――大正六年、春。
深い森の奥に建てられた、とある日本家屋。
ここは鬼舞辻無惨との決戦で焼失した屋敷に代わり、新たに産屋敷家の邸宅となった建物であり、それと同時に新たな鬼殺隊本部でもある。
その一室には今、十数名の男女が集まっていた。
「皆、よく集まってくれた。あの夜の戦いを経て尚、柱が誰一人欠けることなく、再びこうして集まれたことを、私は何より嬉しく思う」
上座にて、そこに集う者たちに挨拶を向けるのは、鬼殺隊九十八代当主、産屋敷輝利哉。
父である産屋敷耀哉に代わり当主として就任した彼は、産屋敷家の厳しい教育もあり、齢八歳にして今や一人前の当主の佇まいを身につけていた。
彼の視線の先に並ぶのは、鬼殺隊の柱たち、そしてそれに準ずる者たちだ。
鬼舞辻無惨との戦いにおいて絶大な貢献を果たした者たちが全員、ここに今、五体満足で揃っていた。
彼らの代表として輝利哉に言葉を述べるのは、水柱である真菰である。
「私どもが皆、こうして生きて揃いましたのは、お館様の的確な采配あってこそのものです」
「そんな、ことは……」
「ご謙遜は不要です。あの戦いの中で、私たちの命を守って下さったこと、心より感謝申し上げます!」
真菰が輝利哉の言葉に被せるように感謝を伝えると、まるでそれが合図だったかのように、居並ぶ柱たちも輝利哉に頭を下げ、感謝の意を伝える。
それに動揺してしまったのは、当の輝利哉である。
これが先代の産屋敷耀哉ならば穏やかに笑って受け流せたのだろうが、残念ながら輝利哉が柱たちの前に当主として現れるのはこれが初めてだ。
なので当然、柱たち全員から嘘偽りのない感謝の気持ちを向けられる経験もまた、初めてのことだったのだ。
「あ、ああ……う、うむ」
「輝利哉様っ、ほら、しっかりと」
「わ、分かっている」
小声で、長女のひなきが輝利哉に声をかけるが、残念ながら室内にはそのやりとりも丸聞こえだ。
輝利哉は一度咳払いをし、改めて真面目な顔を見せ、当主としての言葉を続ける。
「鬼殺隊はすぐに解散とはならない。鬼舞辻無惨が消えた今も、残念ながらこの国には、あの日逃げおおせた人喰い鬼たちが残っている」
しんとした空気が室内を支配する。
「規模を縮小していくとしても、それらを討伐し終えるまで、鬼殺隊を終わらせることはできない」
「御意に」
輝利哉は、真菰を見て。続いて、その場に集う隊士たちの顔を、順に見る。
ここにいる全員が、鬼狩りにその命を捧げ、普通に暮らしていれば手に入ったはずの"ありふれた幸せ"を諦めてきた者たちだ。
だからこそ、この日。輝利哉は、当主ではなく『産屋敷輝利哉』として、彼らに伝えねばならない。
「だからこれからも、鬼殺のために君たちの力が必要になることはあるだろう。けれど……」
輝利哉は、数秒ほど押し黙り。
こみ上げるものを堪えるように、一度だけ、大きく呼吸をして。
頭を下げた。
「今までのように、あなたたちは戦いのみに人生を投じる必要はありません。どうか、どうかあなたたちも――自分の幸せのために、生きて下さい」
震える声で、言葉を紡ぐ。
「あなたたちはもう、十分に傷ついたのです。私は、あなたたちにこそ、幸せに、幸せになってほしいのです……!」
「輝利哉様……」
それは、当主からの言葉などではなく、八歳の少年――産屋敷輝利哉からの、懇願だった。
彼は知っているのだ。
柱たる彼らが、どれほどのものを犠牲にしてきたのか。どれほど身を削り戦ってきたのか。
だからこそ、だからこそ。
輝利哉という少年は、彼らに、人としての幸せな人生を選んで欲しかった。
