「それは、あまりにも可能性の低いものであるが」
彼が、何について話そうとしているのか………
否が応でも分かってしまった。
彼は、この場にいる全員に自らの存在を話そうとしている。
そう、誰よりも優しく、誰よりも強く、誰よりも幸福を願い続けた男の存在を………
その顔は、私の記憶にある顔のままで………
「彼女という存在を呼び出したのがスカリエッティならば、彼はある装置を使ったのだろう。かつて、聖王家と覇王家が争った際に使われた装置を………」
彼は、そう言った。
聖王家と覇王家が争った?
それは、アインハルトちゃんの記憶にある聖王と覇王の戦い。
なぜそれがアーサー王の召喚に関わるのか?
いやな予感しかしない。知りたくなかった、目を塞ぎ、何も知りたくない、そう言いたくなる。
「エミヤン。それは、信用できる情報なんやろ」
「ああ、その装置は、過去の戦乱のさなかに使われた。
それは、別世界など関係無しに、ある条件を持つものを呼び出す。英雄と呼ばれた存在を呼び出す」
そう、辻褄が合う。そんなものがあれば、アーサー王が呼び出されたのも、納得がいく。
だが、ひとつ腑に落ちないものがある。
いやな予感を感じながら、それを聞く。
「なぜエミヤンは、それを知っているんや?」
隊員たちの顔を見ながら、苦笑いを浮かべる。
隊員たちは悲痛な顔を浮かべる。察してしまったのだ。
理解してしまったのだ。
否応がなくそれを。さすがは管理局と言えば良いのだろうか?
そう、彼女たちが直面しているこの状況は、狂っているとしか言いようがなかった。
それでも彼女たちならば、乗り越えられる。そう思ってしまった。
横にいるアインハルトと見る。
この状況で、ただ一人、私という存在を知っている少女。
そう、私という存在の何もかもを知っている。
ただ知っていてくれる人がいる。それだけでいまはありがたい。それは、いままでの人生において分かったことだった。
ただ一人で何もかもを越えようとしていたあの頃は知らなかったこと。
覚悟を決めよう。
この状況を抜け出すために、彼女たちを守り切るために。
「抑止の守護者。世界と契約し、死後を世界を救うためだけに捧げたことにより、英雄となった存在がいた。
この地にて、「錬鉄の英雄」と呼ばれた存在がいた」
「真名はエミヤシロウ」
それは、今まで誰にも言わなかったこと。
エミヤシロウという男の正体。
誰もが褒め称えるような功績もない。誰かに知られているわけでもない。それでも、確かに戦場で、誰かを救い、誰かを殺し続けた男。
その男は、確かに存在した。
生まれが特別なわけでもない。ただ巻き込まれてしまっただけ。
それでも、男は、生き残った………
自らの理想のため、誰かに裏切られようとも、絶体絶命の危機に陥っても………
故に世界は彼を選んだ。
「守護者」と呼ばれる存在に………
「錬鉄の英雄」
それは、私が調べていた予言に出てくる者。
不意に目の前が暗くなる。なんやこれは?
音が聞こえる。何かが燃える音………
叫び声が聞こえる。誰かが泣き叫ぶ声する。
それは、あの生々しい夢と少しずつ合致していく。
穴の空いていたパズルが少しずつ完成するかのように
まるで映画のコマ送りのようにそれは流れていく。
私の目の前に、その人はいた。
大きな背中、あの赤い外套。
彼の見据える先にあるのは、 先ほどまで生きていたであろう人間の成れの果てと無数の剣が突き刺さった荒野。
反射的にそれから目を背けたかった。
管理局に勤めているだけに、人の生死に関わることも多かった。そういうものにも、慣れたつもりでいた。
それでも、その光景はあまりにも、残酷だった。歪んでいた。狂っていた。
彼は、こんな世界を見続けていたのか?
こんな世界で戦い続けていたのか?
