みょん柱。   作:みょん!

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ネタ被りでお蔵入りしていた話を掘り出したので、初投稿です。


1.外界

 時代は移ろい変わりゆく。

 明治維新の影響を受けた急速な近代化は、都市の景観をガラリと塗り替える。

 特に東京近郊の発展は目覚ましく、和洋折衷の大型建造物が建ち並んだ。

 

 深夜でも明るい街並みと人口密度に圧倒されて、人酔いに眩暈と呆然する他になかった時の事を覚えている。

 これはまだ幻想郷に博麗大結界が張られていない時期の話。スペルカードルールなんて横文字もなく、命名決闘法案の草案もまとめられていなかった頃になる。人類の急速な近代化、開国により外界まで開けた世界。妖怪の賢者と博麗の巫女、御阿礼の子が結託し、幻想郷を外界から分断する計画が推し進められていた事を私、魂魄妖夢は主人と賢者の歓談から耳に入れる。

 近い将来、幻想郷と外界を簡単に出入りする事は出来なくなる。

 

 もしかすると最後の機会になるかも知れない。

 故に私は、ある目的を達成する為に主人に少しの暇を頂いて幻想郷を出る。

 可愛い子には旅させよ、と快く送り出して貰えた。

 

 外界に出て一ヶ月が過ぎる。

 吐く息が白く染まる。山肌に雪が降り積もった銀世界、見知らぬ土地に慣れぬ山道、囲炉裏が恋しくなる寒気に両手を擦り合わせる。腰に佩いた脇差に背中に担いだ身の丈程の打刀を揺らして道なき道に足跡を刻んだ。半人半霊の身の上なので数日程度あれば、冬真っ只中の時期でも飲まず食わずで動き続ける事が出来る。

 しかし流石に三日三晩、彷徨い続けるのは心身に堪える。

 

 私、魂魄妖夢は今、遭難してしまっている。

 此処は東京府奥多摩郡、雲取山。道すがた小耳に挟んだ信憑性の低い噂を頼りに足を運んで今に至る。

 この噂と云うのは、日が暮れると人喰い鬼がうろつき出す。というものである。

 

 なんでも人の身で倍以上も体躯のある熊の首を一息で断ち切ってしまう程の鬼が山に潜んでいるのだとか、なんだとか。情報源は、山の麓にある村に住んでいる壮年の男。正直、根も葉もない噂だと思いはするが、他に行く宛もなかった私は、移動も兼ねて噂の真偽を確かめに雲取山へと踏み入れて、見事に迷ってしまったという経緯である。

 

 どうにか道らしき道に辿り着けたのが四日目の昼。

 手頃な石に座り、一息吐き捨てる。雪に埋もれる道を眺めて、一度、山を下りて出直すべきか。

 無事に下山できる保証はない。

 ならば、いっそ目的の村を目指す方が良いかも知れない。

 いずれにせよ、もう極寒の冬山を彷徨い続けるのは嫌だった。

 

「あの……随分とお疲れのようですが?」

 

 重い気分に項垂れる私に誰かが話し掛ける。

 優しい声色に顔を上げれば、額に火傷の痕を残した少年が私の顔を覗き込んでいた。

 ……物盗りの類ではないようだ。

 背中に木炭の詰め込んだ籠を担いでいる。

 庶民の子が一度に購入する量ではない。

 炭焼き小屋の息子か。

 緑と黒の市松模様の羽織る彼の姿を見て、親に可愛がられているのが見て取れた。

 

「恥ずかしながら道に迷っちゃいまして」

 

 と頬を掻きながら曖昧に笑みを浮かべる。

 

「それは大変でしたね」

「近場に集落があると聞いて足を運んだのですが、慣れぬ土地に道から逸れてしまって漸く戻って来られた所なんです」

「それは、運が良かった。雪の降る季節だと地元の者でも遭難する者が絶えませんから」

 

 丁度良かった、と少年は背中に担いだ籠を背負い直す。

 

「これから炭を売りに麓の村まで足を運ぶところだったのです。案内しますよ」

 

