――刀鍛冶の里。
この地はこの夜、上弦の伍・玉壺、上弦の肆・半天狗という、二体の上弦との死闘を繰り広げていた。
鍛冶たちの住まう区画に現れた玉壺は、蜜璃と錆兎という柱二人の連携により、犠牲を最小限にとどめて討伐することができた。
犠牲になった鍛冶たちがいないわけではない。
だが、上弦の鬼に襲われたという事実を考えれば、鬼殺隊の歴史上でも類を見ない、大金星と言えるだろう。
そして、上弦の肆・半天狗。
次々と分裂し、本体が逃げ続けるという、屈指の討伐難度を誇る鬼である。
炭治郎、禰豆子、玄弥の三名が死にものぐるいで戦えど、分身を続ける半天狗の喜怒哀楽たち、そしてそれらが融合した憎珀天の大規模攻撃の前に手も足もでない防戦が続いていたが――。
「悪人どもよ、滅せよ!」
憎珀天が、その背に背負う太鼓をかき鳴らすと、巨大な樹木の多頭竜が暴れ周り、喜怒哀楽の鬼たちの攻撃を次々と繰り出してくる。
森は広範囲に破壊され、それはもはや、天災の如き荒れ狂い様だった。
しかし、鬼殺隊は決して折れることはない。
脈々と続いてきた彼らの力は、巨大な多頭竜の力すら、凌駕していた。
『炎の呼吸 水ノ拾壱 炎凪』
『恋の呼吸 陸ノ型 猫足恋風』
『霞の呼吸 伍ノ型 霞雲の海』
凪いだ炎の海のなか、範囲内の竜の力が消失していく。
軽やかに宙を舞う人影が、踊るように竜の頸を刃で絡め取っていく。
霞に飲まれた竜の頸が、音もなく雲間に消えていく。
「馬鹿な! 馬鹿なぁぁ! なぜ、なぜ我の力がこんな……!!」
上弦の鬼は、柱三体に相当すると言われている。
つまり、柱が三人揃ったこの瞬間、しょせんは分身でしかない憎珀天はもう、負けているのだ。
憎珀天が次々と太鼓を鳴らせど、それはもう、いっさい鬼殺隊の犠牲にはつながらない。
全てがその場で無に還っていく。
「炭治郎、禰豆子、玄弥! いけ! お前等が本体を斬れ!」
「こっちは私たちに任せて!」
「炭治郎……! 負けるな!」
錆兎、蜜璃、無一郎が壁となり、炭治郎たちにいっさいの攻撃を通さない。
逃げ続ける半天狗の本体。それをいま探し突き止められるのは、炭治郎の嗅覚のみなのだ。
◇ ◇ ◇
そして、森の中。
炭治郎は柱たちに背を守られながら、とうとう半天狗の本体へと到達した。
「貴様等ァァァ!! 儂が、儂が、可哀想だとは思わんのかぁぁぁあああ!!」
「うるせええんだよおお! くそじじいいい!!!」
銃声が鳴り響く中で。
半天狗が巨大化し、炭治郎を庇うように立った玄弥へと襲いかかる。その舌には『恨』の文字が見える。
だが、禰豆子の髪を食い、更にはカナエの作りだした薬を体内に吸収している玄弥はもう、押し負けることはない。
その身体の殆どが『あやかし』と化している玄弥の銃弾――植物を操る血鬼術によって、その場に新たな巨大な蔦が生み出され、半天狗の身体を足下から束縛していく。
「やれ! 炭治郎!!」
「お兄ちゃん……!! 今!!」
「ああ! 上弦の肆! お前のような奴は、地獄に……墜ちろぉぉぉ!!」
禰豆子の爆血によって、炭治郎の日輪刀が炎をあげ、赫く染まっていく。
炭治郎の嗅覚は、この上弦の肆という存在の本質を正しく理解していた。
かつて遊郭で死闘を繰り広げた上弦の陸――妓夫太郎と堕姫には、人喰い鬼であろうとも、互いを思いやる感情だけは間違いなく存在していた。人だった頃の名残を残していた。那田蜘蛛山で戦った下弦の伍ですら、歪んではいたものの、"家族"への憧れを感じ取ることはできたのだ。
だのに。この上弦の肆・半天狗には何一つ、それがない。
あるのはただの、究極の自己愛。それ以外には、何もないのだ。
『日の呼吸 拾弐ノ型 炎舞』
日の呼吸による真のヒノカミ神楽で、他者を踏みにじるだけの悪鬼の頸を斬る。
