異世界転生したのに前の転生者にやり尽くされていた件 作:berunarudo
次の日。
俺とタケルはブランドー家の屋敷へ向かっていた。
昨夜ゼードに襲われたこともあり、昨日までのように何も考えず街を歩く気にはなれない。
曲がり角を抜けるたびに周囲の魔粒子を読み取って、建物の屋根や細い路地へ何度も視線を向けながら進んでいたのだが、こちらが警戒していることを嘲笑うように怪しい気配は一度も現れなかった。
「……いないな」
「ああ」
タケルもいつもより周囲へ意識を向けている。
昨日のゼードならば、俺たちの警戒など簡単にすり抜けられるのかもしれない。
あの男が使ったのは、少なくとも俺が知っている普通の魔術とは明らかに違っていた。
もし昨日、あの空間ごと引き寄せるような攻撃を偶然破壊できていなかったらどうなっていたのか。
考えたくもない。
「……あいつ、また来ると思うか?」
「分からんな」
タケルは前を向いたまま答える。
「だが、来るのであれば次も戦うだけだ」
「流石はタケルだな」
「ルークスもワクワクしているのではないか?」
「どこを見たらそう見えたんだよ」
死ぬかと思った。
いや、本当に死んでもおかしくなかった。
そう話しているうちにブランドー家の屋敷が見えてきた。
結局、何も起きなかった。
あれだけ警戒していた時間が馬鹿らしく思えるほど、俺たちは何事もなく屋敷へ到着した。
「……拍子抜けだな」
「何もない方がいいだろう」
「それはそうだけどさ」
屋敷の中へ入り、使用人へ案内されながら廊下を進む。
昨日も訪れた屋敷は相変わらず古かった。
長い年月を経て削れた石壁や、何度も修繕されながら使われ続けている木製の柱。
外観だけを見れば街の中心部に次々と建てられている新しい宿や商業施設とは比べものにならないほど時代遅れだが、不思議と落ち着く雰囲気だ。
案内された部屋の前で使用人が止まる。
「エドガー様はこちらに」
「ありがとう」
扉を開けた。
「…………」
思わず閉めようかと思った。
部屋の中が紙で埋まっていた。
机の上だけではない。
椅子の上にも、床にも、窓際にも、年代の違う地図や古い本、何かを書き写した紙束が無造作に積み上げられている。
その中央では見覚えのある鉄兜だけが紙の山から僅かに突き出している。
「……大丈夫か、エドガー?」
「埋まっているな、エドガーよ」
俺とタケルが声を掛ける。
しばらく反応はなかった。
やがて紙の山から一本の腕だけがゆっくりと伸びてきた。
親指が立つ。
「生きてるな」
「ああ」
そして腕は再び紙の中へ沈んでいった。
「寝たぞ」
「寝たな」
どうやら相当無理をして調べていたらしい。
起こしたところでまともに話せそうにもないので、俺たちは一度エドガーを放置することにした。
部屋にはすでにローラとウォルト市長も来ていた。
俺たちは昨夜起きたことを二人へ説明する。
ゼードという男に襲われたこと。
タケルと二人で戦ったものの、倒すことはできなかったこと。
そして何より。
「ゼード……か」
ウォルトが顎へ手を当てる。
「聞いたこともない男だ」
「あたしも知らないかな~」
ローラも首を傾げた。
「空間を動かす魔術なんて、エルフでも使える人はほとんどいないよ。転移魔術自体がかなり難しいし、それを戦闘中にあんな使い方するなら、相当おかしい人だと思う」
「おかしいっていう意味なら間違いなくおかしかったな」
性格も含めて。
ウォルトは机の上に置かれていた一枚の紙へ視線を落とす。
「こちらでも調べさせた。しかし、ゼードという名前の人物がこの街へ入った記録は見つからなかった」
「記録がない?」
