「炭治郎、驚いたぞ。貴様は見違えるほどに強くなった」
「猗窩座……!」
猗窩座。その瞳にはいま、死んだ童磨に代わり『上弦 弐』の文字が映り込んでいる。
無限城を破壊してまっすぐに炭治郎へと向けて襲来してきたのは、無限列車にて煉獄杏寿郎と死闘を演じた上弦の鬼だった。
それがいま、ほかの何ものをも視界に入れず、炭治郎だけを標的にして向かってきている。
出会い頭の、猛烈な破壊の乱撃。
炭治郎は日の呼吸を切らさず、どうにか猗窩座の攻撃をいなしたものの、それは非常に強力なものだった。
この上弦は、今の炭治郎よりも遙かに――強い。
「はぁ、はぁ……猗窩座ァ! お前は、お前だけは……!」
「お兄ちゃん……!」
初撃を耐えきった炭治郎の前へと躍り出たのは禰豆子だ。
禰豆子はその不死の身を盾にするかの如く、猗窩座の前で両手を広げ、立ち向かう。
だが――。
「鬼の娘。貴様は退いていろ!」
「ぎゃっ」
一瞬だけ、表情をなくした猗窩座が。
目にも留まらぬ疾さの蹴りを放ち、禰豆子を吹き飛ばす。禰豆子は真横へ真っ直ぐに吹き飛び、何枚もの壁を突き破った先の吹き抜けから、そのまま無限城の奈落へと落ちていく。
「禰豆子ぉぉぉお!!」
「よそ見をするな、炭治郎」
続いて、禰豆子を追いかけようとした炭治郎へと向けて複数の破壊の力が打ち出されるが――しかし。
その破壊の力は、空中を滑るかの如き蛇の幻影とともに、全てが斬り落とされた。
『蛇の呼吸 壱ノ型 委蛇斬り』
まるで生きているかのような太刀筋で猗窩座の放った攻撃を切り落としたのは、蛇柱・伊黒小芭内、その人だ。
猗窩座はゆっくりと小芭内へと顔を向けると、見定めるようにその姿を見てから。
そちらへ向けて、愉しげに声をかける。
「そちらの男もすばらしい練度だ。柱か? なんの柱だ? 俺は強い者が好きだ。名は何という?」
「貴様に名乗る名などない」
「伊黒さん、気をつけて下さい! 猗窩座は何らかの力で周囲の動きに反応しているんです!」
「わかっているが名前を呼ぶな、炭治郎」
「そうか、伊黒というのか! 伊黒、お前も鬼にならないか?」
「なるわけがないだろう。貴様、頭が狂っているのか? さてはもうすでに脳が腐っているな?」
小芭内が、いきなり相手に名を教えてしまった炭治郎へとむけて不満げな視線を向ける。炭治郎も一瞬だけ「しまった」という顔で口をつぐむが、しかし遅い。
もっとも、猗窩座に名を知られたところでしつこく勧誘を受けるだけなので、炭治郎は自分の失態をなかったことにして、猗窩座へと日輪刀を振るう。
高所から落ちてしまった禰豆子も心配だが、禰豆子の身体能力と回復力ならば、絶対に大丈夫だと、強く信じて。
日の呼吸と蛇の呼吸が入り乱れ、猗窩座の腕を、胴を斬り払う。
だが、決して優勢ではない。
小芭内が繰り出す複雑な軌道の斬撃は猗窩座に手傷を負わせているというのに、炭治郎の攻撃は何故だか的確に回避されており、炭治郎だけが一方的に傷と疲れを蓄積していった。
攻撃が当たらない。ヒノカミ神楽が読み切られている。このようにことごとくを避けられては、いくら強力無比を誇る日の呼吸のヒノカミ神楽と言えど、意味がない。
何かしらの絡繰がそこにあるはずだ。
だのに、炭治郎にはそれがわからない。
「はぁ、はぁ、せめて赫刀にできれば……!」
「落ち着け竈門炭治郎。戦いの最中に心を焦らせるのはなんの意味も持たぬ愚策だ。前を見ろ。ここに存在する敵をよく視ろ。集中するんだ」
「は、はい!」
