みょん柱。 作:みょん!
目を覚ますと布団の上で寝かされていた。
先ず最初に刀を探した。楼観剣と白楼剣、祖父から譲り受けた家宝と呼んでも良い二振りの刀は枕元に置かれており、ほっと安堵の息を零す。改めて周囲を見渡すと畳の部屋、居間程の広さがあり、私の分の他にも布団が敷かれている。誰かが使った形跡はあるが今、部屋に残されているのは私だけのようだ。
階下から賑やかな声が聞こえたので、状況を把握する為にも刀を腰と背に携えて階段を降りる。
なんとなく足音を潜めて、腰に佩いた白楼剣の柄に手を添える。
一階は料理屋の様だ、見知った顔と知らない顔が鍋を突いている。
とりあえず白楼剣から手を離す。最初から無用な警戒だとは思っていたが、状況が掴めない以上、神経を張り詰めずにはいられなかった。
なんだかんだで女の一人旅、狙われる事も多いのである。
「あ、起きた?」
さて、どうしたものかと少し考えていると、お盆を片手に持った妖怪の少女に声を掛けられる。夏場の雨を彷彿とさせる水色の髪、そして赤と青の瞳。背中には、私の楼観剣と同じ様に唐傘を背中に担いでいる。屋内なのに、屋内でも担いでいるという事は、唐傘の方が本体。もしくは、自身の存在証明の為に重要な代物。即ち、彼女は、唐傘お化け。お化けはお化けでも、唐傘お化けは斬れるから怖くない。
「此処は横浜の居酒屋、鯨呑亭だよ。深夜帯は座敷童子が店を回してるから、私達も足を運びやすいんだよね」
浅草から少し遠いのが難点、と彼女は続ける。
「わちきは一本だたらの多々良小傘、普段は雑多な鍛冶屋として生計を立ててるよ」
「鍛冶屋、妖怪が?」
「あ、驚いてくれた? ちょっとお腹が満たされた気がする」
言いながら小傘と名乗った妖怪は自身のお腹を無でる。
「包丁の研ぎとか、
ふふん、と彼女は自慢げに鼻を鳴らす。
「小傘ちゃ~ん! 料理出来たよ~!!」
「今行く! 半霊ちゃんは、空いてる席に座ってね!」
店の奥からの声に小傘が急ぎ足で応える。
改めて部屋の中を見る。先ず、目に付いたのは死神の小野塚小町が御猪口に徳利を傾けている姿である。続いて、共闘した高貴な紫色の羽織に袖を通す赤髪の少女が皿に鍋の具材をよそっており、彼女の隣には、赤髪の飛頭蛮が胴体に首を付けている。赤髪率が高い。栗色の髪をしたハイカラ娘は上着を脱いでおり、彼女の隣には、貧相な身形をした青髪の少女が肩身狭く座っている。青髪の少女は自分の皿を持っておらず、ハイカラ娘に箸渡しで白菜を食べている。肉が欲しいと不満たらたらである。
随分と賑やかな空間だと思いながら、とりあえず知人である小町の隣に腰を下ろす。
「怪我の具合は大丈夫でしょうか?」
赤髪の……紫色の羽織を着た少女は、隣の飛頭蛮に肉と野菜、豆腐を盛り付けた皿を渡しながら問い掛ける。
「ええ、お陰様で。えっと……」
「小兎姫です。丁度、一年前に襲名した三代目でございます」
「魂魄妖夢、西行寺家に仕える料理人……ではなく、庭師、でもあるのですが……家事手伝い、でもなくて……」
剣術指南役です。と四度目にして漸く、自覚の薄い肩書きが口から出た。
「あら、お若いのに随分と大層な」
「こう見えても人間で云う所の還暦は過ぎてますよ」
「妖怪? にしては妖気が薄いようですが……」
「半人半霊です。私の半分は寿命がないようなものなので必然的に歳を取るのが遅いんですよ」
祖先が一度、死んで冥土から蘇った時の後遺症と聞いています。と言葉を続ける。
聞いた話で詳細はよく知らなかったりする。
結構、有名な伝承だという話だけど、あまり歴史を覚えるのは得意ではなかった。
「隣の妖怪は、赤蛮奇。飛頭蛮です。生首同士の意識は繋がっているので便利なんですよ、範囲に制限はありますが」
「私が小傘を呼び出して、小火騒ぎを起こさせたのさ」
「わちきも頑張った! 皆を驚かせたけど、お腹が膨らまなかったんだよね~」
なんでだろ? と盆に徳利を乗せた小傘が会話に挟まる。
「煙々羅の仕業って事になったのでは?」と小兎姫が御猪口に酒を注ぐ。
「え~!? なんで~!?」
「小火騒ぎと一本だたらって関連性薄いですし」
言って、小兎姫は小傘の盆から徳利を手に取り、御猪口に酒を注いで一息に呷る。「ん~!」と悶える様に声を上げた。
「小傘~、また美味しくなってない?」
「あ、分かる? 蒸留する装置を作り直したついでに作り方も少し変えてみたんだよ」
「さっすが人を驚かせること以外は大抵なんでも出来る程度の能力の持ち主!」
