心の聞こえない被告人 ――ラテラーノ司法記録   作:釜石

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第5話:権限は人より長く生きる

夜の鐘が鳴り終わった後も、証拠閲覧室の空気は震えているように感じられた。

もちろん、外壁から遠く離れたこの部屋まで鐘の余韻が届いているわけではない。窓はなく、三枚の認証扉と厚い石壁に囲まれた室内には、紙をめくる音と、記録板の上を源石筆が走るかすかな摩擦音しかなかった。壁際の保全装置が低く唸るたび、机上の透明な証拠袋が目に見えない呼吸をするようにわずかに膨らむ。

それでもリヴィオの耳には、七つの音がまだ残っていた。

 

今夜の鐘は遅れも濁りもせず、定められた間隔を寸分違わず守って鳴った。正しい鐘の音を聞けば、市民は一日の秩序が保たれていると考える。市場は定刻に閉じられ、夜間通行の制限が始まり、公用車両の交替が行われる。祈りを終えた者は食卓へ戻り、仕事を終えた者は家族の待つ家へ帰る。

その正確な響きの下で、三十二年前に失効したはずの権限が、何事もなかったかのように鐘楼の封鎖区画を開いていた。

 

机の上には、再解析された認証記録が置かれている。

『第三実験班監査印』

『沈黙計画合同監査室』

そこに人間の名はない。記録されているのは、誰が使用したかではなく、どの権限が設備へ認証を要求したかという事実だけだった。

 

だが、権限は人間の手を借りなければ歩けない。

誰かが監査印を鐘楼へ持ち込み、旧式の認証盤へ接触させた。その結果、三十二年前に廃止された官署が、事件の時の鐘楼で一度だけ職務を再開したのである。

 

「第二庁から、庁務継承台帳の閲覧許可が下りました」

ベアトリーチェが認証記録から目を上げずに言った。

机の向かい側では、オレンが椅子の背へ浅く身体を預けている。外套は脱いでいたが、第七庁の職章だけは胸元に残していた。灯りを抑えた閲覧室では、その銀色の縁が冷たい光を返している。

 

「原本をこちらへ運ぶのですか」

リヴィオが尋ねた。

「いいえ。庁務継承台帳は第二庁の保管区画から出せません。私たちが向かいます」

「私たち、というのは?」

「正義促進官、権利擁護官、第五庁の現場責任者、第七庁の機密立会人、そして第一庁の法定記録官です」

ベアトリーチェは一人ずつ確かめるように室内を見回した。

 

壁際にいたリケーレが、組んでいた腕をほどく。

「廃止された官署一つを調べるために、現存する官署を何個も動かすわけですか」

「官署が廃止されたからといって、その官署が作った権利や義務まで自然に消滅するわけではありません」とベアトリーチェは答えた。「だから第二庁が継承関係を管理しています」

「管理できていなかったから、今朝の鐘楼が開いたのでは?」

リヴィオが言うと、室内にわずかな沈黙が落ちた。

机の端で、ニコラの源石筆だけが動き続けている。

 

ベアトリーチェは認証記録を閉じた。

「出発します。第二庁はすでに夜間閉庁後ですから、入室許可は一時間しかありません」

「失効した権限を三十二年間放置しておいて、調査する側には一時間ですか」

「有効な権限には期限がありますからね」

オレンが立ち上がりながら皮肉げに言った。

「失効した権限の方が、よほど自由らしい」

 

第二庁庁舎は、諸聖徒広場から北へ延びる細い通りの奥に建っていた。

教皇宮や大聖堂のような壮麗さはない。灰白色の石を積んだ長方形の建物で、正面には大きな階段も列柱もなく、扉の上に第二庁の印章が控えめに刻まれているだけだった。

昼間であれば、官署の統廃合、職務権限の移管、公有財産の所属変更、廃止された制度に関する照会を求める官吏が絶えず出入りする。しかし、夜の庁舎はひどく静かだった。入口の灯りも最低限しか残されておらず、夜気を吸い込んだ石造りの壁は、周囲の建物より一段暗く見える。

 

