みょん柱。   作:みょん!

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6.剣の道。

 鳴女が管理する異空間に重厚な衝撃音が響く。

 上弦・壱と書かれた六ツ目の侍が広間の隅で腕を組んで見守るのは、鬼と妖の手合わせである。

 上半身に袖のない羽織を羽織った男の鬼が行使する血鬼術の名は、破壊殺。人非ざる存在の身体能力を更に強化する術であり、練り上げた徒手空拳で自分と対峙する妖を目掛けて握り締めた両拳を浴びせる。しかし中華風の武闘着を着た女は前に翳した右手を小刻みに動かし、土石流の如き拳の乱打を、まるで擦り抜けるかのように凌いでいる。

 刹那にも満たない隙の糸に、するりと滑り込ませる女の拳が上弦の参、猗窩座の鼻先を捉えて動きを止める。

 体勢を崩す、僅かな隙に紅美鈴は相手の鳩尾に右拳を添える。

 

「紅寸剄」

 

 にんまりと笑みを浮かべた次の瞬間、美鈴の踏み締めた足元の畳が砕ける。

 猗窩座は腹部を抉る衝撃に目を見開いた。全体重以上の重量を右拳に乗せた一撃に耐え切れず、猗窩座は両腕で腹を抱えて膝を突く。露出した肌に滲む汗、歯を食い縛った口から血が吐き出されて、なお前のめりに倒れる事を許さなかった。「根性だけは認めて差し上げます」と美鈴は蹲りかける猗窩座の隣を悠々と歩いて距離を取る。

 そして定位置に着いて、肩幅程に足を開く。猗窩座が回復するまでの間、彼女は体内の気を練り始める。

 確か、あの技は虎勁と言ったか。

 

「功夫が足りていない」

 

 ゆるりと立ち上がる猗窩座に美鈴は静かに告げる。

 

「猗窩座さん、貴方は鬼の身体能力に依存し過ぎている。相手の技を知るには、実際に相手の技を受けるのが手っ取り早いのは確かです。しかし鬼の回復力に慢心し、防御が疎かとなって受けなくても良い攻撃を受けて体勢を崩す。こんなことでは上弦の壱はおろか、上弦の弐に対しても勝てる事はありません」

 

 猗窩座は回復すると同時に飛び上がり、両拳を引き絞った姿勢から拳を放つ。

 あの技は、破壊殺・空式。拳圧で衝撃波を飛ばす猗窩座の中距離制圧技。

 しかし美鈴は両手で渦を作る様に虹色の氣を形成し、猗窩座が放った衝撃波を吸い込んだ。

 

「水形太極拳、お返しします」

 

 溜め込んだ氣を虹色の氣弾として猗窩座に打ち返す。

 空中に飛んだ猗窩座には回避が出来ず、自分の放った衝撃波に上乗せした相手の氣を真正面から受けて後方に吹き飛んだ。

 しかし紅寸剄程の威力はないようで今度の猗窩座は、受け身を取って直ぐに構えを取り直す。

 

「術式展開。破壊殺・羅針ッ!」

 

 猗窩座の足元に展開される雪結晶、闘気の羅針盤。

 相手の闘気を感知する攻防一体の得意技。

 しかし美鈴は、一目見て技の性質を理解したのか、笑みを浮かべて無造作に距離を詰める。

 悠々と猗窩座の制空権に踏み込んで、更に一歩、もう一歩。

 あと一歩踏み出せば、足が触れる距離まで間合いが詰められる。

 猗窩座は、目と鼻の先にある美鈴を見て、困惑の表情を浮かべていた。

 

「私の能力をお忘れですか?」

 

 戦闘の最中、美鈴の闘気が無に等しいほどに凪いでいる。

 彼女に聞いたのは、気を使う程度の能力。

 欧州推理業界から出禁を受けている能力だと話に聞いた事がある。

 

「敵意を受けなければ、攻撃が打ち難いですか? ま、良いでしょう」

 

 これならどうでしょう。と美鈴が口にした直後、全身から針を刺す程の殺意が放たれた。

 観戦をしていた黒死牟が思わず、腰に佩いた刀の鯉口を切る程の敵意。

 これを真正面に受けた猗窩座が弾けた様に動き出す。

 闘気に敏感な猗窩座の身体では耐え切れず、誘いと分かっていても動かざるを得なかった。

 

「破壊殺・乱式ッ!」

「烈虹拳」

 

 猗窩座から放たれる無数の拳、黒死牟の六ツ目で漸く捉え切れる速度。

 だが美鈴の虹色の拳が全てを叩き落し、彼の両腕を弾き切った。

 弾かれた両腕を左右に広げて、無防備になる猗窩座の胸元に美鈴の肘が叩き付けられる。

 

「ぐ……うぅッ!!」

 

 胸骨が砕けた音、人の身であれば耐え切れない。

 だが猗窩座は鬼であったが為に耐え切れた。

 故に美鈴は追撃の手を緩めず、右拳を振り絞って相手の懐深く踏み込んだ。

 