「ああ。迷宮都市へ入るには基本的にいずれかの門を通る必要がある。大会が始まってからは特に入街者の記録を残すようにしているが、それらしい人物は一人もいない」
「じゃあ、どうやって入ったんだよ」
「分からない。だが」
ウォルトの表情が険しくなる。
「君たちの言っていた空間魔術が本当なら、それを使ったと考えるのが自然だろう」
街の門すら通らず出入りできる。
それだけで厄介さが一段階上がった気がした。
「タケルっちは、勝てそうなの?」
「タケルっち?」
ローラから突然飛び出した謎の呼び方に、タケルが珍しく目を丸くする。
「うん。タケルっち」
「なぜだ?」
「かわいいから」
「そ、そうか」
あのタケルが押されている。
ギャルという存在は、どの世界でも強いらしい。
そんな馬鹿なことを考えていると、タケルが少しだけ表情を戻した。
「勝てるかは分からん」
「タケルでも?」
「ああ」
その答えは意外だった。
タケルは強い。
レルギオンとも正面から殴り合い、それどころか枷を解いた状態なら圧倒するほどだった。
そのタケルが、迷いなく勝てるか分からないと言った。
「レルギオンやスクリームとは違う」
タケルが自分の手を見る。
「魔物ならば、どれほど強くとも力の方向が分かる。巨大であるなら巨大な力を受ければいい。速いならば、その速度へ対応すればいい。だが、ゼードは違う」
拳を握る。
「底が見えない」
その言葉だけで、昨日感じた不気味さを思い出した。
ゼードは本気だったのか。
どこまで本気だったのか。
それすら分からない。
「あの男を俺が本気で相手にしても、倒せる保証はない」
「タケルっちでも無理なら、あたしなんて一瞬で終わるよ~」
「だから、その呼び方は何なのだ」
「気に入らなかった?」
「いや……好きにしろ」
やはり押されている。
その時だった。
部屋の奥で大量の紙が崩れる音がした。
「悪いな。待たせた」
紙の山からエドガーが起き上がった。
先ほどまで半分死体のように眠っていた割には、多少顔色が戻っている。
「大丈夫なのか?」
「まったくもって大丈夫じゃない」
そう言いながら立ち上がり、手にしていた何枚もの地図を机へ広げる。
「だが、面白いことが分かった」
その一言で、ローラとのふざけた空気が消えた。
机に並べられたのは迷宮都市の地図だった。
右へ行くほど街が小さくなっている。
「昨日から、ブランドー家に残されていた地図を片っ端から調べた」
エドガーが一番古い地図へ指を置く。
「この街は大迷宮の発見後、何度も姿を変えている」
指が年代の新しい地図へ移っていく。
「俺は今まで、この変化ばかりを調べていた」
「前にも言ってたな」
ある時期を境に、不自然なほど街の複数の場所が同時に広がっている。
大迷宮と街の変化には何か関係があるのではないか。
それが昨日までのエドガーの考えだった。
「ああ。だが」
エドガーが顔を上げる。
「ハッカイの言葉を思い出した」
「変わるものばかりを見るな……だったか?」
「そうだ」
エドガーが一枚ずつ地図を重ねる。
街の輪郭は変わる。道も変わる。家も増える。
大きな建物が消え、別の建物に置き換わっている場所もある。
「変わっていない場所がある」
エドガーの指が止まった。
「一つは転移門」
大迷宮のすぐ近く。
今も昔も同じ場所に存在している。
「そして、もう一つ」
指が僅かに動く。
「この屋敷だ」
「ここ?」
ウォルトが思わず聞き返した。
「ああ。外観は改修されている。部屋も増えている。だが場所そのものは、確認できる限り一度も変わっていない」
「それ自体はおかしなことではない」
ウォルトは地図を見る。
「ブランドー家は代々この屋敷を使用している。建て替えこそ何度か行われているが、場所を移した記録はない」
「だからだ」
