小鳥のさえずり外から耳をつんざく。朝を知らせてくれる声だ。
僕は目尻を擦りながら寝床から起き上がる。
「⋯ふぁーぁ、今週も頑張るか」
動けるような簡易的な服装に着替え、母さんが食卓の準備をしている台所まで歩く。タンっタンっ、と床を鳴らしながら息子が来てますよの合図を母親に送る。
「──いただきま〜す。うん、おいひぃ」
「こら、口に物含んで喋ったらダメ」
「ん⋯、ごっくん。⋯もう父さん行った?」
「えぇ、リヨもパトロールに着いてくんでしょ?誰かにアグナとの関係を知られちゃ駄目よ?」
因みに、里のために力を振るい英雄としての地位を高めた父さんは僕たちの家族であることを悟らせぬように立ち回っている。さらに因むと、僕たちが今住んでいる場所は霧の湖の近くであるのだ。
父さん曰く、とりあえず霧に囲まれていれば誰かが近づく事もなく、家族であることも気付かれずに済むって感じらしい。あの性格でこうも適当に家を配置するなんて意外と頭では何も考えていなかったりして?まぁ他に身を隠せる場所なんて無いだろうし妥協した結果なんだろうと僕は考えている。
「ご馳走様でした⋯」
白米、お魚、沢庵、お味噌汁、それぞれ器に入っていた食べ物は全て己の腹の中に移動された。持っていたお箸を茶碗の上に置いて両手を合掌。
椅子から腰を上げる。
「気をつけなさいよ?今回は夫が隣にいるから大丈夫かもしれないけど、それでも森には危険な妖怪たちがいる事忘れないでよね?」
「うん、わかってるよ。それじゃ行ってきます」
僕はそれだけ言い残して、せっせといつも待ち合わせしている場所へ向かうのだった。
スタンッ と玄関の引き戸を閉め、軽くストレッチで身体をほぐす。これから行われるのは、力が発現するまでに父が代行の人々を助ける為の修行である。
やる事は一つ!とにかく父さんの後に着いていくことだ!
「ハァ⋯!ハァッ!んぐっ⋯」
悠々と飛び回る父さんの姿を見上げながら、僕は必死に走って着いていく。今にでも目の前が霞がかったようにぼやいているけど、気を強く保ちながら着いていく。だがそれだけに手一杯だ。
修行の為に父さんの後を着いていくとは言ったけど、人を助ける姿も見ておきたいと思ったからだ。いつか父さんのようになる事はとても誇らしい事だから。
「平気か?」
父さんが後ろ向きに飛びながら僕に話しかけてくる
「ハァッ⋯へ、平気に見えるッ?」
「無理はしなくていい。修行とはいえ体を壊す程の過度な負荷は父親として止めねばならない」
「ただ着いていくだけの修行を何年続けてきたと思ってるんだよ。おかげで体力は付いたし、これも僕の成果なんだ。心配しないで続けてっ⋯!」
喋りながら走る。一瞬でも呼吸が乱されると一気にスタミナが減ってしまうな⋯。なんでこんな時に話し掛けてくるんだ⋯。
そんな事を考えていると、突然父さんは飛行速度を落とし果てには静止した。
「リヨ。お前が私の後を着いていきたいと頼まれてから考えていた。このような修行は、正直言って無意味だ」
「⋯はぁ?」
あまりにも心許ない事を言われて、少しだけイラッとする。
「力は開花した後でいいんだ。地球人が一般的に行う修行の範疇では十分に人助けとして満足の得る成果は得られない」
「精々、里への荷車を後ろから押してあげるような事しかできないだろう」
「なんでそんな事言うんだよ?!僕は父さんみたいになりたいからやってるだけだ!」
「バルマウの力が発現すれば、お前の努力は無駄な物同然だと言っている。息子のこれまでの努力が⋯力が開花した後で水の泡の如く消え去ってしまうからだ」
「バルマウ人の力はそれほど強力なもの。そのような気持ちを味あわせたくはない」
