藤襲山の巫女鬼 きめつ隠れ里噺【完結】   作:chikuwabu

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無限城

「聞いていた通り、やはり頸を切っても死なないか。心臓が七つ、脳が五つ、なるほど化け物だな!」

 

「私を覗き見るな。鬼のなり損ないが」

 

「俺は鬼のなりそこないではない。『あやかし』と呼んでもらおう!」

 

 炎の中で、煉獄杏寿郎の振るう日輪刀が鬼舞辻無惨を切り裂いていた。

 その刃は間違いなく無惨の頸を落とし、四肢を切断し、無惨が伸ばした幾つかの触手をも切り払うが、しかし無惨は凄まじいほどの再生力で、瞬きの間に再び五体満足の姿へと戻っている。

 そこには、一切の痛痒も感じていないようであった。

 

 だが、鬼舞辻無惨へと怒りの炎を燃やすのは、杏寿郎だけではない。

 

「これが、鬼舞辻無惨か……南無」

 

「鬼舞辻無惨、テメェを殺せば全て終了するってことだよなァ!!」

 

「杏寿郎くん! 信じてたよ、起きてくれるって……!」

 

 岩柱が。風柱が。水柱が。

 否、柱をはじめとした勇士たちが、次々と。燃えさかる産屋敷邸へと集い、無惨を逃がさぬために包囲網を広げていく。

 

「煉獄さん! 煉獄さん……っ!」

 

「お兄ちゃん、気をつけ、て! 鬼舞辻無惨が!」

 

 そして日輪の耳飾りをつけた剣士、竈門炭治郎もまた、妹の禰豆子とともにこの地へと真っ先に駆けつけた一人である。

 見覚えのある隊士がまた一人増えたことに、鬼舞辻無惨は苛立たしげに眉間にしわを寄せている。

 

 日輪の刃が、強大な鉄球が、力強く飛び交う鞠が。

 全てが鬼舞辻無惨を追いつめていく。その逃走経路を塞いでいく。

 

「ふふふ、鬼舞辻無惨。貴方がいくら脳や心臓を増やそうと、その薬は貴方を蝕んでいく。じわじわと殺される恐怖を、思い知れ!」

 

 無惨の正面に立つのは、珠世だ。

 珠世は切断されていた腕を回復させ、その憎しみを、絶望を、今こそ鬼舞辻無惨に叩きつける。

 

 だが――。

 

「ふふ、ふははは! 何があやかしだ、何が薬だ。この程度の小細工で私を追いつめたつもりならば、実に滑稽だ。貴様等こそが、今から地獄へ堕ちるというのに!」

 

 鬼舞辻無惨の笑いとともに、炭治郎は。珠世は。柱たちは。突如として空中へと投げ出された。

 足下に扉が出現し、全ての隊士たちを飲み込んでいく。

 この場の隊士たちだけではない。各地に散らばる多くの鬼殺隊士たちが、いま。突如として異空間へと落とされていく。

 

「鬼狩りども、貴様等の歴史は今宵で終わりだ! 我が無限城で、貴様等は死に絶える!!」

 

 落下する隊士たちを見下ろし、鬼舞辻無惨は勝ち誇る。

 己の勝利が確定したのだと、断言する。

 それでもなお、鬼殺隊士たちは、心を燃やす。

 

「無惨! 俺たちは、絶対にお前を逃さない!」

 

 奈落の如き穴へと落下していく炭治郎の声が、炎の中に響きわたる。

 

「お前に、次の朝日は昇らない!!」

 

 果たして、その声は鬼舞辻無惨へと届いたのか。

 答えの出ないまま、終わりのない異空間――無限城は、勇士たちを飲み込んで。

 ゆっくりと、その扉は閉ざされるのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「ひゃああ! 鬼だらけえええ!」

 

「須磨ァ! あんたが騒ぐから鬼が寄ってきちゃったでしょうが!」

 

「そんなことより二人とも、例の薬を!」

 

 無限に続く和風建築。

 天地の法則すらデタラメに造られたその廊下では、鬼殺隊士ではないはずの女性たちが三人、大声で騒ぎ立てていた。

 須磨。まきを。そして雛鶴。彼女らは、音柱――宇髄天元の妻たちだ。

 

「おーおー、見事に全員が巻き込まれやがったか。ちょうどいい、お前ら例の薬はたんまり持ってるだろうな? 俺から離れんなよ!」

 

「はい、天元様! 呪い消しの薬を打ち込むだけならあたしたちも加勢できます! クナイみたいなものです!」

 

 宇髄天元。彼は本来、上弦を倒した時点で柱から引退することを心に決めていた。

 それを引き留めたのは、彼もまだ知らない『あやかし』という存在への興味と、眠ったままの煉獄杏寿郎への微かな義理立てだったのだが――。

 