通りの向かいでは、キッチンカーが閉店作業をしていた。

小さな紫髪のサンクタの店員が、硝子ケースから売れ残った無糖をうたうアイスを取り出し、一つずつクーラーボックスへ移している。扉を開くたび、中の冷気が白い靄となって夜の空へ流れ、第二庁の冷たい石壁へぶつかって薄く散った。

 

諸聖徒広場の方角からは、まだ抗議者の声が響いていた。言葉までは聞き取れないものの、大勢の人間が同時に声を上げたときに生じる低いざわめきだけが、街路の隙間を縫って届いてくる。

 

「夜まで続けるとは、熱心なことです」

オレンが背後を振り返った。

「自宅へ帰れば、家族に不安を感じ取られるのでしょう。広場にいる方が、同じ不安を持つ者同士で安心できるのかもしれない」

「不安を共有すると、安心するのですか」

リヴィオが尋ねる。

「少なくとも、自分一人がおかしいのではないと思える」

答えたのはベアトリーチェだった。彼女は広場の方角を見なかった。

「それが共感の恩恵ですか」

「恩恵の一つです。同じ恐怖を持つ者だけが集まれば、それ以外の可能性が見えなくなることもある」

「正義促進官らしくない慎重な意見ですね」

「正義促進官は、恐怖を無視する職務ではありません」

ベアトリーチェは第二庁の扉へ認証章をかざした。

「ただし、恐怖が誰かの有罪を証明するわけでもない」

 

認証盤の中で幾つもの歯車が回り、重い扉の錠が外れた。

庁舎の内部から流れてきた空気には、古い紙と乾いた革、金属製の書架へ塗られた油の匂いが染みついていた。

 

第二庁では、官署が死んだ後のものを扱う。

廃止された役職の印章、統合された部署の台帳、撤去済み建物の所有権、存在しない委員会の契約、そして役目を終えた制度の背後に残り続ける義務。人間の遺体を保管する場所ではないにもかかわらず、庁舎全体がどこか巨大な墓所のように見えた。

 

壁沿いの案内板には、現存しない官署名が幾つも並んでいる。その横には、それぞれの権限を現在どの庁が継承したかを示す細い線が引かれていた。一本で終わるものもあれば、途中で枝分かれし、三つ、四つの官署へ複雑に接続しているものもある。

継承先が確定していない権限には、灰色の札が下げられていた。その灰色の札は、思いのほか多かった。

 

「死者より、死んだ官署の方が相続は面倒そうですね」

リケーレが案内板を見上げた。

「死者には通常、一つの死亡記録しかありませんから」とニコラが答える。「官署の場合は、廃止日そのものについて複数の記録が残ることがあります」

「廃止された日が分からない?」

「業務停止日、予算停止日、職員の転属日、印章の失効日、保管文書の移管日が一致するとは限りません」

「では、いつ死んだことになるんです」

「何について調べるかによります」

リケーレは嫌そうに眉を寄せた。

「法律家の返事ですね」

「記録官です」

ニコラの声は淡々としていたが、耳の後ろの羽毛がわずかに持ち上がっていた。それが苛立ちなのか、地下から上がってくる冷気への反応なのか、リヴィオには判断できなかった。

 

庁務継承室は地下二階にあった。

螺旋階段を下りるにつれ、地上の気配が遠ざかっていく。壁には一定の間隔で小さな源石灯が埋め込まれ、白い光が床石の上へ円形に落ちていた。光と光の間には薄い闇が横たわり、歩く者の姿を一度飲み込んでは、次の灯りの下へ吐き出していく。

階段の中央には書類運搬用の昇降籠が通っていた。今は停止しているが、細い鎖が建物の奥深くへ垂れ下がり、どこか見えない場所で時折、金属同士の触れ合う音を立てている。

 

地下二階の扉の前には、第二庁の庁務継承官が待っていた。

年配のリーベリだった。白髪に混じる羽毛は薄い灰色で、片側の翼だけが古い負傷のためか不自然に短い。彼は名前を名乗るより先に、一行の認証章を一つずつ確かめ、手元の入室簿へ時刻を書き込んだ。

 

「許可範囲は、沈黙計画合同監査室および第三実験班に関する継承記録です」と継承官は言った。「閲覧できるのは、官署の設置、廃止、権限移管、認証符号の管理に関する資料に限ります。実験内容および個人記録は別の保全区分です」