「⋯⋯なんだよそれ?」
先程必死に父さんの後ろを着いていく事で精一杯の体が、アドレナリンで何事もなかったかのように疲れが消え去ったような感覚になる。
「じゃあなんで⋯、今なんだよ?もう何年経ってると思ってんだよ?何年も培ってきた努力を、今更はいわかりましたで諦められるわけないだろ?」
「それは⋯」
「息子を思うなら、息子のやることなす事、少しは褒めてくれてもいいんじゃないか?そんなの誰だって傷付くよ」
「⋯⋯す、すまない」
僕の父さんは、たまに父さんじゃない。価値観の違いなのか。バルマウでは地球と違って合理的な考えを持つ星なのだろうか。
「⋯⋯! 着いてこいリヨ。近くで妖怪が現れている」
「⋯⋯」
父さんはバルマウの人口やルール、使命意外しか聞いたことがない。それ以外を聞こうとすると極端に黙り込んでこちらを見つめてくるか、はぐらかそうとするかだ。
隠し事をしてるんだろうなと、内心そう考え込んでいる。
「─た、助けてください!誰かぁっ!」
「クックックッ!20年ぶりの食事だ⋯!大人しくすればいいものを、貴様は暴れたことで見るも無惨な最期を迎えることとなった!」
「そ、そんなぁ!」
「俺様の腹を満たしてくれた事は感謝する!死ぬがいいッ!」
「ヒッ!」
歪な爪を振り上げた瞬間、上空から人影が差し込む。
「な、なんだッ?!」
一瞬で腕を掴まれ、そのまま握力で握り潰してしまった。
「くっ!また貴様か⋯!20年前の屈辱⋯今ここで果たさせて──」
「⋯!」
茂みから隠れて見ていた時、見るも無惨な光景。手を突き出した風圧でいとも簡単に妖怪を全身ごと掻き消した。妖怪だけじゃない、後ろの木々が風圧で吹き飛ばされているのだ。地面の緑地が抉り取られて、緑だった地が土の色へと変貌を遂げている。
父さんの圧倒的な力。風圧で木々を吹き飛ばした威力が、それでも力を制御しているだなんて、未だに信じられないな。
「大丈夫か?」
「あっ、ありがとうございますぅ~!(泣)」
父親として雑なところはあるけど、人を救うという行動自体は一丁前で尊敬できる。なのにどーしてあんな中途半端な性格になってしまったのか、息子である僕にはわからない。
そんな感じでとにかく父さんの後を着いていく修行は夕方にまで続く。ようやく自宅の前に帰り、玄関の前で体を倒してしまう。
「ハァッ⋯ハァッ⋯しぬ」
「⋯⋯」
静かな空間に自分の荒い息だけが響いている。父さんの視線を感じ取りながら、物凄い気まずさを漂わせている。
かなり居心地が悪い。
体を起き上がらせ、一番乗りで中に入っていった。
「二人とも、おかえりなさい?」
「⋯ただいま、お風呂入って寝るね」
「ちょっとリヨ!夕飯は食べないの?」
有無を言うことなく、僕は自室に戻っていってしまった。
玄関へ振り返ると、靴を履き替えていた夫の姿が見える。
「喧嘩したのね」
「いや⋯これは必要な事だったんだ」
「どうして喧嘩をしてしまったの?」
「⋯人間の修行はバルマウの力に一切のプラスがないということを説明したのだ。意味は無いからやめるべきだと考え発言したんだ」
「そしたら、不満そうな顔で私に怒ってきた」
いつの間にか玄関の前で段上に腰掛けていた二人、父親は今日の出来事を話し、母親はその相談に乗っている。
「貴方⋯、あの子が自分なりに考えた方法よ?父親である貴方は息子の考えを尊重してあげて。あの子は、自分の考えを肯定してくれないから怒ってしまったのよ」
「だが、褒めるだけでは問題を解決できない!」
「あの子みたいな今の年頃は自分で考えて行動できるようになる時期なの」
「貴方はその手助けをしなさい。あやのはそれだけで嬉しいわ」
