ソードアート・オンライン CHOSE the start Over   作:鉄血

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第三話

周りのプレイヤー達から「ログアウトボタンが消えている」、「これでログアウトできるのか?」などという言葉がキレギレに耳に届く。 皆が不安と苛立ちで色合いを増す中、サーユが不意に声を上げた。

 

「あっ・・・見て!」

 

サーユの声に私達は、反射的に視線を上へと向ける。そして、そこに異様なものを見た。

百メートル上空、第二層の底を、真紅の市松模様が染め上げていく。

よくよく見れば、それは二つの英文が交互にパターン表示されたものだった。真っ赤なフォントで綴られた単語は【Warning】、そして【System Announcement】と読める。

空一面を埋め尽くす真紅のパターンの中央部分が、まるで巨大などろりとした血液の雫のように垂れ下がった。そしてそれは空中でその形を変え、人型へとなっていく。

出現したのは、身長二十メートルはあろうかという、真紅のローブを纏った巨大な人の姿だった。

いや、正確には違う。顔があるべき場所には何もない。薄暗い闇が広がるのみだったが、それがどうしようもない不安感を抱かせる。

そして中身のない白手袋を左右に広げ、顔のないソレが低く落ち着いた男の声が、遥か高みから振り注いだ。

 

『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ。私の名は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』

 

「茅場って、開発者の・・・?」

 

その人の名前を聞いてワイズマンがボソリとそう呟く。

そんなワイズマンの疑問に誰も答えられない。なぜなら、私も茅場晶彦の本当の目的を知らないからだ。

 

『プレイヤー諸君は、すでにメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気付いていると思う。しかしこれはゲームの不具合ではない。繰り返す。これは不具合ではなく、《ソードアート・オンライン》本来の仕様である』

 

「本来の仕様、だと?」

 

ユーリがそう声を上げた。そしてその語尾に被さるように、滑らかな低音のアナウンスは続く。

 

『諸君は今後、自発的にこのゲームからログアウトすることは出来ない』

 

「はあ!?そんなの知らないけど!どういうこと!?」

 

サーユが怒ったように声を上げるが、話は続く。

 

『・・・また、外部の人間の手による、《ナーヴギア》の停止あるいは解除も有り得ない。もしそれが試みられた場合──』

 

わずかな間。

一万人が息を詰めた、途方もなく重苦しい静寂の中、その言葉はゆっくりと発せられた。

 

『───《ナーヴギア》の信号素子が発する高出力マイクロウェーブが諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる』

 

脳を破壊する。

ソレはつまり、殺すということだ。

ナーヴギアの電源を切ったり、ロックを解除して頭から外そうとしたら、装着しているユーザーを殺す。茅場はそう宣言している。

実際に私もそうだった(・・・・・・・)

私が此処にこうしているのが証拠だった。

 

『より具体的には、十分間の外部電源切断、二時間のネットワーク回線切断、《ナーヴギア》本体のロック解除または分解、破壊の試み───以上のいずれかの条件によって脳破壊シークエンスが実行される。ちなみに現時点で、プレイヤーの家族友人等が警告を無視し《ナーヴギア》を強制的に解除しようとした試みた例が少なからずあり───その結果』

 

いんいんと響く金属質の声は、そこで一呼吸入れ。

 

『───残念ながら、すでに二百十三名のプレイヤーが、アインクラッド及び現実世界からも永久退場している』

何処かで悲鳴が上がった。喚くプレイヤーもいた。だが、私達を含むプレイヤーの望みを薙ぎ払うかのように、茅場はあくまでも事務的にアナウンスを再開する。

 

『多数の死者が出たことを含め、この状況をあらゆるメディアが繰り返し報道をしている。よってすでに《ナーヴギア》が強引に除装される危険は低くなっていると言ってよかろう。諸君らは安心してゲーム攻略に励んでほしい』

 

周りから声が迸る。

 

こんなの、もうゲームでも何でもないだろうが!と。

 

