異世界転生したのに前の転生者にやり尽くされていた件 作:berunarudo
ゼードから感じる強さには、どこか覚えがあった。
師匠やミシェルのような、自分より遥かに上の存在を前にした時に感じる圧倒的な重さとは少し違う。
あの二人から感じたものは、こちらが何をしても届かないと思わせる完成された強者の気配であり、立っているだけで力量差を理解させられるようなものだった。
だが、目の前の男から感じるものは、それとは違う。
もっと荒々しい。
それは、かつてレルギオンと向き合った時に感じたものに近かった。
理屈ではなく本能が、こいつは危険だと叫んでいる。
「おいおい、おチビちゃん。汗かいてるぜ」
「……は?」
耳元だった。
さっきまで数歩離れた場所にいたはずのゼードが、いつの間にか俺の真横に立っている。
身体が反応するより先に強烈な殺意が首筋へ突き刺さった。
考える時間はなかった。
俺は魔想を全身へ巡らせながら、右腕へ《壁》を集中させ、そのまま首を覆うように構えた。
直後、何かが当たった。
いや、殴られた。そう思った。
だが、拳も、刃も、何も見えなかった。
「ぐっ――!」
腕へ伝わった衝撃は、《壁》で受け止められるようなものではなかった。
自分が殴られたというより。
自分のいる場所そのものを、横から押し飛ばされた。
そんな感覚だった。身体が地面から浮く。
そのまま路地を何度も転がり、石畳へ肩と背中を打ちつけながら、どうにか勢いを殺す。
「ルークス!」
タケルがこちらへ向かおうとした。
だがその進路へゼードが現れた。
「俺ちゃんを一人にさせる気か?」
タケルは俺とは違い、驚いても動きを止めなかった。
右腕へ魔想を集中させ、その拳へ《極》を重ねる。
踏み込む。
拳がゼードの胸元へ届く。
そう見えた。
「何!?」
だが、実際にタケルの腕が切ったのは何もない空気だった。
「はーい残念。また来年」
「タケル、後ろ!」
俺が叫ぶ。
タケルは振り返るより先に《壁》を展開し、さらに衝撃を返すため《転》を構える。
その瞬間、ゼードが腕を振った。
見えない何かがタケルへ当たる。
「ぐっ!」
タケルの足が石畳を削った。
あのタケルが数歩、後ろへ押される。
「ほう」
タケルは自分の腕を見た。
「面白いな」
「壁で受け切れない」
それでもタケルの表情は少し楽しそうだった。
「転で返そうとしても、衝撃そのものを返せない」
「返せない?」
「ああ」
タケルは首を傾げる。
「正確に言えば殴られた感覚ではない」
そしてゼードを見る。
「自分のいる場所ごと、押し出された」
「……場所?」
俺も同じだった。
拳で吹き飛ばされたというより。
身体の周囲、空間そのものを動かされたような感覚。
「へえ、最高じゃん」
ゼードが両手を叩いて喜びをあらわにする。
「俺ちゃんの攻撃を二回受けてまだ立ってる」
タケルを見る。
「君こそ、随分と優れた魔術師のようだ」
「そう?」
「詠唱もない、魔術式を展開する気配も薄い」
「これほどの練度なら」
タケルは少し考える。
「大魔術師」
「いや賢者級か」
「そんなに高く見てくれる?」
ゼードは嬉しそうに笑った。
「いやー」
「褒められるの好きなんだよ俺ちゃん」
だが、その表情はほんの一瞬だけ寂しそうに見えた。
「でもな、いくら褒めても殺すよ」
「それが」
肩を竦める。
「俺ちゃんの仕事だから」
そして少しだけ目を細めた。
「楽しいことって、すぐ終わるんだよな」
何を言っている。
そう思った。
だが次の言葉で空気が変わった。
「俺ちゃんの攻撃に」
ゼードが右腕を引く。
「三度以上はない」
その手には何もない。
だが見ているとまるで、空そのものを握っているように見えた。
「だから、ここで死んでもらう」
「――空引《リード》」
さらに腕を引く。
ゼードの指が空間を掴むように動いた。
その瞬間、全身へ凄まじい圧力が掛かった。
「っ!?」
足が前へ滑る。