 表裏のない親切な物腰に「ありがたい」と重い腰を上げる。

 

「このまま彷徨い続けていると山神様に嫁入りしかねません」

「ははっ、遭難を神隠しに例えるのは聞いた事ありますが、嫁入りに例える人は初めてですよ」

「神隠しであれば、そのまま屋敷まで送り届けてくれそうですね」

「えっと?」

「いえ、なんでもありません」

 

 私は首を横に振る。壁に耳あり、障子に目ありの体現者の事は影口でなくとも余り口にしない方が良い。

 

「どれほど彷徨われていたので?」

 

 道すがら、少年の隣を歩いていると問い掛けられる。

 

「三度、日が沈んで、三度、日が上がる程度です」

「三日三晩も! 本当に無事で良かった。この辺りには大きな熊も出て来るんですよ」

「身の丈倍以上もある?」

「そんな大物は、この山で育って一度しか見た事がありません」

「存在は、するんですね」

 

 よく無事でしたね、と少年に視線を投げ掛ける。

 

「父が退治してくれました」

「頸を両断したり、とか?」

「よく分かりましたね。何処かで聞きました?」

「風の噂で」

 

 言って私は腰に佩いた脇差、白楼剣に手を添える。

 

「身の丈以上もある熊の首を刈り取った妖の類が居ると聞いて、此処に来ました。まあ正体は、妖ではなく鬼の如く強い人間だった様ですが」

 

 当てが外れました、と分かりやすく肩を落とす。

 

「せめて、熊の首を刈り取ったという貴方の父親に会わせて頂けませんか?」

 

 少年はヒクリと鼻を鳴らす。

 

「勿論、決闘なんて野蛮な真似はしませんよ」

 

 私が脇差から手を離し、朗らかに笑ってみせる。

 

「ええ、そこは心配していません」

 

 しかし、と彼は僅かに視線を落とす。

 

「父はもう亡くなっております」

 

 彼の敬語に混ざる悲しい声色に私は一度、目を伏せて天を仰ぐ。

 

「それは、申し訳ない」

「いいえ、もう別れは終えていますので」

 

 お気になさらず、と彼は小さく微笑んだ。

 優しい子だと思った。決して楽ではない暮らしのはずなのに、育まれた心は広く、陽だまりに似たぬくもりを感じる。

 きっと良い両親に恵まれたのだ。

 

「貴方の、父の話を聞かせて貰ってもよろしいでしょうか?」

 

 一歩、深く踏み込んだ。

 ともすれば相手の古傷を抉る事になるかも知れない。

 だけど少年は「はい」と快く頷き返した。

 

「ところで、貴方の名をお聞きしても?」

 

 少年の質問に私は「魂魄妖夢」と短く返す。

 

「女性のお侍さんは初めて見ました」

 

 でも不思議です、と彼は鼻を鳴らす。

 

「刀を佩いている人は皆、血の臭いがするのですが、貴女からは特有の鉄の臭いがしない」

「私自身、人を斬った経験はありませんから。腰に佩いた脇差は、白楼剣と云って、性質は儀礼用の刀剣に近い。背の楼観剣も人の生き血を吸ったのはもう数百年も昔の事でしょう」

「戦場で大太刀を使われたのはもう何百年と昔の話だと聞いています」

 

 少年は、私が背中に担いだ身長大の刀に視線を向けた後、歩いた道のりを振り返る。雪が振っている。しんしんと振り積もる雪は足跡を優しく隠す。春が来れば、雪は解けて、まるで何事もなかったかのように山肌を洗い流す。罪は、雪がれる。刀身に付いた血肉もまた長い歳月の末に削がれている。

 

「今はもう銃器が主力とされる時代、近い将来、刀槍が主流となる戦場は忘れられて幻想と成り果てるのでしょうね」

 

 尤も楼観剣は打刀として生まれた刀であり、馬上での使用を前提にした大太刀ではないのだけど、と胸の内で付け加える。

 

「楼観剣と白楼剣は本来、三対一体の刀なんです」

「三対一体、ですか?」

「残り一振りの所在を探すのが私が旅をする目的、此処に来たのもその一環」

「その手掛かりが、この先の集落に?」

「ちょっとした噂を耳に挟んだものでして」

 

