無限城での最終局面の夜から、数週間ほど時間を遡る。
これは、
◇ ◇ ◇
「田中さん! あっちに使えそうな鍋が流れついてたよ!」
「おおっ、でかした! うん、穴も空いてないし、今使ってる鍋よりも一回り大きいな。これで食事がもう少し豪華になるんじゃないか?」
「よっしゃ!」
川辺を探索していた黒い服を着た青年が、大きな鍋を抱えて走っている。青年の着ている服は、鬼殺隊の隊服だ。ただし、大正時代の最新のものよりも多少古く、明治時代中期の、少し古い時代のものだった。
彼は、鬼殺隊士である。
厳密にいえば、明治時代に死亡し、最近まで墓場でうろうろしていた隊士の幽霊である。
そしてそんな彼が鍋の発見を報告している「田中さん」とは、花枝たちの仲間の一人、田中鬼だ。
「ゲッピ。ちょうど魚も大量だったから、今日は魚のあら煮鍋だぜ」
「野菜も……いくつか、収穫してくるか」
大鍋を拾った隊士と田中鬼の会話を聞きつけてやってきたのは河童鬼と蟲鬼。
彼らもまた、鬼殺隊士である青年を普通に受け入れ、まるで日常の一部のように会話を交わしていた。
と、いうのも。
ここは死の世界の入り口であり、死者にしてみればここは死後にたどり着く最初の世界である。
無論、死者が必ずしも全員ここを訪れるわけではない。だが、鬼殺隊の墓地にて花枝の浄化で祓われた彼らは、いったいどういう理屈なのか、あやかしたちと同じ川辺へとやってきた。
初めこそ鬼と鬼殺隊ということで一悶着あったのだが、中に『あやかし』や『角姫』について知っている隊士が混ざっており、無用な争いを回避できたのは僥倖だ。
それからは、花枝に救われた死者同士という共通点もあり、今では共同生活をする仲間のようになっている。
なお、かなりの数の隊士たちが同時に昇天してきたので、人数だけならば今は里の住民より、隊士たちのほうが多いくらいである。
◇ ◇ ◇
「木材も揃えました。ただ、やっぱり斧やノコギリが欲しいですね」
「包丁や日輪刀じゃあ、流石に木材なんか切れないしなあ。柱たちくらいの実力があればできるのかもしれないけど」
「道具が足りないのは仕方あるまい! ほうら見ろ、新たな角姫像が出来たぞお!」
本来の目的である『造船』のために作られた工房――という名の、壁も屋根もない、しきりで区分けされただけの区画でも、今では隊士とあやかしが協力して木材を加工している。
もっとも、包丁鬼が作り出した特大包丁を鉈代わりにして枝葉を切り落としている風景は、まるで巨大な野菜の下拵えをしているかのような愉快な光景である。
船に関しては、隊士たちの中に、漁港出身で船に造詣の深い者が混ざっていたのが幸いした。
知識としては所々うろ覚えの怪しいものではあるけれど、彼の情報提供もあって、本来の目的である造船も順調に進んでいる。
「ちょっと、彫刻さん、船に使う木材で木像を造るのはやめてくださいって!」
「まあまあ、縁起物はいくつあっても構わんだろう! お前も一つ欲しいか!」
「欲しいですけど!」
「俺、百合さんと風見さんの像も一緒にお願いします!」
「おうおう、任せておけい! 手鬼も一緒につけてやる!」
「いりません!」
いや、もしかしたら順調に進んではいないかもしれないが。
なんにせよ、花枝が見ていない間にこの土地は広く開拓されていき、ここへ来てたった数ヶ月ながらも、ちょっとした集落のようになりつつあった。
◇ ◇ ◇
「……黄泉への旅立ちの場に、新たな隠れ里が生まれつつあるわね……」
川辺から少し離れた高台の上からその土地を眺めて静かに呟いているのは、風見鬼。
その横には百合鬼と手鬼が並び、三人で川辺の区画へと視線を向けている。
