異世界転生したのに前の転生者にやり尽くされていた件 作:berunarudo
ヴァロンがゴルドを連れて去ったあとも、迷宮都市の広場から熱気が消えることはなかった。
むしろ長く張り詰めていたものが一気に弾けたように冒険者たちは酒だ、飯だと騒ぎ始め、つい先ほどまで剣や魔術が飛び交っていた場所とは思えないほどの賑わいが戻りつつあった。
俺たち《黄金の一杯》も、その騒ぎへ紛れ込むように広場を移動する。
向かった先は、大迷宮パラドリクスのすぐ近くに存在する転移門だった。
「……ここだな」
エドガーが呟く。
何度も使ってきた転移門。
巨大な石を組み上げただけにも見える無骨な造りで、その表面には複雑な魔術式が何重にも刻み込まれている。
大迷宮へ挑む冒険者たちはここへ手を触れ、行きたい階層を念じることで一度到達した場所へ移動することができる。
俺たちにとっても見慣れたものだ。
けれど、今だけは、少し違って見えた。
「長い時間がかかった」
エドガーが転移門へ手を置く。
その声には、普段ほとんど感情を表へ出さないこいつには珍しいほど、いくつもの感情が混ざっていた。
「十年か」
「ああ」
十年。
言葉にすれば、たった二文字だ。
けれど俺がこの世界へ生まれ、今日まで生きてきた年月と比べても決して短くない時間を、エドガーはこの大迷宮へ使ってきた。
何度潜ったのか。
何度死にかけたのか。
何度間違え、何度振り出しへ戻されたのか。
俺には分からない。
ただ、初めて会った時からエドガーが持っていた大量の記録や、迷宮都市の歴史を調べるために部屋を紙で埋め尽くしていた姿を思い返せば、それが生半可な執着ではなかったことくらいは分かる。
「試してみるか」
エドガーは目を閉じた。
俺たちは何も言わず、その背中を見る。
転移門は行き先を念じれば応える。
なら階層ではなく答えそのものを念じたら。
どこへ連れていかれるのか。
「…………」
長い沈黙だった。
その間も、遠くでは冒険者たちの笑い声が聞こえている。
だが俺には、ここだけが外から切り離されたように感じられた。
やがて、エドガーが小さく息を吐く。
「十年間、俺はいろんな奴に会った」
目を閉じたまま、静かに話し始めた。
「大迷宮へ潜る冒険者。途中で諦めた奴。仲間を失って、それでも戻ってきた奴。二度と潜らないと言いながら、半年後にはまた装備を揃えていた馬鹿もいた」
少しだけ口元が緩む。
「冒険王の記録も読んだ。名も残らなかった冒険者の日記も読んだ。酒場で昔話を聞いたこともある」
エドガーの指先が、転移門の表面をゆっくりとなぞった。
「そこで分かった」
金が欲しい。名声が欲しい。
強くなりたい。未知の魔物を見たい。
誰も行ったことのない場所へ辿り着きたい。
冒険者によって、その夢は違う。
「最初、俺が欲しかったのは証明だった」
エドガーが続ける。
「冒険王バルド・アッセルは、本当にこの大迷宮を攻略したのか。あの男が残した言葉は真実なのか。それを証明したかった」
それがいつの間にか変わった。
「気づけば俺自身が、この大迷宮に夢を見ていた」
誰も攻略できないから答えが分からないから。
もっと知りたい。もっと先へ行きたい。
明日も、その次の日も。
「だから」
エドガーが転移門を強く握る。
「頼むから、終わらないでくれと思った」
その言葉が妙に胸へ残った。
「この儚くて、馬鹿みたいで、それでも捨てられない夢を」
一度、息を吸う。
「これからも見せ続けてくれ、と」
魔術式が僅かに光った。
「エドガー……」
ローラが小さく名前を呼ぶ。
本人は気づいていないのかもしれない。
いやもう分かっているのだろう。
十年間求め続けていた大迷宮の答え。
それは宝でも。
百一階層でも。
隠された階段でもなかった。
