ドン、ドン、と。
破壊の力が飛び交う戦場を穿つべく、銃声が繰り返される。
不死川玄弥がその手に持つ銃から撃ち出す銃弾は、玄弥の操る血鬼術の種となっている。弾丸が着弾さえすればそこから対象の力を吸い取り、自身の糧として成長する。
だが、実弥、
「くそ、動きが速くて狙いが定まらねえ……!!」
「玄弥ァ! 無駄撃ちすんじゃねェ! 俺等が絶対に隙を作るから、それを落ち着いて待ちやがれェ!!」
黒死牟の斬撃が数多の三日月の刃を発生させるならば、風の呼吸の型を極めた実弥の斬撃は、まるでそれが一つの嵐であるかのような、暴風を纏う剣術だ。
三日月を掻い潜り、時にはあえて斬撃に身を晒しながらも攻め続ける実弥の戦い方は、非常に疾く、激しい嵐のようだった。
そしてその嵐の合間には、獪岳による落雷の如き雷の呼吸の斬撃が降り注ぎ、風雷の隙間を補完するように差し込まれる無一郎による幻惑のような型の数々が、黒死牟の動きを押さえ込む。
「雷野郎! 時透! テメェら自力で赫刀は出せるか!」
「出せねえ!」
「無理です!」
「ならこれを――受けとめやがれ!!」
実弥と獪岳。互いに攻撃的な側面を持ち、お世辞にも相性がいいとは言い難い二人はしかし、互いがすでに多くの経験を重ねてきた一流の剣士でもある。
無一郎の補助があるとはいえ、風と雷の怒濤の攻撃は、すさまじいものだった。相対する敵がこの上弦の壱でさえなければ、生き残る鬼はいなかっただろうと断言できる程に。
そしてその最中――実弥の日輪刀が、強く、強く、獪岳と無一郎の日輪刀を打つ。
瞬間。三人の日輪刀は、その一瞬の衝撃により熱を持ち、赫く変わっていく。
「日輪刀を打ち据え、衝撃で同時に三本もの赫刀を生み出すか。なかなかの、技量と膂力……」
「アァッ!? テメェに褒められて嬉しかねェなぁ! 目玉野郎がよォッ!!」
赫く染まった日輪刀を奔らせ、致命の一撃を加えるべく動いたのは、実弥だった。黒死牟の隙をつくように、実弥はその懐へと接敵する。
獪岳と無一郎も、彼を援護するように刀を振るう。
しかし。
「な――」
その刹那。黒死牟の懐へと入り込んだはずの実弥の眼前には、禍々しい刃が迫っていた。
零距離。無拍子での、神速の斬撃。
剣士として、どれほどの鍛錬を積めば無拍子でこの斬撃を繰り出せるのか。
それは、実弥にも。いや、その場にいた柱の誰もが反応できない程の、美しさすら覚えるものだった。
避けられない。
死ぬ。
実弥が、頭の中で、それだけを感じた瞬間――。
「ああァァァァ!!」
ただ一人。黒死牟の死角を維持していた善逸だけが。
直前に、実弥の動きに驚きもせず、むしろ実弥を誘い込むような『音』を感じ取った善逸だけが。
その素肌に雷を思わせる痣を浮かび上がらせて――黒死牟の斬撃に、追いついた。
『雷の呼吸 捌ノ型 火雷神』
神速を超えた雷が迸り、一拍おいてから、空気が弾ける音が鳴り響く。
黒死牟が刃を振り抜いた瞬間。その腕は半ばから深く切り裂かれ。
そして――黒死牟の刃に斬り裂かれていたはずの実弥は。
「ぐふっ……!!」
「ああぁっ!!」
神速の体当たりを喰らい、善逸もろとも壁際まで凄まじい速度で吹き飛んでいった。
砲弾のような勢いで、ごろごろと転がりながらも受け身をとる実弥。そして、転がり続け、壁にしたたかに身体を打ち付ける善逸。
常人ならばすでにこれで死んでいたかもしれないが、しかしどうにか、実弥は立ち上がる。骨の幾つかは折れたが、黒死牟の刃で斬り殺されていた可能性からすれば安いものだ。
「ぐっ、すまねぇな、善逸。貸しにしとけェ……!」
実弥は、口から血の塊を吐き出すと、血走った眼を向けてすぐに黒死牟へと挑みかかる。
善逸は未だに立ち上がることも難しく、半ば目を回しているけれど、実弥はそちらには目もくれない。
「不死川さん! 集中です、集中してください! 集中すれば、見通せるはずなんです!!」