「殺人事件の捜査に必要でも?」

リケーレが尋ねた。

「必要性を認めるのは第一庁です。ここで私が判断することではありません」

「皆、自分が判断することではないと言いますね」

「権限の境界が明確であることは、健全な状態です」

「その境界の隙間から、三十二年前の権限が逃げ出したようですが」

継承官はリケーレを見たが、表情は変わらなかった。

「その経緯を確認するため、あなた方を入室させているのです」

 

扉には鍵穴がなく、公民権を表す大小十三個の認証盤が半円形に並んでいた。

継承官はそのうち四つへ順番に手をかざし、最後に腰から細い金属棒を取り出した。棒の先端を中央の窪みへ差し込むと、壁の内部から重い摩擦音が響く。

扉は横へ滑るように開いた。

 

その向こうには、巨大な書庫が広がっていた。

天井まで届く鉄製の棚が幾列も並び、それぞれに革張りの台帳、封緘箱、印章を収めた小箱が隙間なく納められている。棚の間を走る通路は細く、一人が台帳を抱えて立てば、もう一人が横を通ることは難しい。

源石灯は低く抑えられ、棚の上部は闇に沈んでいた。書架へ貼られた小さな金属札だけが、淡い光を受けて浮かび上がる。

 

『巡礼路沿道軽食振興室』

『国外公民扶助委員会』

『善意ある誤射調停委員会』

『祝祭用火薬適正消費促進庁』

 

かつては、それぞれの名の下で人間が働き、命令を出し、申請を退け、許可を与え、誰かの暮らしを変えていた。だが今は名前と番号だけの存在となり、地下の棚で静かに並んでいる。

 

「こちらです」

継承官が奥へ進んだ。通路の突き当たりに近づくと、棚の表示が次第に古い書式へ変わっていく。数字の字体も官署名の綴りも現在とは異なり、幾つかの札には現代ラテラーノ語への小さな翻訳票が添えられていた。

 

やがて継承官は、一枚の灰色札の前で足を止めた。

『沈黙計画合同監査室』

札の下からは、三本の細い鎖が伸びていた。一本は第二庁へ、一本は第七庁へ。そして最後の一本は、どの官署にも接続せず途中で切れている。

 

「この切れた鎖は?」

リヴィオが尋ねた。

「技術設備に関する継承先が確定していないことを示します」と継承官が答える。「合同監査室の文書管理権限は、機密資料について第七庁へ移管されました。廃止官署の庁務記録は第二庁へ移管されています。しかし、実験設備そのものを管理する権限について、移管完了の記録がありません」

「現在の鐘楼設備は第三庁の管轄でしょう」

「現在の設備は、です」

継承官は灰色札を指で押さえた。

「沈黙計画に使用された設備が、第三庁へ移されたという記録はありません」

「撤去した記録もない」リヴィオが言う。

「はい」

 

アウレリアの供述と一致していた。

記録から消えている設備。撤去した記録も、現行設備へ引き継いだ記録も存在しないもの。国家の書類上では、誰の所有物でもなければ誰の管理下にもない。だから誰も点検せず、誰も認証系統を更新しなかった。

それでも現物だけは、鐘楼の床下に残っていた。

 

継承官は書架から分厚い台帳を取り出した。革張りの表紙は乾燥して白くひび割れ、中央には合同監査室の旧印章が押されている。机へ置くと、長い間閉じ込められていた紙と黴の匂いが立ち上った。

ニコラが閲覧開始時刻を記録する。継承官は台帳の後半を開き、細い指で項目を追っていった。

 

「第三実験班監査印。発行数は一」

「一つだけ?」ベアトリーチェが確認する。

「常設の官印ではありません。第三実験班の現場監査に限って使用する、携行式の機能印です」

「機能印とは?」

「個人へ与えられた身分証ではなく、特定の職務へ与えられた認証具です。担当者が交替しても、監査業務を継続できるように作られています」

 

継承官は別の頁を開いた。そこには古い印章の図面が貼り込まれていた。

手のひらへ収まるほどの楕円形の金属印だった。外周には合同監査室の名称が刻まれ、中央には三つの鐘の紋章がある。内部には薄い源石片と認証回路が封入され、現地設備の認証盤へ押し当てることで監査権限を伝達する構造になっていた。