たとえ肺への負担が大きかろうと、反動があろうと。この悪鬼だけは逃してはならぬと、炭治郎は己の使える最強の技にこの一時の全てを賭けた。
舌に『恨』の字を持った半天狗の頸が落ちた。
だが、炭治郎の神楽は終わらない。
「そして、心臓に隠れてるお前もだぁぁ!」
元・炎柱の教えが脳裏に過る。槇寿郎は地獄のような実戦修行の中で、真に心を研ぎ澄ませば対象の全てが見通せるものだと、炭治郎たちに語ってくれていた。
そして今、炭治郎の目には、はっきりと。
たったいま頸を斬られた半天狗の内部、心臓の中に縮こまっている、真の半天狗の姿が映し出されていた。
『日の呼吸 壱ノ型 円舞』
ヒノカミ神楽、最期の拾弐ノ型・炎舞から最初の壱ノ型・円舞へと、流れるように繋がっていく。
これこそが、生前の父・炭十郎が舞っていた神楽の姿だった。
巡る、巡る、神楽。
あくまで炭治郎が使ったのは、拾弐から壱へと繋がる、神楽のごく一部分だけである。
けれど。これは日の呼吸が完成へと至るための、最後の型の片鱗でもあった。
赫く染まった刃で斬られ、半天狗の頸が翔ぶ。
そして、それと同時に。
刀鍛冶の里に、まばゆい朝日が射し込んだ。
◇ ◇ ◇
「……やった、やった……!! お兄ちゃん、倒した、上弦を、倒した!!」
「炭治郎、お前、お前ぇ……っ!! くそ、やった、やったぜ!!」
森の中にも、徐々に朝の光が射し込みつつあった。
花々が朝露を反射し、鳥たちがざわめく。
朝靄が里を薄く覆い、柔らかい光となって消えていく。
そんな朝の森の中で、禰豆子と玄弥は炭治郎へと抱きついた。
上弦を倒したのだ。柱の助力が大きかったとはいえ、柱ではない自分たちの力で上弦の肆を倒すことができたのだ。
禰豆子と玄弥は、勝利に浮かれていた。
だが、炭治郎は――蟲の息だった。
「はぁ……はぁ……ね、禰豆子、玄弥……二人は早く、日陰に……入って……うぶぶぐふ……」
「わあ、泡ふいて倒れちゃった!」
「うぉぉっ! 炭治郎、炭治郎おぉぉ!!」
日の呼吸によるヒノカミ神楽。そして、ヒノカミの円環。
炭治郎はこの戦いでまた、日の呼吸の完成へと一歩、近づくことができた。
それは――この日、ひとつの大きな庇護をなくすことになる炭治郎が。
それでも己の手で未来をつかみ取るための、大きな、とても大きな。
未来へ続く、一歩だった。
◆ ◆ ◆
――同時刻。
氷の柱に張り付けにされた花枝の淀んだ瞳は、無表情で童磨を眺めている。
「やあやあ、花枝ちゃんお待たせ。寂しくさせてしまったかな?」
花束を恋人に見せつけるような仕草で、童磨はにんまりと目を細めて花枝に青い彼岸花を見せつけた。
「まさか、あのお方が千年間も探していた青い彼岸花がこんなところにあるなんて、俺も驚いたよ。いくら探しても見つからないわけさ」
「それを……どう、するんですか?」
花枝が質問してくるとは思わなかったのか、童磨は少しだけ目を見開く。
が、機嫌良さげに、その口を開いて語りだす。
「これかい? さあ、あのお方が太陽を克服するために使うらしいけれど、俺にはさっぱりだね。まあ、これだけあればあの方も喜ばれるだろう」
「童磨。朝になれば……異変に気付いた鬼殺隊が山ヘとやってきますよ? あなたはきっと、そこで刈られるんです」
「心配してくれるのかい? 嬉しいなあ。でも、ちゃあんと連絡役は皆殺しにしたし、刀鍛冶の里が大変なときに、こんな山の異変にまで気づけるかなぁ?」
童磨は、挑発じみた花枝の言葉にくつくつと愉しげに笑う。
「そうでなくとも、俺たちには転移の術で移動を手伝ってくれる鬼がいるから……って、あれェ?」
そこで童磨は、初めて異変に気がついた。
