「す、すごい……」
その戦いは、異質で、どこか美しい光景だった。
猗窩座の目にも留まらぬ速さの拳に、蹴りに、杏寿郎と小芭内の二人は完全に対応し、更にはそれぞれが互いの動きを理解しているかのように攻撃を合わせていく。凄まじい密度の剣戟だというのに、杏寿郎と小芭内の攻撃はぶつかりもせず、予め用意されていたかの如き連撃が繋がっていく。
燃えさかる杏寿郎の日輪刀と、小芭内の曲がりくねった日輪刀が、美しい軌跡を描き続ける。
それは決して、阿吽の呼吸などという言葉では説明ができないほどの連携だった。杏寿郎も、小芭内も。互いの全ての動きが、予めわかっているようだった。
一方、先ほどまでは炭治郎の攻撃を全て先読みしていたはずの猗窩座は、杏寿郎と小芭内の終わりなき連撃を避けきれていない。確実に、その不死身の身体に傷を負い続けていく。
この人たちは、自分と何が違うのか。
その壁を乗り越えようと、答えを見つけようと。炭治郎は瞬きすら惜しみながら、その戦いを見つめている。
ドン、と床が弾け飛び。
苦しげな表情を浮かべた猗窩座が一度距離をとり、じりじりと二人と睨み合う。
「炭治郎。君は敵の身体が透けて見えたことはないか?」
そんな中、決して猗窩座から目を離さないままに杏寿郎が炭治郎たちへと声をかける。
小芭内は黙ったまま、猗窩座を牽制しているようだった。
「あります! 上弦の肆を倒すときに、間違いなく鬼の体内が視えました」
「ならば、あと一歩だな。集中だ」
炭治郎も目の前の二人の柱同様に、杏寿郎の父、槇寿郎の教えを受けている。
その教えの中に、それを示す言葉はあったのだ。集中すれば、いつしか相手の体内までもが覗き見えるようになる、と。
そしてその教えは着実に、炭治郎の世界に浸透しつつあった。
「全てが透き通る世界。それが、鍛錬の先にあるものだ。集中し、雑念をすてること。怒りも、欲も、全て捨て、心を研ぎ澄ました先の世界だ」
再び杏寿郎が駆け、一閃の刃を振るう。
同時に猗窩座も、そして小芭内も動き、再び彼らの演舞が開始される。
だが、猗窩座もいまの杏寿郎の言葉を聞いていた。だからこそ、口を挟まずにはいられない。
「杏寿郎! 貴様、まさかすでに至高の領域に至ったというのか……!?」
「これが至高かどうかはわからん。だが猗窩座。戦いを通じ、わかったことがある。君は常に迷いながら戦っているだろう」
杏寿郎の炎が、激しく輝いている。
その刃は熱されて、赫く、赫く、色づいている。
「これだけ何度も拳と刃を交えていればわかろうと言うものだ。君は明らかに――」
「黙れ! 黙れ杏寿郎! つまらぬ御託はいらん!! 貴様が至高に至ったというならば、俺も共に上り詰めるまでのこと!」
「やれやれ、強情だな!」
炭治郎の前で、強者たちの戦いは続く。
地面に『破壊殺』の羅針が広がるが、杏寿郎はその後の攻撃を最小限の負傷で受け流すと、まるで流れるような動きで猗窩座の腕を切る。
小芭内はまるで気配を消したかのように猗窩座の背後に回り込み、杏寿郎の動きに合わせ、ぬるりと猗窩座の身体へ刃を通していく。
彼らの動きはとても自然で、まるでそこに、ただ一つの『流れ』がある気がした。
その時だ。
不意に、元からそこにあったものに、いま初めて気がついたような。
そんな不思議な感覚が、炭治郎を襲った。
そして。
気づけば、炭治郎にも、それが"視え"ていた。
「どうやら、炭治郎。貴様にも視え始めたようだな。このまま視えないようなら、どうしてくれようかと思ったぞ」
「……はい、伊黒さん。猗窩座の身体が――筋肉が、血流が、骨が。次に何をするのか、どこに力を入れているのか、俺にも、視えてきました」