エドガーの目が僅かに輝く。
「もし変わらないことに意味があるなら、この屋敷が大迷宮と何らかの関係を持っている可能性がある」
「隠し部屋でも探すのか?」
「そのつもりだった」
エドガーがウォルトを見る。
「市長。この屋敷に、ブランドー家でも知らない地下室や隠し部屋はないか?」
「分からない」
ウォルトはしばらく考え込む。
だが、やがてゆっくりと首を振った。
「いや。待ってくれ」
「何かあるのか?」
「もし君の考えが正しいのであれば、ここではない」
「どういう意味だ?」
ウォルトが一番古い地図を自分の方へ引き寄せた。
「この屋敷は古い。だが、大迷宮より古いわけではない」
「当然だな」
「ブランドー家がこの街を管理するようになったのも、大迷宮が発見され、人が集まり始めてからだ。この屋敷もその後に建てられた」
ウォルトの指が地図の中央付近へ移動する。
「だが、ここだけは違う」
そこには小さな広場が描かれていた。
現在では周囲を民家や店に囲まれている、ごく普通の場所。
しかし、その中央には転移門がある。
「転移門を含めたこの広場については、初代市長スティーブン・ブランドーの日記にも記されている」
「つまり」
エドガーが身を乗り出す。
「あの広場は、この屋敷より古い」
「そういうことになる」
エドガーはしばらく黙った。
「だが、あそこなら何度も調べた」
当然だろう。
十年以上大迷宮を調査してきた男が、転移門周辺を見落としているはずがない。
「壁を叩いた。地面も掘った。魔想も流した。転移門自体も調べられる範囲は全部調べた」
「何もなかった?」
「ああ」
そこで全員が黙った。
「百階層まで行った人じゃないと駄目とか?」
ローラが最初に口を開く。
「あり得る」
エドガーは答える。
「なら石碑じゃないか?」
今度はタケルが言った。
「あれも昔からあるのだろう?」
「石碑は後からできたものだ」
「そうなのか」
「転移門に何か隠された使い方がある可能性もある」
エドガー自身も案を出す。
「普通に階層へ飛ぶ以外の何かだ」
「でも、それをどうやって調べるの?」
「それが分からない」
そこからしばらく、全員で思いつく限りの可能性を口にした。
転移門へ特定の魔想を流す。
百階層攻略者だけが使える。
石碑の順位が条件になっている。
広場に埋められた何かを探す。
大迷宮で手に入る特殊な道具を使う。
だが、どれも可能性があるだけだった。
確証がない。
やがてローラは机へ突っ伏し、タケルは腕を組んだまま頭から湯気が出そうなほど眉間へ皺を寄せていた。
俺も地図を眺め続ける。
変わるもの。
変わらないもの。
「なあ」
ふと、一つの疑問が浮かんだ。
「大迷宮と街って、どっちが先なんだ?」
「大迷宮だ」
ウォルトが答える。
「大迷宮が発見され、その周辺へ冒険者が住み始めた。それから商人が集まり、今の迷宮都市になった」
「じゃあ」
俺は地図を見る。
「街は、大迷宮の周りにできた」
「ああ」
「でも、ハッカイは街も大迷宮の一部みたいなことを言ってたよな」
「そうだな」
エドガーが答える。
「それなら……」
考える。
街も大迷宮の一部。
だけど街には魔物がいない。
階層主もいない。
攻略する場所でもない。
「もう俺たちは、大迷宮の中にいるってことにならないか?」
全員が俺を見る。
「どういう意味だ?」
「そのままだよ」
俺は窓の外を指差す。
「この街も大迷宮の一部なら、迷宮の中と外を分ける意味がないんじゃないか」
「でも、この街には魔物はいないよ~」
「それはそうなんだけど」
俺は以前訪れたハッカイの部屋を思い出す。
異常なほど広い空間。
そこにはハッカイ以外、生き物らしいものはほとんど存在していなかった。