輝利哉の言葉に、柱たちは息を飲み、しかし言葉を返せずにいた。
彼の姉妹たちもまた、言葉を失い、中にはうつむき涙の滴をこぼす妹もいる。
室内には、静かな時間が過ぎる。
そんな中で。
ぱちぱち、と。
その場の空気など一切気にすることなく、輝利哉に拍手を送る者がいる。
「うん。当主としての、実にすばらしい姿を見させてもらったよ。私もこれで、安心して隠居ができるね」
「……ち、父上! さすがに意地が悪すぎます!」
輝利哉の斜め後ろに座り、これまでの成り行きを微笑みながら見つめていた人物。
それは輝利哉の父、産屋敷耀哉その人である。
あの日、『トキジク』の力でどうにか一命を取り留めた耀哉は、体力が戻った時点ですぐに『人間に戻る薬』を注入された。
結果として、今はその身に宿していた呪いの爛れも消え、その人生の中で最も健康な身体で、息子の晴れ姿をにこやかに眺めていたのだ。
「そ……そもそも! 父上がこの場におられるのに、私が当主を務めているのがおかしいのです! それと、二十代半ばで隠居をほのめかすのもお辞め下さい、早すぎます!」
「仕方ないだろう、すでに家督を譲ってしまったのだから」
「で、ですが! やはり、父上が柱合会議を後ろで見ているだけというのはおかしいとは思いませんか? 私はまだ八歳なのですよ!?」
「それはそうなのだけれどね。輝利哉、落ち着いて聞いてほしいんだ。世の八歳児は、本来小学校で学び、時にはこうやって父兄参観というものを開催するものなんだ」
打てば響くとはこのことか。顔を真っ赤にした輝利哉が訴えれば、耀哉は笑顔を浮かべたまま即座に言葉を返す。
さすがにこうなると人生経験の差がものを言う。言っていることの内容はさておき、論争としては耀哉のほうが一枚上手のようだ。
「柱合会議を小学生の父兄参観にしないでください! 柱の皆さんだって困るでしょう、この場を小学校扱いされては!」
「私は元から、隊士のことを子供たちと呼んでいるからね。八歳の輝利哉も、二十八歳の行冥も、私にとっては等しく愛しい子供たちなんだよ。君のクラスメイトだとしても何もおかしくはないんだ」
「さすがに行冥のような小学生がいたらおかしいでしょう! ほら、柱の皆さんも笑っています」
父に文句を言う輝利哉は、まさに年相応の子供のような素顔を見せていた。一方で、父親である耀哉は息子に文句を言われることすら嬉しいようで、にこにこと笑顔のままだ。
無惨と繋がった呪いが消えたからか、はたまたこうして生きていること自体がただただ嬉しいのか。
耀哉は非常に楽しそうで、言葉を選ばずに言うならば、かなり浮かれている。ちなみに、その最中、産屋敷家の四姉妹はずっと、はらはらとそのやり取りを見守っていた。
一方、困っているのは柱たちだ。突然始まった父子の口論に、柱たちは皆、顔を俯かせている。一体どういう顔をしてこのやりとりを見ればいいのか、彼らにはわからなかった。
耀哉が元気な笑顔を見せてくれているのは嬉しいし、輝利哉の立派な姿は胸を打つ。
しかしそれと同時に、唐突に始まった授業参観漫才に、柱たちは笑いを堪えるので精一杯だった。行冥のような小学生がいたらおかしい。輝利哉が真面目に叫んだ言葉が、この場の全員の腹筋を貫いた。
とはいえ、当主一族の口論を笑うのはいくらなんでも不敬だろうという理性が、どうにか柱たちの精神を支えている。
真菰はどうにか全集中の呼吸で心頭滅却し、心を無に保つ。
心を無にしすぎて、目の前の輝利哉の筋肉や骨といった全てが透けて見えてきた。