 

「これを持っていれば、誰でも区画を開けたのですか」リケーレが尋ねる。

「印章だけでは足りません。正規の使用時には、使用者自身の公民認証と組み合わせる必要がありました」

「では、ロッシーニ公証官の認証が通った?」

「旧設備が、現在の公民認証をどこまで照合していたかは分かりません」

継承官は図面の注記を指した。

「当時の仕様では、監査印が有効であり、使用者がサンクタとして最低限の認証反応を示せば、個人名までは現地側に保存しない設計だったようです」

 

継承官は台帳の先をめくった。

「監査印の返納記録があります。事故後、合同監査室へ一度返却されています」

「失効処理は?」

「中央認証基盤では、廃止日をもって失効扱いです」

「現物は?」

「廃棄確認欄が空白です」

 

紙をめくる音が止んだ。

二つ並んだ欄のうち、返納には印がある。しかしその隣にある破砕、回路除去、廃棄立会いの欄には、何も書かれていなかった。

 

「印章は残った」

ベアトリーチェが言った。

「その可能性が高い」

「どこに?」

「合同監査室の廃止後、未処理の認証具は附属文書院へ移管されています」

オレンが顔を上げた。「マティアス・ロッシーニの勤務先だ」

 

誰かが口にした瞬間、単なる偶然は一本の明確な経路へと姿を変えた。

事故後に返却されたものの破壊されなかった監査印は、官署の廃止に伴って附属文書院へと移管された。そして三十二年後、その文書院に勤務する使徒公証官が、封印記録とともにその印を携えて鐘楼へ向かったのである。

 

リヴィオは証拠品一覧を開いた。

マティアスの携行品として回収された物は、使徒公証官の印章、公証用の筆記具、手帳、鍵束、封蝋、硬い砂糖菓子、眼鏡。最後の品目には、初動時の分類としてこう記されていた。

『用途不明の旧式公証印。一点』

 

「現物は第五庁の証拠保全庫ですね」

リヴィオが言った時には、リケーレはすでに端末を操作していた。

「画像を呼び出します」

空中へ淡い記録画面が開く。透明な保全袋の中に、小さな楕円形の金属具が収められていた。表面は黒く変色し、外周の文字も摩耗して肉眼では読み取りにくい。それでも中央には、三つの鐘の紋章が確かに残っていた。

 

継承官が図面と画面を見比べる。

「同一のものです」

短い言葉だった。だが、その一言で事件当日の認証者はほぼ明らかになった。

第四の人物はいなかったのだ。マティアス・ロッシーニが、三十二年前の監査印を持って鐘楼へ入り、旧設備の認証盤へ押し当てた。

 

「ロッシーニ公証官が監査印を持ち出した記録は?」ベアトリーチェが尋ねた。

オレンが文書院の持出簿を開く。

「事件前日の夕刻。封印文書四点と、旧式認証具一点」

「正規の手続きですか」

「使徒公証官として、封印記録の真正確認を行う名目で許可を得ています。認証具の現地持出しについては、『対象設備との照合に必要』と本人が付記している」

 

リヴィオは眉を寄せた。

「鐘楼へ持ち込むことを、文書院は知っていた?」

「行先欄には、大聖堂附属設備としか書かれていません」

「意図的に曖昧にしたのですか」

「本人が死亡している以上、意図までは記録から判断できません」オレンは記録画面を閉じた。「ただし、偶然持っていったわけではないでしょうね」

 

四冊の文書。一つの監査印。三十二年前に封じられた設備。

マティアスは、それらが何を開くのかを知っていた。あるいは、少なくとも確かめようとしていた。

現場の遺体の衣服から監査印が発見され、文書も回収されたが、それは三冊だけであった。残る一冊は、今も見つかっていない。

 

継承官は、さらに古い一冊を棚から取り出した。

先ほどの台帳より薄く、表紙には『廃止処理未了事項』と記されている。

 

