異世界転生したのに前の転生者にやり尽くされていた件   作:berunarudo

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第六十二話 勇者の籠手

 

「やっと出会うことができたでござるな」

「……誰だ、あんた」

 

 カイトがいつも研究に使っていた机の前に立っていた男は、俺の声に反応するとゆっくりとこちらへ振り返り、その顔を覆っていた飾り気のない白い仮面を僅かに傾けた。

 ただ立っているだけなのに、妙に不気味だった。

 服装そのものは目立つものではない。

 腰には一本の刀。動きやすそうな黒い装束。

 けれど、顔が見えないせいなのか、それともこの男自身が放つ雰囲気のせいなのか、カイトの散らかった店の中にいるだけで、そこだけ空気が違って見える。

 

「ルークス」

「……なんで俺の名前を」

「Bランク冒険者。《黄金の一杯》所属。そして、キャンウィング領崩壊事件の現場にいた人物」

「なっ……」

 

 背中を冷たいものが走った。

 そこまで知っている。

 いや、問題はそこじゃない。

 

「キャンウィング領のことまで、なんで知ってる」

「調べれば繋がるでござるよ」

 

 男は何でもないことのように答えた。

 

「表向き、あの事件は暴走した領主を新たな勇者レン・グリットが討ち取ったことで解決したことになっている。しかし現場には《雷窮》のジャンと、もう一人の少年がいた」

 

 男が一本の指を立てる。

 

「その少年は現在、死亡扱い」

 

 二本目。

 

「ところが、その少年と同じ名前を持ち、同じ日に冒険者登録を行った少年がいる」

「…………」

「偶然と考えるには、少々出来すぎているでござるな」

 

 喉が僅かに乾いた。

 嫌な予感がした。

 キャンウィング領、俺の存在。そして死亡扱い。

 そこまで調べて、わざわざ俺を待っていた。

 思い当たる相手なんて一つしかない。

 

「……ノアーク教団」

「うん?」

「とぼけても無駄だ」

 

 魔力炉へ意識を向ける。

 

「俺を殺しに来たんだろ」

「ち、違うでござる!」

「は?」

 

 男が慌てて両手を振った。

 

「拙者はノアーク教団ではない!」

「じゃあ何者だよ!」

「AZ財団所属、ジンと申す!」

「…………」

 

 少しの間、この場に静けさが訪れた。

 

「財団?」

「うむ」

「バーボンと同じ?」

「一応、同じ組織でござるな」

「…………」

 

 なんだよ、完全にノアーク教団だと思っていた。

 警戒しすぎたせいで、少し恥ずかしくなってくる。

 

「悪い」

「気にする必要はないでござる」

 

 ジンは仮面越しに笑ったらしい。

 

「拙者、この姿のせいで昔からよく不審者と間違えられるのでござる」

「直せよ」

「これはこれで気に入っているのでござる」

 

 なら仕方ないのか。

 いや、仕方なくはない。

 

「それで」

 

 俺は改めて店の中を見る。

 

「財団の人間がなんでカイトの店にいるんだ?」

「そのカイトという男に用があったのでござる」

 

 ジンの声が少し低くなった。

 

「しかし、不在でござった」

「いないのか」

「ああ」

「……そっか」

 

 妙な肩透かしだった。

 俺は礼を言うために来た。

 ついでに聞きたいこともあった。

 火龍の里で使われていた魔導具、ゴルドへ宝具を売ったという男。

 どちらも頭には引っかかっていた。

 けれど、まだ確証なんてない。カイト本人に聞けばいい。

 そう思っていた。

 

「いないなら、また来るか」

「それがよいかもしれぬな」

「ああ」

 

 扉へ向かう。

 取っ手へ手を掛けた。

 その瞬間だった。

 青い閃光が店内を走った。

 

「うおっ!?」

「な、なんでござるか!」

 

 反射的に目を閉じる。

 瞼の裏まで焼き付くような光。

 少しして恐る恐る目を開ける。

 

「……なんだ、これ」

 

 店が光っていた。

 壁、床、天井、棚の裏まで。

 今まで紙や魔導具に隠れて見えなかった場所まで含め、店中へ張り巡らされた無数の魔術式が青白い光を放っている。

 

「これほどの数を……」

 

 ジンの声から余裕が消えていた。

 

「一つの建物へ刻んだのでござるか」

「すげえ……」

 

 カイトはこんなものを作っていたのか。

 その時、声がした。

 

『やあ』

「っ!」

 

 店の奥からだ。

 

『ルークス』

 

 聞き慣れた声だった。

 

『それに、ジン』

「カイト!」

 