エドガーの想いが言葉になる。
「大迷宮パラドリクス」
魔術式の光が強くなる。
「お前の正体は」
エドガーが目を開いた。
「俺たちが抱いた――終わらないでくれと願う夢なんじゃないか」
瞬間。
転移門が答えた。
「っ!」
刻まれていた魔術式が一斉に輝き、それまで見たこともないほど鮮やかな光が石造りの門全体を包み込む。
「なんだ、ありゃ」
「転移門が……」
近くで騒いでいた冒険者たちも異変に気づいたらしい。
酒を掲げていた者も、笑っていた者も次第に言葉を止め。
ただ、光を眺めていた。
「綺麗だな」
タケルが呟く。
「ああ」
俺も。
それしか言えなかった。
そして、光が俺たち四人を包んだ。
◇
「……ここは?」
目を開く。
だが何もなかった。
空があるのか。
地面があるのか。
それすら分からない。
白いようにも。
黒いようにも見える。
どこまでも続く空間の中に、俺たちだけが立っていた。
「転移……したんだよな?」
「ああ」
エドガーが答える。
「だが、こんな場所は記録にない」
「お前が知らない場所か」
「だからこそ来た意味がある」
少し嬉しそうだ。
本当に筋金入りだな。
「誰かいるよ~」
ローラが前を指差した。
「え?」
何もなかったはずの場所。
そこに一人の男が立っていた。
いつからいたのか分からない。
年齢も分からない。
若いようにも、老人のようにも見える。
服装さえ、目を離すたびに少し違って見える気がした。
「ようこそ」
男が笑う。
「大迷宮の端へ」
穏やかな声なのに一瞬だけ、何人もの声が重なったように聞こえた。
「……あなたは誰なんだ?」
俺が尋ねる。
「私?」
男は少し考える。
「名前はない」
「ない?」
「ああ」
そしてニコリと笑った。
「しいて呼ぶのであれば、パラドとでも呼んでおくれ」
「パラド……」
迷宮都市と同じ名前。
エドガーが一歩前へ出る。
「あなたが、この大迷宮の主なのか?」
「そうでもあり」
パラドは笑ったまま答える。
「そうではない」
「どういう意味だ?」
「私は君たちの言うところの個ではないからね」
パラドが自分の胸へ手を置く。
「君たちは、すでに答えへ辿り着いている」
俺たちを見る。
「この大迷宮を作ったのは誰だと思う?」
「…………」
エドガーは少し考え、答えた。
「冒険者たち」
「その通り」
パラドが微笑む。
「そして私は、その一部に過ぎない」
「じゃあ」
俺は周囲を見る。
「本当に、大迷宮は冒険者たちの想いからできているのか?」
「ああ」
短い答えだった。
「この場所は、誰か一人が作ったものではない。誰か一人が考えた完成品でもない」
「なら」
エドガーの声が僅かに震える。
「俺たちの仮説は正しかったのか」
「正しいという言葉が、この場所に相応しいかは分からないがね」
パラドは楽しそうに笑う。
「少なくとも、今の君たちが辿り着いた答えを、私は好ましく思う」
「今の?」
「夢とは変わるものだからね」
その言葉だけ、なぜか妙に引っかかった。
「大迷宮は」
パラドがゆっくり歩き始める。
「一人の冒険家がついた、小さな嘘から始まった」
「嘘?」
「ああ」
俺たちも後を追う。
何もない空間なのに。
歩いている感覚だけは確かにあった。
「その男の名前は残っていない。偉大な冒険者でもなければ、歴史へ名を刻むほどの人物でもなかった。ただ」
パラドが笑う。
「とても見栄っ張りな男だったらしい」
「なんだそれ」
「酒場で言ったそうだよ」
声が変わった。
先ほどより少し若く。
乱暴な声。
『この世界のどこかには、どんな願いでも叶えてくれる大迷宮がある』
「…………」
『俺はそこへ行ったことがある』
再び、パラドの声へ戻る。
「当然、嘘だ」
「ほら吹きだったのか」
