異世界転生したのに前の転生者にやり尽くされていた件 作:berunarudo
広場は、もはや一つの戦場と呼ぶにはあまりにも多くの意思と力が入り乱れ、どこを見ても誰かが誰かと刃を交え、魔術の光が石畳を焼き、怒号と金属音が途切れることなく響き続ける、文字通りの混沌へと変わっていた。
ゴルドが呼び出した黒いスーツ姿の兵士は、およそ百名。
一人一人の実力だけなら、そこまで圧倒的というわけではない。
おそらくBランク冒険者であれば、一対一なら十分に対処できる程度だろう。
だが数が多い。
一人倒したところで、その後ろから二人。二人を倒せば、さらにその後ろから三人。
しかも全員がほとんど同じような体格を持ち、同じような黒い服に身を包み、魔想の質までどこか似通っているせいで、戦っているうちに今倒した相手と次に向かってくる相手の区別すらつかなくなってくる。
「おらぁ!」
広場の一角。
巨大な剣が横薙ぎに振るわれた。
黒服の兵士が三人まとめて吹き飛ばされ、そのまま地面を何度も転がっていく。
「まだまだ若い奴には負けられねえな!」
剣を振るったのは、焼き鳥屋のおっちゃん――いや。
元Sランク冒険者。
《千切のガルダ》。
本人は全盛期には遠く及ばないと言っていたが、とてもそうは見えない。
巨大な大剣をまるで木の棒でも扱うように片手で振り回し、兵士たちが包囲しようとすれば、その包囲ごと力任せに叩き潰していく。
さらに。
「《風裂》!」
「《氷槍》!」
「前を空けて!」
ガルダとは別方向。
全員がAランク冒険者で構成された女性パーティー、《戦乙女》も戦場へ加わっていた。
魔術師が兵士の足を止め。
剣士がその隙を突く。
騎士が前線を押し上げ。
僧侶が負傷者を治療する。
明らかに、そこらの即席パーティーとは連携の練度が違う。
それでも彼女たちの前に立つ一人だけは簡単には崩れなかった。
「《鉄壁(アイアン・マン)》」
銀色の肉体を持つ不動のラフェル。
戦乙女の剣が当たるも、弾かれる。
魔術も当たるが反射される。
「また返ってきた!」
「下がって!」
跳ね返された魔術を。
「《聖障壁》!」
ローラが杖を掲げて受け止める。
光の壁へ魔術が直撃し、激しい火花を散らしながら消滅した。
「ちょっと~!」
ローラは眉を吊り上げた。
「人の魔術勝手に返さないでよ!」
「我が肉体は不動」
「会話にならない!」
それでもローラ一人だった時とは違う。
戦乙女四人。
そこへローラまで加わったことで、ようやくラフェル一人と互角。
逆に言えばそれだけSランク冒険者という存在は強い。
◇
「くっ!」
剣が弾かれる。
エドガーはすぐさま一歩下がり、腰へ付けていた別の魔想石を外すと、剣の柄に装着されていたものと入れ替えた。
次の瞬間、剣身へ炎が纏わりつく。
「《炎刃》!」
振るう。
「ふん!」
グエンが腰から短い棒のような武器を抜いた。
伸びる。
三節に分かれた金属棒が鎖によって繋がれ、蛇のようにうねりながら炎の剣へ巻き付く。
「それは……」
「どうした!」
グエンが腕を引く。
エドガーの剣が大きく引っ張られた。
その瞬間、エドガーの目が細くなる。
「西方武術……いや」
鎖の動きを見る。
「違う」
足運び、武器の握り。腰の回転。
「百五十年ほど前に自由都市周辺で使われていた捕縛術か」
「ほう」
グエンの眉が上がる。
「それを知る者が、まだおったか」
「記録で見た」
「記録?」
「古い冒険者の戦闘記録だ」
エドガーは剣から魔想石を外した。
炎が消える。
代わりに腰から一本の短剣を抜く。
「その武術は、相手の武器を絡め取った後、右側から踏み込む」
「……」
「だから」
グエンが踏み込む。
右。
その瞬間、エドガーが一歩左へずれる。
短剣がグエンの脇腹へ向かう。
「遅い!」
別の武器が抜かれた。
円形の盾。
小さな盾が短剣を受ける。
「それは帝国騎兵の小盾術」
「正解!」