「⋯怒るだけでは駄目なのか」
「やり方の問題だわ、厳しい事も必要な事だけどたまには細かい事を言いたい気持ちをぐっと抑えて良いところだけを褒めるの」
「アイとムチというやつか⋯」
アグナは悟るような声色を零す。
「⋯⋯父親として、私は情けないな」
「⋯だが、お前がいるだけで心強い。また一つ大事なことを教わった。舞子よ、改めて謝罪をさせてくれ⋯」
「私じゃなくて、あの子に言いなさい」
舞子は立ち上がり、ホコリ掛かった腰を手でパッパッと落とす。
「それじゃあ久しぶりだけど、今夜は二人だけで食べましょうか」
「⋯ん、あぁ」
「最近腰が痛いのよね。誰のせいかしら」
「⋯───」
一方で、屋根の上で寝転がっていた僕は、考え事をしていた。
このまま力が発現することなく、里にいる人々のように普通の人間として生きる事を考えてしまうと、反射的に嫌な気持ちが渦巻いてしまう。
おかしいよな。自分は人を助けたいという立派な志を持っている筈なのに、その人たちの立場になる事を嫌がってしまうだなんて。やらない善より、やる偽善が内側ではなく外側がよければ良いんだけど、幼少期から抱いてきた目標を、捻くれた考えを持ちながら人を助けていくだなんて、個人的に良い気はしない。
人々を見下し、人々を助ける。
こんな奴がヤジの一つや二つ不満をぶつけられたら何をしでかすのか、嫌でも考えてしまう。やっぱり父さんみたいにはなれないんだろうな⋯そもそも力が発現しなきゃいけないし。
やっぱり諦めたほうがいいのかな〜。
「はぁ⋯」
あっ、そういえばゴミ捨てるの忘れた。結構溜まってたような?
最後の修行がてらに里まで捨てに行くか。
各部屋に小さなゴミ袋を大きな袋に入れた物は母親が裏に運ばせてある。それを里まで運び出すのだ。野に放つのもいいけど、常識的に考えてやってはいけないことだから。
タンタン⋯ と静かに廊下を歩いていると、キッチンの方から母さんと父さんの笑い声が響いてきた。
僕がこうして悩んでいるのに呑気に母さんと食べちゃってさ?まったく父さんってば健気なもんだな⋯。
ガタッ
「⋯む、リヨ?」
「あ、ゴミ捨てに行くからまた明日ッ!」
「待てリヨ!」
と立ち上がろうとしたアグナだったが、舞子に手を掴まれ引っ張られるように再び腰掛けた。
──
ガラガラガラ⋯と玄関の引き戸を閉める。緊張で強張ってた体は扉が閉じきった瞬間にリラックスされてゆく。
ふぁ…今朝起きた出来事について話し掛けられても気まずいだけだしな⋯また父さんと喋るのは明日くらいが丁度良い。
「とっととゴミ運んで帰ろう。まだ日も沈みきっていないようだしね」
霧の湖から里まで近い位置にあるのだから、走っていけばものの数分で着く。いつも父さんが代行でゴミを捨てに行くことになっているのだが、今回だけは一緒にいたい気分じゃない。
幸い修行で培ったこの体力がある。早く捨てて早く帰ればなんとか妖怪に襲われずに済む、と思う⋯。
まぁなんとかなるだろう──。
そう思いながらもゴミ袋を肩に掛けるような持ち方で、ナカイ不在のサンタさんさながらにせっせと人里へ向かっていくのだった。
芝のない土の道、左右には薄暗い森が覆われる程大きな木々たちが風で横に揺らされている。この奇妙なガサガサという音が思ったよりも怖く、鳴らされる度に呼吸を忘れたしまう。
恐怖で魂が抜けたみたいに体が軽い⋯あー怖い怖い。
しかし何とか人里の門前まで辿り着けたということで一先ず安心。
「むむ、お前はもしやリヨか?こんな所で何をしているッ?!」
「せ、先生ッ!?まずい!」
「なぁ〜にがマズイんだこら!逃さないぞ!」