「お、お言葉ですが輝利哉様。私たちは決して、輝利哉様と耀哉様のやりとりを見て笑ってなど――」
「南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……」
「ぶっ」
トドメは背後からの念仏だった。
真菰は吹き出した。
「ぶふっ、ふっ……ちょ、ちょっと行冥君! 後ろで泣きながら念仏唱えるのやめてよ!!」
真っ赤になって父に文句を言う輝利哉。
健康な身体でにこにこと笑っている耀哉。
笑いを我慢できず、吹き出してしまう柱たち。
これらは、今までの柱合会議では決してあり得ない光景だった。
特に、この日まで生き残る未来など考えたこともなかった耀哉にとっては、この状況そのものが夢のような光景だった。
だからこそ。耀哉は本当に、心の底から楽しそうに眼を細めて、皆に向き直る。
「はは、柱のみんなも、もういいんだよ。畏まるのはやめよう。私たちは決して、上下関係などはないのだからね。今日は無礼講だ」
「キャハハ! なら、そろそろこのご馳走を食べても良いのか? いい加減、話が長すぎてご飯が冷めてしまうぞ」
「チッ、朱紗丸、お前はもう少し目上の相手に対する態度を学べ。相手はお前の雇い主だぞ」
「無礼講なんだからいいじゃろ」
その場にいるのは、柱だけではない。柱と同等の活躍をした隊士である義勇と
朱紗丸と獪岳はすぐに人間に戻る道は選ばず、『あやかし』としてこれからしばらくの間は産屋敷家の護衛としてこの屋敷で暮らすことになっている。
今回はその挨拶も兼ねた招待だったのだが、彼女は雇い主の話よりも、目の前の御馳走のほうに興味があるようだ。
『ぐぅ~』
朱紗丸の言葉に反応したかのように、どこからかお腹の音が聞こえる。恋柱・甘露寺蜜璃が、真っ赤になって俯いている。
そう。この場はいつもの白州での柱合会議ではなく、目の前に料理を出された、会食の席だった。
「ははは、確かに、朱紗丸の言う通りだ。堅苦しい話はこれくらいにして、食事が冷めない内にいただこうか。今日の料理はあまねが作ってくれたものなんだが、皆の口に合えば嬉しいよ」
結局、最後は耀哉が取り仕切り、皆へと向けて改めて挨拶をする。
この日、この時。鬼殺隊は生まれ変わるのだ。
時代は変わり、鬼殺の形も変わらざるを得ないけれど。
逃げた鬼たちを全て刈り尽くすまで、どれほどの年月がかかるかもわからないけれど。
今はただ、新たな鬼殺隊の未来へと向けて、彼らは皆で、祝杯の器を掲げるのだった。
◆ ◆ ◆
――同日、夜。とある山の麓にて。
「珠世様。本当にこんな場所で暮らしていくんですか? いくら何でも、何もないじゃないですか」
「それはまだ、ここでの暮らしが始まったばかりだからです。人が増えれば流れが生まれ、この地にも次第に様々なものが増えていくことでしょう」
珠世と愈史郎が、ぽつぽつと家が建てられているだけで、後は荒れ地ばかりの土地に立っていた。
この土地にはいま、多くの人々が移り住み始めている。
この地に移り住んできた者らは皆、最終戦のあの日まで『人喰い鬼』だった者たちだ。
最後の戦いの最中に打ち込まれた『トキジク』はやはり、多くの鬼たちに人間としての心を取り戻させることができた。
その中には、己の罪を自覚し、自ら太陽の下に躍り出て自害を選んだ者もいた。己の状況を嘆きながらも、しかしそのまま姿を消した者たちもいた。
そして、鬼としての罪を背負ってもなお『人間に戻る薬』で、人間としてやり直すことを望む者たちがいた。