盾が回転する。
短剣が弾かれる。
さらにグエンの反対の手にはすでに片刃の剣。
「なら、これはどうだ!」
振り下ろされる。
エドガーは剣で受ける。
「ぐっ!」
膝が沈む。
重い。
「吾輩を倒すには」
グエンが笑う。
「まだまだ式が足りぬな!」
「ちっ!」
エドガー自身の実力は本来Bランクであり、十年間積み上げてきた経験と大量の魔導具を組み合わせることでAランク相当まで引き上げているに過ぎずない。
残った魔想石が少なくなるにつれて、徐々に敗北という二文字が現実味を帯び始めていた。
「そろそろ終わりにするか」
グエンが武器を構えた、その時だった。
「情けないぞ!」
聞き覚えのある大声とともに紫色の光が横から走り、グエンの武器へ直撃する。
「私に勝っておきながら!」
「ぬっ!」
グエンが大きく下がった。
「この程度の相手へ負けるつもりか、エドガー!」
「……お前」
そこに立っていたのは蛇眼を持つ勇者ダン・クロニクルと、その仲間たちだった。
「勇者ダン・クロニクル」
「あんたを助けるつもりはないからね」
「勇者様のためです」
「お前を認めたわけじゃない」
「全員似たようなこと言うな」
エドガーが呆れながらも剣を構え直す。
「それで、なぜ助ける?」
「私は貴様が嫌いだ」
「奇遇だな」
「黙れ。だが私は勇者である以前に冒険者でもあり、夢を追う者がそれを奪われる苦しさくらいは分かる」
ダンは剣をグエンへ向ける。
「何より、私は勇者だ。悪がいるなら、そこに私もいる」
エドガーはしばらくその横顔を見たあと、妙に納得したように小さく息を吐いた。
「お前は良い意味でも悪い意味でも正義しかないようだな」
「褒め言葉として受け取っておこう」
「勝手にしろ」
二人が背中を合わせると、グエンはそれを見て豪快に笑った。
「がははは! 実に良い景色なり!」
「余裕だな」
「当然! 二人まとめて吾輩を超えてみよ!」
ダンとエドガーが同時に駆け出した。
◇
一方で、タケルは剣聖マルコを相手に、単純な力比べとは異なる種類の苦戦を強いられていた。
「俺の剣は《朧一千流》、その名の通り千の型を持つ」
高い位置から振り下ろしたと思えば、その剣が途中で軌道を変えて足元へ走り、そこからさらに逆手へ持ち替えて首元へ返ってくる。
攻撃のたびに型そのものが変化する剣術にタケルは流れを掴み切れず、それでも最終的には避けることそのものを捨てるように両腕を広げた。
「《極心三絶――不動》!」
全身へ《壁》を重ね、皮膚や筋肉だけではなく肉体そのものを一枚の巨大な壁へ変えることでマルコの剣を真正面から受け止め、その刃が肩へ食い込むより先にタケルが強引に距離を詰める。
「硬さだけで、俺の型を潰すつもりか」
「そうだ!」
「面白い、だが俺とて一つの剣術だけを極めてきたわけじゃない」
マルコの剣へ赤い魔想が流れ込み、刃を覆うように炎が燃え上がる。
「《魔纏流――業火真破斬》」
振るわれた刃から炎が周囲へ撒き散らされ、斬撃そのものは《壁》で防げても熱までは消すことができず、硬化したタケルの肉体が逆に熱を伝えるように赤く焼け始めた。
「ぐっ……これはまずいな」
「どうした、火龍の戦士!」
「困った!」
「なら降参するか!」
「いや、もっと面白くなった!」
「本当に何なんだお前は!」
そんな二人の間へ、突然三つの影が降り立った。
「とう!」
「はあ!」
「やあ!」
筋骨隆々の肉体へ女物の衣装を纏った三人の男が、それぞれ色違いのステッキを掲げながら一斉にポーズを取る。
「私たちは!」
「X!」
「Y!」
「Z!」
「…………」
タケルとマルコが同時に固まった。
「まるでバーボンを思い出すな」
タケルがようやく捻り出した一言に、三人の顔色が一瞬で変わる。
「バーボンお姉さまを知ってるの!?」
「ああ、以前仲間だった」
「きゃあああああ! なら助けるわ!」
「理由それだけでいいのか?」