「攻撃は最大の防御、手数で近付けなければ勝てる。まあ間違ってはいませんが……」

 

 地面を砕く踏み込みから真っ直ぐに斜め上へと放たれる右拳、技の名は紅砲。美鈴が今日まで見せた技の中でも特別に威力の高い一撃が猗窩座の胴体に突き刺さり、天井を幾つも突き破って彼の身体は部屋に戻って来なかった。

 

「手数と間合いで負けてるから黒死牟さんに負け続けているのでは?」

 

 パラパラと落ちる木屑に美鈴は中国式の礼を返す。

 同じ武闘家、惹かれあうものがあるのか美鈴と猗窩座が無限城で手合わせをする事は珍しい事ではない。

 最初に絡んだのは猗窩座の方で大陸の武術に興味を持っての事だった。

 しかし実際に手合わせをした時、地面に叩き伏せられていたのは美鈴ではなく猗窩座だった。

 無限城に初めて来た時、美鈴は物腰の柔らかい態度から鬼達に舐められていた。

 だが上弦の鬼を完封してからは態度が改められて、下弦の鬼すら恐れる存在に成り上がる。

 妖と呼ばれる存在は、これほどかと。

 紅美鈴という前例があり、無惨が呼んだ吸血鬼もまた同様に恐れられている。

 胡桃と呼ばれる吸血鬼娘は今、横浜で貿易商の仕事に従事している。

 鬼と同様に太陽の光に弱いが火傷する程度であり、日傘を差せば日中でも活動が出来た。

 美鈴と同じく日中に活動出来ない無惨の代理として行動している。

 

「少なくとも、己の技にも向き合えない相手に負ける気はしませんね」

 

 不意に呟かれる彼女の言葉に、黒死牟は胸の奥にじくりとした痛みを感じる。

 懐に忍ばせた笛。真っ二つに斬った時、己の中に残されていた大切な何かが永遠に失われた気がした。

 自分が未だに剣を捨てないのは何の為か。

 未練か、心残りか。

 他の何もかもを失っても、剣だけは手放す事が出来なかった。

 剣には、侍の魂が込められているのだと云う。

 今ある自身の刀を思い返す。

 無数の目が付いた刀身、侍の刀か? これが。

 結局、最後まで見切る事が出来なかった日本一の剣。

 頼むから死んでくれ、と願いながらも恋焦がれた、追い求めた。

 剣一つ、極める事も儘ならない。

 残したいものがあったのだ。

 今は、もう忘れてしまった。

 

 

 俺、竈門炭治郎は元水柱の育手、鱗滝左近次の元で修行に励んでいる。

 全集中の呼吸を身に付ける基礎訓練として、空気の薄い狭霧山を毎夜駆け下りては、夜が明けるまでの余った時間で水の呼吸の型を身体に染み込ませる。一人での型稽古は、狭霧山までの旅の道中で一緒だった妖夢が参考になった。彼女は常に頭の中で相手を想定して動いていたから、技を出すだけでなく、如何なる時に技を放つのか頭の中で想起する。

 その妖夢はと云えば、狭霧山から離れている。

 だけど月に一度、あるかないかの頻度で顔を見せに来て、木刀で手合わせをしてくれる。基本的には打ち込み稽古、木刀を片手に構えた妖夢にまだ未熟な水の呼吸を一方的に繰り出し続ける。だけど守りを疎かにすると妖夢の蹴りが飛んで来た。容赦なく鳩尾を蹴られて、蹲る俺に反撃に対する意識が薄いと叱責が飛んでくる。

 一度だけ妖夢に本気で戦って貰った事がある。

 その時、妖夢は木刀ですらなく軽く力を込めれば曲がる木の枝を拾って、人差し指と親指で摘むように俺と対峙する。

俺は木刀だったのだけど、妖夢には触れることすら叶わなかった。斬り掛かった擦れ違い様に十ヶ所以上も同時に斬り刻まれた感覚がある。枝で肌を叩かれた感覚だけが皮膚の表面に残り、俺の未熟な場所を打ち据えられていたのだと知る。自分が技を振る時、これだけ隙があるのだと嫌でも思い知らされる。

 指南剣術と名乗るだけあり、妖夢の指導は分かりやすかった。

 

 隙の糸、妖夢は相手に打ち込ませる時にわざと隙を晒して、相手が技を連携しやすいように打ち込ませる。刀に力が入っていない時は片手で打ち払って、攻撃だけに意識が向いている時は反撃し、技と技との合間の隙が大きな時は、先の先で技の出掛かりを潰す。型が矯正されていくのがよく分かる。

 優れた剣術家に指南して頂ける有り難みを噛み締める事、早半年、基本となる水の呼吸の型を学び終えて、修行も終わりが見えて来た頃に鱗滝は更なる課題を課して、その日から何も教えてくれなくなる。