「ああ。だが面白いことに、その嘘を聞いた者たちも嘘をついた」
パラドが指を一本立てる。
『俺はそこで、姿の見えない熊を倒した』
二本。
『火山の中を歩いたぞ』
三本。
『海の底には巨大な竜がいた』
笑う。
「誰も見たことなどないのにね」
「…………」
「酒場で語られた嘘は、別の酒場へ運ばれた。誰かが話を足した。さらに別の誰かが続きを作った」
小さな嘘でありくだらない自慢話。
それが何年も、何十年も語られ続けた。
「やがて誰も」
パラドが振り返る。
「最初の話が何だったのか分からなくなった」
「それが……」
「大迷宮パラドリクス」
背筋が僅かに震えた。
「しかし、誰かが疑った」
「スティーブン・ブランドー」
エドガーがすぐに答える。
「正解だ」
パラドが頷く。
「初代迷宮都市市長」
「あの人も最初は市長ではない」
「そうなのか?」
「ああ。ただの冒険家だ」
そして世界中を旅した。
願いを叶える大迷宮など存在しない。
皆が言っているのはただのほら話だ。
それを証明するために。
「彼は世界中を探した」
パラドが続ける。
「どこにもないことを証明するためにね」
「それで」
俺は何となく分かった。
「見つけた」
「ああ」
存在しないはずだった。
誰かが考えただけだった。
誰も見たことがなかったはずだった。
「この土地に」
パラドが両腕を広げる。
「本当に大迷宮は存在していた」
静寂。
タケルが手を挙げた。
「それと似た話を、俺は知っているぞ」
「何?」
「誓枷と恩寵だ」
「あ」
俺も思い出す。
「確かに」
世界へ誓う。
枷を受け入れる。
そして世界が、それへ応える。
「似たものだよ」
パラドが頷く。
「まったく同じとは言わない。ただ、人の想いというものは君たちが考えているほど無力ではない」
誰か一人が願ったところで。
世界は動かない。
ほんの小さな感情でしかない。
「だが」
パラドの声が静かに響く。
「それを別の誰かが信じる」
また一人。
「さらに別の誰かが語る」
また一人。
「いつしか、それを疑うことすら忘れるほど多くの者が同じものを思い描く」
そして。
「その時」
一瞬、周囲が揺らいだ。
これまで俺たちが歩いてきた大迷宮の景色が、一瞬だけ周囲を通り過ぎる。
「想いは現実へ影響を与える」
「…………」
すぐに何もない空間へ戻った。
「今の大迷宮も同じだ」
パラドが続ける。
「ここは冒険者たちの夢を受け取り続けている」
金が欲しい者、名声が欲しい者。
強くなりたい者、誰も見たことのない景色を見たい者。
仲間と冒険したい者。
「だから変わる」
「でも」
俺は前に考えていた一貫性のことないことを思い出す。
「全部を反映したら、矛盾するんじゃないか?」
「その通り」
パラドが俺を見る。
「君はなかなか聡い」
「どうも」
「すべての夢をそのまま形にすれば、この場所は壊れる」
誰かが炎の世界を願い。
誰かが海を願う。
一方で魔物のいない安全な迷宮を望む者もいれば、命を賭けるほどの強敵を求める者もいる。
全部を同時には叶えられない。
「だから大きな変化だけは」
パラドがエドガーを見る。
「この大迷宮を攻略した者へ委ねる」
「……迷宮管理権」
「ああ」
「それが褒美だったのか」
「褒美というよりは」
少し考える。
「次の夢を作る者を探す仕組みと言った方が近い」
「夢を作る者?」
「ここを攻略するほど大迷宮へ夢を見ることができた者なら、また誰かが夢を見られる場所を作れるかもしれない」
パラドはまっすぐエドガーを見る。
「君には、その資格がある」
「…………」
誰も何も言わなかった。
十年間、エドガーが追い続けたもの大迷宮の完全攻略。
誰も見つけられなかった答え。
そして、その先に存在した迷宮管理権。
ようやく手が届いた。
そう思った。
「いらない」