「あのハッカイの部屋だって、普通の階層とは全然違っただろ」
「確かに」
「森でも砂漠でも海でもない。魔物もいなかった。だったら、街みたいな場所が大迷宮の中にあってもおかしくないんじゃないか?」
「理屈としては成り立つ」
エドガーが呟く。
「しかし」
ウォルトが首を振った。
「仮にこの街そのものが大迷宮の一部だとして、それが何だというのだ」
「え?」
「大迷宮には階層主がいる。階段がある。攻略するための仕組みがある。だが、この街にはそれがない」
「……そうだな」
「この街が大迷宮だとして、大迷宮本体はどこにある。何をもってこの街を攻略したことになる?」
「それは……」
答えられなかった。
確かにそうだ。
ある意味で振り出しに戻ってしまった。
何かに近づいている気はする。
だけど、手を伸ばすたびに答えが少し遠ざかる。
「そもそも」
エドガーが椅子へ深く座った。
「大迷宮に、本当に答えなどあるのか」
「どういう意味だ?」
「俺は十年間、この大迷宮を調べてきた」
エドガーが机の上の資料を見る。
「階層主には攻略方法がある。転移門もある。強いだけでは進めない場所もある。なら最初は、挑戦者へ困難を与え、それを乗り越えさせるための場所だと思った」
一本の指を立てる。
「だが、それなら百階層を突破すれば終わりでいい」
二本目。
「謎を解かせることが目的なら、もっと多くの場所へ明確な手掛かりを置けばいい」
三本目。
「単純な試練なら、階層によって仕組みが違いすぎる」
手を下ろす。
「どれも中途半端だ」
静かな声だった。
だが、十年間調べ続けた男だからこそ、その言葉には妙な重さがあった。
「俺には」
エドガーが地図を見る。
「大迷宮が何をさせたいのか分からない」
少し間を置く。
「一貫性がない」
そして。
「まるで、つぎはぎだ」
部屋の中が静まり返った。
「……つぎはぎ」
俺は無意識にその言葉を繰り返した。
「どうした、ルークス」
「いや」
机の上へ並べられた地図を見る。
一番古い街。
少し大きくなった街。
さらに広がった街。
現在の迷宮都市。
同じ街なのに全部違う。
「もし」
俺はゆっくり口を開いた。
「本当につぎはぎなんだとしたら」
エドガーがこちらを見る。
「それって、一人で作ったんじゃないからじゃないか?」
「……何?」
タケルが首を傾げた。
「この街って、最初から今みたいな形だったわけじゃないんだよな」
「ああ。当然だ」
ウォルトが答える。
「大迷宮が発見された後、冒険者が集まり、商人が集まり、人が増えていった。そして彼らによって街は彩られていった」
「それだよ」
「何がだ?」
「この街を作った人って、誰なんだ?」
ウォルトが少し黙る。
「ブランドー家か?」
「違うだろ」
俺は地図を指差す。
「市長の家は街を管理してきた。でも、全部の家を建てたわけじゃない。全部の道を作ったわけでもない」
「それはそうだ」
「冒険者が宿を欲しがった。商人が店を建てた。人が増えたから家が必要になった。誰かが橋を作って、別の誰かがその横に店を作った」
地図の上を指でなぞる。
「だから、この街はこんなにごちゃごちゃしてる」
計画された都市ではない。
誰か一人が完成した形を考えて作ったわけでもない。
その時、その場所にいた人間が必要だと思ったものを足していった。
それが何十年、何百年と続いて。
今の迷宮都市になった。
「それと同じなんじゃないか」
俺は顔を上げる。
「大迷宮も、一人が作り上げたものじゃない」
誰も答えなかった。
「一人じゃないから」
大迷宮の地図を見る。
「ちぐはぐなんじゃないか」
十人十色。
前世にはそんな言葉があった。
人間が十人いれば、十通りの考えがある。