「嬉しくなぁ~い! ちょっとお腹が満たされてるのなんかやだ~!」
う~ん、賑やか。宴会とは斯くあるべきか。
肩を指先でトントンと叩かれたので振り返れば、小町が空の御猪口を私に差し出していた。
受け取れば、何も言わずとも徳利でトプトプと透明の液体を注ぐ。
嗅いで分かる酒精の強さ。見れば小町は、耳まで赤い。
一息に飲み込めば、喉が焼ける。喉元過ぎれば、顔がボッと熱くなる程に強かった。
鬼が知れば、全てを投げ出して飛んで来そうだ。
「酔い潰れてしまう前に少し本題に触れましょうか」
微かに頬を朱に染めた小兎姫がパンと両手を叩いて、注目を集める。
「少なからず手を取り合った中、同盟とまでは言いませんが……あの人喰い鬼は放置するには危険な輩、ウチの赤蛮奇に聞けば、一人や二人ではないという話ではありませんか。少なくとも此処に居る皆は人喰い鬼と敵対する立場の存在、我々で協力出来る所は協力し合いませんか?」
にっこりと柔和な笑みを浮かべる小兎姫の言葉に、全員の視線が鋭く細められる。
死線を潜り抜けた事を思い出す。
あの異形の侍と対峙した場面は、紛れもなく死地だった。
「あ~、悪いんだが」
と最初に切り出したのは三途の川の舟守、小野塚小町だった。
「あたいは積極的に協力出来そうにない。上司の任務で来ただけで人喰い鬼と遭遇したのは本当に偶然なんだ、仕事以外で面倒事を抱えるのは御免被りたいね」
「貴女の仕事は?」と小兎姫が問い掛ける。
「あたいは死神、普段は三途の川の舟守をしていてね。昼寝と三途の川を渡る幽霊の話を聞くのが趣味の穀潰し、身を張ったのも知り合いが戦闘に巻き込まれているのが目に入ったからなんだよ」
小兎姫が少し考え込む仕草を見せた横で、赤蛮奇が口を開く。
「死神の仕事って寿命を踏み倒してる輩の魂を刈り取る事だろう」
「そうだね。あたいの任務は、地上に逃げた、とある不良天人をとっちめることなのさ」
「人喰い鬼は良いのかよ、あれだって仙人や天人と同じ類の存在じゃないのかい?」
痛いとこを突く、と小町は零して酒を呷る。
「人喰い鬼の是非に関しては今、是非曲直庁でも審議中でね。今は仙人や天人を優先してるんだ」
「随分と判決が出るのが遅いこったな。人喰い鬼の噂は結構前から聞いている。それこそ私が生まれる前からって話だ」
「赤蛮奇?」と小兎姫が冷たく咎める様に相棒の名を呼べば、相棒は露骨に視線を逸らす。
「……鬼殺隊っていう鬼狩り専門部隊が居るんだよ」
そういえば、と鬼殺隊と関わっておいて今更ながら思った事を訊いてみる。
「その鬼殺隊は、妖怪退治とは別なのですか?」
「昔から鬼狩りと妖怪退治は別で扱われているよ」
小兎姫が黙って耳を傾ける横で、赤蛮奇が少しビク付きながら答える。
「妖怪は血の気が多く、つい気分が昂って暴れる事もあるけど常日頃から好戦的って訳じゃない。妖怪の糧は人の命ではなく心の方だからかな。命を食い物にする人喰い鬼とは、別物として扱われる事が多いんだよ。一般人からすれば一緒かも知れないけどね。習性も目的も違うんだから討伐方法も変わって当然、なんなら人喰い鬼には妖怪用の結界術とか効果が薄いらしいからね」
ふうん、と私は気のない返事を零す。
(まあ斬れば一緒って部分は変わらなさそうだ)
得心した。
「はいは~い!」
話の区切りで手を上げたのはハイカラ娘、青髪の見窄らしい少女に茸で餌付けをしている。
「あの吸血鬼娘を殴り足りないってのはあるけど、流石に命の危険を伴ってまで体を張れないわよ。この酒と交換って事で良いなら、ちょっとくらい情報収集に協力してあげても良いけどね」
えっと、と私が声を漏らせば、ああ、とハイカラ娘が反応する。
「貴女には自己紹介がまだだったわね。私は依神女苑、隣の薄汚いのは私の姉で名は紫苑。普段は浅草周辺にいるわよ。これで顔が通ってたりするんだから」
胸を張る女苑に「貢がれ屋の疫病神と云えば結構、名が知れた存在だよ」と赤蛮奇が補足する。
「あんたは貢がせた人間から相当、恨みを買ってるって噂だけど?」
「私は末永く貢いで欲しいのに勝手に身を崩す甲斐性なしの事なんて知らないわよ。逆恨みされて良い迷惑、勝手に惚れた癖に裏切られたとか喚いて妖怪退治を連れて来たりするんだから」
「赤い通り魔被害者の会……ふふ、懐かしい……」
青髪の見窄らしい少女が含み笑いを零す。
あっ、あの姉、喋れたんだ。疫病神と姉妹って事は貧乏神かな?