「ただ誰かが不幸になるのを見たくなかったのに」
つぶやいた彼の顔を見ることはできない。
世界はその様相を変えていく。
コマ送りの映画のように、場所が移り変わっていく。
砂漠地帯、森、街。
その世界は変わっていく。
それは、はじめ何なのか分からなかった。
いや、認めたくなかったのかもしれない。
時代の流れから取り残されたそれ。
それは、ただ人間を殺すためのもの。
そう、「絞首台」と呼ばれるもの。
では、誰が………
いや、認めたくない、そんな……
誰よりも優しい彼は、階段を登っていく。
「ああ、俺は誰の心も救えなかったのか………」
そして、またコマ送りされる。
そこにいたのは、私にとって家族と呼べる人たちだった。
だけど、そこにいるのは、私の知っている彼女たちではない。
そして、エミヤは、戸惑いなく、躊躇なく敵を殲滅する。
まるで機械のように
彼の目には何が映っているのだろう。
世界が巡る。
巡り巡って、何処かで歪んでいく。
彼は、いつもその歪みの中にいた。
誰よりも優しくあろうとした彼は、まるで機械のように、
誰かを救おうとして、誰かの命に終わりを告げる。
誰かを笑顔にしようともがき続け、誰かを絶望の淵へと叩き込む。
矛盾
何もかもが彼の中で矛盾している。
そして、彼の心は壊れた。いや、既に壊れていたそれは砕け散った。
その世界には、二人しかいなかった。
両者の手にあるのは、同じ剣。
外見も身長も違う。それでも、彼らが同一人物であるのは、分かった。
彼は、自分をどこまでも恨んだ。裏切った人間たちではなく、自分自身を。
狂っている。狂いきっている。本能ではなく、その理性を持ってして、それを成そうとする。
…………男の人生は終わらない。
終わらない。終えることを許されない。永遠という生地獄。
彼の心は壊れた。彼のその理想は、崩れ去った。
それでも、男は…………
一縷の希望………それを追い求めて戦い続ける。
赤い赤い世界。
鉄を打つ音が響く。歯車の噛み合う音が、重厚な音楽を奏でる。
地に刺さる剣は、誰かの墓標のように。
一人佇む彼は、何を思うのだろうか?
知ってしまった。彼の悲しみを。彼の苦悩を。
言葉には、表現のしようがない彼の絶望を。
それでも、諦めたくない。諦めきれない。
彼の願い。
それでも、誰かを救えたという事実が彼を支える。
世界は変わっていく。
そこにいたのは、一人の愛した女性を救おうともがく青年と、あの男だった。
なんとなくだが、分かってしまった。
これは、「錬鉄の英雄」の始まりだと。
「…やて、……はやて」
気がつけば、いつもの会議室。
いつもと変わらないはずの会議室。
だけど静まり返っている。
「やはり、君たちは私の記憶を見ていたか………」
落ち着いた低い声。
エミヤシロウという男のその声。
意識は覚醒している。彼の声もしっかりと聞こえている。
なのに反応することができない。
「君たちも分かったと思うが、私の歩んだ人生だ」
かつて、闇の書の記憶を垣間見たことのわたしにも、衝撃的すぎる人生。
「シグナムらにとっては、分かりきっていたことだとは思うが」
「ああ、エミヤ………お前の人生は………」
シグナムのその声は、最後まで続かない。だからこそだろうか、その思いが伝わることはない。
そうだ。あの場にいたのは、わたしと出逢う前のシグナムたち。だからこそだろうか?彼女たちは知っていた。
エミヤシロウという男がどんな化け物なのか。
人間でありながら、その理想のために自らを犠牲にした。
言ってみれば、生贄だ。それでも、彼に労いなどは無用。
彼は、望んだのだ。父親と同じ道を。
「私はただ誰にも悲しんで欲しくないだけだ」
彼は、ただそれだけのために在る。
自らの命を賭けて、名の知らぬ誰かの幸せを願う。
その有様は、誰よりも正義の味方で、英雄だった。