猗窩座。杏寿郎。伊黒。そんな強者たちの、演舞のような戦いは。
急激に――炭治郎の素質を引き上げていく。
◇ ◇ ◇
「うむ。さすがに、上弦の参――いや、今は上弦の弐か。そう簡単に勝たせてはもらえないな」
「当然だ。貴様らと俺では、武に捧げてきた長さが違うのだからな。それにどうやら俺のほうが再生力も上のようだ。伊黒などは、そろそろ限界ではないのか?」
戦闘機による爆撃の最中で戦うような激しい戦いだ。全員が血塗れで。苦しげだ。
特に、再生能力を持たぬ人間の小芭内は血にまみれている。どうにか両手で刀を握れてはいるが、とてもではないが無事とは言えぬ有様で、もはや命があるのが不思議なくらいの重傷に見える。
「だが――猗窩座。君は忘れているようだが、ここにいるのは俺と小芭内だけではない! 炭治郎。君も、戦えるな?」
ドクン、と。
炭治郎の鼓動が速まっていく。
あの日、炎に照らされた杏寿郎と猗窩座の戦いを、ただ伏せて見ていただけの自分が、心の中で泣き叫んでいる。
戦え、あの人たちと並び立て、と。
「煉獄さん。俺も、猗窩座と戦います! もう、足手纏いにはなりません!」
「うむ! 実に、心強い!」
そうして、炭治郎は強者たちの横に並び、猗窩座へと向けて日輪刀を構える。
最後まで杏寿郎に守られるしかできなかった、あの日の後悔を打ち消すために。
己の弱さと向き合い続けた、あの日の悪夢を払拭するために。
透き通る世界にて。
いま、猗窩座との戦いは、佳境を迎えていた。
◆ ◆ ◆
「ほう……今宵は……塵掃除を命じられている故、今ので、皆殺すつもりだったのだが……避けたか」
「上弦の……壱!!」
左腕を失った行冥が、残された右腕で鎖に繋がれた鉄球を振るい、飛ばす。
反射的に振るわれたその鉄球は、うなりをあげ、縦横無尽に空気を切り裂いていく。
「兄貴、兄貴っ! 悲鳴嶼さんもっ!」
一方、何が起きたのかわからない善逸はとっさに、血塗れになった獪岳へと駆け寄った。
胴も、腕も。まるでずたずたに引き裂かれており、人間ならばとうに即死しているであろうその酷い状況で、しかし。
獪岳の肉体は、少しずつ、再生を始めている。
「う、るせぇぞ……善逸。お前も隊士なら、テメェの役目を思い出せ……!」
「その通りだ、善逸よ。私たちのことは構わぬ。いま見るべきは、鬼だ!」
「……っ!」
善逸はそこでようやく、気がついた。
顔を上げるまでもなく、心臓を鷲掴みにされたような感覚がある。『死』そのもののような音が、善逸に届く。
そこにいたのは、刀を構えた侍の姿をした鬼だった。
その顔には六つの異形の目がついており、そこには『上弦 壱』と刻まれている。
そして、その鬼の身体から聞こえてくる音は明らかに、全集中の『呼吸』だった。
その手に構えた刀は、まるで生き物のように、不気味な瞳が幾つもならんだ刀身をしていた。
「私は黒死牟。死にゆく貴様等が、最後に見る鬼だ……」
上弦の壱――黒死牟の声が、それだけで善逸の本能を圧する。善逸の身体から血の気が引く。
が、それと同時に、ドクン、ドクンと激しく、鼓動が動き出すのがわかる。様々な記憶が善逸の脳裏に流れていく。
修行の日々。泣きわめき、獪岳に罵られた日。獪岳に睨まれた日。獪岳に桃を投げつけられた日。そして、獪岳に命を救われた、今。
そこまで見てから、善逸は思考を放棄した。
嘆きを、恐怖を、放棄した。恐れることをやめ、その手に日輪刀を握りしめる
「しかし……柱に、鬼に、鬼の弟弟子か。兄弟ではなさそうだが、珍しい組み合わせだ……」
「上弦の壱よ。私が腕の一つを失ったところで、諦めると思ったか!」
