感想をいただけると、とても励みになります。