 振り返る。

 そこにカイトが立っていた。

 俺は反射的に数歩下がり、ジンはいつ抜いたのか分からない刀をすでに構えていた。

 

「貴様……!」

『まあまあ、落ち着いてくれ』

 

 カイトはいつものように困った顔で笑う。

 

『ジンは刀を納めてくれ。ルークスも、そんなに警戒しなくていい』

「そこにいるのか?」

 

 違和感、確かに姿はある。声もする。

 けれど、何かが違う。

 魔想を感じない。

 

「ゼードみたいな空間魔術か?」

『違うよ』

 

 カイトが首を振る。

 

『今ここにいる私は、実体ではない』

「実体じゃない?」

『映像を記録して、それを魔術式で投影しているだけだ』

「……映像?」

 

 頭の中へ、真っ先に浮かんだものがあった。

 ホログラム……?

 いやいやいや、待て。

 

「なんで異世界にホログラムがあるんだよ!」

「ホログラム?」

 

 思わず叫んだ。

 アレスが前世知識を持ち込んだ。

 それは知っている。

 電球、列車、料理。

 色々なものがある。

 

『ただし、これは録画だ』

「録画?」

『ああ』

 

 表情が少しだけ真面目になる。

 

『だから君たちの質問に、私は答えられない』

「…………」

『これは私が残した、一方的な伝言だ』

 

カイトは申し訳なさそうな顔を向ける

そんなことより、俺は大混乱だ。なにせ完全にSFであるホログラムやプロジェクターのようなものがなぜこの世界にある。

いくら、アレスが前世知識で発明しまくっても現世にもない技術を作ることは一般人では無理だ。

 

『まず』

 

 カイトが俺を見る。

 

『一つ、謝らなければならない』

「何を」

『ルークス』

『君が迷宮都市へ来ることになった原因は、私だ』

「…………は?」

 

 理解が遅れた。

 

「どういうことだよ」

『私は元々、AZ財団所属の魔導技師だった』

 

 ジンの刀が僅かに動く。

 

『だが、財団を離れた』

「離れた?」

『正確には』

 

 少し笑う。

 

『逃げた、と言った方が正しい』

「貴様……」

 

 ジンの声が低くなる。

 

『研究データも持ち出した』

「それで」

 

 嫌な予感がどんどん形になっていく。

 

『火龍の里へ行った』

「…………」

『吸魔石を利用した魔導具を使い』

 

 カイトが言った。

 

『火龍の宝具を盗んだ』

「…………」

 

 何を言っている。

 こいつは。

 

「お前が?」

『ああ』

「……お前が盗んだのか?」

『そうだ』

 

 頭の中に火龍の里が浮かぶ。

 謎の商人、魔導具、そして宝具。

 

「…………」

 

 全部が綺麗に繋がった。

 

「じゃあ」

 

 喉から声が出た。

 

「ゴルドに宝具を売ったのも」

『私だ』

「……なんで」

 

 拳を握る。

 

「なんでそんなことしたんだよ!」

『資金が必要だった』

「金?」

『研究には金が掛かる』

「そんな理由で!」

『そんな理由ではない』

 

 カイトの表情だけが少し変わった。

 

『私には、やらなければならないことがある』

「何だよ」

『…………』

「何なんだよ!」

 

 当然、返事はない。

 録画だからだ。それは分かっている。

 それでも。

 

「答えろよ」

 

 声が勝手に震えた。

 

 カイトは何も答えない。

 当然だ。録画だからだ。

 俺が今、どんな顔をしているのかすら。

 こいつは知らない。

 

『君と出会ったことは』

「……え?」

『私にとっても想定外だった』

 

 記録のカイトが言う。

 

『君の魔力炉は、私が想定していたより遥かに興味深かった』

「興味……」

『そのおかげで研究も進んだ』

 

 いつもの研究馬鹿みたいな少し楽しそうな顔。

 それを見た瞬間。余計に腹が立った。

 あの時間が全部嘘だったのか。

 それとも本当に楽しかったのか。

 分からない。

 分からないことばかり。

 

「……ふざけんなよ」

『そして』

 

 カイトは話を続ける。

 

『もう一つ、想定外があった』

 

 その言葉とほとんど同時に店の奥で何かが動き、薄暗がりの向こうから一人の男がゆっくりと姿を現した。

 

『彼だ』

「……彼?」

「よ、俺ちゃんだよ」

 

 にやりと笑いながら出てきた男の顔を見た瞬間、頭の中が一気に真っ白になった。

 