ゴミを置いて逃げようとした瞬間、首の襟元を掴まれいとも簡単に逃亡を阻止されてしまった。僕は諦めたように体中の力を抜いた。
「ぐぅ⋯」
「こんな薄暗い森の中で何をしていたんだ⋯」
この女性の名前は、上白沢慧音【かみしらさわ けいね】先生。僕が幼かった頃のお世話になった担任の先生だ。勉強嫌いで頭の悪かった思い出が掘り起こされる。
アグナの息子である事は慧音先生でも気付かれてはならない。とりあえず森の中で運動をしていた体でなんとか誤魔化してみた。
「全く子供の頃と変わらないな。あの方のおかげで人里の周りは一定の平和で成り立っているらしいが、それでも妖怪は潜んでいる。大怪我をしてしまったら元も子もない。私が家に連れてってやろう」
「とりあえずゴミ捨ててもいいですか?」
「ん?あぁ⋯」
慧音先生と一緒にゴミ捨て場に行く事になったのだけれど、改めて間近で見ても整った顔立ちだ⋯。人里の人々を人並み以上に愛す芯の強さも世間じゃ持ち上げられてたけど、こういう所に男が惹かれてしまうんだろうな。いるかわかんないけど。
先生は右手に明かりを灯したランタンを持ち歩きながら、僕は先生の右側に歩幅を合わせる。
人が住んでいる沢山の建物が規則正しく横に並べられている。まだ夕暮れが完全に沈んだばかりなので、窓越しに灯りが照らされている。
一週間ぶりに人里へ訪れたので変わらないなと思いながらも足を運ぶ。
すると慧音先生が口を開いた。
「大きくなったなリヨも。十年以上前はこのぐらい可愛い子供だったんだぞ?」
そう言いながら手を水平に手首を折り曲げ、僕が昔小さかった身長を表現してくれた。そうか、慧音先生って妖怪なんだよな。人間と比べて妖怪よりも成長速度は遅いみたいだし。
「え、えぇまぁ⋯」
種族について先生から話すことは無かったけれど、妖怪という獰猛さのイメージが定着しているというのに種族関係なく人間と自然に会話できるなんて、差別があってもおかしくないのに、それら跳ね除けて手に入れた人々の関係だ。社会性も人並み以上にある。
ある意味革命を起こした凄い人だったりして?
なんて考えながらも先生と一緒にゴミ捨て場に辿り着けたという事でゴミ袋を中に入れた。
「よいしょっと」
ガッシャーンッ゙!!!
「「うわなんだッ゙!?!?」」
ダンクシュートかの如く上から振り落とそうとしたゴミ袋が思ったよりも激しく入れてしまったらしい。
というか激しいとかのレベルではなかった。
誰かが先に入れてあったゴミ袋が上から勢いよく潰された。圧迫された中身は外に飛び出し、食べ物の残骸などの捨て物が二人の足元に付着してしまった。
「き、汚い⋯ってそうじゃなくてなんだ今のは?!」
「シ知りませんよ!僕はただ捨てようとしただけです!多分爆弾かなんかが仕込まれてたんだと思います!」
「お前ゴミにそんなものを!」
「あいや、他にゴミを捨てた誰かの事だと思います⋯!」
僕はただゴミを捨てようとしただけだ⋯!バスケみたいにゴミ捨てちゃったからかだ。でもいつも習慣化したかのようにあんな捨て方を毎週続けてたけど前は大丈夫だったんだけど‥バルマウの力が発現しない限りは⋯!い、いやここに来て力の発現が⋯!
「リヨ⋯!今度は空を飛んでいるッ!!」
「え?!」
「いやちょっと浮いている程度だがぁ⋯⋯空を飛んでいる!」
「どっちも変わんないですよ!」
で、でもやっぱり⋯僕は力を発現させたんだ!
慧音さんの一言でようやく確信を持てた僕。10年以上も父さんのような力の無い生活から殻を破るように這い出る。今、嬉しさで口角が上がりきっていることだろう。
慧音はその光景が余りにも既視感を覚え、直ぐ様あの人里の英雄アグナという屈強な戦士の姿に結び付かれた。