「わぁってる!!」
前衛で獪岳とともに黒死牟の刃を避け続けている無一郎の声にそれだけ返すと、実弥は戦線へと復帰する。
獪岳、無一郎、そして実弥。
三人の強者による戦いが、再び開始された。
◇ ◇ ◇
三人が入れ替わり立ち替わり、血飛沫を上げながらも黒死牟との剣舞を繰り返す。
三人の刃は赫い。更には三名が三名とも、練度の違いこそあれど『透き通る世界』へと足を踏み込んでいる。
そして何より。三者共が今、身体に新たな独特の痣を出して戦っている。
剣が奔り、血飛沫が飛ぶ。
時折銃声が混ざり込み、玄弥の血鬼術は確実に黒死牟の時間を浪費させていた。
善逸もまた、全身に響く激痛を堪えながらもどうにか起き上がり、雷の呼吸を途切れさせることなく、黒死牟に照準を合わせ続けている。
行冥はぐったりとしたまま、動かない。
「ふむ……さすがに、赫刀に痣者がこれだけ揃っては、ゆるりと話をしている場合ではないな……。ならば、私も本気で相手取るとしよう……!」
「い、今まで本気じゃなかったってのかよおおお!! もおおおっ!!」
善逸の本心の叫びが響くなか、黒死牟の持つ刀が、まるで生きているかのように伸びていく。そしてそれが造りだしたのは、まるで七支刀のように枝分かれした長尺な刀だった。
途方もない密度の"覇気"とも言うべきそれが、空間に広がっていく。世界の重力が倍増したかのような錯覚が、戦う剣士たちを襲う。
それは、今までが本気ではなかったのだと納得せざるを得ない程の、とてつもない変化だった。
「さすがはあのお方の血だ。霞。風。雷。全て範囲内……」
そして、たった一瞬の予備動作すら無しに、それは振るわれた。
『月の呼吸 拾肆ノ型 兇変・天満繊月』
立つのも難しいほどの暴力的な圧を纏う、避けようのない凶刃。
何十、何百もの三日月の刃が黒死牟の周囲に吹き荒れ、その範囲内にいた実弥、無一郎、獪岳の身体を容赦なく、無慈悲に刻んでいく。
悲鳴すらなく、血しぶきが飛ぶ。
叫びすらなく、肉片が飛ぶ。
誰のものかもわからない肘から先が、膝から下が、血にまみれたままに宙に舞っている。
「あ、あ、ああああああ!! 兄ちゃん!!」
「だ、駄目だ、駄目だ玄弥!!」
攻撃範囲の外にいた玄弥が、血に倒れ伏せた実弥に駆けつけようとするが、善逸が必死に止める。
実弥は、腕を無くしていた。
血に伏せて、動かない。
「……粗方、今ので片付いたか。あとは、そこの生き残りを斬れば……終わりであろうな」
黒死牟の刀は元の大きさへと戻り、鞘へと納められていた。
すでにもう、本気を出すべき敵はいなくなった。それが彼の判断だ。
残るは玄弥と善逸。
弾丸の血鬼術は動きを多少阻害する程度であり、脅威ではない。善逸の疾さは無視できるものではないが、先の実弥を救うための体当たりでだいぶ消耗しており、見切ることなど容易い。
黒死牟が、一歩、一歩。
善逸と玄弥の元へと近づいてくる。
「くそ、くそ……くそぉぉぉぉおおおおおっ!」
善逸が叫びをあげる。
その空間に存在する、"全ての音をかき消す"が如く。
善逸の慟哭が、その空間に響きわたっていた。
◆ ◆ ◆
――同時刻、某所。
その縁側では、二人の人物が日輪刀を横に備え、夜の闇へと視線を向けたまま。しかし、静かに語り合っていた。
「彼らには、あなたのことは何度も聞かされました。
「そうですか。儂は……槇寿郎殿とは違い、あの子たちには、何もしてやれなかったというのに」
かたや、赤い天狗面で素顔を隠した老人――鱗滝左近次。
水の呼吸の育手であり、真菰、錆兎、義勇といったそうそうたる面々の師でもある。
そんな左近次に語りかけるのは、赤と黄の髪色をした壮年の男性――煉獄槇寿郎。
明治最強の剣士と呼ばれ、この大正の時代においてもなお、その実力は揺るぎない。
彼らがいま護っているもの。
それは、産屋敷輝利哉を初めとした、鬼殺隊の当主たちである。