禰豆子がいない今、炭治郎の刀は赫くならない。
日輪刀は熱で赫くなることはすでに判明している。それに必要なのは、超常的な握力や衝撃、あるいは『爆血』のような炎である。
それがない今、炭治郎は効果的な斬撃を猗窩座へと放つことが出来ないでいた。
伊黒が炭治郎を庇うように戦い続け、炭治郎が隙を視て日の呼吸で斬りかかる。
「二人とも、すばらしい強さだ!」
一方、猗窩座は切り刻まれた肉体を再生させ続け、炭治郎たちに手傷を負わせていく。
胡蝶しのぶからは、いざとなれば浄化の薬『トキジク』を鬼に注入すれば隙ができると言われていたが、とてもではないがそんな余裕はない。そもそも、刀で切りつけることすら難しい。
「鬼になれ! 炭治郎、伊黒! 鬼になれば、貴様等も永遠の時間で己を高められるのだぞ!」
「猗窩座! 俺たちは、何があろうと鬼舞辻無惨には屈しない! 頭を垂れることはない!」
「炭治郎の言う通りだ。そもそもなんなんだ貴様は、出会い頭に鬼へと勧誘するとは。それとも上弦というものは皆、お前のように頭がどうかしている鬼ばかりなのか?」
床が爆発するほどの衝撃で、猗窩座は一度、炭治郎たちから距離をとる。
「……残念だ。鬼にならぬというのならば、俺は本気でお前等を屠らねばならない!」
この猗窩座という鬼は非常によく喋る鬼だが、しかしそれでも、その殺意は本物だった。
徒手空拳の構えを見せる猗窩座の足下に、極大の『破壊殺』の羅針が広がっていく。
「今日ばかりは、悠長に戦いを愉しむことは許されていないのだ。実に惜しいが、この一撃で死んでくれ。さらばだ、炭治郎! 伊黒!」
『破壊殺 滅式』
「伊黒さん、あれはまずい!」
「……っ!」
ぞわり、と。炭治郎の背に寒気が走る。
過去、杏寿郎との戦いにおいて、この技は杏寿郎の奥義『煉獄』とぶつかり、途轍もない衝撃を生み出した技である。
その一撃に込められた威力は強力無比であり、まともに食らってしまえば、炭治郎はおろか、柱である伊黒とて無事では済まないだろう。
(この技は絶対に食らっては駄目だ……!)
炭治郎は、己の鼓動を跳ね上げる。体温が急激に上昇し、その顔には不思議な痣が現れる。横では同じく、痣を浮かべた伊黒が来るべき攻撃を相殺すべく刃を構えている。
痣者。それは人間の寿命と引き替えに、その身体能力を人外の域まで跳ね上げた者たち。
鬼殺隊は、柱たちは、すでにこの痣の出し方を識っていた。この決戦に向けて、全員がその身体に痣を出すすべを学んでいた。
だが、その上でなお。
猗窩座の『滅式』は。途方もない威力で炭治郎たちへと降りかかり――。
『炎の呼吸 玖ノ型 煉獄』
炎が、爆発した。
なにが起きたのか、炭治郎にはわからなかった。ただ、猗窩座の攻撃を、巨大な炎の竜が食らいつくしたような――そんな幻覚じみた光景だけが、炭治郎の視界に映り。
そして、炭治郎はその衝撃で、背後の壁まで吹きとばされた。
「大丈夫か、炭治郎。俺は見ての通り大丈夫だが、貴様は受け身を失敗したようだな」
「い、伊黒……さん。俺は、大丈夫です、けど」
炭治郎が、全身の痛みを堪えて上体を起こす。
伊黒もまた同じように吹き飛ばされたはずだが、身体さばきでその衝撃を逃がしていたのだろう。多少の疲れはありそうだが、それでも無事な伊黒の姿があった。
そして、炭治郎が顔をあげると、そこには。
「すまない。巻き添えで吹き飛ばしてしまったな、竈門少年――いや、炭治郎! そしてよく炭治郎を守ってくれた、小芭内!」
炎を纏う羽織が、爆炎に揺れていた。
