人権ヒーラー(︎︎♀)に転生おじさん   作:春に木漏れ日

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1話

 ここ最近は風が強く吹いて、木枯らしが礼拝堂の裏手にある庭を覆って大変景観を損なっている。……いいや、人によってはこの枯葉ばかりの庭園に風情を見出すものもいるやもしれない。

 

 ともかくだ。私としてはこの状態の庭を好ましく思うことができないので、雲龍の米農家さんにおすそ分けでいただいた稲わらで編んだ箒で掃除でも、と考えている。

 

 となると、貧乏ゆえに散髪代をケチり腰まで伸ばしたやけにクソ長い髪が、当たり前に邪魔になる。

 

 たしか礼拝に来てくださる熱心な雲龍の民の皆さまからの貢ぎもので、結い留めがあったはずだ。掃除するにあたり至急髪を結いたいので、ありがたくそれを使わせてもらおう。

 

 ……神に仕えるものとして、主に捧げるのではなく私に捧げられている事実には如何かと思うが、まあ前世観の適当な無信仰に則ることで良しとしておこう。

 

 それに、客観視をしてみると見目麗しい容姿の私に彼らが貢ぎたくもなる理由も分からないでもない。あと物より現金をくれ。現金を。いつでも餓死寸前なんじゃこちとら。

 

「ええっと……この奥の引き出しの、二段目に……おお、ありました」

 

 この世界に来てから、二十と少しの年月を重ねたので、初めは慣れなかった女性的な習慣にもずいぶんと慣れたものだ。年季の入った木目調のドレッサーに座って、一枚絵でも描いて額縁に飾れば買い手が付きそうなほど美しい女性が映った鏡と対面する。まあその美しい女性こそ、なにを隠そう私本人なのだが。

 

「まあ……これくらい結えば、邪魔にはなりませんかね……?」

 

 試しに髪を一房にして結っては、それでも長そうだと思えば解き、そしてまた大袈裟に束ねて結う。慣れたもの、などと表現したが、ようは繰り返し(さま)になるまで試行し続ければなんとかなるという魂胆である。

 

 建てつけの悪くなった礼拝堂の大きな扉の片方を、全身を使って押し開けて、珍しく暖かい秋の空に気持ちよく目を細める。雲を突き抜けるほど高くそびえる龍の如き城、この国雲龍の由来でもある雲龍城が、空を見上げれば厳かに顔を見せている。

 

「うんっ、いい天気ですね。 今日も一日……がんばりましょうか」

 

 中華風の建築様式ばかりが目に入る雲龍で、絶対に相容れるはずのない西洋的信仰を布教しようと寂れた礼拝堂を運営している貧乏な修道女。それが私、レア・オルテンシアである。

 

 

 

 私ことレア・オルテンシアという存在が『冥魂』というゲームで人気を博していたキャラクター(創作物)である、という認識を得たのは、故郷であるテイルムンド帝立大学の卒業式、その真っ最中であった。

 

 母のドロテア・オルテンシアがそこそこ高位の聖女であったこと、父は私が物心というものがつく前にはどこかに失踪していたことから、私が背を追いかける人など決まっており半ば強制的というか、それ以外の道などないといった風に聖職者の道を志した。

 

 頭の片隅に引っかかりを覚えたのはその聖女とかいう()()()()()()()()()二文字に対してであった。昔からどこか自らを俯瞰して眺めているような、自分ではない自分が内在している感覚は幼い頃からもあった。

 

 その違和感が無視できないほど突如として膨れ上がったのは、恭しく祝辞を述べる初老の学長のたいへん立派にたくわえられた顎髭を見つめた直後であった。なんてタイミング。なんてハプニング。できればもっとロマンチックな瞬間がよかった。

 

 自覚すれば一瞬。これまでの生活で時折直面したちょっとした違和が点と点で繋がり、前世と呼ぶべきものの記憶が一度に脳内へ駆け巡った。本当にクソみたいなフラッシュバックである。

 

 結果、元々あったレア・オルテンシア本人の精神と奥底で沈み眠っていた三十半ばのおっさんのカスみたいな自意識が混じりあった。知りたくもないおっさんの人生が走馬灯のように駆け巡ったことに私は吐き気を抑え、絶望過多、顔面蒼白に染まるべくして染まるほかなかったのだった。