ここは、そんな彼ら――人間であることを選んだ者たちが作り上げる、新たな集落である。
珠世はこの先しばらくの年月は、この集落で暮らすことを決めていた。
「彼らには、彼らの身に起きたことを理解できる医者が必要です。そしてそれは、私しかいないのです。彼らと共にこの地で罪を償い続けるのが、私に課せられた役目です」
珠世は、目の前にそびえる山を見上げた。
夜の闇に呑まれ、その山はもう巨大な影となっているけれど。しかしその中腹までを覆っている藤の花の香りは、間違いなくこの集落にまで薄らと漂っていた。
山の名は、
過去にも人の心を取り戻した鬼たちがとある巫女と共に暮らし、長い年月をかけ、その罪を洗い流した土地である。
藤襲山の麓にて、また再び。鬼だった多くの人々が己の罪を洗い流すための、長い日々が始まるのだ。
「わかりました。まあ、俺も今さら都会で人に揉まれて暮らしたいわけではありませんからね。ご一緒しますよ、ずっと、ね」
「ええ。よろしくお願いしますね、愈史郎」
愈史郎は思う。
いつの日か。
珠世が、自身を赦せる日が来たのなら。鬼として人を食らった贖罪を終えたなら。
その時は珠世もまた、人間に戻る日が訪れるのだろう。
それが数年後か、数十年後か、あるいは遙か先の未来になるのかはわからない。
けれど、ずっと。
いつか訪れるその日まで、愈史郎は珠世と共にあり続けることを。今日もまた美しい彼女の横顔に、心の中で誓うのだった
◆ ◆ ◆
――某日、蝶屋敷の一室で。
「じゃあ、炭治郎くんたちはご実家に帰るのね」
「はい。俺の家族はただ埋葬しただけだったので、きちんと整えてあげたくて。それにあそこは
胡蝶カナエの問いかけに、炭治郎は頷いて返す。鬼舞辻無惨の討伐以降も、炭治郎たちはカナエらの好意で、この蝶屋敷を拠点として療養の日々を送っていた。
もっとも、最終決戦の日に服用していた『トキジク』の影響で、あの日の怪我は思いのほか少なかった。どちらかといえば、禰豆子に投入した『人間に戻る薬』の経過観察が主な滞在理由である。
滞在している間、炭治郎たちは主に蝶屋敷の手伝いをし、また年輩の隠たちから学校で習うような高等な勉強を教わりながら過ごしていた。
そして、禰豆子の調子も問題ないと太鼓判を押されたこの春の日に。
炭治郎と禰豆子は一度、故郷へと帰ることを決めたのだ。
「寂しくなるわね……」
「あ、でも、こっちに帰ってこないわけじゃないですよ。こっちには禰豆子の友達も大勢いますし、禰豆子にはこっちできちんとした勉強もさせてあげたいので」
「あら。ならその時は、是非またこの蝶屋敷にいらっしゃい。数年間はここも部屋が空きがちでしょうから」
「はい、とても助かります。その時はお世話になります!」
蝶屋敷は、大きく変わろうとしていた。
鬼の残党と戦う隊士がいる以上、蝶屋敷の必要性が無くなったわけではない。しかしそれでも、事実として『鬼殺隊の医療機関』としての役目はほぼ終わったと言ってもいい。
すでに入院患者はおらず、カナエとしのぶの継子だった少女たちも、順に、新たな道へと旅立っていった。
これから数年間、蝶屋敷は鬼殺隊関係者の療養施設として運用し、その間にカナエとしのぶの二人は専門的な学校へと通い、医師としての免許取得を目指すのだそうだ。
カナエとしのぶは医師を目指すのに申し分ない頭脳を持っており、金銭的・立場的にも産屋敷家や藤の家紋の家々が後ろ盾になってくれるようなので、きっと数年後には堂々と医療施設としてここを運用する日が訪れるのだろう。