この建屋ではまさにいま、無限城での最終決戦を俯瞰し隊士たちを導く、この夜の行方を左右する"当主としての戦い"が行われている。
だが、この縁側には、緊張を孕みつつも。しかし静かな時間が流れていた。
「俺が言うことではないが、鱗滝殿は、あの子たちに何よりも大きなものを与えたんです。それこそ、俺はあなたに少しばかり嫉妬していました」
「……そう、か。明治最強と名高い槇寿郎殿にそうも言われるとは、気恥ずかしいものです……」
鱗滝と槇寿郎がこうして直に顔を合わせるのは初のことだった。
弟子たちを通じて互いの話はよく聞いていた二人だが、そこに生まれる会話はやはり、巫女鬼――
二人、闇の空を見上げる。
いま、無限城という異世界にて、それぞれの弟子たちを含む多くの隊士たちが戦っている。
最終局面。そんな最中、こうして夜風の下でただ構えている自分たちの存在が、とても奇妙で、滑稽に思えた。
そんな折。
がらり、と一つの襖が開かれる。
そこから姿を現したのは、長い黒髪に蝶の髪飾りをつけた女性――胡蝶カナエだ。
元柱である彼女は今、別室にて医療班として動いているところだった。
「鱗滝さん、槇寿郎さん。そちらはお変わりはありませんか? 特に槇寿郎さんは、体調に変化があればすぐに私に伝えてください」
「ああ、カナエか。俺は大丈夫だが、お館様――いや、耀哉様は……どうだ」
「まだ、何とも言えません」
槇寿郎の問いかけに、カナエは静かに首を横に振る。
「人だとしたら生きていられるわけがないほどに、酷い状況だったんです。今はきよ、すみ、なほの三人が様子を見てくれてはいますが……」
「そうか。あの子供らは隊士でもないというのに、実に気丈な子たちだな。千寿郎の嫁として一人、つれて帰っても構わないか?」
ははは、と槇寿郎が冗談めかして言うが、カナエも鱗滝も無言である。
ぴゅう、と夜風が三人の横を抜けていく。
そして槇寿郎は何事もなかったかのように、言葉を続けた。
「……あとは、あの薬が、お館様とあまね殿をどれほどこの世に繋ぎ止めてくれるか、だな」
不死川玄弥という、特異体質を持つ少年がいる。
彼は禰豆子の髪を喰らうことでその身を『あやかし』と化すことができた。
彼の検査を進める中でわかったことだが、彼は人間でなくなったわけではない。あくまで彼は、『あやかし』の力を得ただけの人間でいたのだ。
珠世、カナエ、しのぶの三人は。
人為的にその状態を作りだすことに、成功した。
「呪いを浄化し、人に一時的な不死を与える薬、か。いやはや、ものすごいものを作りだしたものだ」
鱗滝が、誰に言うでもなく、小さくつぶやいた。
呪いを浄化するための薬『トキジク』。
それはまさに鱗滝が呟いたように、注入量を増やすことで、その肉体を限りなく不死に近づけていく薬だった。
もっとも、それは本物の『トキジクの実』ではなく、あくまで人工的な量産品である。極限まで鍛えていない人間ではどれだけの副作用が起こるかもわからない。
柱たち程の鍛えられた肉体で、五本。それが、人間としての身を保ったまま『あやかし』の不死性を得られる、ぎりぎりの本数だ。
許容量以上に使ってしまえば、恐らくその身は人でもなんでもない『何か』へと変貌し、細胞が耐えきれずに崩壊する可能性が高いことがわかっている。
そう。
産屋敷邸の爆発に巻き込まれた、産屋敷耀哉、そして産屋敷あまね。
彼らは最後の時間に、その許容量を超えた数の『トキジク』を使用していたはずなのだ。
不死性により、二人の命が救われるのか。それとも、副作用や過剰摂取の影響で、その身が耐えきれずに崩壊していくのか。
それはまだ、誰にもわからない。
「私は信じています。槇寿郎さんが治験を繰り返して下さったからこそ、あの薬は完成を迎えました。耀哉様も、あまね様も……それに、きっと無限城で戦っている皆も、無事に帰ってきてくれます。絶対に負けません」