 

 思えば、今の今まで自らの美しい容姿によって誤魔化せはしたが……他の同性の学友に比べて、ちょっと、いやかなり私は風変わりな少女であったと思う。

 

 女の子ならばはしゃいで喜ぶような趣味嗜好に一切目もくれず、彼女たちの好むそれらが女性らしさと分かっていながらも、まったく食指が湧かなかった。なんなら、中等部に編入するまでは私は虫取りなどを好んで行っていた覚えさえある。

 

 つまり行動に滲み出る雰囲気は女性的なそれではなく、どちらかと言えば男性的なそれであった。駆け巡った前世の記憶を参照するに、そりゃあそうだとしか言いようがない。

 

 どうも前世の私は無個性かつ乾燥した人生を送っていたようだが、どう足掻こうとも私の前世は抗いようもなく男だったのだ。そして、大層な思い出もなかった前世にて、今世における私の名───レア・オルテンシアという音の響きは、唯一無関係ではないことも……気付かざるを得なかった。

 

 

 

 つつがなく髪を一つ結びに結うことのできた私は、箒を片手に持ちさして急ぐ必要もないのにそそくさと礼拝堂から外へ出て、わっせわっせと枯葉を一所に集め始めた。

 

 特に集中して掃除に耽っているわけでもないのだが、やはり枯葉掃除というのは足下、つまり地面に向かって視線が行くものだ。芝と綺麗に敷き詰められた、雲龍でよく採れる玄武岩の石畳ばかり見つめていれば、おうおうどうしたどうしたと心配する者もいるようで。

 

 石畳と石畳の間に挟まって不動を貫いている葉に悪戦苦闘している私の肩をトントンと叩いて悪夢から目を覚まそうとしてくれる、はた迷惑……う゛う゛ん!心優しき善きお方が現れた。まあ、水を差されたと思いしっかり私は睨みを飛ばしたが。こういうのは心持ちである。

 

「……ああ。これは失敬、頑固な枯葉をやっつけるのに夢中になっていました……。おはようございます」

 

「おう、おはよう。そのまま道の真ん中にフラフラと歩み出て、御者が率いる馬に蹴飛ばされないかヒヤヒヤしたぜ」

 

「それに関しては、あなたが声をかけてくださったおかげで、馬の蹄の砥石代わりにならずに済みそうです。

 はて、そちらは……このような時間から雲龍僧兵としてのお勤めでしょうか?」

 

 失礼ながら壮年の彼の名前は存じ上げない。が、私は見ず知らずの他人ともしれっと日常会話のできるタチである。

 ので、その場のノリで思い切ってパーソナルな部分にずけずけと土足でお邪魔し、訊いてみたりもする。

 

 今世は顔の良さというのは交渉力に影響すると、かなり痛感するときが多く存在する。そう、例えば今とか。

 

 仮に前世の虚無を瞳に映したおっさんの顔面であれば、きっと目の前の彼も「なに?こわっ、キモッ……」となるに違いない。しかし、私は高尚な聖女であり、かつ相当な美女である。多少失礼でもどうにかなるのが素晴らしい。

 

 まだ雲龍では無名の聖女だけど。いいもん、いずれたくさんの男に言い寄られまくるし。いや、それはどうなんだ?ダメか。不徳か。

 

「ああ、そうさ。どうやら最近雲龍の西の外れで霊廟域が発生したらしいんだと。今回はその調査と……あわよくば沈静化が狙いだな」

 

 ほおら見た事か。キモがられることもなく、そして唾を吐きかけられることもなく。雲龍の公務員としてはきっと吐いちゃいけないヤバそうな情報をこうもしれっと教えてくれるではないか。嗚呼、美女万歳。嗚呼、聖女万歳。

 

「霊廟域……“魂”が欠け怪物と成り果てた人々が誘蛾灯に誘われる蛾の如く跋扈する……あの異常現象のことですか?」

 

 実を言うと私は前世による『冥魂』プレイ知識、そして今世において特殊な立場である都合から、そんじょそこらの関係者よりも霊廟域に詳しい。しかしだね、ここで大事なある一つの人生の教訓が活きてくる。