「その意気だぜ! こうなったら、鬼舞辻無惨を討伐してからド派手に引退といこうじゃねえか! お前ら、ぬかるなよ!!」

 

「はい!」

 

 全ての元凶を討伐しての、ド派手な大団円。

 この夜、彼はそのために、これまで培ってきた力を余すことなく発揮することを誓った。

 己を救い出し、光の下を歩める人間にしてくれた産屋敷耀哉への恩に、この夜こそ、報いるために。

 

 

  ◇  ◇  ◇

 

 

 無限城に落とされた隊士は、決して階級の高いものばかりではない。

 中には当然、最終選別以降、ろくに鬼との戦闘機会に恵まれなかった低い階級の者たちも含まれている。

 

「うおお、お前ら、死ぬなよ!! 生きて、生きて帰るぞ!!」

 

「ああ! こんな傷! 俺の家族の痛みに比べれば大したことはねえよ……ッ!」

 

「俺、生きて帰ったら水柱に告白するんだあああ!!」

 

 そんな彼らが、巨大な鬼と命がけの死闘を繰り広げていたところで――。

 

 彼らの横を、一陣の蝶が駆け抜けた。

 

 

  『蟲の呼吸 蜂牙ノ舞 "真靡き"』

 

 

 彼ら若き隊士を襲おうとその巨体を躍らせていた鬼は、西洋の細身剣の如く"突くこと"に特化させた刃でその心臓部を貫かれ。

 まるで、眠るように倒れていった。

 

「……あなたたち下位の隊士は無理をせず、鬼を引きつけることに徹してください。無駄に命を捨てるような戦い方は許しません!」

 

「む、蟲柱……!」

 

 その刃の主は、蟲柱・胡蝶しのぶ。

 隊士たちよりも遙かに小柄な彼女が、姉から引き継いだ蝶模様の羽織を翻し、下位の隊士へと指示を出していく。

 その後ろには、隊服の上に白い看護服を着用した少女が不安そうな表情で付き従っている。

 

「アオイは彼らの応急処置をお願いします。大丈夫、戦いは彼らがやりますから、蝶屋敷と同じことだけに専念してくださいね」

 

「は、はいっ」

 

「そこのあなたたち! この子は私の巻き添えで落ちてきた救護要員ですから、護衛をお願いします。何があっても、鬼からは護り通してください」

 

「うす、了解っす!」

 

「残りの皆さんも、必ず互いを守りながら。囮に徹してください! 鬼は私が毒で眠らせます!」

 

「蟲柱……きゅん」

 

「きゅんとしないでください!」

 

 そうして、若き隊士たちに指示を出しながらも、神崎アオイを従えた蟲柱・胡蝶しのぶは。

 ただひたすらに、自ら開発に関わった薬――通称『トキジク』を、その日輪刀に含ませて。

 無限城に潜む、あらゆる鬼へと叩き込んでいくのだった。

 

 

  ◇  ◇  ◇

 

 

 善逸はひとり、この無限城の廊下を駆け抜けていた。

 音が、聞こえる。

 

 その行き先に、自分が相対すべき者が存在する。ずっと聞いてきた『音』がする。

 その確信とともに、善逸は一つの襖の前で、立ち止まり、声をかけた。

 

「そこに……いるんだろ?」

 

「……口の利き方がなってねえぞ。兄弟子に向かって」

 

 襖が開かれる。

 そこにいたのは、善逸の兄弟子である獪岳(かいがく)だ。

 その顔は、すでに人間のそれではなくなっていた。白目だった部分は黒く染まり、その顔にはまるで虎のような紋様が浮かび上がっている。口から見える肉食獣の如き牙は、彼の凶暴さを表しているようだった。

 

 そして、獪岳の背後には、いくつもの死体が重なり合って、倒れていた。

 それはもちろん、人間などではない。

 数多の鬼たちが、頸を斬られ討伐されていた。下の方から徐々に煤へと変貌し崩れていっているのが、善逸からもわかる。

 

「少しマシになったようだが、相変わらず貧相な風体をしてやがる。久しぶりだなぁ、善逸」

 

「兄貴……はは、兄貴はなんか、随分と強そうな姿になっちゃったね」

 

「ああ。お陰で街にも出られやしねェ。肉屋にも行けなくなっちまった」

 

 肉屋。そんな、この場に似つかわしくない言葉に善逸は一瞬だけ思考が止まるが、しかし目の前に立つ獪岳はその邪悪な顔で、善逸を見ている。

 

「善逸。テメェは相変わらず壱ノ型しか使えねえみてぇだが――」

 