「ゼード!」

「久しぶりだな、おチビちゃん」

「なんでお前がここにいる!」

「まあまあ、せっかくの再会なんだから少しくらい喜ぼうぜ」

「誰が喜ぶか!」

 

 相変わらず人を食ったような態度を崩さないゼードへ怒鳴り返した時、その手に握られているものが視界に入り、俺は反射的に言葉を止めた。

 

「それ……」

 

 一つの籠手。

 間違えるはずがない。

 俺たちがここまで取り戻すために追い続けてきた、火龍の里の宝具だった。

 

「返せ!」

「落ち着けって。こいつは思ってた以上に面白い代物なんだぜ」

 

 ゼードは見せつけるように籠手を持ち上げ、もともとこの宝具には右と左が存在しており、両方を揃えればさらに強い力を発揮するものの、片方だけでも十分な性能を持っているのだと楽しそうに語りながら、そのまま右腕へ装着しようとする。

 

「させぬ!」

 

 次の瞬間、ジンの姿が視界から消え、再び捉えた時にはすでにゼードの背後へ回り込んでおり、抜き放たれた刀がその首元へ触れる寸前まで迫っていた。

 

「速……!」

「それを貴様へ渡すわけにはいかないでござる」

「おいおい、いきなり斬りかかるのかよ。財団の奴らは対話ってもんを知らねえのか?」

「犯罪者と話す必要はないでござる」

「どっちがだよ」

 

 ジンがそのまま刀を押し込もうとするが、刃はゼードの首へ届く直前で完全に止まり、そこには何も存在していないはずなのに、まるで透明な壁へ押し付けられているようにそれ以上進まなかった。

 

「空間魔術……」

「正解。俺ちゃんの周りも俺ちゃんの場所だ。そう簡単には入ってこれねえよ」

 

 ゼードは振り返ることすらせずに笑うと、そのまま俺へ視線を向け、前に戦った時と同じような楽しげな顔で挑発するように両腕を広げた。

 

「なあ、ルークス。お前ならこれを壊せるよな。来いよ、おチビちゃん」

 

 俺は拳を握った。

 

「よせ、ルークス!」

 

 ジンの声が聞こえる。

 分かっている。ゼードは強い。

 前に戦った時だって、俺一人ではまともに相手にならず、タケルがいてようやく生き延びられた相手だ。

 それでも今は、頭の中にカイトの顔が浮かび続けていた。

 火龍の里を巻き込んだこと。俺たちを迷宮都市まで来させたこと。

 あの時間が利用だったのか、それとも本当に少しは楽しかったのか。

 何も分からない。

 感情だけがぐちゃぐちゃに混ざっている。

 そして、その全部をぶつけてもいいと言うように、目の前には殴っても構わない相手が立っている。

 

「ぶっ飛ばす」

 

 魔力炉を全開にすると、溢れ出した魔想が床へ散らばっていた紙を一斉に巻き上げ、店の窓ガラスを震わせるほどの圧となって周囲へ広がった。

 そのまま地面を強く蹴り、一直線にゼードへ向かう。

 

「そうじゃなきゃつまらねえよな!」

 

 ゼードが笑う。

 全力で振り抜いた拳はその顔へ届く直前、前回と同じように何もない空間へぶつかり、巨大な壁を殴ったような衝撃が腕へ返ってきた。

 

「またこれかよ!」

「前と同じだぜ」

「なら、壊す!」

 

 拳を押し付けたまま《転》を使い、ゼードの周囲を覆っている空間そのものへ魔想を流し込む。

 本来の《転》は対象へ魔想を送り込み、内部から衝撃を与えるための技だ。

 だが今回は、そんな繊細なことをする必要はない。

 大迷宮で見た結界も、どれほど強固に見えても無限ではなく、維持できる限界が存在していた。

 ならばゼードの空間も同じだ。

 

「限界まで流せば!」

 

 魔力炉から生み出される魔想を、身体が耐えられる量など無視して一気に右腕へ送り込み、そのまま拳から空間へ押し込んでいく。

 すぐに腕が悲鳴を上げた。拳の皮膚が裂け、血が流れ始める。

 それでも止めない。さらに流す。

 

「おいおい……」

 

 ゼードの顔から初めて笑みが薄れた。

 

「マジかよ」

 

 小さな音がした。

 パキ、と。

 続いて、何もない空間へ亀裂が走るような音が重なり、そのまま透明な何かが砕け散るように抵抗が消えた。

 

「壊した!?」

「おらぁ!」

 

 身体強化、《壁》、さらに《極》。

 今使えるものをすべて右拳へ重ね、魔想を限界まで集中させた一撃をゼードの頬へ叩き込む。

 拳が届いた。

 ゼードの身体が勢いよく吹き飛び、そのまま店の壁へ激突する。

 