 

 仮にその分野に明るく相手より詳しかろうと、年配者の前では知らぬフリをするのがマナーなのだ。要らん記憶ばかりある前世のおっさんスキルで、かなり役に立つものの中で少ない一つがこれ。

 

 そのマナーに当てはめ、「もしかして……こういうことですか?」というさりげなさを演出し、気持ちのいい会話のスルーパスを出してあげることで、彼らが人生で培った含蓄の見せ所をつくってやる。そうやって、彼らの上層部と部下の板挟みで擦り切れた自尊心をいい感じに満たしてやれるのだ。

 

「その認識で間違いない。俺はこの歳になるまで数多の霊廟域に足を踏み入れてきたがよ、あそこは常人が生半可な気持ちで行くもんじゃねぇ……あれは、地獄みたいなところだ」

 

「それはそれは……大変恐ろしい場所ですね」

 

 雲龍僧兵としての年数でいえばベテラン。しかし階級としては下から数えた方が早そうな、ヒラの僧兵である彼は現にとてもご満悦である。

 

 嬉々として霊廟域の恐ろしさたるやと鼻息荒く語る姿は、かつての私がヘコヘコと腰を折り頭を下げて諂っていた、あのビール腹の中年上司を思い出して涙が出てくる。

 

 しかしなんとまあ……霊廟域か。何度聞いても言い得て妙というか、上手く名を考えたものだと感心する。字引きをして意味を調べてみると、曰く霊廟とは亡き者たちを祀る建造物のことだそうで。

 

 “魂”の欠けた者たちはもはやそこに在りはせず、抜け殻のような異形が残されただけに過ぎないと解釈すると、まさに霊廟域は彼らを祀るための場所といって差し支えないだろう。ピッタリ。

 

「…………耳寄りな情報ですねぇ」

 

「ん? 嬢ちゃん、なんか言ったか?」

 

「ああいえ、なんでも。 レヴナントとなってしまった方々や、レヴナントに最愛の人を奪われた方々を想い……胸が締め付けられるような気持ちでいっぱいで……」

 

 壮年の僧兵の右斜め下、そこには何もないが物憂げに視線を落とせば、人々の苦しみに心を痛める敬虔な聖職者がするような、儚げな表情として映ること間違いないだろう。

 

「はっ……人間を辞めちまったヤツらなんかに慈悲なんかいらねぇさ。揃いも揃ってみーんな化け物だ」

 

「……化け物、ですか」

 

 レヴナント(彷徨う亡霊)。“魂”が文字通り欠けると成り果てる人間の魔物化とも呼べる現象。フォロス大陸のどの国も、未だこの現象の解明には至っていない。当然、私は知ってるけど。

 

 まったくもって簡単な理屈で、魔素による動植物の生物的進化が魔物だとするならば、ただ人間にもそういった生物的進化があってもおかしくないというだけの話だ。それを人々が望むか望まないかは別として。

 

 要はレヴナントとは、人類が人類というカテゴリからより高次の存在に至るための適応をしたに過ぎない。だから、拒んでいるのはこちら側の都合でしかないのだ。これをこのジジイに言ったところで頭のおかしいやつだと思われるので言いはしないが。

 

 レヴナントだって必死に生きているんだど!と酷い化け物扱いになんだかモヤモヤしていると、気付けば既に僧兵のおじさんは機嫌を良くして雲龍の門へと走り去っていた。

 

 都合のいい話し相手としてポイ捨てされた私はぽつんと立ち尽くすことになる。ジジイの承認欲求のために搾取された私はいじけた。挟まっていた枯れ葉を指で摘みふうっと息をふうっと吹きかける。

 

 

 これは悪い天啓だが、きっと彼らは霊廟域にて悲惨な末路を辿るだろう。生きて帰ってくることはまず無い。

 

 

 勢いに乗せられ遠くへとひらひら飛んでいく葉の行き先もまた西方。あいつを含め、不躾な僧兵連中を助けてやる道理は無いような気もする。だが助けてやろう。なにせ私は聖女なので。

 

「さ、ボランティアで助けにいきましょうかねぇ」

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