『岩の呼吸 壱ノ型 蛇紋岩』
まるで、大砲のような勢いで、行冥は右腕だけで鎖のついた鉄球を射出する。
左腕が失われており、本来ならば同時に射出される手斧は未だ行冥の手元ではあるが、それでもなお、それは破壊兵器の如き威力を持つ一撃だ。
更に、その鉄球に隠れるように、一陣の雷が走る。
『雷の呼吸
善逸の、神速を超えた速度の一撃が。
鉄球に反応し、僅かに動いた黒死牟の頸を狙い――。
「なかなかの、疾さ」
――薄皮一枚裂くことなく、躱された。
「……だが。来ることがわかっているならば、対処は容易というもの」
気づけば、黒死牟は一瞬にして、まるで離れた箇所にいる。
彼はその速度と足さばきのみで、行冥の鉄球、そして善逸の火雷神をあっさりと回避したのである。
「う、嘘だろ……ほ、火雷神が……避け、られた……?」
「善逸! お前は死角に移動し続けよ! お前の速さはそれだけで十分に敵にとっての脅威となる!」
「は、はいっ!」
だが、呆然とする暇などない。行冥の怒声が善逸に届き、善逸はすぐさま駆けだし、黒死牟の背後をとるように駆け続ける。
黒死牟は善逸ではなく、強者である行冥へと攻撃を放っている。
三日月型の刃を纏う、何もかもを切り裂く斬撃が飛び交い、行冥の鉄鎖と激しくぶつかり合い、火花が散る。
行冥は俊敏な動きで鎖鉄球を操り続け、その動きとともに左腕の切断面からは鮮血が飛び散っていく。行冥には止血をする余裕すらない。
否、行冥と黒死牟だけではない。轟音をたてる鉄球に合わせるように、雷鳴のようにとどろく斬撃が黒死牟を襲う。
「ふむ。そちらの鬼も、雷の呼吸……か。それに、珍しい血鬼術を使う」
獪岳のつけた傷跡からは、ひび割れのような切れ目が広がっていく。彼の血鬼術は『対象に物理的な亀裂を走らせる』という、敵に回したならば凶悪極まりない代物だった。
しかし、今は残念ながら相手が悪すぎた。上弦の再生力の前では、小さなひび割れが広がりゆくより先に再生が追いつき、ひび割れは跡形もなく消え去っていく。
「ひ、めじまさん。俺が……前に出る……ぜ、あいにく、不死身になっちまったからな……!」
「……わかった。必ず勝ち、共に生きて帰ろう。約束を果たすべく、な」
行冥と獪岳の猛攻に黒死牟も少なくはない手傷を負うものの、しかしそれも一瞬のこと。瞬時に再生した黒死牟は改めて行冥たちへと向き直る。
負けじと行冥は中距離を保ち、鉄球を、手斧を、そして凄まじい硬度を保つ鎖を駆使して戦い続け、獪岳は前衛として雷の呼吸の型を息つく暇もなく連発している。
善逸もまた、行冥や獪岳の技の隙を縫い、霹靂一閃や火雷神という神速を誇る技を駆使し、黒死牟が前だけに集中することを防いでいる。
だが、それでも。
その敵は、圧倒的な実力だった。
隊士達は圧倒的な劣勢のなかで。それでもなお、呼吸を切らさずに、黒死牟の隙を探り続けていた。
◇ ◇ ◇
上弦の壱――黒死牟は、強かった。
行冥の鎖鉄球がどれだけ轟音を立てて飛び交おうと、獪岳がどれだけ雷速の剣技で斬り裂こうと、善逸がどれだけの速さで死角から強襲をかけようと。黒死牟の振るう一撃のほうが、強く、そして破壊的なのだ。
獪岳は不死身なのをいいことに前へと出て無茶な戦いをし、行冥が腕を止血する時間を稼ぐ。が、すでにその不死身の身体を幾度も切り刻まれ、回復が追いつかなくなっている。
行冥もまた、血を流しすぎたのだろう。その動きが鈍くなり、決して軽くはない裂傷を全身に帯びている。
黒死牟が持つ悍ましい刀から発せられる三日月の刃は、攻撃の後も空中を漂うように残り、幾度も三人の身体を切り刻み、血を啜る。