花枝の淀んだ瞳がジッと童磨を見ている。睨みつけている。そして、気にも止めなかったのだが、そこにあるはずのものがなくなっていた。
花枝が張り付けになった氷の下。赤黒い血だまりに落ちていたはずの人間の身体が、消えている。
「あれェ……? 花枝ちゃん、そこの隊士の死体はどこに行った?」
「さあ、どこでしょうね。朝日が昇る頃には、出てくるのでは?」
童磨は不思議そうに周囲を見回すが、人間の死体らしきものは落ちていない。
花枝の淀んだ瞳の奥に、先ほどまでにはなかった謎の力強さを見た童磨は、興味深げに花枝へと近づいていく。
顔を近づける。鼻先が触れそうな距離で、童磨は花枝の瞳をのぞき込む。
「ふうん。その顔、まだなにか隠しているみたいだね? まあ、いいさ。隊士の死体がひとつ消えたところで」
童磨の瞳の『上弦 弐』の文字が、花枝の目の前で怪しく光るが、しかし。
彼はすぐに、興味を失ったかのように顔を離した。そもそもだが、童磨はすでに
「さっさと男の鬼を吸収したあとに、女の子たちを味わって食べてあげよう。最後には花枝ちゃんも俺の一部にしてあげるからね! あはは、楽しみだなあ。きっと、喉が焼けるくらい美味しいんだろうねえ」
目の前で、青い彼岸花の束を抱えたままはしゃいでいる童磨に。
花枝は、冷ややかに笑いかけた。
「ねえ、童磨。あなたはどうやら、わたしの力を勘違いしているみたいなので教えてあげますね」
「ん? なにかな? 張り付けにされて無力な花枝ちゃん。君になにかできるとは思わないけれど、一体なにを教えてくれるんだい?」
「あなたの言うように、わたしには、あなたと戦えるような力はありません。この氷の柱から逃れる力だってありません。けど――」
花枝は、驚くほどに力を持たない。
鬼に変化したにも関わらず、成人男性一人分の腕力もなければ、張り付けにされた氷から身を引き剥がすこともできない。
そんな無力な花枝を、童磨は。
侮っていた。
「術を消すことは、できるんです」
瞬間、世界の空気が変わった。
一斉に霧が晴れていくかのように。黄昏に照らされた永遠の世界が、実体を失い始めた。
橙色の空が溶け落ち、先の戦いで崩れかけていた拝殿も、石畳も、半鐘台も。景色の全てが霞の中に消えていく。
隠れ里が、消失していく。
そして、景色は変貌していく。
朝の、太陽の光が射し込む藤襲山へと移り変わっていく。
「なっ、しまっ……!!!」
朝日。
そこはもう、黄昏の隠れ里などではなかった。
童磨はすでに日の昇った藤襲山に立ち、花枝もまた氷の柱に張り付けにされたまま、太陽の光に照らされている。
童磨も、花枝も。それぞれが朝日を浴びて、身体がバチバチと焦げついていく。
「ふふふ、ふふふふっ、童磨、滑稽ですね! まだ朝が来ていないとでも思っていましたか? あれだけ余裕を見せて、まんまと、太陽に焼かれるなんて……!」
動けぬまま、太陽に灼かれたまま、花枝が笑う。
花枝はただ、術を解いたのだ。己の血鬼術である隠れ里そのものを、己の意志で消したのだ。
動けぬ己が太陽に灼かれようとも、目の前の上弦の弐を朝日の下に晒すことを選択したのだ。
だが、童磨も馬鹿ではない。即座に対の扇を周囲の木々へ向けて奔らせる。
日に晒された扇が崩れ溶けていくが、童磨が周囲の木々を切り崩すのはそれより早かった。
幾つかの木々が重なるように倒れ、童磨が隠れられるだけの陰が生まれる。
「あはは、はぁ、はぁ、慌てちゃったよ。残念だけど、ただの大胆な自殺行為だったね、花枝ちゃん。焼け付くのは、君だけみたい」
「わたしたちは……あなたに食われるくらいならば、大好きな……大好きだった、お日様の下で、消えることを……望んだだけです。けれど、童磨――」