百人なら百通り。
大迷宮を宝の眠る場所だと思う者もいる。
自分を鍛えるための試練だと思う者もいる。
未知を求める場所だと思う者もいる。
名を上げる舞台だと考える者もいるだろう。
もし、大迷宮を形作った人間が一人ではなかったのなら。
「だから、一貫性がないんじゃないか」
俺が言うと、エドガーは何も答えなかった。
ただ地図を見ている。
長い沈黙だった。
「……なるほど」
やがて小さく呟く。
「一貫性がないのではない」
指が地図の上を滑る。
「最初から、一つの考えで作られていない……か」
「まだ仮説だけどな」
「ああ」
エドガーが僅かに笑う。
「だが、面白い」
その顔は、十年間追い続けてきた謎へ新しい道を見つけた冒険者そのものだった。
「でもさ~」
ローラが机へ頬を乗せたまま手を上げる。
「それが分かっても、どうするの?」
「どうする?」
「大迷宮にいろんな考えがあるとしても、その中からどれが正しいのか分からないじゃん」
「……確かに」
俺たちは答えを知ったわけではない。
製作者が一人ではない。
そう考えれば一貫性のなさは説明できる。
「それを大迷宮へどう伝える?」
エドガーが言った。
「俺たちが考えた答えを示す場所がない」
また止まった。
「むう」
タケルが腕を組む。
ローラと同じように頭から煙が出そうな顔をしている。
そのまましばらく唸っていたが。
「ならば」
突然手を挙げた。
「俺に一つ心当たりがあるぞ」
「本当か?」
「ああ」
タケルが胸を張る。
「俺たちは転移門を使う時、行きたい階層を頭の中で念じているだろう」
「……あ」
「それはつまり」
タケルは続ける。
「転移門へ、自分の望む場所を伝えているということではないのか?」
「…………」
誰も答えなかった。
あまりにも当たり前だった。
転移門は、行き先を念じれば飛ぶ。
俺たちは何度も使ってきた。
だからこそ、それ自体を疑ったことがなかった。
「た、確かに~」
ローラがゆっくり顔を上げる。
「当たり前すぎて忘れていた」
エドガーも呟く。
「タケル」
「なんだ?」
「普段からもっとそういうこと考えてくれよ」
「俺はいつも考えているぞ!」
「嘘つけ」
だが、試す価値はある。
いや、そもそも今の俺たちにできることは、それしかない。
「行こう」
エドガーが立ち上がる。
「広場へ」
◇
屋敷を出た頃には、すでに空が赤く染まり始めていた。
夕方の迷宮都市は朝とは違う騒がしさに包まれていた。
大迷宮から戻ってきた冒険者たちが酒場へ向かい、商人たちは最後の商品を売ろうと声を張り上げ、その頭上では迷宮の石壁を利用して作られた高架道を無数の人間が行き交っている。
何度も見てきた景色。
だけど今は少し違って見えた。
誰か一人が作った街ではない。
無数の人間が、それぞれ必要なものを足し続けた結果。
今の形になった街。
もし大迷宮も同じなのだとしたら。
「面白くなってきた」
前を歩くエドガーが呟いた。
「顔に出てるぞ」
「十年探してきた答えだ」
エドガーは立ち止まらない。
「これくらいは許せ」
ウォルトも同行していた。
ゼードに襲われたことを考えれば、市長を外へ連れ出すことには抵抗もあったが、本人曰く、護衛を何十人付けるより俺たちの近くにいた方が安全らしい。
否定できないのが困る。
やがて、広場へ着いた。
中央にはいつもと変わらず転移門が立っている。
何百年も周囲の街が姿を変えてもここだけは同じ場所にあった。
夕陽を受けた石の表面が、僅かに赤く染まっている。
「さあ」
俺は転移門を見る。
「願いを述べてみようぜ、エドガー」
「ああ」
エドガーが一歩前へ出ようとした。
その時だった。
「どこへ行くつもりなのかね」
