藤襲山の巫女鬼 きめつ隠れ里噺   作:chikuwabu

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百合鬼と筆鬼

 トキジクの実の力は、想像通りのものだった。

 だからこそ。

 黄昏の隠れ里には、いま。

 己の罪を自覚してしまった二人の鬼の、嘆きの声が木霊しているのだ。

 

 

  ◇  ◇  ◇

 

 

 首から上に植物が絡みつき、花が咲いている鬼。

 角の生えた、白髪の老人の鬼。

 手鬼の暴力的手法によって無力化されたこの二人の鬼は、強引にその口に『トキジクの実』を放り込まれ、食べさせられた。

 

 彼らが気絶していたからか。それともトキジクの実とは、こういうものなのか。

 花枝(かえ)の血肉を直接食らった手鬼のように彼らが苦しみ、悶絶するようなこともなく。

 およそ三日間、彼らは御霊矢(みたまや)神社の裏手にある社家屋敷の一室で、それぞれ静かに眠り続けていた。

 

 そして、目覚めて。

 花枝からいきさつを聞いた二人は――声をあげ、泣いた。

 

 手鬼は自分の経験として、そうなることを予想していた。

 ほとんどの鬼は最初に鬼になった際、まず一番近くにいた人間を食らうものなのだ。異変を前にしても逃げずに、最後まで寄り添い己を助けようとしてくれた人間こそを、己の最初の食料としてしまうのだ。

 それが善性の人間ならば、なおのこと。

 その記憶が蘇り、己の罪を理解したときに――本当の、地獄が始まるのだ。

 

 手鬼はだから、花枝の肩にそっと、手を添えて。

 彼らの心が静まるまで。彼らの慟哭が止むまで。

 

 ただ、離れて。

 静かに彼らを見守ることにしたのだった。

 

 

  ◇  ◇  ◇

 

 

「ご心配をおかけしましたっ。巫女様に、ええと……手が多い鬼、さん?」

 

「すまぬが、巫女様がたをどう呼べばよいかな」

 

「わたしは巫女なので巫女鬼、彼は手が多いので手鬼です」

 

「なるほど、わかりやすいですねっ」

 

 数日後。

 花枝の前には、二人の新たな仲間が並んで立っていた。

 首から上が植物に覆われていた女性の鬼は、今はその過剰な植物はなくなり、小綺麗な若い女性の鬼の素顔を晒している。見たところ花枝より一回りほど年上で、表情豊かで朗らかそうな女性だった。

 ただ、左の眼窩には眼球の代わりに一輪の百合の花が生えており、それだけが非常に目立っていた。

 

 もう一人の老人姿の鬼は、トキジクにより呪いが浄化された今でもその姿にほぼ変化はない。

 ただし、何故だかわからないが、彼は『筆』を握っていた。墨などどこにもないというのに、その筆の先端は黒く、十分な墨を含んでいた。

 

 彼らはこの日、己の運命を受け入れることにした。

 万が一にも、この二人が鳥居から外に出て太陽の下に身を晒し『自害』を選んだらどうしようかと心配していた花枝は、彼らの選択に内心で安堵の息をつく。

 

「お前らも適当に自分の名前を考えな」

 

「私たちの名前、ですか……」

 

「ふむ」

 

「別に人間だった頃の名を名乗ってくださってもかまいませんからね? わたしたちは、成り行きでそう呼び合ってるだけですし」

 

 顔合わせをしたら、次は名前である。

 彼らとて今は人間の頃の記憶は残っているのだから、自分の名前がわからないわけではない。

 だが。

 二人の目の前にいるのは、己を救ってくれた『巫女鬼』と、過剰な暴力については言いたいこともあるけれど、巫女鬼をたった一人で支えてきた『手鬼』の二人だ。

 これから、自身が彼らの仲間となるならば――。

 

「私は『百合鬼』でお願いしますっ」

 

「ならば儂は『筆鬼』と呼んで頂こう」

 

 新たに仲間となった二人もまた、人間としての名を名乗りはしなかった。

 左の眼窩に咲いた百合。手に持っている筆。彼らもまた、鬼としての特徴を己の名にすることを選んだ。

 

「はい。では、これからよろしくお願いしますね、百合鬼さん、筆鬼さん」

 

「よろしくな。つーても、別に俺らが集まって何かをするってわけじゃないけどな」

 