そしてその声が聞こえたかのように。

茅場晶彦は穏やかに告げた。

 

『しかし、充分に留意してもらいたい。今後、ゲームにおいてあらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君のアバターは永久に消滅し、同時に───』

 

続く言葉に私は強く拳を握った。

 

『諸君らの脳は、《ナーヴギア》によって破壊される』

 

そんな条件で、危険なフィールドに出ていく奴が何処にいる。そう思う人はいるだろう。

だが、それは次の言葉が許さない。

 

『諸君らがこのゲームから開放される条件は、ただ一つ。このゲームをクリアすればよい。第百層にいる最終ボスを倒せばクリアだ』

 

「クリア・・・第百層だとぉ!?」

 

茅場の言葉に誰かの喚く声が聞こえる。

 

「で、できるわきゃねぇだろうが!!ベータじゃろくに上がれなかったって聞いたぞ!!」

 

 

そう。一ヶ月。たった一ヶ月で二千人が死んだのだ。それも第一層が攻略されるまで。

それに二ヶ月のベータテスト時代で攻略されたのは僅か八層。それも、リスポーン有りでの状態でだ。

何年かかるのか分かったものではない。

その時、茅場晶彦と名乗る赤ローブが両手を広げ、一切の感情を削ぎ落とした声で告げた。

 

「それでは、最後にささやかながら諸君らのアイテムストレージに私からの《プレゼント》を用意してある。確認してくれたまえ』

 

それを聞くや、ほとんど無意識的に私はメニューウィンドウを開いていた。そしてアイテム欄のタブを叩くと、表示された所持品リストの一番上にそれはあった。

 

アイテムの名は───《手鏡》。

 

オブジェクト化のボタンを選択し、それを手に取る。

覗き込んだ鏡に映るのは、勇ましい男性のアバターだけだ。

───と。

突然周りの人達が白い光に包み込まれる。それは隣にいるユーリも同様で私も同じ光に呑み込まれた。

そして再び目を開けると、手鏡に映っていたのは───

 

「──────」

 

長い栗色の髪。長めの前髪の下には青い柔弱そうな両目があった。そして線の細い顔。

数秒前までの《イオリ》が備えていた逞しさはどこにもなく、現実世界から逃げ続けた、生身の容姿そのものだった。

 

『諸君は今、なぜと思っているだろう。なぜ、《ソードアート・オンライン》及び《ナーヴギア》開発者の茅場はこんなことをしたのかと?』

 

そこで私は始めて、あの時、分からなかった茅場晶彦の声にある種の色合いを帯びていることに気付いた。そう、まるで《憧憬》のような含みを帯びたその声に。

 

『私の目的はすでに達せられている。この世界を生み出し、鑑賞するためにのみ私は《ナーヴギア》を、この《ソードアート・オンライン》を作った。そして今、すべては達成せしめられた』

 

私は隣で茅場晶彦を見上げるユーリを見る。

私よりも少し歳上に見える彼は長い黒髪を後ろで束ねており、その両目もまた黒かった。

 

「・・・ユーリ」

 

「お前・・・まさか、イオリか?」

 

彼の低い声が私の名を呼ぶ。

彼の声を再び聞けて私は嬉しかった。だけど、それと同時に恐怖もあった。

彼をもう一度失うという恐怖。

自分が死ぬかもしれないという恐怖。

そしてこれまで一緒に過ごしてきた仲間が私の知らないところで死んでいるかもしれないという恐怖。

お互いに顔を見合わせた後、私はユーリに身体を寄せた。

生きている。今は、ただそれだけを感じていたかった。

 

そんな私達に、無機質さを取り戻した茅場の声が響いた。

 

『・・・以上で《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する。そして最後に忠告しておく』

 

一拍置いた後、茅場は告げた。

 

『───これはゲームであっても遊びではない。プレイヤー諸君の───健闘を祈る』

 

その言葉を皮切りにこの世界は現実になった。

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