 直接、集落の者に関わりがあるとは思っていませんよ、と付け加える。

 

「鬼が出る、という話を聞きました」

「鬼、ですか?」

 

 大熊なら出ますけど、と少年は少し困惑した様子で続ける。

 

「はい、鬼です。まあ幻想薄れし今の御時世に信じられないのも無理はありませんが」

 

 そう言って、私は改めて腰の刀に手を添える。

 

「この白楼剣と楼観剣、鬼が打ったという曰く付きの刀であります」

 

 

 集落まで足を運ぶと道連れの少年、竈門炭治郎は背負って来た木炭を元気良く配り始める。

 彼の家は集落にはない。此処よりも少し奥地にある炭焼き小屋で普段は生活を営んでいるとのこと。だけど村の住民と挨拶を交わす様子を少し遠目に眺めるに、彼は人に良く慕われているようだ。

 しかし大熊が出ると自分で言っていたのに、よくもまあ人里離れた一軒家で暮らせるものである。

 

 幻想郷なら並大抵の人間は妖に食われて終わる。

 尤も、白玉楼も人の事を云える立地ではないですが。

 

 木炭を配るだけならば、日が落ちる前に帰る事が出来た。

 しかし彼は自分に掛けられた言葉を蔑ろにせず、傾聴し、時に手を貸したりする内にすっかりと日が傾いてしまった。

 日が暮れる、夜中の山道は危険が多い。

 だけど炭治郎は気にせず、木炭の代わりに土産を入れた籠を背負って山に入ろうとする。

 

「俺は、鼻が効くんです」

 

 自身の鼻を指で差す彼を見て、私の脳裏に思い浮かんだのは妖怪の山に生息する白狼天狗の事だった。

 

 なんとなく一緒に行動をしていた私に炭治郎は、もし良ければ、と口を開く。

 

「泊まる場所がないのであれば、俺の家に来ませんか?」

「ありがたい、薪割りから手伝いますよ」

 

 家事には自信があるんです、と力瘤を披露する。

 白玉楼の家事全般、庭の手入れに剣術指南役と様々な役職を請け負って来た身の上である。剣術指南役としての御役目を満足に果たせた事は一度もないですけども、護身術という意味では、我が主は、私なんかよりも余程の使い手ですし。教える事がない。

 彼一人、夜の山に戻らせるのも忍びなかったので私の心情的にも嬉しい申し出である。

 

「炭治郎、そこの嬢ちゃんもだ! おめえたち、山へ帰るつもりか!?」

 

 二人して振り返れば、家の扉から半身を出した壮年の男が深刻な顔で続ける。

 

「危ねえからやめろ」

「三郎爺さん……俺、鼻が利くから大丈夫だよ」

「熊程度であれば、敵にもなりません」

 

 と腰の脇差に手を添えるが「熊がなんだ」と男は真顔で吐き捨てる。

 

「鬼が出るぞ」

「鬼?」

 

 炭治郎が横目に私を見た。

 

「うちに来い、止めてやる。嬢ちゃんもだ」

 

 私が炭治郎を見つめる。

 彼もまた私を見返し、少し考え込んだ後に頷いた。

 

「三郎爺さんも歳だから、きっと寂しいんだ」

 

 そうして私と炭治郎は彼の家に厄介になる事を決めた。

 粥と味噌汁、久方振りのまともな食事。

 味噌の香ばしい香りを堪能し、まともな味付けに感動しながら壮年の男の話に耳を傾ける。

 

「昔から日が暮れると鬼がうろつき出す。だから夜に歩き回るもんじゃねぇ。食ったら寝ろ、明日早起きして帰りゃ良い」

 

 この話を耳にした炭治郎は少し不安になったのか、私と男を一瞥して問い掛ける。

 

「鬼は、家の中には入って来ないのか?」

「いや、入ってくる」

 

 男は煙管に口を付けて、たっぷりと煙を吸い込んでから感慨深そうに続ける。

 