「乙女に細かい理由なんて必要ないのよ!」
そう叫ぶなり三人は一斉にマルコへ飛びかかり、持っていたステッキを一度も使うことなく、恐ろしく完成度の高い肉弾戦による連携を始めた。
「何なんだお前たちは!」
「Aランクパーティー《XYZ》よ!」
「説明になっていない!」
さすがのマルコも四人を同時に相手にすれば余裕を失い始め、その攻防の中でタケルはふと一つの疑問を口にした。
「なあ、マルコ」
「何だ!」
「なぜ、お前ほどの武人がゴルドの下にいる?」
その言葉にほんの一瞬だけマルコの剣が鈍った。
「……俺たちは」
剣を振るいながら答える。
「元々Aランクだった」
タケルの拳を受け。
「何度挑んでも」
XYZの攻撃をかわし。
「どうしてもSランクには届かなかった」
そして。
「ずっと夢だったんだ」
マルコの声が強くなる。
「Sランクになることが!」
剣を振り抜く。
「そんな俺たちへ、ゴルド様が力を与えてくれた!」
「だから今がある?」
「ああ!」
「なら」
タケルは一度拳を下げた。
「お前は今、本当に夢が叶ったと思えているのか?」
「……何?」
「誰かの力を借りることが悪いとは思わない」
タケルは自分の胸へ拳を当てる。
「俺もルークスや皆に助けられたこともある。火龍様から多くを与えられた。そのどれか一つでも欠けていれば、今ここにはいない」
「なら!」
「だが」
真正面からマルコを見る。
「それを自分の力だと、自分で選んだ道だと、自分が叶えた夢だと胸を張って言えるかどうかは、自分で決めることだ」
「最初から何もかも持っていた、お前のような天才に何が分かる!」
「分かるさ」
タケルは拳を地面へ叩きつけ、その衝撃だけで石畳へ大きな亀裂を走らせる。
「俺の妹は何でもできた。未来すら見る天才だった。俺は別に天才じゃない」
一歩。
「だから何度も負けた」
さらに一歩。
「それでも努力した」
拳を構える。
「今もまだ、夢の途中だ」
マルコの剣先が僅かに揺れた。
「お前は、ゴルドから与えられた今を、本当に自分の夢が叶った姿だと思えているのか?」
「……うるさい」
「迷っている奴には」
タケルが構える。
「俺は負けないぞ」
「俺は……」
マルコは自分の剣を見つめ、さらに遠くにいるゴルドへ一度だけ視線を向けると、迷いを振り払うように強く柄を握り直した。
「俺は剣聖マルコだ!」
「来い!」
二人が同時に踏み込む。
「《朧一千流――千本桜》!」
「《極心三絶――崩天》!」
無数の剣が同時に迫っているように見える連撃と、ただ一つ真っ直ぐに放たれた拳が正面から激突し、ほんの一瞬だけ力が拮抗したかに見えた直後、タケルの拳がマルコの剣そのものを砕いた。
「なっ――」
砕けた刃が夕暮れの空へ舞い上がる。
その時にはタケルはもうマルコの懐へ入っていた。
「《極心三絶――廻天》」
拳が腹へ叩き込まれる。
同時に流し込まれた魔想がマルコの内部へ入り込み、自身の魔想と激しくぶつかり合うことで生まれた衝撃が全身へ広がる。
その感覚はまるで自分が放った《千本桜》すべてを一度に返されたようだった。
「がはっ!」
マルコの身体が大きく吹き飛び、何度も石畳を転がった末にようやく止まる。
タケルも決して無傷ではなく、肩で息をしながらゆっくりマルコの元へ近づいた。
「マルコ」
手を伸ばす。
「もう一度、夢に向かってみないか」
「……」
「今度は」
タケルは笑った。
「自分の想う道のままに」
マルコはその手を見つめた。
砕けた剣を見る。
遠くのゴルドを見る。
そしてもう一度、タケルを見る。
「俺は……」
手が僅かに上がる。
それでも一度止まり、再び動く。
指先が少しずつタケルの手へ近づいていく。
あと少しその手を掴める。
そう思った瞬間だった。
「ぐあああああああ!」
「マルコ!?」
マルコの身体が大きく跳ね、炎などどこにも存在しないというのに、まるで身体の内側を焼かれているように全身を押さえながら苦しみ始めた。