周囲では、バラバラに刻まれた隠れ里の住民たちの身体もまた太陽に晒されて、パチパチと音を立てはじめている。彼らももう、太陽の光で消滅するのは時間の問題だろう。
童磨から見れば、これは花枝による愚かな集団自殺そのものだった。
花枝は自分自身と、そして隠れ里の住民全員を太陽の下に放り出したのだ。
童磨はそんな花枝の愚行を、ただ、にこやかに眺めている。
――シィィィィィ
だが、花枝はそれでもなお、童磨へと向けて不敵に笑ってみせた。
太陽に照らされながら。その身体を、四肢の先からぼろぼろと、光の粒へと変換させながら。
「あなたは……わたしたち、全員に負けたんです。その……青い彼岸花も、鬼舞辻無惨に……届くことは、ありません」
「なに? なんでそんな――」
だが、その言葉は最後まで発せられることはない。
ふいに、童磨の脚を誰かが掴んだ。それは、地面から伸びた一本の腕だった。
更に。童磨がその手に視線を向けると同時に、僅かな風が百合の芳香を運び、童磨の認識を一瞬歪ませる。そして、目がくらんだ童磨の目の前に『睡』と書かれた一枚の和紙が浮かび上がる。
その瞬間。滴が地面に落ちる間ほどの、短い瞬間。
童磨の意識が、落ちた。
「助かるぜ、お前ら」
そこに居たのは、死んだはずの隊士だった。
血にまみれた雷の呼吸の使い手が。木々の間、太陽に焼かれながらも。童磨に向けて日輪刀を構え、技を繰り出そうとしていた。
一瞬遅れて童磨が意識を取り戻す。
すかさずそこには、時間にして一秒もない、刹那の攻防が繰り広げられた。
雷の呼吸の型ならば、童磨の頭の中には壱から陸まで全ての情報がつまっている。
残りの力を振り絞り、それらの型の軌道に氷の華を射出する。御子を出現させ、攻撃を阻害する。それと同時に、周囲には凍て氷を振りまいた。
日光に晒されればそれらは全て数秒もせずに崩れ落ちるだろう。けれど、それだけあればいい。
隠れ里が消えた瞬間から、無惨や鳴女が自分の視界を覗き始めたことはわかっている。
なれば、数秒でも稼げば十分だ。
そして、その油断こそが。
上弦の弐の、敗因だった。
『雷の呼吸
(
――土雷神。それは日本神話において、イザナミの『右手』から生まれたとされる、天と地を繋ぐ雷を司る神の名である。
童磨は見た。地面からいくつも現れて、童磨の頸を狙う雷の群れを。
死角をつき、獰猛に対象の頸を刈り取ろうとする大地の雷を。
そしてその雷は、束になり。一本の巨大な光の矛として――。
童磨の頸を、貫いた。
(ああ、この軌道はあの、手鬼とやらの技じゃあないか……)
それだけが。
頸を斬られるその瞬間、童磨が思ったことだった。
◆ ◆ ◆
これは、とある日のことだ。
揃って立ち上がれなくなるほどに訓練を重ねた獪岳と手鬼が、修練場の地面に大の字になって寝転がったまま、互いに言葉を交わしていた。
「なあ手鬼。お前の手の技はどうなってんだ? 突然地面から生えるのはどういう原理だ」
「アァ? 知るか。そうした方が強ェだろと思ったからそうやってるだけで、原理とか聞かれても知らねェよ」
「ふん。『そうした方が強ェ』……か。手鬼よお、お前はアホだが、面白いことを言うじゃねえか」
「んだテメェ、喧嘩売ってんのか」
二人とも大の字だ。会話はしても、視界の正面は黄昏の空が広がっているだけだった。
昼から夜へと変わる黄昏時。本来ならば一日の中では決して長くはない空色だが、この世界は決してこの黄昏空の日が沈むことも、あるいは日が昇ることも、ない。
「まあ聞けよ。前にお前が言ってただろう。『テメェで技をつくりゃいい』ってな」
「アァ? そういや、雷の呼吸の型だったか? どうでもよくてあんまし覚えてねえけどな」
「考えたんだが……突然目の前の地面から避けきれねえような雷の斬撃が出てきたら『強ェ』と思わねえか?」