未了——それは完了しなかった職務であり、処理されなかった権限であり、そして何より、決して署名されることのなかった一枚の紙を意味していた。

行政において、何かをしなかった事実は、それだけでは記録に残りにくい。命令を出せば命令書が生まれ、許可を与えれば許可証が作られる。だが誰かが書類を机の端へ置いたまま帰宅し、翌日から別の官署へ転属した場合、その「何もしなかったこと」を証明する書類は通常作られない。

未了事項台帳は、その空白だけを集めた特殊な記録だった。

 

「第三実験班監査印の完全な失効処理には、二つの確認が必要でした」継承官が説明する。「一つは、合同監査室による監査職務終了の確認。これは実験事故後に行われています」

「もう一つは?」

「設備管理者による、対象設備の撤去または権限移管の確認です」

「設備管理者が存在しなくなった」

「正確には、事故直後に第三実験班が解散し、設備責任者の職務が停止されています。その後、担当官署を定める前に合同監査室も廃止された」

 

継承官は該当頁を開いた。

二つ並んだ署名欄のうち、左側には古い印が押されているが、右側は空白だった。

ただし、完全な白紙ではない。署名欄の下に、細い文字で付記が残されていた。

 

『対象設備および認証具は、教義上危険な資料と一体として封鎖する。詳細な帰属決定は後日行う』

 

その末尾に、一人の名が署名されていた。

マティアス・ロッシーニ。

地下書庫の灯りが、乾いたインクの跡を照らした。三十二年前の署名は少しも震えていない。若い記録官が、教えられた書式に従って記したであろう整った筆跡だった。

 

「彼は設備の撤去も、認証具の破壊も確認していませんね」

リヴィオの問いに、継承官は「はい」と短く応じた。

「移管先も決めていない。ただ、資料と一緒に封鎖するとだけ書いた」

継承官は無言で頷いた。

「その結果、中央の台帳では官署の廃止とともに監査権限が失効し、現地設備では監査印が有効なまま残った」

「鐘楼側の設備から見れば、終了確認が完了していなかったからです」オレンが頁を覗き込んだ。「監査印は、いつか担当者が戻ってくると三十二年間待っていた」

「機械は待っていたわけではありません」ベアトリーチェが言う。「指定された符号を受理し続けただけです」

「人間より忠実ですね」リケーレが呟いた。

 

リヴィオは署名を見つめていた。

マティアスは証拠を捏造したわけではなかった。設備を撤去したとも、安全を確認したとも書き残してはいない。彼はただ、決定を先送りしただけだ。対象を教義上危険な資料として封鎖し、帰属の判断は後日行うと記録したに過ぎない。

その「後日」は訪れなかった。人間にとっての後日は、異動や退職、病気や死によって失われる。しかし記録に書かれた後日は、誰かが完了の署名をするまで終わらない。

 

「ロッシーニ公証官は、この未了を知っていたのでしょうか」

ニコラが尋ねた。

「持出記録を見る限り、彼は事件前の二週間に三度、この台帳を閲覧しています」と継承官が答えた。「最初は沈黙計画合同監査室の廃止記録。二度目は第三実験班の権限移管記録。三度目が、この未了事項台帳です」

「そして、四冊の文書と監査印を持って鐘楼へ行った」

ベアトリーチェの声が低くなる。

 

リヴィオは、乾いた署名へ視線を落とした。

三十二年前、マティアス・ロッシーニは、決定を後日に委ねた。その後日は彼が老いるまで訪れることはなく、そして今朝、彼は自ら封じた扉を、自ら失効させなかった権限で開いたのだ。

 

「彼は、自分の署名が残したものを確認しに行ったのでしょう」

誰もその言葉を否定しなかった。

権限は人より長く生きる。ときには、それを残した人間が再び戻ってくるその日まで。

 

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TIPS 1 機能印

ラテラーノの官印には、個人の身分や署名権限を証明するものだけでなく、特定の職務そのものへ権限を与える「機能印」が存在する。

機能印は担当者の交替を前提としており、使用者個人よりも、監査、検査、封鎖解除といった職務の継続を優先する。

現在の機能印は中央認証基盤と常時照合されるため、官署の廃止や権限変更と同時に停止される。しかし古い設備の中には、印章内部の認証符号のみを確認し、中央の失効記録を参照しないものも残されている。

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