「天邪鬼が息巻いてたわね、ひっくり返す能力で無効化出来るって言ってた癖に何度も投げられてたの今でも笑えるわ」
「うん、皆にも見せてあげたかった。最初のイキってるところから」
貧乏神と思しき少女はくすくすと肩を揺らす。
「情報提供をして頂けるだけでも構いませんよ」
小兎姫が脱線しそうになった話を元に戻す。
「あまり東京府近郊から離れられませんので……こちらでも不良天人の情報を集めてみますので、小野塚様も協力して頂けませんか?」
「あたいを戦闘要員として数えないなら構わないよ」
「ええ、充分です。まあ私達だけで動いて、どうにか出来る相手とも思えませんけども」
愚痴るように零した後、小兎姫が私を見る。
「魂魄様は、協力して頂けますか?」
彼女に話を振られる前に考えていた事を口にする。
「私は今、鬼を探して旅をしています。人喰い鬼とはまた別の、昔話に出る大江山に住むような鬼です」
私の言葉に小町が僅かに反応を示す。
彼女は祖父の知己であり、事情を知っているのかも知れない。
祖父が何度か幻想の地を離れたのも同じ理由なのだ。
「この楼観剣と白楼剣は本来、三対一体の剣。鬼が打ったという逸話があり、最後の一本は鬼が持っている可能性が高いと祖父から話を聞いています。道中、鬼を狩るのは事のついで、鬼狩りが私の本筋ではありません」
私の話を聞いて「分かりました」と小兎姫が答える。
「刀を打つ鬼に関しての情報も集めておきます」
「で、あれば、私も協力します」
「後でもう少し話を煮詰めましょう。小野塚様も、依神様も」
「女苑で良いわよ、姉さんの事も好きに呼べば良いわ」
「え、なんで勝手に?」
「良いでしょ?」
「まあ、良いんだけど……」
「それならあたいも小町で良い」
「では私も妖夢で」
分かりました、と軽く頭を下げる小兎姫に対して私はふと思った事を口にする。
「私達よりも鬼殺隊と協力した方が良いのでは?」
「接触は試みるつもりですが……蛮奇?」
「知らないよ。あいつら妖怪相手でも問答無用に斬って来る異常者なんだから」
「だ、そうです。地道に探します」
小兎姫が深く溜息を零す。
「藤の家紋の家を探せば、接触出来ますよ? というか……」
私が懐に入れた人差し指程の笛をピィーッと鳴らせば、バッサバッサと夜空から鎹烏が飛んで来る。
「痛い痛い、なにこれ! なんで私なの~!?」
そして貧乏神の姉の頭の上に飛び乗った。
黒い羽根が鍋の中に入りそうになったので、私は箸で摘まんで外に避ける。
皆が鎹烏を見た、そして私の顔を一様に見つめる。
「私、連絡手段を持ってます」
パチクリと目を見開く中で一人、小傘がポツリと零す。
「びっくりした。あちきの専売特許が……」
一人、項垂れた。
◆
黒死牟とくるみが無限城に戻った時、二人を待ち構えていたのは鬼舞辻 無惨。
眉間に皺を寄せた神経質な顔立ち。額に青筋を浮かべており、彼が怒っている事は一目見て分かる。
久方振りに向けられる殺意に黒死牟は自身の身が強張るのを感じ取った。
「無惨さま~! くるみ、酷い目に遭いました~、慰めてくださ~い……!!」
余程の大物か、稀代の大馬鹿か。吸血鬼娘は大粒の涙を流して無惨の胸元に飛び込んだ。
「このうつけがッ!!」
「ぎゃんっ!!」
張り上げる怒声。能天気な吸血鬼娘の脳天に拳が突き刺さり、くるみは畳ごと床を砕いて突き刺さる。
上半身は床に埋まって、残された下半身はスカートが捲れてドロワーズが露になる。
滑稽過ぎて、まるで色気が感じられない。ある意味、才能である。
「黒死牟、貴様もだッ!!」
彼の怒りは一撃では収まらず、黒死牟にも向けられた。