「はあ……はあ……」

 

 右拳からは血が流れ続け、骨まで軋むような痛みが走っていたが、それでも実際にゼードへ一撃を入れられたことの方が今は大きかった。

 

「……ざまあみろ」

「いてぇ……」

 

 壁際へ倒れていたゼードがゆっくり身体を起こし、口元から流れた血を拭う。

 普通なら怒る。殴られて喜ぶ奴なんていない。

 少なくとも俺の常識ではそうだ。

 

「はは……はははははは!」

 

 けれどゼードは笑っていた。

 それも、今まで以上に楽しそうに。

 

「最高だ! やっぱ戦闘ってのはこうじゃねえとな!」

「……戦闘狂め」

「もっと上げていこうぜ!」

 

 そう叫びながら、ゼードは手にしていた籠手を右腕へ装着した。

 

「させるか!」

 

 ジンが再び動いた。

 その瞬間だった。

 店内を満たしていた空気が明らかに変わり、それまでとは比べものにならないほど濃密な気配が周囲へ広がると、俺の身体は反射的に動きを止めた。

 

「この気配……?」

 

 覚えがある。

 キャンウィング領で戦ったミシェルが天使のような姿へ変わった時にも、似た気配を感じた。

 ただし、今ゼードから放たれているものはそれより遥かに濃く、混じり気のない何かを直接身体へ押し付けられているようだった。

 

「ぐあっ!」

 

 ゼードへ踏み込もうとしたジンが見えない力に弾かれ、床を滑りながら店の壁際まで吹き飛ばされる。

 

「ジン!」

 

 視線をゼードへ戻した俺は、その背中から伸びる白い翼を見て息を呑んだ。

 ただし、翼は右側にしか存在していない。

 

「すげえ……これが勇者の力か」

「勇者?」

「右の籠手には、勇者の意志が刻まれているらしいぜ」

「意志……?」

 

 その言葉を聞きながらゼードと目が合った瞬間、胸の奥へ何かが直接入り込んできたような感覚があり、それまで自分の中に渦巻いていた怒りや疑問が、少しずつ別のものへ塗り替えられていく。

 ゼードを倒さなければならない。理由を考えるより先に、そう確信していた。

 

「お前を倒さないといけない」

「俺ちゃんも同じ気分だぜ。やり合おうじゃねえか」

「よせ、ルークス。それは君自身の意志ではない!」

 

 ジンが何かを叫んでいる。

 それでも、その声はまるで遠くから聞こえてくるようにぼやけていて、頭の中にはゼードを倒すという考えだけが異様なほど鮮明に残っていた。

 俺はゼードが嫌いだ。何度も殺されかけた。

 カイトとも繋がっている。火龍の宝具も持っている。

 だから倒したいと思うこと自体は何もおかしくない。

 けれど、さっきまであれほど知りたかったカイトの目的も、俺との時間が何だったのかという疑問も、どうでもよくなっている。

 

 タケルやエドガー、ローラのことも。

 取り戻すためにここまで来た火龍の宝具のことすら。

 頭の中から消えていく。ただ目の前のゼードを倒す。

 それだけが、今の俺がやるべきことのように感じられた。

 

「うおおおおお!」

 

 再び魔力炉から魔想を引き出し、先ほど以上の量を右拳へ集中させる。

 筋肉が裂けてもいい。骨が砕けてもいい。

 そんな考えすら自然に浮かび、自分の身体がどうなろうとゼードさえ倒せればいいと、本気で思っていた。

 

「最高だな、ルークス!」

 

 ゼードも同じように右拳を握り、正面から俺へ向かって振り抜く。

 互いの拳がぶつかる寸前、俺の拳に集めていた魔想と籠手から溢れた力が激しく反発し、爆発するような衝撃が店内へ広がった。

 

「っ!?」

 

 身体ごと後方へ弾き飛ばされ、そのまま床を何度も転がってようやく止まる。

 

「なんだよ今の! もっとやろうぜ!」

 

 ゼードは数歩後ろへ下がった程度だった。

 一方で俺は、立ち上がろうとしても身体がまったく動かなかった。

 

「……ガス欠か」

 

 理由はすぐに分かった。

 魔力炉が生み出す量を遥かに上回る魔想を、限界を無視した《極》として何度も一気に放出したのだから、まともに動けなくなるのは当然だった。

 いつもの俺なら、もっと冷静に戦っていたはずだ。

 相手の能力を観察し、何を利用できるのか考え、勝ち目がないなら逃げる。

 それができなかった。

 ゼードを倒すことが、自分の命よりも優先しなければならない使命のように感じられていたからだ。

 