「え?」
思わず、俺が聞き返した。
「おい、エドガー」
「いらん」
今度はもっとはっきり言った。
「なんでだよ!?」
十年だぞ。
「お前、そのためにずっと大迷宮へ潜ってたんじゃないのか?」
「違う」
「違う?」
「俺は、大迷宮を攻略したかった」
エドガーが何もない空間を見渡す。
「冒険王の証明もしたかった」
「だったら」
「だからだ」
俺の言葉を遮った。
「俺はこの迷宮が何なのか知りたかった。誰が作ったのか。なぜ百階を越えても終わらないのか。冒険王が何を見つけたのか」
一つずつ。
十年間抱えてきた疑問を口にする。
「その答えを探すのが楽しかった」
「…………」
「もし俺が管理者になって」
少しだけ笑う。
「どこに何があるのか。次に何が起こるのか。どんな魔物が出るのか。それを全部決める側になったら」
そして。
「もう探索できないだろ」
ようやく分かった。
エドガーが欲しかったものは。
大迷宮そのものではない。
答えでもない。
答えへ向かう時間だった。
分からないものがある。
だから調べる。
行ったことのない場所がある。
だから歩く。
何度失敗しても次は違う方法を試す。
その時間そのものがエドガーにとって冒険だった。
「答えを知りたいとは思っていた」
エドガーが言う。
「だが、答えを決めたいわけじゃない」
「…………」
パラドは何も言わなかった。
しばらくエドガーだけを見ていた。
「ははっ」
パラドは笑った。
「やはり」
楽しそうに。
「冒険者とは面白い」
「褒め言葉として受け取っておく」
「もちろんだとも」
「じゃあ管理権はどうするんだ?」
俺が尋ねる。
パラドは少し考え。
「拒まれたのは初めてだ」
「初めて?」
「ああ」
「ならば一度、この場所へ返しておこう」
「いいのか?」
「君たちが再び必要だと思う日までね」
肩をすくめる。
「そもそも君たちの夢から生まれた場所だ。多少いい加減なくらいが、大迷宮らしいだろう」
「……確かに」
反論できない。
一人のほら話が始まりなのだ。
今さら厳密な規則を求める方がおかしいのかもしれない。
「では」
パラドが俺たちへ背を向ける。
「そろそろ戻るといい」
「もう終わりか?」
タケルが聞く。
「ああ」
振り返らない。
「君たちは答えを持ってきた。私は、それを受け取った」
それだけで十分。
「一つだけ」
エドガーが呼び止める。
「なんだい?」
「冒険王は実在したのか」
パラドがゆっくり振り返る。
「それは君の眼で確かめるといい」
光が俺たちを包んだ。
「またか!」
「それでは」
パラドの姿が遠ざかる。
「良い冒険を」
最後に、そんな言葉だけが残った。
◇
「――っ!」
視界が戻る。
足元には石畳。
目の前には何度も見てきた転移門。
「帰ってきた……」
「ああ」
広場だ。
周囲にはまだ冒険者たちがいた。
「お!」
「黄金の一杯じゃねえか!」
「どこ行ってたんだ?」
「もう祝勝会始めるぞ!」
ヴァロンが残していった白金貨を何に使うのか。
酒は何樽買えるのか。
そんなくだらない話で盛り上がっている。
「ちょっと待て」
エドガーが言った。
「あ?」
「まだ」
転移門を見る。
「終わってない」
その瞬間光った。
「え?」
転移門に刻まれていた魔術式。
見慣れていたはずの線が一つ、また一つと目を覚ますように輝き始める。
「なんだ?」
「こんな魔術式あったか?」
光は転移門だけでは止まらなかった。
石畳へ流れる。
一本の線がそこから枝分かれし。
さらに別の線へ気づけば広場全体へ巨大な魔術式が浮かび上がっていた。
「なんだ、ありゃ……」
さっきまで騒いでいた冒険者たちの声が一つずつ消えていく。
誰も酒を飲まない。誰も叫ばない。
ただ光を見ていた。
そして。
ドンッ――!