赤と黄色の髪に、炎を模したような羽織。その額からは、鋭く長い角が生えている。
炭治郎はその背を知っていた。この景色を知っていた。何度も、何度も繰り返し夢で見た、自分を守り鬼に立ち向かう背中だ。
その名も、煉獄杏寿郎。
『あやかし』となり目覚めた彼が、そこにいた。
「……杏寿郎。貴様、いつまで眠っていたのだ。寝過ぎるにも程があるだろう」
「すまん!」
「き、貴様、杏寿郎……だと!?」
炭治郎たちはそれでも、鬼舞辻無惨に立ち向かう彼の姿を見ていたために、驚きそのものは少ない。むしろ、杏寿郎の姿に一番の驚愕を見せたのは敵である猗窩座である。
無限列車での戦いで、猗窩座は結局最後は杏寿郎を鬼にすることを諦め、その命を奪うべくその胸に風穴をあけたのだ。
その杏寿郎が生きており、しかも『鬼』の角を生やして目の前にいるのだから、その驚きは無理もないだろう。
彼は一度『破壊殺』の羅針を収め、驚愕の表情で杏寿郎へと話しかける。
「そうか、そうか! お前も鬼になっていたのだな! 喜ばしい、喜ばしいことだ杏寿郎! ならばこれからは共に至高を目指そうではないか!」
「断る。それに俺は鬼ではなく『あやかし』だ。お前たちのような人喰い鬼と一緒にされたくはない」
「ふふ、ははは! 名などどうでもいい! 杏寿郎、不死となったならば、俺と共に力を高め合おう! そして、いつの日か弱者を――」
斬。
杏寿郎へと向けて両手を広げて喜ぶ猗窩座の両腕が吹き飛んだ。頸が切り裂かれ、あわや切断かというところで、猗窩座は信じられないという顔のまま後ろへ飛ぶ。
その腕は、すぐには再生しない。
苦痛に呻く猗窩座と杏寿郎が、距離をあけて睨み合う。
「杏寿郎! 貴様……っ!!」
「猗窩座。君もどうやら以前よりも強くなったようだが、何があった?」
「わかってくれるか杏寿郎! 上弦が大きく減った今、この戦いの前に、あのお方が更なる大量の血を与えてくれたのだ! もはや以前の俺とは強さの次元が違うはずだ!」
嬉々として語る猗窩座に対し、杏寿郎の瞳はしらけたものだ。その瞳は間違いなく、落胆の色を宿している。
「君はそれで良かったのか?」
「なに……?」
「猗窩座。君は……強さとは何か、考えたことはあるか?」
杏寿郎は日輪刀を構えたまま、しかし静かに、猗窩座へと語りかける。
「俺は確かに人ならざる『あやかし』となり、肉体的には強くなっただろう。だが、俺が真の意味で強くなったとするならば、偉大なる先人たちの教えがあったからだ」
杏寿郎は、静かに。語るように猗窩座へと向けて言葉を紡ぐ。
彼の脳裏には、様々な先人たちの姿がよぎっている。偉大な父、槇寿郎。
「俺は、彼らから多くのものを学び、受け継いだからこそ、こうして強く在れるのだ。人としての成長を捨て、与えられた血で喜んでいる君には、わかるまい」
「杏寿郎。貴様は相変わらず、癇に障る戯れ言を言うのだな……!」
「わからないならば、いい。さあ猗窩座、あの日の続きをしよう。俺たちが君の頸を斬るまで、な」
杏寿郎の日輪刀は、赫く燃えていた。
禰豆子の『爆血』とも違う。それよりもっと熱く、静かな。彼の心を映し出すような、緋色の炎を纏っていた。
「あれが、煉獄さんの……血鬼術……」
手負いの猗窩座から視線をはずさないままに。
杏寿郎は、背後にいる炭治郎と小芭内の二人へと、語りかける。
「小芭内。君は、"視える"ようにはなったか?」