炭治郎は、立派な医者となった胡蝶姉妹を想像し、自分のことでもないのに誇らしい気持ちを覚えていた。
そんな炭治郎に、不安そうな、寂しそうな顔を隠そうともせずに話しかけてきたのは、栗花落カナヲである。
「炭治郎。その……あなたのお家は、どんな場所なの? ちゃんとこっちに、帰ってくるの?」
「俺の家は、山の中にある炭焼き小屋なんだけど……あ、せっかくならカナヲも一緒にどうだ? 善逸や伊之助もついてくるって言ってるんだけど、禰豆子もカナヲが一緒の方が嬉しいだろうし」
「え、ええっ……!?」
炭治郎の誘いに、別段大きな意味は無い。
これから先、炭治郎と禰豆子はその山の中に住むのか、それともまた街に住むのかは決まっていないけれど、もともと、山の中の炭焼きの一族が住むには大きな家だ。友人数人が遊びにくるくらいは、どうということはない。
普通ならば気軽に友人を招待するような場所ではないのだけれど、鬼狩りとして全国津々浦々を駆け回っていた炭治郎にとっては、そのくらいの距離は大したことはないという認識だ。
「あ、あの……で、でも、私は蝶屋敷のお手伝いが……」
「あら、大丈夫よカナヲ。もう戦いも終わったから怪我人自体が少ないし、最近は千寿郎くんがよく手伝いに来てくれているもの」
「あ、確か……に?」
「ふふ、あの子たちともうまくやっているみたいだし、見ているだけでこっちのほうがやきもきしちゃうのよね」
「やき、も……?」
「ああ、なんでもないのよ。気にしないで」
最近は槇寿郎が千寿郎を連れてやってくることが多い。
槇寿郎は、なほ、すみ、きよの中から本気で千寿郎の嫁を選ぼうと思っているようだが、年若い彼らはそんな大魔王の企みなど知らないまま、純粋で健全な、甘酸っぱい関係を築いていっている。
カナエは槇寿郎の思惑を聞かされているので、半ば呆れつつもやはり、多少は彼らの進展が気になってしまうのだが、それはそれ、これはこれ。ここで話すことではないと自重する。
「じゃ、じゃあ……炭治郎の、ご両親の墓前に、挨拶を……したい、かな」
「うん。じゃあカナヲも一緒に行こう。俺の家族にちゃんと、カナヲのことも紹介しないとね」
「しょ、紹介……ひゃ、ひゃあ……」
炭治郎の言葉に、別段大きな意味は無い。
家族の眠る場所に、友人達を紹介するというだけである。カナヲだけでなく、善逸や伊之助も紹介すべき対象だ。
だが、どうやらカナヲはそうは受け取れなかったらしく、真っ赤になり、過呼吸を起こしかけている。
「カナヲ? どうしたんだ? なんでそんなに緊張してるんだ? 大丈夫か?」
「え、カナヲ!? しっかりしてちょうだい、カナヲ、カナヲ!?」
炭治郎とカナエが焦る程度には、カナヲは一人で頭のなかを真っ白にして。
周囲の声も聞こえなくなり、完全に思考停止に陥るのだった。
――なお、廊下の先には、そんな炭治郎とカナヲのやり取りを覗き見る者たちがいた。
「炭治郎の野郎!! 俺の目の前で甘酸っぱいやりとりをしやがってぇぇぇええ!!」
我妻善逸。炭治郎と違い色恋に対する興味が脳味噌の大半を占めている善逸は、カナヲが炭治郎に寄せる気持ちにも当然ながら察しがついていた。
というより、炭治郎が鈍感すぎるのだ。
廊下の角から炭治郎を覗き見て、ギギギとハンカチの角を噛む善逸と、その後ろにはもう一人――禰豆子の姿もあった。
「そっかー、善逸さん、カナヲちゃんのこと気になってたんだね!」
「えっ……!! いや、違う違う! 俺はずっと、禰豆子ちゃん一筋だからね! あっちの二人はほら、鈍感すぎてやきもきするっていうか、ね!」