「うおっ!?」
巨大な音。
光が空へ向かって撃ち上がる。
一直線に夜空まで昇り弾けた。
「…………」
赤、青、黄色、緑。
何色もの光が夜空いっぱいへ広がり巨大な花を咲かせた。
「……花火?」
思わず呟いた。
前世では馴染みの花火だ。
それを魔術で再現していた。
次々に迷宮都市の夜空へ光の花が咲いていく。
「綺麗……」
ローラが呟く。
タケルも珍しく何も言わない。
ただ空を見ていた。
「……そういうことか」
エドガーだけが小さく笑った。
「何が?」
「冒険王の印だ」
「これが?」
「ああ」
空を見る。
「バルドは」
一つ花火が弾ける。
「実在していた」
また一つ。
「そして次にここへ来た奴へ」
夜空が光る。
「自分もこの景色を見たと」
エドガーが。
少しだけ笑った。
「残したんだ」
宝箱ではない。
最強の武器でもない。
莫大な金でもない。
世界を変える魔導具でもない。
大迷宮の果てへ辿り着いた冒険者へ。
冒険王が残した印。
それはただ夜空へ咲く一つの景色だった。
「夢の褒美……か」
「ああ」
エドガーが頷く。
十年間。
こいつはこの景色を見るために歩いてきたのかもしれない。
「エドガー!」
ローラが声を上げる。
「なんだ?」
「約束!」
「約束?」
「終わったら飲むって言ったでしょ!」
どこから取り出したのか。
一本の瓶を掲げた。
黄金色の酒。
「黄金酒!」
「いつ用意したんだよ!」
「こういう時のため!」
「それ」
エドガーが指差す。
「俺のだ」
「エドガーのだった!」
「勝手に持ってくるな」
「細かいこと言わない!」
ローラが笑う。
「酒だって!?」
近くの冒険者が叫んだ。
「始めるぞ!」
「俺にもよこせ!」
「白金貨あるだろ!」
「酒場の酒全部持ってこい!」
「全部はやめろ!」
あっという間だった。
静かに花火を眺めていた冒険者たちが。
今度はさっき以上の勢いで騒ぎ始める。
酒場から樽が運ばれる。
誰かが料理を持ってくる。
どこからか楽器まで聞こえてきた。
「兄ちゃん!」
「おっちゃん?」
ガルダまで大量の焼き鳥を抱えていた。
「食え!」
「まだ何も言ってない!」
「今日はタダだ!」
「なら食う!」
「現金だな!」
「当然だ!」
笑い声、歌、酒。
知らない冒険者同士が肩を組み、同じ酒樽を囲んでいる。
「ルークス!」
タケルが杯を差し出した。
「ほら!」
「おう」
杯を受け取る。
黄金酒、冒険王バルド・アッセルが好んだ酒。
そこから俺たちの名前。
《黄金の一杯》は生まれた。
「エドガー」
「ああ」
「ローラ」
「うん!」
「タケル」
「いつでもいいぞ!」
四人で杯を掲げる。
「じゃあ」
俺は空を見る。
最後の花火が大きく弾けた。
「大迷宮攻略に――」
「違う」
「え?」
エドガーだった。
「まだ攻略してない」
「いや、さっき攻略しただろ!」
「管理権を受け取ってない」
「そういう問題!?」
「エドガーらしいね~」
ローラが笑う。
「では」
タケルが聞いた。
「何に乾杯する?」
「…………」
エドガーが 少しだけ考える。
「次の冒険に」
俺は思わず笑った。
「いいな、それ」
杯を掲げる。
「次の冒険に!」
「乾杯!」
四つの杯がぶつかった。
黄金色の酒が僅かに零れる。
「乾杯!」
周囲からも。
「次の冒険に!」
「迷宮都市に!」
「パラドリクスに!」
「黄金の一杯に!」
次々と杯が掲げられる。
十、百、数え切れない。
夜空にはまだ花火の残光。
そして地上には無数の黄金の一杯。
「……にがっ!」
「がはははは!」
「何だよ!」
「坊主にはまだ早かったか!」
「うるせえよ、おっちゃん!」