 獪岳は、善逸に日輪刀を突きつけた。

 しかし、それは善逸を斬るためではない。善逸の覚悟を、問うためだ。

 

「その唯一の壱ノ型は、俺の隣で恥ずかしくない程度には鍛えてきたんだろうなァ?」

 

「当然」

 

「はん、カスにしては上出来だ。なら……行くぜ。鬼舞辻無惨の野郎を、ぶち殺しにな」

 

 獪岳は、相変わらずの口の悪さで、善逸を罵りながらも。しかし。

 くるりと善逸に背を向けて、のしのしと、無限城の廊下を進んでいく。

 

 やる気があるならば。戦う勇気があるならば。

 兄弟子である自分についてこいと、その背で語りかけながら。

 

 

  ◇  ◇  ◇

 

 

  『雷の呼吸 漆ノ型 火雷神(ほのいかずちのかみ)』

 

 

 神速を超えた速度で、善逸が一つの雷となる。

 そして、廊下の先を塞いでいた一体の鬼の頸を、一瞬にして斬り落とした。

 

「はぁ、はぁ。この漆ノ型、兄貴と並んで戦うために、俺が作った技なんだ!」

 

 火雷神。それは、善逸がこの日のために。獪岳と肩を並べて戦う日のために壱ノ型を磨き上げ、鍛え上げ続けて。

 そしてとうとう完成させた、究極の速度で標的を切り裂くという、雷の呼吸の新たな型である。

 

 が。

 

 それを見た獪岳の表情は、非常に恐ろしいものだった。

 いや、『あやかし』となった獪岳が無駄に邪悪な顔つきなのは彼の責任ではないのだが、しかしそれを差し引いても、眉を顰め、明らかに善逸を睨みつけているのがわかる。

 

「あ、兄……貴?」

 

「……おいおい、善逸よォ。教えてくれよ、誰に許可をもらって『漆ノ型』なんてつけたんだ?」

 

「え、えええ?! いや、爺ちゃんに許可は――」

 

「あんの爺ィィィッ!!」

 

 善逸の言葉にも被る勢いで、獪岳がキレた。

 今までは、素の性格がどれだけ歪んでいたとしても、それでも彼は師である桑島慈悟郎のことは"桑島先生"と呼んでいたはずなのだ。

 それが、突然の爺呼ばわりである。善逸は腰が抜けるかと思った。

 

 そのとき、叫び声につられた鬼が二人めがけて襲い掛かってきたのだが――。

 

 

  『雷の呼吸 漆ノ型 土雷神(つちいかずちのかみ)』

 

 

 鬼たちは、地面から突如として現れた強大な雷の刃に貫かれ、反応すらできずにその頸を飛ばされる。

 どさり、と鬼の頭が廊下へと落ちる音が響く。この途方もなく広い迷宮は妙に静かで、鬼の頭がごろごろと転がる音だけが、やけに大きく響きわたる。

 

 そんな静けさの中、善逸はどうにか口を動かして。

 冷や汗とともに、言葉を紡ぐ。

 

「あ……兄貴も、その……『漆ノ型』を作ってたんだね……はは、すごいじゃん、名前もほとんど一緒だね……」

 

 善逸はようやく理解した。

 自分は、兄弟子がすでに『漆ノ型』を編み出していたにも関わらず、あとから作った技に『漆ノ型』の名を与えてしまったのだ。しかも、師のお墨付きで。

 更にはさすが兄弟弟子と言うべきか、日本神話を元にした命名までが丸被りだ。びっくりするほどにタチの悪い被り方だ。これは明らかに、やばい。

 

 善逸は、命の危機を感じた。

 恐ろしさで気絶しなかったのは、命の危機しか感じなかったギョロ目大魔王による修行の成果にほかならない。

 

「善逸よぉ。まあ待てよ、随分と焦った顔をしやがって、まさか逃げようなんて考えちゃいねえよなぁ。善逸」

 

(に、逃げてえよお……)

 

「喜べ。テメェよか俺の方が、多くの鬼を刈るところを見せてやる。そうすりゃ耄碌した桑島先生も正気を取り戻すだろうさ。なァ? 漆ノ型を編み出した最速の剣士、善逸さんよぉ」

 

「ひぃ、ひぃぃぃぃい……」

 

 それだけ言うと、獪岳は再びのしのしと廊下を進んでいく。

 それは先ほどの「俺についてこい」などという優しいものではなく、「カスが俺の視界に入ったら殺す」というような、殺気を孕んだ背中だった。

 

 善逸はただただ、全身を冷や汗で濡らしながら。

 恐怖とともに、獪岳の背を追いかける。

 

(やっぱり兄貴のところなんて来なきゃよかったよぉぉっ!!)