「ふーん?」
禰豆子はすでにきちんとした人間に戻っており、鬼と戦えるだけの膂力や再生力、そして爆血といった血鬼術も失っている。
なので禰豆子も、この蝶屋敷で過ごす間はアオイたちと同じ白い看護服を身につけて手伝いをしていたのだが、今は善逸の後ろで一緒に廊下の先を覗き見ていた。
廊下の先には、わたわたするカナヲと心配する炭治郎たち。
手伝いの手を止めて、覗き見を続ける善逸と禰豆子。
蝶屋敷のもう一人の主人、胡蝶しのぶが彼らを叱りつけに来るまで、もう間もなくのことだった。
◇ ◇ ◇
――数日後の朝。
「おいアオイ、腹が減ったら俺の分の飯も食っていいからな!」
「食べないわよ! それよりその、ちゃんと戻ってくるのよね?」
「夕飯には戻ってくるぞ!」
「早すぎるでしょバカ! もっとゆっくりしてきなさいよ、もう」
蝶屋敷の玄関先では、伊之助とアオイが朝から元気に相変わらずの愉快なやりとりを繰り広げている。
どうやら旅の準備を何一つしていなかった伊之助に代わり、アオイがあれこれと世話を焼いてくれていたようだ。
そんな二人を横目に、蝶屋敷の主人であるカナエとしのぶが、炭治郎たちを見送りに玄関先まで出てきてくれていた。
「じゃあ、炭治郎君、みんな。行ってらっしゃい、気をつけてちょうだいね」
「五人とも、気をつけてくださいね? 何かあったら鎹鴉を飛ばして下さい。協力は惜しみません」
「はい、カナエさん、しのぶさん。戻ってくる時には、何か美味しいお土産でも持ってきますね」
炭治郎の生家へと向かうのは、炭治郎と禰豆子の兄妹、善逸と伊之助、そしてカナヲの五人である。
どのくらい滞在するのかの予定も立ててはいないけれど、今回は手の空いた鎹鴉が何羽か付いてきてくれるようなので、連絡手段には困らない。
「そういえば炭治郎、お前の育った家に戻ったら、まずはどうするんだ?」
「うーん。やっぱり……家の掃除と、あとはやっぱり……もう少し、家族を埋葬した場所を綺麗にしてあげたいな」
「そうか。俺も手伝うよ」
「なら俺もだ! 花を添えるんだろ、覚えたぜ!」
「あの、私も……手伝うね」
「三人とも、ありがとう」
準備を終えた面々が、カナエたちと挨拶を交わしてから玄関に集まった。
もっとも、鬼狩りのために旅慣れしている面々なので、大した荷物などはない。
強いて言えば、皆の衣装はもう隊服ではなく、それぞれ普通の着物だったり洋服だったりを着こなしているので、なんだか新鮮な気分である。なお伊之助は相変わらず上半身裸の猪男だ。
「あとは……沢山、家族に伝えたいことがあるんだ。炭吉さんのこと、大叔母様のこと。どちらも、うちの家族の大切な話だから」
「ねえ、お兄ちゃん。その時は私も一緒にお話しするよ。みんなに沢山報告してあげようね」
禰豆子が、炭治郎の手を取った。
空は晴れており、清々しい太陽が五人を照らしてくれている。
禰豆子が、眩しそうに太陽を見上げている。
「お兄ちゃん。お日様が気持ちいいね」
「そうだな、禰豆子」
そうして、蝶屋敷の面々と挨拶を交わして。
炭治郎は、暖かく、眩い太陽に照らされながら。
掛け替えのない仲間たちと共に――明るい未来へと、歩き出した。
◇ ◇ ◇
――なお、その後。
炭治郎の家族が眠る周辺に青い彼岸花が咲いているのを発見してしまった上に、それを野生動物が持っていった形跡があったりで、産屋敷家や柱の面々、珠世までもが泡を食うような大騒動もあったけれど。
それはまた、別のお話。