異世界転生したのに前の転生者にやり尽くされていた件 作:berunarudo
ラーニアス魔導帝国を統治する皇帝には三人の子がいる。
帝国という巨大な国家をいずれ背負うことになる皇族である以上、その三人はいずれも幼い頃から最高峰の教育を受け、魔術、政治、軍略、魔導工学に至るまで、凡人であれば一つを修めるだけでも一生を費やしかねない分野を当然のように学んできたという。
その中でも、一人だけ。
同じ皇族という枠へ収めることすら躊躇われるほど、別格の存在として語られる男がいる。
第二皇子 ヴァロン・ジェスター。
圧倒的な力を持つがゆえに、人々は彼を天才と呼ぶ。
帝国に仇なす者を討ち、国を守る姿を見て、正義の人だと語る者もいる。
けれど、それはあくまで遠くから彼を眺めている者たちの評価なのだろう。
一度でもヴァロン・ジェスターという男と深く関わった者ならば、そんな生易しい言葉では彼を表現しない。
天才でも、英雄でも、正義でもない。
――天災。
ただそこに存在するだけで周囲の状況を変えてしまう、人の形をした災害。
そんな男が今、俺たちの目の前で静かに頭を下げていた。
「我のことを無視し、このような暴挙を行った愚弟の代わりに謝罪する」
「…………」
誰も、すぐには言葉を返せなかった。
つい先ほどまで広場を埋め尽くしていた戦闘の熱が、ヴァロンが現れてから急速に冷えていったように感じる。
倒れた冒険者、砕けた石畳、そこら中に転がる武器。
気を失ったゴルドを背負いながら頭を下げるヴァロンの姿だけを見れば、弟の不始末を詫びる良識ある兄にしか見えないのだが、俺の頭にはどうしても数分前の光景が残っていた。
『死ね、愚弟』
そう言いながら弟の腹へ手を突っ込んでいた男である。
……まともなのか?
いや、少なくとも、俺の知っている『まとも』とは少し違う気がする。
そんなことを考えている間に、ウォルト市長が一歩前へ出た。
「いや、こちらにも責任があります。あのままでは、我々だけでゴルド様を止めることはできなかったでしょう」
「そうだろうな」
ヴァロンはあっさり肯定した。
「仮にも愚弟は皇族だ。皇族が持つ力を他国の都市で大規模に使用すれば、単なる個人同士の争いでは済まなくなる。下手をすれば、ラーニアスが迷宮都市へ軍事的な介入を行ったと判断されかねん」
倒れているゴルドへ一度だけ視線を向ける。
「その前に止められたのは幸いだった」
「……そうですね」
ウォルトが静かに頷いた。
話している内容だけ聞けば、本当に常識的だ。
ゴルドの兄という時点で、もっと「俺様が皇帝だ」くらい言い出す人間を勝手に想像していたのだが、少なくとも今のところはその気配がない。
考えてみればキャンウィング領の領主だって貴族だった。
貴族だから全員がゴルドや勇者ダンみたいな性格をしているわけではないのだろう。
……ダンは勇者だけど。
「火龍の里の者よ」
「む?」
ヴァロンが今度はタケルへ向き直った。
突然声を掛けられたタケルは一瞬だけ首を傾げたものの、すぐにいつもの堂々とした態度で前へ出る。
「愚弟が火龍の宝具を手にしたことで、そなたらにも迷惑を掛けたようだ。申し訳ない」
再び頭を下げる。
「いや」
タケルは少し困ったように頭を掻いた。
「元をたどれば、宝具を盗まれたのは俺たちの不手際でもある。こちらこそ、お前の弟を巻き込んでしまったようだ」
「そうか」
「ああ」
二人が手を差し出す。
そのまま握手を交わした。
……いや、ちょっと待て。
「盗まれた?」
俺の中で一つの言葉が引っかかった。
今、ヴァロンはゴルドが宝具を買い取ったと言った。
つまり。
「一ついいか」
俺より先にエドガーが口を開いた。
さすがというべきか、あいつも同じところに引っかかったらしい。
「ヴァロン殿。俺はエドガーという。ただの冒険者だから、貴族相手の話し方には慣れていない。失礼があったら先に謝っておく」
「ああ。我は気にしない」
「助かる」
エドガーは短く答える。
「俺たちは今まで、ゴルドが火龍の宝具を盗ませたのだと思っていた。だが、さっきあんたは『買い取った』と言ったな」
「言った」
「誰からだ?」
ヴァロンは特に考え込む様子もなく答えた。
「詳しい素性までは分からん。愚弟の記録を見る限りでは、変わった魔導具を扱う男から持ち込まれたようだ」