いや違う。
俺が進んでいるのではない。
ゼードの方へ引かれている。
石畳へ踏ん張る。
身体強化や《壁》をしていても、止まらない。
同じ方向へ引かれる。
「まずい!」
何か考えなければそう思った。
だが身体は先に動いた。
魔想を全開にした。
「うおおおお!」
全身から魔想を放出する。
制御なんてほとんどできていない。
ただ引かれる力へ、押し返すように魔想を流す。
一瞬、拮抗した。
「な!」
ゼードの顔から初めて笑みが消えた。
「なんだそれ」
そして聞き覚えのある音がした。
パリン。
「……え?」
圧力が消えた。
俺は前へ倒れそうになりながら、どうにか踏みとどまる。
何が起きたか、分からない。
だがこの音六十階層の結界を破った時と同じだった。
「は?」
ゼードも自分の手を見る。
「どうなってやがる」
その時、ほんの一瞬だけ隙ができた。
タケルがそれを見逃すはずがなかった。
「はっ!」
一気に距離を詰める。
「くそっ!」
ゼードが反応する。
だが、遅い。
タケルの全力の蹴りがゼードの脇腹へ叩き込まれた。
「ぐっ!」
大柄な身体が吹き飛び。
地面へ叩きつけられる。
何度か転がる。
「ルークス!」
「ああ!」
タケルの声で俺も走った。
右腕へ魔想を集中させる。
身体には《壁》、そして手には《オーラ・ブレード》。
「これで!」
ゼードへ刃を突き出す。
「終わりだ!」
胸に向かって突き刺すはずだった。
ゼードが笑った。
「残念」
右手が軽く動く。
「空換《トレード》」
景色が変わった。
「え?」
目の前にゼードがいたはずの場所に地面がある。
いや、違う。
俺が地面の目前にいる。
「残念だったなおチビちゃん」
「っ!」
何が起こった。
考える時間はない。
ゼードが俺の背後にいる。
刃が地面へ刺さる。
このままではゼードへ届かない。
身体の向きを変える時間もない。
ならこのまま使う。
「っ!」
俺はオーラ・ブレードをそのまま石畳へ突き刺した。
「《転》!」
刃を通して魔想を地中へ流す。
極心流の《転》は。
本来。
相手の身体へ魔想を流し込み。
相手の内部にある魔想とぶつけ。
内側から崩す技だ。
なら相手が地面なら地面へ流せばいい。
大量の魔想が石畳の下へ広がる。
「まじかよ」
ゼードが気づいた。
その瞬間地面が弾けた。
一本、二本、三本と地中へ流した魔想が逃げ場を求めて刃のような形で石畳の隙間から噴き上がる。
「まじかよ!」
ゼードの身体が消える。
次の瞬間、少し離れた場所へ現れた。
「……っぶねえ」
ゼードは初めて少しだけ息を乱していた。
「俺ちゃん超焦り。まさかこんな滅茶苦茶な使い方する?」
タケルが俺の横へ立つ。
「まだやるか」
「いやいや」
ゼードは両手を上げた。
まるで降参するように。
「まあまあ、落ち着けって」
俺もタケルも動かない。
下手に近づけばまた位置を変えられる。
「俺ちゃんとしてはさ、ここで泥沼になるまでやってもいい」
遠く、かすかに音が聞こえた。
笛にそれから走る足音。
「ほら衛兵、夜だからってこんだけド派手にやれば人も来る」
ゼードは肩を竦める。
そして俺たちを見る。
「それじゃつまらない。だから今日は終わり」
「また遊ぼうぜ」
次の瞬間、姿が消えた。
「……」
気配もない。
しばらく誰も動かなかった。
それから一気に身体の力が抜けた。
「……無理」
俺はその場へ座り込む。
「もう動けない」
「強かったな」
タケルがゼードの消えた場所を見る。
「ああ、怖かった」
俺は素直に言った。
「かなり上位の魔術師だ」
「それも」
タケルは自分の焼けた手を見る。
「普通の魔術師とは違う。ゴルドの手下なら魔導帝国の軍人かもしれないな」
「かもな」
俺はまだ息を整えていた。
「タケル」
「なんだ?」
「俺、しばらく立てない」
「そうか」
タケルは少し笑う。
「だがよく動けていた」
「たまたまだよ」