「お前たちの実力は、なかなかのものであった。その柱が腕を失ってさえいなければ、私も深手を受けていたやもしれん」
善逸たちが動きを止めた機を見て、黒死牟は語りはじめる。
獪岳が前に出ている隙に、行冥はその切断された腕を強く縛り止血をしてはいるものの、それまでにあまりに血を流しすぎた。
獪岳もまた、刀を手放していないことが奇跡なほどに、その身を幾度も切り刻まれている。右手で刀を構えているが、肩から千切れた左腕は未だ再生できていない。
「さ……すがに、上弦の壱を名乗るだけのことはある。童磨みてぇに油断もしやがらねェ……!」
「獪岳、善逸。上弦とはいえ必ず隙はある。諦めてはならぬ!」
行冥は己の血が流れ出ることも厭わずに、仁王像のように力強く立ち、獪岳と善逸にその背を見せつける。
彼は戦いの中でいつしか、その腕にまるで巨大な罅割れのような痣を浮かび上がらせていた。その浮かび出た痣は、『痣者』と呼ばれる、特殊な力の持ち主を表す紋様だ。
行冥は、その痣の力を用いて、片腕のまま戦い続けていたのだ。
だが皮肉にも、極限まで高められた脈動が、彼の出血に歯止めを利かなくさせた。
すでに行冥が戦っていた跡には、幾つもの大きな血溜まりができている。
「痣者か。しかし……哀れなことだが……いや、所詮貴様はここで死ぬ運命。さほど関係の無いことか」
「……ほう。上弦の壱は、痣について何かを知っているようだな」
行冥は、痣を見せつけるようにして鎖を握った右腕をあげ、黒死牟へと不敵な笑みを浮かべる。
それはまるで、命の火が消えかけている行冥が。ようやく、黒死牟の心の隙を見つけたとでも言うかのように。
「『痣者は二十五歳まで生きられぬ』だったか? 我々はもう、そのような呪いは克服しているぞ!」
「なに……貴様、それは――」
ドン、という銃声が響き渡る。
それと同時に、行冥の鎖鉄球が横薙ぎに振るわれ、二つの雷鳴が交差する。
その全てを斬り払い潜り抜けた黒死牟へと、突如出現した巨大な樹木が巻き付いた。唐突な拘束に黒死牟が反応し、樹木を斬り裂くまでのその一瞬を逃さず、局所的な嵐が巻き起こり。そしてひとつの斬撃が、黒死牟の胸を大きく斬り裂いた。
そこまでして、ようやく。
この戦いにおいて初めて黒死牟が足を踏み留め、鮮血とともに背後へ下がった。
たったいま出現した嵐と、樹木。それは新たな援軍の力である。
「悲鳴嶼さん、俺が時間を稼ぐ! あんたは例の薬――『トキジク』を使えェ! 玄弥は約束通り、死んでも敵の攻撃範囲に近づくんじゃねェぞ!!」
「わかったよ、兄ちゃん!!」
風柱・不死川実弥。そしてその弟である『半・あやかし』の少年、不死川玄弥。
心強い味方二人が、この上弦の壱との戦いに参戦した。
更に――。
「吾妻隊士。足をとめないで、動き続けて。俺たちは死角から狙い続ける」
「っ、霞柱! ああ!」
善逸の横に、文字通り霞のように現れたのは霞柱・時透無一郎。
彼は文字通り霞の如く気配を消し、死角から黒死牟の隙を狙い続けている。
行冥。獪岳。善逸。実弥。玄弥。そして無一郎。
今ここに、六人の鬼狩りたちによる黒死牟包囲網が、完成した。
「鬼狩り。いつの世も……身の程を知らぬ、ものだ」
上弦の壱は――黒死牟は、知らない。
この戦いを。この死闘を。戦い続ける彼の姿を。
生と死の狭間の世界から、静かに見つめている存在がいることを。
◆ ◆ ◆
――同時刻、某所。
ここでは、無限城での最終決戦の行方を担う、もう一つの戦いが繰り広げられていた。
明かりに照らされた室内に並べられた卓上には、多くの紙が広げられている。それらは、無限城の見取り図だ。