「魔導具……」
「愚弟はその男から宝具を購入した。それで手持ちの資金をほとんど使い果たした。その後帝国の金庫へ手を付け、その資金を元手として今回の大会を開いた。おおよそ、その資金を倍にでもして返せばいいとでも思っていたのだろうな」
「…………」
呆れていいのか怒っていいのか分からない。
皇族って国の金庫から勝手に金を持ち出せるものなのか。
いや、普通は無理だからヴァロンがここまで来たのか。
「その男について、他に分かっていることは?」
「こちらでも確認したが、それ以上は分からん。売買の後、その男の足取りは途絶えている」
「そうか。ありがとう」
エドガーはそこで引いた。
けれど俺の頭の中では、別のものが引っかかっていた。
魔導具、火龍の里、盗まれた宝具。
そういえば、里のみんなが意識を失った時、使われていたのも魔導具だった。
あの、どう考えても筋力トレーニングにしか見えなかった道具。
「……魔導具か」
小さく呟く。
「どうした、ルークス?」
「いや」
タケルに聞かれ、首を振った。
「ちょっと気になっただけ」
まだ分からない。
魔導具を使う人間なんて、この街だけでも山ほどいる。
それだけで結びつけるのは早すぎる。
「火龍の宝具については、愚弟が使用していた屋敷に残されているはずだ」
「本当か!」
タケルが食いついた。
「ああ。本来なら帝国兵が警備しているが……」
ヴァロンは広場に転がっている黒服の兵士たちを見る。
「これだけ召喚しているのであれば、屋敷には残っていないだろう。確認するといい」
「助かる!」
タケルの顔が一気に明るくなる。
目的だった火龍の宝具をようやく取り戻せる。
長かった。
火龍の里を出てから迷宮都市まで一週間。
そこから大迷宮へ何度も潜り、エドガーやローラと出会い、カイトとも知り合い、気づけば街の存続を懸けた争いにまで巻き込まれていた。
本来なら宝具一つを取り戻すだけだったはずなのに。
「それと」
ヴァロンが周囲を見渡した。
「冒険者諸君にも迷惑を掛けた」
腰元から何かを取り出す。
小さな硬貨だった。
ただし、俺が見慣れている金貨とは明らかに色が違う。
白銀に近い輝きを放つそれを、ヴァロンは何でもないもののようにウォルト市長へ渡した。
「これで酒でも飲んでくれ」
「……え?」
ウォルトが受け取った瞬間、固まった。
近くにいた冒険者の一人も目を見開く。
「し、白金貨……?」
「白金貨?」
俺には価値が分からない。
すると横から別の冒険者が震える声を漏らした。
「一枚で……一千万Gだぞ」
「一千万!?」
思わず声が裏返った。
俺たちが渦竜スクリームを倒して、命懸けで稼いだ金が四人で数百万Gだった。
それを酒代?
「うおおおおお!」
「酒だ!」
「今日は飲むぞ!」
「皇子様最高!」
さっきまで命懸けで戦っていたとは思えない速度で、冒険者たちの空気が変わった。
現金な奴らである。
いや、一千万Gなら俺も喜ぶ。
「流石は皇族……」
桁が違う。
いつか俺も一千万Gを何でもない顔で渡せるくらい金持ちになってみたい。
……無理だろうな。
「それと」
「?」
ヴァロンの声が聞こえた。
なぜかこちらを見ている。
「そこにいる者」
俺?
「異様なほど魔想を抱えているな」
「…………」
周囲の視線までこちらへ集まった。
嫌な予感がする。
「名は?」
「……ルークスです」
反射的に背筋を伸ばした。
皇族相手にどこまで敬語を使えばいいのか分からないが、とりあえず失礼にならないようにしておこう。
できるなら、あまり関わりたくない。
「ルークスか」
ヴァロンが俺を見る。
ただ見られているだけなのに、妙に落ち着かない。
師匠やタケルのように強者の圧を放っているわけではない。
それなのに、身体の中を一つずつ調べられているような感覚があった。
「面白いな」
「何がでしょうか」
「貴殿の魔想量だ」
「はい」
「我より多い」
「…………はい?」
聞き間違えたと思った。
周囲も一瞬静かになった。
「今……」
誰かが呟く。
「ヴァロン皇子より多いって言ったか?」
「聞き間違いじゃないよな?」
ざわめきが広がっていく。
俺自身、自分に魔想が多いことくらいは分かっている。
幼い頃から毎日のように使い切り、魔力炉を鍛え続けてきた。
けれどこの男より?