「あの男の三度目の攻撃、ルークスが止めなければ」
タケルが真面目な顔になる
「俺は死んでいたかもしれない」
「……そんなに?」
「ああ、《壁》でも《転》でも対応できなかった」
「でも俺が止めたのも本当に偶然だ」
「それでもだ」
タケルがこちらへ背を向ける。
「ほら」
「何?」
「乗れ」
「……おんぶ?」
「歩けないのだろう?」
「そうだけど」
「なら早くしろ」
「分かったよ」
俺はタケルの背中へ乗った。
「……硬い」
「何がだ」
「背中」
筋肉でごつごつしている。
全然、乗り心地が良くない。
そうして遠くから近づいてくる衛兵の声を聞きながら俺たちは宿へ戻った。
◇
「それで?」
豪華な部屋。
金色の椅子へ座ったゴルド・ジェスターは、目の前に立つ男を見ながら、怒りより先に困惑を浮かべていた。
「おめおめと帰ってきたのか。ゼード」
「いやー」
ゼードはまったく反省していない顔で頭を掻く。
「俺ちゃんも超びっくり」
「驚いたのは俺様だ」
ゴルドにとってゼードは信用できる男ではなかった。
魔導帝国の軍人でもない。
正式な部下でもない。
金と目的が一致している間だけ動く。
ただの傭兵、それでも能力だけは信用できた。
帝国を抜け出す時も、兄たちの目を欺く時も迷宮都市へ来るまでの道中も、ゼードは失敗しなかった。
だからこそ、今回誰一人殺せず帰ってきたことにゴルドは怒るより先に驚いた。
「それほどだったのか」
「やばかったね」
ゼードは楽しそうに笑う。
「一人は化け物みたいな魔想量。もう一人は圧倒的な練度の武人」
「俺ちゃんの攻撃を何回も耐えやがった」
「続けていれば」
ゴルドが聞く。
「勝てたか?」
「さあ?」
ゼードは笑った。
「勝つだけならたぶんね」
「でも」
脇腹を軽く叩く。
タケルに蹴られた場所。
「俺ちゃんも無傷では済まなかった」
「だからやめた」
「……」
「それほどの武人が」
ゴルドは目を細める。
「なぜ迷宮都市にいる」
「おそらくは、火龍の里の武人だろう。それもかなり上」
ゴルドは一瞬、黙った。
「……火龍の宝具」
「ああ」
ゼードが笑う。
「取り返しに来た」
「そう考えるのが自然だろうな」
ゴルドは深く椅子へ身体を預けた。
迷宮都市を手に入れる。
それは皇帝へ近づくために必要だった。
兄たちのような圧倒的な武力は自分にはない。
兄たちのような卓越した才能もない。
しかし、資金という点でなら自身の才能には絶対的な自信がゴルドには存在していた。
そこで、迷宮都市に存在している大迷宮を攻略し、迷宮管理権を使用して大会運営をし続けることで資金を得ようとした。
しかし、今、《黄金の一杯》という予定外の存在が入り込んでいる。
「ならば、どうする?このまま、俺様が負けていけというのか」
「ははは、そこまでは行ってないだろ。俺ちゃんにただで負ける趣味はない」
ゼードが自分の胸元を指で叩く。
「攻撃を食らってやったからな、あいつらの魔力を完全に覚えた。だから、俺ちゃんの空間魔術でこの街にいる限り場所は分かる。場所が分かれば先に行ってしまえばいいだけの話」
「本当にうまくいくのか?」
「俺ちゃんを信じろよ、俺ちゃんが戦闘担当、ゴルド様は金を稼ぐことに集中していればいいのさ」
実際に彼のおかげでここまでこれた。兄上にも見つかることもなく魔導帝国を抜け出せた。
だが、この男にはどうしても信じ込むことはできない。
「……まあいい」
ゴルドは椅子へ深く座る。指に並ぶいくつもの宝石が光る。
最悪は自分の力を使ってでもこの計画を成し遂げるつもりだった
「厄介だな」
ゴルドは小さく呟いた。
「《黄金の一杯》」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
ゼード君はかなりの強者枠です。一人称が俺ちゃんの陽気な男。
特に印象に残った場面や台詞がありましたら、一言だけでも感想をいただけると、とても励みになります。