「胡蝶しのぶ率いる医療部隊が上弦の伍、上弦の陸を名乗る鬼と立て続けに遭遇。途中合流した栗花落カナヲ、嘴平伊之助とともに応戦し、両上弦を討伐いたしました。医療部隊に死者は出ていません」
「宇髄天元を中心に『トキジク』による鬼たちの制圧は進んでいます。天元は新たな上弦の肆とも遭遇しましたが、難なく撃破」
「上弦といえど、下位の数字は急造のようだな。真に警戒すべきは百年以上君臨し続けた上弦だが、そちらはどうだ?」
「猗窩座は現在、煉獄杏寿郎、伊黒小芭内、竈門炭治郎の三名が交戦中です」
その見取り図を描き続け、無限城で戦い続ける隊士たちへと指示を送り続けているのは、産屋敷耀哉から鬼殺隊を引き継いだ若き当主・産屋敷輝利哉と、彼の四人の姉妹たちである。
彼らはこの戦いのはじめからずっと、愈史郎の造りだした血鬼術の符を額に貼り付けることで、数多の鎹鴉と情報を共有し、全ての隊士を動かし続けていた。
これは、この国の未来を担う、大きな一つの『戦い』だ。
「はぐれた禰豆子はどうなっている」
「まもなく戻ります」
「ならいい。援軍は不要。彼らならば必ず勝利する」
輝利哉の判断が、無限城で戦う隊士たちの命を握っている。時には隊士の命を天秤にかけねばならない。
彼らにできるのは、送り込んだ隊士たちの勝利を祈ることだけである。
「輝利哉様。上弦の壱は如何しますか」
「すでに行冥、獪岳、善逸に加え、実弥、玄弥、無一郎がいる。十分すぎる戦力だ。問題は琵琶女だが……」
「輝利哉様ッ! 珠世殿、愈史郎殿、朱紗丸殿の三名が、甘露寺蜜璃と相対しています! 互いに面識がないため、一触即発の状態です!」
輝利哉の元には、次々と報告が飛び交う。
その中でも特に重要な報告はやはり、上弦の鬼、鬼殺隊、そして柱についての情報だ。そしてたった今入ってきた報告は、輝利哉にとって実に頭の痛い内容であった。
味方陣営の『あやかし』。獪岳や玄弥、そして禰豆子はそれぞれが縁のある鬼殺隊士と行動しているため、何も知らぬ隊士に鬼と間違われ攻撃される危険はないだろう。
だが、問題は完全に独立して動いている珠世たちだった。
鬼と区別をつけるのが難しい彼女らと隊士との遭遇は、可能ならば避けたかった。よりによってそれが、珠世らを殺しうる力を持つ『柱』との遭遇ともなれば、そこには最悪の展開もありうるのだ。
「くそっ! 彼女らは面識がないのか……! 急ぎ、その場の鎹鴉に命じ、恋柱が不要な戦闘を仕掛けぬよう――」
「あ! いま、朱紗丸殿が甘露寺蜜璃の目の前で饅頭を丸ごと食べることで、あやかしであることを証明しました! 以降は同行するようです!」
「…………そう……か」
一瞬だけ、輝利哉は表情を失うが、しかしすぐに真剣な表情へと戻り、指示を伝える。
「ならば鎹鴉に、蜜璃、そして珠世殿たちを、琵琶女の元へと案内させよ! 琵琶女の攻略こそが、この戦いの運命を握る!」
「はい!」
そこまで指示を出し終えると。
数秒だけ。
ほんの、数秒だけ。
輝利哉の意識は、この部屋の周囲へと向けられた。
襖の外では、二人の元柱が護衛として外を見張っているはずだ。元水柱は年老いてもなおその力は優れている。そして元炎柱は、この戦いに先んじて、その身を削り、何よりも重大な役を負ってくれた人物だ。
次に、輝利哉は襖で仕切られた隣室へと意識を向ける。
そこには今、元柱である胡蝶カナエの指示のもと、隊士ですらない三人の少女たちまでもが戦ってくれている。
そこで行われているのは、命を救う戦いだ。
最終局面。
すう、と輝利哉は息を吐き、断言する。
「残りの柱は、全て鬼舞辻無惨の元へと向かわせよ。まもなく、無限城は消滅する」