『トキジク』の与える不死性は、柱たちにもう一つの希望を与えてくれた。
齢二十五にして避けられぬ死を迎えるという、痣による死の回避検証だ。
その実験をするには、二十五歳以上であり、意図的に痣を発現させられるほどの実力を持った人間でなくてはならなかった。
齢二十七となる水柱・真菰が真っ先に手をあげたその実験だが、若き柱を護るべく、そこに待ったをかけたのが槇寿郎だ。
結論から言えば。
槇寿郎は幾度も死にかけた。けれど、その都度彼の身に起きた症状が『トキジク』の改良へと繋がり、最終的には最低限の副作用と最高の効果を発揮する、鬼殺隊の命運を握る薬が生み出されたのだ。
「本音を言えば、俺も最終決戦には力を貸したかったのだが……な」
治験を繰り返した槇寿郎の肉体は、もう。お世辞にも、無限城での戦闘に耐えうるものではなくなっていた。
元から体力の不安があった槇寿郎だが、彼はこの夜こそを最後の戦いとして、その刀を置くことを決意していた。
鱗滝。槇寿郎。カナエ。
御霊矢花枝との縁を持ち、大きく運命を変えられた三人は、夜空の星を見上げる。
「巫女鬼様。どうか、どうか……彼らのことを、見守ってあげてください……」
小さく呟いたカナエの声が、夜風に溶けていく。
ただ、庭に咲いた白百合の花が。そよ風に揺られて、ゆらゆらと揺れていた。
◆ ◆ ◆
「く、くそお! くそお! うわあああああ!! 嫌だ、死にたくない、嫌だあああああああ!!」
「うわああ、ああああああ!! 兄ちゃん、兄ちゃん! うあああああああ!!!」
「死を前にして、泣き喚くだけとは……。哀れ。愚か。あまりにも見るに耐えぬ」
目の前で、死を前にして大声を上げ、後ずさり続ける善逸と玄弥の二人に、黒死牟は冷酷な視線を向ける。
そして、"周囲の物音すらかき消すほど"のあまりに五月蠅い絶叫に、その顔を不快そうにしかめる。
これが、今の鬼殺隊。
これが、この時代の侍。
自分が数百年もの間、最強の座を守り続けてきた、侍。
こんなものが、こんなものが、こんなものが。
そんな、怒りとも、侮蔑とも言えぬその感情のまま。黒死牟は善逸と玄弥を亡き者にすべく二人へと近づき、腰に佩いた刀の鞘にその手を触れた、そのとき。
善逸と玄弥、二人の口元に、微かな笑みが浮かび。
空気が――爆ぜた。
『岩の呼吸 壱ノ型 蛇紋岩・双極』
瞬間。鎖に繋がれた巨大な鉄球と手斧が、砲弾のような速度で飛来し、黒死牟の腹を打ち破る。
『風の呼吸 漆ノ型 勁風・天狗風』
対象を巻き込み斬り裂く、天災の如き突風が黒死牟を中心にして吹き荒れ、その脚を斬り飛ばす。
『雷の呼吸 漆ノ型
身を崩しながらも、月の呼吸の型を発動させんとする黒死牟の腕を、天へと登る雷の矛が貫き、吹き飛ばす。
何が起きたのか、理解が遅れた。
黒死牟は、その瞬間まで勝利を確信していたのだ。
柱たちは全員が致命傷を負い、手足も失っていた。彼らは間違いなく、もはや戦える身体ではなかったのだ。己の敵ではなかったのだ。
だのに、いま目の前にいる者たちは――血に濡れ、決死の表情を浮かべながらも。
間違いなく"両手で"武器を持ち、そして"両足で"黒死牟を討たんと立ち上がっている。
それは紛れもない、侍たちの姿だった。
なぜ。
何があった。
そんな黒死牟の前に、一人の剣士の姿が現れる。
圧縮された時間の中。
全てがゆっくりと進んでいく世界の中で、黒死牟を白い霞が巻き込んでいく。
刹那。
その日輪刀は、遙か昔、黒死牟が最後まで勝てなかった侍と、全く同じ光の軌跡を描き。
静かに。黒死牟の頸を――斬り落とした。
「……そこに、いたのか……
ゆっくりと落ちていく黒死牟の頸が、その瞳が見たものは。
最後の一撃を己に放った人物、時透無一郎と。
そこに重なるように存在し、残心の姿勢のままに、哀しげに己を見つめている――弟。
継国縁壱の姿だった。