 これに悪戦苦闘する事、三ヶ月。

 進展のない日々に嫌気が差した頃、もう何度目かになる妖夢が顔を見せる。

 

「なるほど、この岩を斬れと」

 

 妖夢は、鱗滝が残した身の丈程もある岩を一瞥する。

 

「これはこれは……鱗滝殿の意に反する事になってしまいそうですが、まあ手本を見せるくらいであれば良いでしょう」

 

 云うと妖夢は「近場に滝がありますか?」と俺に問い掛ける。

 

 修行の際に「水と一つになれ」と突き落とされた滝がある。

 立派な滝です、と妖夢は炭治郎の持つ刀を借り、静かに構えを取る。

 何度も見て来た居合抜刀の構えだ。

 だけど今回は、現世斬とは別の技の様な気がする。

 妖夢は目を伏せて、息を吐き出して全身の力を抜いていく。

 

「目で見るには、世界は情報で溢れ過ぎている。雑多な情報に惑わされるのであれば、いっそ目など塞いでしまえば良い。意識を一点に集中させたい時は、視覚以外の五感に頼るのが良いかと」

 

 呼吸は薄く、より細く。錆兎と真菰に学んでいる呼吸とは似ても似つかず、己の呼吸音すら煩わしい程の静寂。息を飲む事も憚られる緊張感に自分の呼吸も自然と細く、静かに、周囲の動植物すらも彼女の纏う静寂に呑み込まれる。滝の音が幾分か遠く、代わりに、サアサアと木々の擦れる音が耳に入る。

 

「……っ」

 

 息を吐く、前兆の音。

 剣閃が迸る。

 キン、と小気味の良い音と共に刀が鞘に納められる。

 瞬間、横一線に滝が斬れる。

 落下する激流に糸を引くような切れ目が見えた。

 しかし切れ目は一瞬で呑み込まれて、滝壺に水が叩き付けられる音が鳴る。

 妖夢は、雨を斬れる様になるには三十年、と呟く。

 

「岩を斬るのに必要なのは力ではありません。いやまあ力もある程度は必要なのですけども」

 

 言って彼女は滝に紛れて落ちる木の葉を一瞬の居合で斬った。足元の膝程の高さのある苔の生えた岩を無造作に振り落とした岩でストンと切断する。

 

「正しい所作、正しい順序、正しい動作、正しい立ち位置、足運び、そして正しい剣筋。正しく斬れば、剣に斬れないものはない。故に剣は道足りうるのです」

 

 この腕を以てなお、彼女は、剣術の真髄に辿り着けていないのだと云う。

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

「……大岩を斬り、錆兎を超える事が出来れば、俺は少しでも妖夢さんに届く事ができるのかな?」

 

 修行の最中、俺は自分で斬った切り株の上に腰を下ろす。

 すぐ隣では真菰が花冠を作っており、反対側では錆兎が腰に真剣を佩いて立っていた。鱗滝の修行を受けたのが一年前、岩を斬れと言われたのが三ヶ月前の事、俺はまだ二人を相手に一太刀を浴びせる事も出来ておらず、大岩を斬る事も叶わない。精々、大木を斬るのが精一杯だ。

 俺の質問に錆兎が大きく溜息を零し、真菰は困った風に笑みを深める。

 

「馬鹿か、貴様は?」

 

 突然の暴言である。

 

「俺如きが、あの人の足元にも及ぶと考えていたのか」

 

 唖然とする俺に真菰が続ける。

 

「あの妖夢って人は炭治郎が死ぬほど努力して、何度も死線を越えて死んだ先でまた努力して漸く手が届くかどうかって程の人だよ」

「肉体的に衰えても元水柱の鱗滝さんに勝てるのは、柱くらいのものだ」

 

 自分と同じ程の年齢で、それだけの実力差。

 天賦の才という言葉が脳裏に過ぎる。

 だけど、と真菰が笑顔で答えた。

 

「あの人はたぶん、死ぬほど努力をした人だよ」

「えっ?」

「半人半霊なんだっけ? 本当に半分死んじゃうくらい剣を振り続けたのかも知れないよ」

 

 真菰が。くすくすと肩を揺らし、そして真っ直ぐな瞳で俺を見た。

 

「少しでも才能に頼ってる人の剣は、あんなにも愚直で真っ直ぐな剣を振るったりしない。私は、才能に頼って基礎鍛錬を少し怠っちゃったから……」

 

 目を伏せる真菰、反対側より「炭治郎」と名を呼ばれる。

 

「努力を怠る人間は、男ではない。今の自分に満足するな、大岩を斬ったとしてもだ。男なら進み続けろ、どんな時でも、どんな状況になったとしても決して俯くな。男なら、強くなれ。他者を守り、そして自分も守るんだ。自分も守り切れず、他人に背負わせるような人間は、男ではない」

 

 そういうのは、と錆兎は少し間を置いて続ける。

 

「女々しいと言うんだ」

 

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