 トキジクの実の効能を調べる上で新たに二名の鬼がこの隠れ里の住民となったけれど、実の所、花枝たちにはなんの目的もない。山で何かやりたいことがあるわけでもなく、しかし山を下りれば鬼狩りに頸を斬られるだけだ。

 人数が増えれば何か出来ることは増えるかな、と漠然と考えていた程度である。

 

「ふむ……」

 

 そんな中で。おそらくこの中では一番多くの人生経験を重ねてきたであろう筆鬼が、一人。

 まだ幼さの残る花枝と手鬼の姿を見て、静かに考え込んでいるのだった。

 

 

  ◇  ◇  ◇

 

 

 日々は過ぎていく。

 

 藤襲山(ふじかさねやま)の最終選別が終わり、花枝たちの新たな生活が始まった。

 この黄昏の隠れ里には共食いをするような鬼もおらず、屋外に出ても太陽の光に焼かれることもない。ましてや、出会っていきなり頸を狙ってくる鬼殺隊士もいない。

 今まで森の中に隠れ潜んでいた生活をしていたのがまるで嘘のような、それは平穏な時間だった。

 

 だが、しかし。

 平穏だからといって、そこになんの苦行もないというわけではない。

 この日も、社家屋敷の一室にて。鬼たち――主に手鬼のうめき声が響いていた。

 

「さすがは巫女鬼様は基礎がよくできておりますな。手鬼、お前はもっと真面目にやらんか」

 

「アアァァッ! 漢字なんてどれもぐにゃぐにゃしてて、違いがわからねえんだよ! はぁぁああ……」

 

「わあ。手鬼ったら、相変わらず字がひどい」

 

 ここは、いわゆる寺子屋である。

 筆鬼はもともと町の子供たちに勉学を教えていたらしく、鬼となってから得た能力も、筆と紙に関するものだった。

 その力の副産物で彼は『紙』を出すことができるため、それを使って花枝と手鬼は、彼から勉学を教わることになったのだ。

 しかし、神社の巫女として元から勉学を嗜んでいた花枝と違い、手鬼はそこまで勉学が得意ではなかった。大きな溜め息とともに木張りの床に仰向けに倒れ込み、バッテンの瞳が今や本当の意味でバッテンになっている。

 

「文字なんかうまく書けなくたって、俺たち鬼にゃもう関係ねえだろ。誰が俺の書いた文字を読むってんだよ」

 

「手鬼ったら。確かに今でこそ何もありませんけど、これから先は何があるかわからないんですから」

 

「その通りじゃよ、手鬼よ。将来いざというときに、巫女鬼様に恥をかかせる気か?」

 

「あぁぁぁ! くそっ、この勉学ジジイにトキジクを食わせたのは失敗だったぜ」

 

「ふぉふぉ、感謝しておるよ」

 

 もっぱら彼らの寺子屋はこんな調子であり、手鬼が素直に筆鬼を先生と呼び、文字をすらすらと読み書きできるようになるには。まだ、かなりの時間が必要になるのだった。

 

 

 そして、筆鬼が寺子屋を始めた一方で――。

 

 

「巫女鬼様ー! 見てください、あちらの花園に菜花がたくさん咲きましたよ!」

 

 百合鬼もまた、この隠れ里にて自分の得意なことを見つけていた。

 人間だったころは普通の町娘として生きてきた百合鬼だが、鬼となってからはその容貌からわかるように『植物』と親和性の強い能力が身についたらしい。

 

「わあ。黄色いお花がたくさん。やっぱりお花があると景色が華やぎますね」

 

「菜花はおひたしにしても美味しいはずですし、菜種を搾れば油もとれるって聞いたことありますよ! ゆくゆくは、もっと土地をひろげて菜花をたくさん育てていきましょう!」

 

「そうだ、蜂蜜! お花畑なら蜂蜜もとれると聞いたことがあります!」

 

「えっ、蜂蜜ですか? ……そ、それはその、色々と調べてからですかねー?」

 

「なるほど」

 

 植物をある程度操る力を得た百合鬼は、周囲の土地を整地し草花を育てることにした。

 そこで彼女が最初に目をつけたのが菜花である。

 これは藤襲山で見つけた自然の菜花を植え替え、彼女がその力で育て増やしたものだが、菜花というのはそれ自体が食料にもなり、菜種を集めれば油もとれるという優れものなのだ。

 花枝としては蜂蜜を期待したいところだが、花枝も百合鬼も蜂蜜の取り方など知らないため、先は長そうだ。

 