さすがに実感がない。
「その量を、どこで手に入れた?」
ヴァロンが聞く。
これはどっちだ。
『我より魔力が多いなど許さん!』
みたいな面倒な貴族パターンなのか。
それとも。
『面白い! 俺と戦え!』
とか言い出す戦闘狂パターンなのか。
……後者はもうタケルとゼードだけで十分だ。
「幼い頃から、魔想を使い切ることを繰り返していただけでございます」
「使い切る?」
「はい」
ヴァロンの視線が少しだけ細くなる。
「なるほど」
それだけ言って、何かを考えるように俺を見る。
「魔術回路の有無が作用したか。それとも別の要因か」
「…………」
そこまで分かるのか。
「まあ、よい」
考えるのをやめたらしい。
次の瞬間。
「気に入った」
「はい?」
「ルークス」
ヴァロンは当然のように言った。
「帝国へ来い」
「…………」
「我が貴殿に力の使い方を教えてやろう」
「え?」
今度こそ、広場全体がざわついた。
「マジかよ……」
「皇族から直接誘われたぞ」
「しかもヴァロン皇子だぞ?」
「楽園へ入れるのか……」
周囲の反応を見る限り、かなり異常なことらしい。
エドガーまで少し驚いたようにこちらを見ている。
「ヴァロン皇子が誰かを直接誘うなんて珍しいな」
ウォルトも額の汗を拭いながら呟いた。
俺だって驚いている。
ラーニアス魔導帝国は前の転生者であるアレス・ジョーンズが生まれた国。
いつか行ってみたいとは思っていた。
あの男がどんな場所で育ち、何を見て、どうやってこの世界を変えていったのか。
それを知りたい。
でも父さんと母さんにも会いたい。
レンとサラにも、ゼケルのみんなにも。
ずっと帰れていない。
「…………」
すぐに答えられずにいると、ヴァロンは俺の様子を見て何か察したのか、懐から一枚のカードを取り出した。
黒を基調とした薄い板。
中央には銀色の紋章が刻まれている。
「今すぐ答えを出す必要はない」
そのカードを俺へ差し出した。
「帝国へ入る時、これを提示しろ。我との関係を証明できる。少なくとも、悪いようには扱われまい」
「……いいんですか?」
「ああ」
カードを受け取る。
見た目以上に少し重い。
「ありがとうございます」
「構わん」
ヴァロンは短く答えた。
そして背負っているゴルドの位置を少し直す。
「では諸君」
周囲を一度見渡した。
「愚弟が迷惑を掛けた」
「い、いえ……」
「また会おう、ルークス」
「はい」
その瞬間。
ヴァロンの周囲に、今まで抑えられていたものが僅かに漏れ出した。
「っ……」
膨大な魔想。
さっき俺の方が多いと言われたばかりだというのに、まったくそんな気がしない。
量とは違う。
圧倒的な濃さ。この場を掌握するような身の毛がよだつような気配を感じた。
自分の身体の一部であるかのように、巨大な力が完全に制御されている。
地面が揺れた。
「なんだ!?」
石畳の一部が盛り上がる。
次の瞬間、地面の下から巨大な龍が飛び出した。
「龍!?」
俺が叫ぶ間にも、龍はヴァロンとゴルドを拾い上げ、そのまま翼を広げる。
突風。
思わず腕で顔を覆った。
風が止んで目を開けた時には、龍の姿は遥か上空へ消えかけていた。
「…………」
しばらく誰も何も言えなかった。
「すげぇ……」
結局、俺の口から出てきたのはそんな言葉だけだった。
手元を見ると黒いカードがキラリと輝く。
ラーニアス魔導帝国、ヴァロン・ジェスター。
突然現れて、弟を倒して、謝罪して、宝具の場所を教えて、一千万Gを置いて、俺を帝国へ誘って。
そして龍に乗って帰っていった。
「……嵐みたいな男だな」
「嵐どころではない」
ウォルトが額へ浮かんだ汗を拭う。
「あの方が第二皇子ヴァロン・ジェスターだ」
「有名なのか?」
「有名も何も……」
ウォルトは何か言いかけたものの、結局諦めたように首を振った。
「いずれ分かる」
「何だよそれ」
気になる言い方をするな。
まあいい。
それより、ウォルトはしばらく空を見上げていたが、やがて振り返ると、広場に集まっている冒険者たちへ両腕を広げた。
「皆!」
声が響く。
「私たちは――勝ったぞ!」
一瞬の静寂。
そして。
「うおおおおおおおおおおお!」
広場が揺れた。
誰かが剣を掲げる。
誰かが仲間と抱き合う。
傷だらけのまま肩を組んでいる。
「酒だ!」
「一千万Gあるぞ!」
「全部飲む気か!」
「今日はいいだろ!」
笑い声が重なる。
俺も少しだけ笑った。
ゴルドは倒れた。
街も守れた。
火龍の宝具も取り戻せる。
長かった戦いがようやく終わった。
――はずだった。
騒ぎの中で、ふと一つの言葉が頭へ浮かぶ。
魔導具。
宝具をゴルドへ売った、素性の分からない男。
そして、火龍の里で、みんなを眠らせていた奇妙な道具。
「…………」
いやまだ何も分からない。
今は考えすぎだろう。
「ルークス!」
「おう!」
タケルに呼ばれ、俺も皆の輪へ向かう。
手の中には、帝国への黒いカード。
その向こうでは、冒険者たちの歓声がいつまでも迷宮都市の空へ響いていた。
俺はこの時ようやく全部終わったのだとそう思っていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
特に印象に残った場面や台詞がありましたら、一言だけでも感想をいただけると、とても励みになります。