「もちろんだ。貴様が眠ってから、槇寿郎さんの実戦訓練はより苛烈になった。そのお陰で、色々なものが視えるようになったがな。恨むぞ杏寿郎」
「ならばよし! 炭治郎。俺と小芭内の戦いを見るといい。いいか、集中し、よく"視る"んだ!」
そうして、猗窩座へと構える杏寿郎のその背中は。
いつか炭治郎が夢に見た、日輪の耳飾りをつけた侍に、どこか――似ていた。
◆ ◆ ◆
――それは、思いもよらぬ邂逅だった。
「……
「悲鳴嶼……さん」
鬼を切り倒しながら進んでいく獪岳と善逸は、とある広間へとたどり着いた。
そして、その場に先に訪れていたのが、鬼殺隊岩柱・悲鳴嶼行冥である。
その行冥と獪岳が、互いの存在に気付いて。
張りつめた空気と共に、足をとめた。
「え? 岩柱、やっぱり兄貴と知り合い……」
「善逸、退いてな」
「あ……」
善逸は当然、柱稽古にて岩柱とは面識がある。
その特訓はとにかく死ぬほどに厳しかったものの、岩柱である行冥本人は非常に器が大きく、まさに文字通り、揺るがぬ大岩のような印象をうける人物だった。何ごとにも動じない精神の持ち主なのだと思っていた。
それが、今は、別人のように感情を乱している。
怒りとも悲しみとも言えない音が、行冥の中から湧き上がってくるのがわかる。
そしてそれは、兄弟子である獪岳も同様だ。
善逸が何も言えず、二人を見つめている間にも。
行冥と獪岳は向き合い――言葉を交わす。
「獪岳。私はあの日、多くのものを失った」
「知っている」
行冥の心は泣いていた。
「お前の行いによって、未来があったはずのあの子たちが、死んだ」
「知っている」
獪岳の心もまた、深い闇へと沈んでいた。
「何か、申し開きはあるか?」
「……ない」
それだけ。
獪岳はそれだけ言うと、口を閉ざす。
沈黙の中で、善逸にだけは聞こえていた。行冥の心の中の、激しく、狂おしい音が。徐々に、激情の波が押し寄せてくる音が。
行冥はいつものように涙を流しているが、それが途方もない情念の込められた涙だということに、善逸だけが気づいていた。
「それだけか? 獪岳よ。お前は、お前は……!」
行冥が、怒りのままに鉄球に繋がる鎖を握りしめる。
獪岳もまた、日輪刀を構える。
善逸にもわかる。獪岳は『決して許されざること』をしてしまったのだ。それによって、行冥にとって大切な者たちの命が、失われたのだ。
きっと獪岳は。それでもなお、自身が生き残ることを選んだのだ。
「殺しはせん。だが、獪岳、今すぐに我らの前から消えるがいい! 今の鬼殺隊に、いつ寝返るかもわからぬ獅子身中の虫はいらぬ!」
「それは、できねえ」
「ならば……!」
目の前では、今にも行冥と獪岳が互いに矛を向けようとしている。
かたや家族のように暮らしていた子供たちの無念を晴らすため。かたや託された願いを果たすべく、何があろうと生き残るため。
それを感じた瞬間、善逸の脚は前へと駆け出ていた。
「ま、待ってください! 岩柱!」
がくがくと震えのとまらぬ身体で、善逸は岩柱の前に立つ。
いかに行冥が荒々しい感情の波に晒されていようと、彼とて鬼殺隊士である善逸を手にかけるつもりなどはない。
振りかぶった鎖鉄球に込めた力を緩め、彼はその見えぬ瞳で善逸を見つめる。
「兄貴は鬼じゃない! 鬼じゃないんです! そりゃこの人の性格は最低です! 過去に決して許されないことをしでかしたっていうのも、話を聞いていればわかります!」
善逸は、心臓が破裂しそうだった。
目の前にいるのは人喰いの鬼ではない。本来ならば上官であるはずの、自分が従うべき相手であるはずの、岩柱である。