「それでですね。いずれは菜花以外にも、もっと色々と草花を増やしていきたいところなんですけどねー」

 

 菜花はあくまで最初の実験だ。

 これがうまくいった暁にはもっと様々な草花を育てていき、この御霊矢神社の役に立ててもらうというのが、百合鬼が自身に課した課題であった。

 とはいっても、残念ながらここで育てられる草花というものは限られている。種も苗も入手経路がないため、藤襲山に自生している植物から見つけてくるしかないのだ。

 これから先、どうやって草花の種類を増やしていくか。それもまた、今後の課題であった。

 

「あとはー……私が植えたわけではないんですけど、変な色の彼岸花が咲きはじめました。薬効もありそうな気はしますけど、食べてみますか?」

 

「変な色の彼岸花ですか? なら、おひたしにでもしてみます?」

 

「やめとけやめとけ。彼岸花は毒草だぞ。わざわざ食うもんじゃねえよ」

 

 乙女たちの会話に横から割り込んできたのは、室内で筆鬼にひたすら書き取りをやらされていた手鬼だ。

 いつもなら草花の話題などに興味はもたない彼であるが、漢字の書き取りよりはいくらか草花の話題のほうが好ましいようだ。

 そして書き取りをサボり中の手鬼の首根っこをひっつかんでいるのが、彼の先生たる筆鬼である。

 

「うむ。いくら鬼の身になったとは言え、わざわざ毒を食うほどに我らは飢えてはおりませんからな」

 

「ですよねー。せめて、もう少し美味しい植物があればいいんですけどねー」

 

「植物もいいけどよ、塩だろ塩。選別に参加してた見習いが落としてった塩は、もうほとんどなくなっちまったからな」

 

「うーん、御霊矢神社にはお塩はありませんからね。あと甘いものもありませんし……」

 

 結局、気づけば四人そろって会話に花を咲かす。それがいまの御霊矢神社の日常である。

 御霊矢神社に住む鬼たちは、人間を食わず、そして人だった頃と同じものを食べ、味わうことができる。

 ものを食べずとも生きていける身体ではあるものの、それはそれ、これはこれ。より美味しい食事を追究するのは、生きていく上では必要な課題なのだった。

 

 

  ◇  ◇  ◇

 

 

「巫女鬼よお、トキジクの実は次はいつ実るんだ?」

 

「うーん、それなんですけど、体感ですとまだまだかかりそうですよ。数年に一つ実ればいいほうじゃないですかね」

 

「かーっ、そんなにかかるのかよ」

 

 実のなっていない橘の木を見上げて、手鬼と花枝は今後のことを考えていた。

 百合鬼と筆鬼を仲間にしたことに後悔はない。手鬼と花枝の二人きりの生活が嫌だったわけではないけれど、今の四人での生活のほうが、より『生きている』という感じがするのだ。

 ただ、現実問題として、今の四人では知識的にわからないことやできないことが多いのだ。

 

「巫女鬼様っ。次にどなたかを鬼にするときには、是非とも農業に詳しい人をお願いしたいですっ!」

 

 これは百合鬼の要望だ。

 土地を整地するのは手鬼の力任せでどうにかなったし、花を育てるのも百合鬼だけで何とかなった。しかし、これから本格的に畑を作り、食料を生産していくならば素人知識だけでは難しい。

 異能で効率的に植物を育てられるとはいえ、もともとの知識がない彼女では限界があるのだ。

 

「儂もあえて頼むとするならば、手先が器用な、道具を造る技能を持ち合わせたものが居てくれると助かりますな」

 

 これは筆鬼の要望だ。

 皆で文化的に生活する上で、『道具』というのはどうしても必要になる。

 力仕事ならば手鬼を始めとした鬼たちが揃っているのでどうとでもなるのだが、力任せの鬼の手先は、細かい作業にはあまり向いていないのだ。

 

「うーん、トキジク、トキジク。早く実ってほしいですね……」

 

 何はともあれ、トキジクが実らないことにはどうしようもない。

 最悪、手鬼のときと同じく花枝の血肉を無理矢理食わせる手もあるが、それで再び花枝が長い昏睡状態に陥ってしまうのは本末転倒であるため、真っ先に却下となった案である。

 

 

 そんな、足りないものだらけの隠れ里に大きな転機が訪れたのは。

 花枝がこの山に入れられて五年目――明治五年に実施された『最終選別』でのことであった。

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