初めのうち何もなかったこの土地は、今では森が拓かれ、道ができ、掘った穴と丸太を組み合わせたような原始的な建屋もいくつか並んでいた。
広野だった場所には、今は花畑と野菜畑が広がっている。これは生前、隠れ里がいつ荒らされても大丈夫なようにと、モグラ鬼と百合鬼が幾つかの種子の類を懐に入れておいたことが功を奏したものである。
「はぁー、船を造るって話だったのに、何がどうしてこんなんなっちゃったんだろうねえ」
「仕方ねえだろ。まずは拠点がなけりゃ話にならなかったんだからよ」
ここにいるのは睡眠も食事も必要としないような死者ばかりだけれど、それでも人間らしい感覚を維持する上では、寝床や食事というものは大切だ。
船を造るにしてもまず、皆が最低限の生活をするために拠点を整える必要があったのだ。そのために、今はあちらこちらで開拓作業が行われているのだ。
「……きっと、間もなく。邪悪なる鬼を討伐せし姫が、帰還の時を迎えるわ」
里の住民たちも、花枝が現世に心残りを残していることが分かっていたからこそ、何でもないことのように振る舞って、花枝を現世へと送り出した。けれど本音を言えば、心配しないわけがない。あれからずっと、皆が今か今かと花枝の帰還を心待ちにしているのだ。
そして、『花枝の帰還』とはもちろん、鬼殺隊が鬼舞辻無惨を討伐し、鬼との争いがなくなるその日の訪れを意味する。鬼殺隊の勝利を彼らは信じて疑わない。
実際、花枝が新たな仲間を引き連れて、鬼殺隊のために色々と動き回っていることを、彼らは知っている。
「例の侍、縁壱さんだっけ? 巫女鬼様も、何がどうしてそんな侍と一緒にいるんだか……」
「チッ。縁壱だがなんだか知らねえが、巫女鬼がそいつをここに連れてくるっつーなら、俺が叩きのめしてやんよ」
「やー手鬼、さすがに出来もしないことは言わない方がいいよ。その縁壱さんって、本当に実力が化け物みたいだし」
それは、花枝に浄化されてこの地へとやってきた隊士の証言によるものだ。
彼らをその凄まじいほどの剣技で救い出した、花枝と共にいたという人物。それは花札のような耳飾りをした、一人の侍だったという。
その正体は、隠れ里に槇寿郎が置いていった炎柱の日記の内容を覚えていた筆鬼が、すぐに教えてくれた。
継国縁壱。彼こそが全集中の呼吸の始祖である。
「……私たちの巫女は、いったい何がどうして……そんな人物を、拾ってきたのかしらね……」
「ケッ。まあ、里作りの役に立つ奴ならいいけどよ」
里作り。
当初の予定には決してなかったそれを口にして手鬼がやる気を出している。
おそらく花枝がこれを見たら、目を丸くして「わあ」と驚くだろうなと、百合鬼には容易に想像できた。
なにせ、船を作ると息巻いていた手鬼が、船ではなく里を作っているのだ。花枝でなくともその意味不明さには驚くだろう。
「手鬼、私たちの目的はあくまで船造りだからね? あれだけ啖呵切っておいて船が完成してなかったら、巫女鬼様がびっくりしちゃうからね」
「しゃあねえな。アイツをびっくりさせるのもなかなか大変だぜ」
「港を見て……びっくりする巫女鬼様も……私は、可愛らしいと思うわ……」
「目的が入れ替わってきてない? まあ、面白いからいっけどさ」
なんにせよ。
花枝が戻る前に、ここを一つの立派な集落にするのも悪くはない。それを見せて驚かせるのも楽しそうだ。
そんな思いを胸に秘めて。
彼らは自分たちの主――花枝の姿と、彼女の現世での活躍を想像しながら。
この日もまた多くの隊士たちと手を取り合い、開拓を進めていくのだった。
次話「太陽を克服した鬼」
12日(月)23時公開予定です