ガルダだった。
巨大な大剣はどこかへ置いてきたらしく。
もう、完全にいつもの焼き鳥屋のおっちゃんだ。
「そういえば」
俺は少し前から気になっていたことを思い出した。
「おっちゃん」
「ん?」
「あの時」
ゴルドたちとの戦い。
「なんで助けに来てくれたんだ?」
「あ?」
「俺たちが戦うって知らなかっただろ?」
「ああ」
ガルダは黄金酒を一口飲む。
「カイトって兄ちゃんに聞いた」
「……カイト?」
「ああ」
思わず聞き返した。
「お前らが市長と一緒にゴルドへ喧嘩売るってな」
「…………」
「このままだと大迷宮までゴルドの物になるかもしれねえぞって言われてよ」
カイトが。
「最初は面倒だったんだけどな」
ガルダが笑う。
「でもまあ」
大迷宮を見る。
「昔」
少しだけ懐かしそうな顔。
「命まで賭けた場所だからな」
「…………」
「それを金持ち一人に持っていかれるって聞いたら」
杯を傾ける。
「黙ってられなかった」
「そうだったのか」
「あの兄ちゃんにも礼言っとけ」
「……ああ」
頷く。
そういえばカイトにはまだ何も言っていない。
魔力増幅器や俺の魔術回路が存在しない身体を調べ、誰も考えなかった方法で俺が持っていた力を使える形にしてくれた。
今回だってあいつがガルダたちへ声を掛けていなければどうなっていたのか。
「タケル」
「なんだ?」
「俺」
立ち上がる。
「カイトのところ行ってくる」
「今からか?」
「ああ」
タケルは少し考え。
「なら俺は宝具を確認しに行こう」
「ウォルトさんと?」
「ああ」
「一応、本物か確かめなければならない」
「そうだな」
ローラを見る。
「もう一杯~!」
駄目だ。
完全に宴会モード。
エドガーは。
「それで! あの空間には何があった!」
「冒険王は本当にいたのか!」
「攻略方法教えてくれ!」
冒険者たちに囲まれていた。
あっちもしばらく無理だな。
「じゃあ」
タケルと拳を合わせる。
「後でな」
「ああ!」
◇
祭りの輪を抜けても迷宮都市の騒ぎはしばらく耳から消えなかった。
大通りでは酒樽が開けられ、誰かが歌い。
知らない者同士が杯を交わしている。
ゴルドが始めた大会、火龍の宝具、大迷宮。
気づけばずいぶん遠いところまで来た。
「カイトも飲んでるかな」
……いや。
あいつの場合は酒より研究か。
今頃、俺の魔力増幅器を勝手に改造している可能性すらある。
「変な機能追加してないだろうな……」
歩く。
少しずつ、祭りの音が遠ざかっていく人も少なくなる。
初めて来た時はどこを曲がればいいのか分からなかった道。
今では何も考えなくても歩ける。
何度も通ったから。
やがて見慣れた。
小さな魔導具店が見えてきた。
「カイトー」
扉へ手を伸ばす。
「いるか?」
開ける。
いつもなら最初に見えるのは。
紙だ。
床いっぱいに散らばる設計図、用途の分からない魔導具。
そのどこかで研究へ没頭しているカイト。
そんな光景があるはずだった。
「…………」
ない。
静かだった。
妙に静かすぎる。
「カイト?」
返事がない。
店へ入る。
さらに一歩。
「……?」
そこで気づいた。
誰かいる。
「誰だ?」
足を止める。
店の奥。
カイトがいつも研究に使っていた机。
その前に一人の男が立っていた。
「…………」
見たことのない男だ。
そして俺の声を聞いた男はゆっくりとこちらへ振り返った。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
一体誰なんだ?
特に印象に残った場面や台詞がありましたら、一言だけでも感想をいただけると、とても励みになります。