「……動け」

 

 身体へ命令しても、指一本まともに動かない。

 ゼードがこちらへ歩いてくる。

 ジンも急いで距離を詰めているが、どう考えても間に合わない。

 

「……ごめん。みんな、俺死ぬかも」

 

 目を閉じ、次に来るはずの衝撃を待った。

 けれど、何秒経っても何も来なかった。

 

「……?」

 

 恐る恐る目を開けると、そこには見慣れた大きな背中が立っていた。

 

「大丈夫か、ルークス」

「タケル……なんでここに」

「火龍の宝具を取りにゴルドの屋敷へ行ったが、そこには何もなかった。だから君に相談しようと思って戻ってきたら、ちょうど殺されそうになっていたので急いで抱えて避けただけだ」

 

 周囲を見ると、少し離れた場所の床へゼードの拳が深く突き刺さり、大きな陥没が残っていた。

 あのまま動けずにいたら、確実に当たっていた。

 

「おいおい、しらけるぜそりゃあ」

「悪いな。俺の友が死んで盛り上がられても困る」

 

 タケルは俺を庇うように前へ立ち、ゼードを見据えながら拳を構えた。

 その背中はいつもと変わらないはずなのに、動けない今の俺には妙に大きく、頼もしく見えた。

 

「どうなってる!」

「うええええ、カイトの店が!」

 

 店の外から聞き慣れた声が響き、少し遅れてエドガーとローラが中へ入ってくる。

 

「二人とも……」

「タケルが急に走り出したから追ってきた。……随分派手にやったな」

「俺だけじゃないぞ」

「見れば分かる」

 

 エドガーは荒れ果てた店内を見渡し、ジン、ゼード、カイトの映像、そして火龍の籠手へと順番に視線を移していく。

 人数が一気に増えたことで、ゼードは少し面倒そうに舌打ちした。

 

「ちっ、人が集まってきたか」

 

 その言葉に合わせたように、店内へ張り巡らされていた魔術式が再び青白く光り始めた。

 

『さて、そろそろ記録の続きを流そう』

「カイト、どういうことだ!」

 

 エドガーが問いかけるが、当然返事はない。

 これは録画だ。

 俺たちを見ているように見えても、目の前のカイトは誰一人として見ていない。

 

『私の目的について今ここで明かすことはできない。ただ、一つだけ君たちへ教えておこう』

 

 店の中から音が消えた。

 何となく嫌な予感がした。

 

『魔王様は生きている』

「…………」

 

 一瞬、言葉の意味を理解できなかった。

 

『そうだろう、AZ財団』

 

 カイトの映像が、まるで最初からそこにジンが立つことを知っていたかのように、その方向へ顔を向けている。

 次の瞬間。

 店中を覆っていた光が消え、カイトの姿も跡形もなく消滅した。

 

「カイト!」

 

 返事はない。

 最初から本人はここにいなかった。

 

「ははははは!」

 

 静まり返った店の中へ、ゼードの笑い声だけが響く。

 

「そうだな。今日はこの辺にしとくか。また会おうぜ、お前ら」

「待て、ゼード!」

 

 ゼードの周囲の空間が歪み始める。

 

「次はもっと盛り上がろうぜ、おチビちゃん」

 

 そう言い残した直後、その姿は空間へ溶けるように消えた。

 

「…………」

 

 さっきまであれだけ騒がしかったはずの店は、一瞬で静かになった。

 それでも俺の頭の中だけは静かにならない。

 魔王は生きている。

 その一言だけが、何度も頭の中を回り続ける。

 世間では、アレスと勇者によって倒されたことになっている存在。

 俺が前の転生者を超えるために、ずっと追い続けようとしてきたもの。

 

「……魔王が、生きてる?」

 

 どういう意味だ。アレスは何をした。

 AZ財団は何を知っている。

 そしてカイトは、何をしようとしている。

 聞きたいことばかりが増えていくのに、それ以上考えるだけの余力が身体には残っていなかった。

 

「ルークス!」

 

 誰かが俺を呼んでいる。

 魔想切れに傷、そして無理矢理動かし続けた疲労が一気に押し寄せ、視界がゆっくりと暗くなっていく。

 最後に見えたのは、倒れようとする俺へ向かって手を伸ばすタケルの姿だった。

 そして何一つ答えが出ないまま。

 俺の意識は闇へ落ちた。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
勇者の力は並大抵の人間には扱え切れない強大な力。
特に印象に残った場面や台詞がありましたら、一言だけでも感想をいただけると、とても励みになります。
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