「連れ戻すだけならば、鳴女に任せれば事足りる!! あえて貴様を送り出したと云う事は目撃者を全て始末しろという意味だッ! この馬鹿は、何度も私の名を呼んだのだッ!! 何故わからんッ!!!」
黒死牟は主君の激情を黙して受け止める。
反論をしても意味がない事は、これまでの経験から理解している。
無惨に生殺与奪の権を握られている以上、黒死牟は彼の怒りが収まるのを祈るしかない。
だが、この時ばかりは逆効果だった。
黒死牟の全てを悟る澄ました態度が無惨の癪に触り、激情のまま拳を振り上げる。
「まあまあ」
と少し気の抜けた声が響く。
無惨が背後を振り向けば、中華服を着た長躯の少女が笑顔で佇んでいる。
握り締めた拳の矛先を紅美鈴に向けようとした瞬間、美鈴は続く言葉を口にする。
「吸血鬼娘と黒死牟さんの顔が知られたとて、些細な事。無惨様の名が知られたとて、表で活動する時に無惨様が自分の名を名乗った事は一世紀以上もないようなので問題ありませんよ。元より鬼殺隊には名前が知られてるって話ですし、東京府近郊に拠点がある事は割れてますしね」
無惨は美鈴を睨んだ。
しかし美鈴は欠片も動じず笑顔を浮かべ続ける。
無惨は舌打ちし、拳を下ろす。
「会社はどうする?」
「被害者ぶれば、良いんですよ。知らなかったって、話の流れによっては相手の方が頭の可笑しい連中だと言ってしまっても良い」
「このバカ蝙蝠は?」
「表向きには、母国に帰って貰った事にでもすれば良いのでは? 鬼殺隊には、失踪扱いにしておけば、鬼殺隊の中での整合性が取れます」
まあ、と美鈴は続ける。
「何時も以上に警戒はされるでしょうが、いっその事、会社を囮として使い潰しても良いんです。鳴女さんの血鬼術があれば、物流を辿るなんてほぼ不可能なんですから。海外から得た品も無限城から出さなきゃ良いだけの話です」
「……任せる。あまり私を苛立たせるな」
「仰せのままに」
美鈴は恭しく頭を下げる。
大きく息を吐き出す音、無惨は無言で背を向けて視線だけで鳴女に合図を送る。
琵琶を弾く音、無惨は忽然と姿を消す。
「いやあ、とんだ外れくじを引いちゃいましたね~」
わざとらしく胸を撫で下ろす仕草を見せる。
だが彼女は頬に冷や汗のひとつも流しておらず、安堵の息を零す仕草も演技にしか見えなかった。
少し薄気味悪い。弟とは別の意味で気味が悪かった。
しかし彼女のおかげで無惨が癇癪を起こす回数は、確実に減っている。
「助かった」
短く告げる。
「はい」
美鈴は満面の笑顔で応じる。
「これからどうするおつもりで?」
彼女の問い掛けに、黒死牟は少し間を置いて答える。
「一度、己の技を見つめ直そうと思っている」
「稽古相手を務めましょうか? これでも武芸百般、漢剣も青龍刀もお手の物です」
「いや、良い。今は、一人で見つめ直したい」
心に残るのは何度も投げ飛ばされた小兎姫の技ではなく、女剣士の一太刀。
瞑斬から連なる技の名は確か、楼観から弾をも断つ心の眼。
あの技を放つ一瞬、斬り合いの最中で彼女は目を伏せた。
何故、伏せた。目を閉ざせば、相手の技を見切る事は出来ない。
技を放つ瞬間、彼女には何が見えていた。
見ねば、斬れない。それが真実のはずなのだ。
透き通る世界。弟は、目を凝らせば、視えると云った。
鬼に身を堕とした今でも思う、気味が悪い。
「確かめたい、事がある」
黒死牟が強く刀を握り締める姿を見て、美鈴は羨ましげに目を細める。
「青春、ですかね?」
要は、あの女剣士の熱に当てられたという事だ。
鯢呑亭は、たぶん美宵ちゃんが来る前の鯢呑亭。
今んとこ本筋に絡む予定はないので、名前は伏せました。