◇
俺は黒服の兵士の拳を避けて懐へ入り込み、そのまま腹へ拳を打ち込んで倒すと、隣で大剣を振り回していたガルダへ声を掛けた。
「おっちゃん、本当に強かったんだな!」
「失礼だな坊主! 昔はSランクだったって言っただろ!」
「焼き鳥売ってる姿しか知らないから!」
「焼き鳥屋を舐めんな!」
「関係ないだろ!」
そんなやり取りをしている最中、叫び声が聞こえた。
振り返る。
「マルコ?」
倒れている。
さらにラフェル、グエンの二人も同時に苦しみ始めた。
それだけではない。
黒服の兵士たちまで一斉に膝をつき、その身体から細い糸のように魔想が抜けていく。
「なんだ……?」
流れていく先にはゴルドがいた。
「使えぬゴミどもめ」
片手を掲げ、苛立っていた。
「俺様の力を与えておきながら、この程度か」
「ゴルド!」
タケルが叫ぶ。
「何をした!」
「返してもらっているだけだ」
ゴルドは苦しむ理想郷を一瞥した。
「こいつらをSランクへ届かせた力も、兵士どもへ与えた力も、すべて俺様が与えたものだ」
俺はそこでようやく気づいた。
以前から感じていた。
どこか似た魔想。
「ならば」
ゴルドが両腕を広げる。
「俺様が返してもらうのは当然だろう」
周囲から集まった膨大な魔想がゴルドの身体へ吸い込まれ、その身体から金色の光が噴き上がる。
「俺様こそが王!」
一歩踏み出すだけで石畳が割れる。
「俺様こそが皇帝となり!」
さらに力が膨れ上がる。
「世界を掌握する!」
「《独想魔術――I am the kingdom》」
空気そのものが押し潰されるような圧力。
「……まずい」
エドガーが小さく漏らした。
「勝てない」
ローラの顔も青い。
タケルでさえ表情が険しい。
その時だった。
「おい愚弟」
ゴルドが顔を上げる。
一人の男が空から落ちてきた。
着地の際に轟音が鳴り響く。
舞い上がった煙が晴れると、そこには軍服姿の男が立っていた。
「誰が独想魔術を使っていいと許可した」
「……兄上」
ゴルドの顔から一瞬で血の気が引く。
「なぜここに――」
「俺の質問には」
男が近づく。
「はい、いいえのどちらかで答えろと教えたはずだ」
手刀がゴルドの腹へ叩き込まれる。
「《断脈》」
「がっ――!」
身体を貫いたわけではない。
だが、ゴルドの中を巡っていた膨大な魔想の流れ。
その中心切られた。
「な……」
独想魔術が崩れる。
「寝てろ」
男は冷たく言った。
「愚弟」
次の瞬間。
ゴルドへ集まっていた魔想が爆発するように周囲へ散り、理想郷や黒服の兵士たちへ元の流れを取り戻していった。
そして、さっきまでこの場で誰よりも強大な力を誇っていたゴルドは、そのまま地面へ崩れ落ちた。
「……」
誰も動けない。
軍服の男は気を失ったゴルドを雑に肩へ担ぎ上げる。
「あんた」
俺は思わず声を掛けた。
「一体何者なんだ?」
「我か」
男がこちらを見る。
鋭い目。
ゴルドに似ている。
だが雰囲気はまるで違う。
「我が名はヴァロン・ジェスター」
気絶したゴルドを担ぎ直しながら、僅かに笑う。
「そこにいる愚弟の兄にして、ラーニアス魔導帝国第二皇子だ」
「第二皇子……」
「愚弟が随分と迷惑を掛けたようだな」
「随分どころじゃないんだけど」
「そうか」
特に悪びれることなく答える。
百人を超える人間が入り乱れ、迷宮都市の中心を揺らすほど続いていた混沌は、俺たちが思っていたよりも遥かにあっけなく、たった一人の男が現れたことで終わりを迎えていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
ゴルドの独想魔術は基本的に他者に力を渡し、それを回収する。銀行をイメージすると分かりやすいかも。
特に印象に残った場面や台詞がありましたら、一言だけでも感想をいただけると、とても励みになります。