いま、その行冥に立ちはだかり獪岳を擁護するということが、とんでもないことなのだという確信だけはあった。
「やめろ、善逸。相手は柱だ」
獪岳が冷たく言い放つ。
「やめるわけないだろうが! 柱がなんだよ! クズでも、最低でも、アンタこそが俺の尊敬する人なんだ! 特別な人なんだ! それが、昔がどうこう、謝罪がどうこうって、そんなことで否定されてたまるかよ!」
だが、善逸は喚き散らす。
「ねえ、岩柱! アンタは鬼殺隊の柱なんでしょ! だったら、だったら、わかってくれよ! なあ! 上弦を討った兄貴の努力を! 偉業を!! 兄貴がどれだけの血反吐を吐いてここまできたのか、わかれよッッ!!」
善逸は、思いの丈をぶつける。
「兄貴の努力は! 多くの人の命を、間違いなく救ったんだよッッ!!」
善逸の頬は涙で濡れていた。
これが恐怖の涙なのか、はたして別なものなのか、もう善逸自身にもわからない。
ただ、ただ、本当の気持ちを叫んだだけなのだ。
「……南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……」
静かな部屋に、岩柱の念仏だけが響く。
そして次第に、荒れ狂っていた岩柱の心の音が、怒りの叫びが。
悲しみや怒りはそのままに。けれど、静かなものへと変わっていく。
「そうだ……その通りだ、善逸。私は自身の中に燻り続けていた過去の記憶に振り回され、今の自分自身を見失っていたようだ」
行冥は構えていた鎖鉄球を下ろし、善逸の肩に手をあてる。
「鬼殺隊・岩柱がこのような有様では、命を懸けてまでこの状況を作り出してくださった、お館様に会わせる顔もない」
その巨大でごつごつした手は、しかし。とても穏やかなものだった。
行冥は再び、獪岳へと顔を向ける。
「すまなかった、獪岳よ。どうかもう一度……話をしよう。あの頃のように」
「……」
けれど獪岳は、視線を逸らす。
大切な仲間を喪う悲しみを知ってしまった獪岳は、悲鳴嶼の顔を見られない。
「上弦の弐を屠ったその実力。あの弱かった子供がそこに至るまでの道のりは、ただならぬ努力と苦難の道だったはず」
「悲鳴嶼さん、違うんだ、俺は……」
「獪岳」
獪岳が何かを言おうとするが、行冥は声をかぶせるようにして。
獪岳の名を、改めて呼ぶ。
「全てが終わったら、あの子らの墓参りに行くぞ。お前も共に来るのだ。そこで、お前のことを聞かせてくれ」
「……ああ。わかったよ。約束だ」
約束が、交わされた。
そこには、憎しみはない。互いに言いたいことはある。心に残ったしこりはある。
それでも、行冥と獪岳は、互いにこの戦いを終わらせることを誓い合ったのだと。
善逸は、安堵の息を吐く。
――だが、それはたったひとときの安堵だった。
「残念だが。貴様等の約束は……果たされることは、ない」
「え?」
『月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮』
善逸の耳に届いたのは、幾つもの三日月を纏う斬撃が、空気を激しく切り裂く音だった。
いや、その音が聞こえたときにはもう、善逸の身体は強い力で弾き飛ばされていた。
「本当に……とろくさくて嫌になるぜ、このカスが」
全身を打ち付ける衝撃に善逸が目を開くと、そこには。
左の肘から先を失い、鮮血を吹き上げる悲鳴嶼行冥と。
善逸を庇い。
その身体を幾つもの刃でずたずたに切り裂かれ、目も当てられぬ姿と化した、兄弟子、獪岳の姿があった。