「……フフフ、フフフフ! なんだお前、面白ェことを考えたじゃねえか! それをいっそ、新しい雷の呼吸の型にしちまえよ」
「いいぜ、完成したらそうするか」
二人して寝転がったままの。
まるでそれは、ずっと昔、鬼の存在など全く知らなかった子供の頃。
共に過ごしていた仲間との、心から愉しかった時間を彷彿とさせるような。
そんな、他愛のない会話だった。
◆ ◆ ◆
切断された童磨の頸に、ピキピキと音を立てながら雷のような罅割れが広がっていく。
砕けた破片は煤へとなり、その崩壊を加速させる。
「あぁ……無惨様……青い彼岸花は、鬼殺隊の手に……」
数百年にわたり、数えきれぬほどの人間を食らってきた鬼、童磨は。
最期に初めてその名を呼び、青い彼岸花の所在を主に伝えると、朝日を浴びてぐずぐずと崩れていき。
そして。
塵も残さず、消滅した。
◇ ◇ ◇
「はぁ、はぁ……角姫。もう一度、隠れ里を出せ、今ならまだ……!」
「ごめん……なさい。わたしも、もう……無理そう……です」
獪岳はまだ『あやかし』の成りかけだ。
だからこそ彼はまだ、朝の日差しの中で動くことができた。だが、きっと彼の身体は今まさに、全身を襲う苦痛のまっただ中のはずだ。
息を切らせ、苦しげに呻きながらもどうにか、花枝の身体を氷の柱から下ろそうとする。
けれど、獪岳が手を伸ばすよりも先に、花枝の――巫女鬼の小さな身体は、光の粒となり消え始めている。
その瞳はいつものように淀み、様々なものを諦めた闇を纏い。
そして。
どこかすっきりしたような、最上の微笑みをたたえていた。
「やめろよ、やめてくれ……俺はまだ、お前らに、なにも……」
「獪岳、どうか、幸せに……なってくださいね。それが……わたしたちが、ここにいた証しですから……」
「無理難題を、言うじゃねえか……」
周囲で倒れていた仲間たちも、光の粒となっていく。
光の粒は、まるで獪岳に語りかけるようにそれぞれが彼の周囲でふわりと揺れてから。
一つずつ、空へと上っていく。
「じゃあ……ヤタガラス、最後はお願いしますね」
消えゆく花枝が声をかけたそこには、ぼろぼろの姿になったヤタガラスがいた。
彼は童磨の襲撃を受けてから、戦ってはいない。きっと今も日陰に逃げさえすれば、ヤタガラスだけは助かったかもしれない。
『ガァ! ガァ! ……マカセロ! マカセロ! 最後マデ……マカセロォォオォオ!!』
けれど、彼は花枝の前で、翼を広げ、飛び立った。
朝の光に満ちた、広大な空へと。
「獪岳……あなたと仲間になれて、よかったです……」
花枝もまた、光となって消えていく。
「あとは、よろしくお願いしますね」
「……ああ。角姫……幸せを、ありがとよ……」
残された獪岳の呟きは、果たして花枝には届いただろうか。
光は空へと消え。
そこにはもう、散乱した青い彼岸花と。
ただ、ただ、慟哭をあげる獪岳だけが、残されていた。
◆ ◆ ◆
『ガァ! ガァ! 藤襲山ニ上弦ノ弐ガ襲来!! アヤカシ達ノ助力ノモト、甲隊士・獪岳ガ討伐成功ォ!!』
広い大空に、ヤタガラスの声が響く。その翼を光の粒へと変えながら、彼は叫び続ける。
『アヤカシノ里ハ消滅! アヤカシ消滅! アヤカシ、タチハ……太陽ト……トモニ……』
ヤタガラスは、太陽へと向かって飛び続け――。
血鬼術『八咫ノ伝声』
それは、遙か大空から、己と同類である鎹鴉たちに声を伝える、伝声の術。
最期の術で、各地の鎹鴉にその声を届けると、ヤタガラスは。
暖かく、眩い太陽に照らされながら。
掛け替えのない仲間たちの元へと――満足げに、旅立った。
次話は明日26日(土)23時
「閑話/あやかし新天地」公開予定です
*当小説はまだ次章も続きます