 

 それが今の善逸の、実に正直な心の叫びである。

 

 

  ◇  ◇  ◇

 

 

「竈門炭治郎、そういえば先日小耳に挟んだのだが……刀鍛冶の里では、甘露寺ともだいぶ親しくなったようじゃないか」

 

「はい、甘露寺さんにはとてもよくしてもらいました。俺というよりも、禰豆子がですけど」

 

「私、蜜璃さんとは、一緒に温泉に、入ったよ!」

 

「……甘露寺も、女の子の友達が増えたと、とても嬉しそうにはしゃいでいた。竈門禰豆子、俺はお前を認めよう」

 

 炭治郎は今、共に落下した禰豆子、そしてたまたま近い場所に着地をしていた蛇柱・伊黒小芭内とともに、無限城の内部を駆けていた。

 伊黒小芭内。

 彼は鋼柱(はがねばしら)・錆兎、炎柱・杏寿郎とは一種の兄弟弟子のような仲であり、御霊矢花枝(みたまや かえ)とも縁のある人物だ。それだけで彼は、炭治郎にとって「信頼に足る人物」だった。

 柱稽古で直接鍛えてもらったこともあるため初対面でこそないものの、炭治郎はすぐに合格となったので、その時はこうして個人的な会話を交わす機会がなかったのだ。

 もっとも、現状はとてもではないが雑談を楽しむ状況ではないけれど、それでも自己紹介を交わし、互いに言葉を交わしていればだいぶ心は落ち着いている。

 

「それにしても、伊黒さんの太刀筋は本当に凄いですね。生きているように動いて、全く軌道が読めません」

 

「それが『蛇の呼吸』だ。貴様も覚えたいか? 花枝の血族である貴様には教えてやってもいいが、残念だがこの状況では難しいな」

 

「伊黒さん、お話しながらでも、強いねっ」

 

 三人で言葉を交わしながらも、入り組んだ迷宮内を駆けていく。彼らの最終目的は鬼舞辻無惨だが、今はまず、他の隊士――特に甘露寺蜜璃との合流を目指していた。

 炭治郎や禰豆子が出るまでもなく、次々と現れる鬼の頸は小芭内が瞬時に刈っていくため、ここまでの道のりは非常に順調に思えた。

 そう。ここまでは。

 

 

 ――無限城。

 

 ここにはいま、日本中に潜んでいたはずの鬼がかき集められている。

 全ての鬼たちが無惨に血を与えられ、一体一体が少なくとも下弦の鬼程度の力を持つ、強力な鬼と化していた。

 だが、鬼殺隊の勇士たちにとって、真に警戒すべき鬼はそのような雑多な鬼ではない。

 

 警戒すべきは、上弦。

 

 すでに、妓夫太郎・堕姫・玉壺・半天狗・そして童磨といった上弦の鬼たちが倒されている。

 けれど、まだこの無限城のどこかに、いるはずなのだ。

 上弦の参。

 上弦の壱。

 それらの位を冠していたはずの鬼たちが。

 

 

 そして――それは来た。

 

 

「な、地震? いや、違う……伊黒さん、これはっ」

 

「炭治郎、禰豆子。気をつけろ。来るぞ」

 

 炭治郎たちの進む廊下が大きく揺れ出した。かと思えば、どこからか巨大な破壊音が響きわたる。

 はじめは遠くで何かが戦っているのかとも思った。次に、大きな地震が発生したのかと思った。

 けれど、違う。

 

 炭治郎たちは音の出所を確信し、三人が同時に天井を見上げる。

 すると、その天井を突き破る形で、それは現れた。

 

「久しいなぁ、竈門炭治郎。杏寿郎に守られていただけの弱者が、あのときはよくも好きに俺を罵ってくれたものだ」

 

「あ、猗窩座……ッ!」

 

「ほう。こいつが猗窩座か。よくもまあ、杏寿郎をあそこまで痛めつけてくれたものだ。どう落とし前をつけてやろうか」

 

 その顔を見た炭治郎は、すぐさま日輪刀を構え、常中させていた水の呼吸から、日の呼吸へと切り替える。

 炭治郎の叫びを聞いた小芭内もまた、即座にそれが杏寿郎を死の淵へと送った下手人であることを察したようだ。殺意の籠もった視線を向けて、日輪刀をゆらりと揺らす。

 二人とも、その身につけた呼吸とともに体温が上がっていく。身体に限界を超えるほどの生命の濁流が迸る。

 

「お兄ちゃん、伊黒さん、気をつけて、そいつ……鬼舞辻無惨の血が、ものすごく……ものすごく、濃くなってる!」

 

 そして禰豆子が、二人の横に並んで構えている。

 

 この日。

 上弦の鬼――猗窩座の討伐任務が、この瞬間、この場所で。

 

 その幕をあげた。

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