「入ってくるから、鬼狩り様が鬼を狩ってくれるんだよ。昔から」

 

 その妙に実感の籠もった言葉に、私は鬼狩りを生業とする者達が現実に存在するのだと感じた。

 並べられた布団、枕元には、一振りで幽霊十匹分を消滅させる逸話を持つ楼観剣。胸元に抱きかかえるように白楼剣を握り締める。それから枕の代わりに半霊を頭の下に敷く。

 私の半霊を見て、炭治郎は、眠たそうに問い掛ける。

 

「少し気になっていたのですが、その白い餅みたいなのって何ですか?」

「私の半霊です?」

「半霊?」

「私、半分幽霊なんです」

「えっ? 幽霊?」

「半分幽霊で、半分人間。そういうものだと認識してくだささい」

「はは、それは……」

 

 少年は、とろんとした目を閉じながら消えゆく声で続ける。

 

「鬼よりも、幻想的ですね……」

 

 少年が寝静まったのを確認し、私も頭の一部で警戒心を高めながら闇の中に意識を落とす。

 

 

 翌日、まだ日も昇り切っていない時間帯に集落を立つ。

 既に此処に来た目的は達成している。しかし他に行く目当てもなければ、食料も心許ない。何よりも、この雪道ではまた遭難してしまいそうだ。炭治郎は、此処で出会ったのも何かの縁だと家に招待してくれる事は変わらず、家の事が落ち着けば、と山を降りる所まで案内してくれる約束までしてくれたのだ。

 これは家事を頑張らなくては、と私は気合を入れる。

 

「何も言わずに外泊したからな。きっと皆、心配している」

 

 彼も家族の事が心配のようだ。だけど私への気遣いも忘れず、時折、振り返って私の様子を窺う。

 

「勝手は違えど、同じ山育ち。心配は無用ですよ」

 

 私の息一つ切らさない様子を見て、彼は足を速める。

 足早に登る山道の最中、炭治郎は昨晩泊まった家主の事を語り聞かせてくれる。

 

「三郎爺さんは、家族を亡くして独り暮らしだから寂しいんだ。今度は、弟達も連れて来ようと思ってる。鬼なんて居ないんだよって安心させてあげたいんだ」

 

 そう笑顔で語る彼に、思わず、私の知っている事実を口にする。

 

「鬼はいますよ」

「えっ?」

 

 冷や水を浴びせるつもりもなく、否定したかった訳でもなく、ただ私の知っている在りのままを口にする。

 少年は、ふと足を止める。

 どうしたのか、と振り返れば、彼は真顔に冷や汗を垂らす。

 

「風向きが変わった」

 

 向かい風、吹き抜ける風に少年の顔は、見る見る内に青褪める。

 

「……血の、臭いがする」

 

 炭治郎は籠を投げ出し、途端に駆け出した。

 彼の豹変ぶりを目の当たりに「失言でしたかな」と追いかけるのも忘れて暫し彼の背中を眺める。雪が積もっている。雪は深く、道は獣で踏み荒らされている。

 炭治郎の姿が見えなくなり、漸く、私は自分が遭難仕掛けている事実を察して慌てて追いかけた。

 

 山を彷徨う事、半刻程。完全に道を見失った私の耳に怒声が響く。

 

「生殺与奪の権を他人に握らせるなっ!!」

 

 日々鍛錬を重ねた脚力で声する方へと駆け出した。

 一面の雪化粧の中、木々の隙間の先に市松模様の羽織を着た少年が地面に蹲る様に土下座しているのを見た。彼が頭を下げる先には、青年が少女の首根っこを掴んで、片手に持った刀の切っ先を首筋に突き付ける。

 何かを言い争っている、それにしては一方的だ。

 関係ない、と私は背負った大型の打刀。楼観剣を腰元に引き寄せて、地面を踏み締める。居合抜刀の構え、此処から繰り出すは魂魄家に代々受け継がれる秘伝の指南剣術。先ずは斬る、斬ってから考える。

 距離はある、関係ない。

 まだ未熟な身なれど。

 

「現世斬」

 

 此れを見過ごして、何が侍か。

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