聞いたことのない声。
だが、反射的に身体が強張った。
声そのものではない。
その向こうから感じる圧。
俺とタケルが同時に振り返る。
「《黄金の一杯》」
夕陽を背にして、一人の男が立っていた。
金を惜しみなく使ったことが一目で分かる派手な服。
その後ろには三人の冒険者。
立っているだけで分かる。
強い。
「それに」
男の目が細くなる。
「ウォルト・ブランドー市長」
「ゴルド……」
ウォルトが低く呟いた。
ゴルド・ジェスター。
ラーニアス魔導帝国皇族。
そして、今回の大会を作り上げた男。
「まさか市長自ら、俺様の大会を妨害する側へ回るとはな」
「妨害だと?」
「そうだろう」
ゴルドが両腕を広げる。
「俺様はこの街へ人を戻した。冒険者を呼び、金を落とし、潰れかけた店を救った」
周囲を見る。
「そして全て正当な金を払い、契約によって手に入れた」
ウォルトの拳が握られる。
「街を買い占めることを、救うとは言わない」
「結果として救われた者がいる以上、同じことだ」
「違う」
「凡人はいつもそう言う」
ゴルドが鼻で笑った。
「自分にはできなかったことを成し遂げた者へ、後から理想を語る」
「ゴルド!」
「だが」
ゴルドの視線が俺たちへ向く。
「もう議論は必要ない」
後ろに立っていた三人が前へ出る。
一人は剣を持つ男。
一人は多くの武器を背負っている。
そしてもう一人は巨大な盾を持つ大男。
見覚えがある。
「理想郷……」
ランキング上位。
Sランク冒険者だけで構成された三人組。
剣聖マルコ。
万式のグエン。
不動のラフェル。
「悪く思うな」
剣を持つマルコが一歩前へ出る。
腰の剣をゆっくりと抜く。
「お前たちに個人的な恨みはない」
刃が夕陽を反射する。
「だが、俺たちも遊びでここまで来たわけではない」
その言葉に、エドガーの目が僅かに変わった。
「俺たちの夢のためだ」
マルコが剣を構える。
「そのためにゴルドの支援を受けた」
「だから俺たちを止める?」
「ああ」
迷いのない答えだった。
「お前たちが先へ進むというのなら」
剣先がこちらへ向く。
「ここで止める」
「なるほど」
エドガーが自分の剣へ手を掛ける。
「冒険者らしい理由だ」
空気が変わった。
ローラが杖を握る。
タケルは嬉しそうに拳を鳴らす。
「Sランク三人か」
「楽しそうだな、お前」
「当然だ!」
「そう言うと思ったよ」
そして。
「ようよう」
聞き覚えのある軽い声がした。
「俺ちゃんも来たよ」
「…………」
空間が揺れた。
誰もいなかった場所。
そこへ大柄な男が現れる。
「お前までいるのかよ」
「昨日ぶり、おチビちゃん」
「ゼード……!」
最悪だ。
理想郷だけでも面倒なのに。
そこへあの男までいる。
「おいおい、そんな嫌そうな顔すんなよ」
ゼードは楽しそうに笑う。
「俺ちゃん傷ついちゃう」
「昨日殺そうとしてきた奴に笑顔向けるほど心広くないんだよ」
「まあまあ」
両手を広げる。
「今日はもっと楽しくなりそうだぜ」
ゴルドが一歩前へ出た。
「いいか」
俺たちを見る。
「俺様は王となる」
夕陽を背負い。
「兄たちよりも上へ行く。俺様を馬鹿にした者すべてを見返し、この手で俺様自身の価値を証明する」
その声には今まで見た金持ちの馬鹿とは違う何かがあった。
「いけ」
ゴルドが命じる。
次の瞬間、迷宮都市の中心。
何百年もの間、変わらず存在し続けた転移門の前で戦いの火蓋が切られた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
優秀、素敵、便利な転移門です。
特に印象に残った場面や台詞がありましたら、一言だけでも感想をいただけると、とても励みになります。