人権ヒーラー(︎︎♀)に転生おじさん   作:春に木漏れ日

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10話

 ぐつぐつと音を立てて、煮える排骨(パイグー)から香る豚肉の脂の甘み。細切りにした生姜の香りもよく馴染み、食欲を唆られる。

 

 少量椀によそって、口元に運び味見をする。……うん、身体の芯から暖まって美味しい。ここまできたらあとは余熱でじっくり染みるのを待つのがいいだろう。

 

「お嬢ちゃん、雲龍(ここ)の子じゃないだろうに。ずいぶんと料理の腕が立つねぇ」

 

(イン)おばさま。食というのはどんな人でもたちまち卓につかせる素晴らしいものです。平穏の世を願う聖職者であればこそ、様々な料理に精通しているのですよ」

 

 嘘です。いつかの時も言ったように独身貴族のおっさんが料理にガチハマりして変に腕が立つだけである。

 

 芽龍(メイロン)に龍緋への言伝を頼み、ある事をしてから二刻(ふたとき)ほど過ぎただろうか。

 

 新人類(オルター・エゴ)のクソボケどもに掻き乱された私は現在、音おばさまの厨房を借りて怒りの排骨湯(パイグータン)づくりに勤しんでいた。

 

 

 

「まあ〜!久しぶりですね! また背が伸びましたか? レア()()()〜」

 

「私が背の高さをコンプレックスにしていることを知っててその発言ですか?あと『ちゃん』を付けるのをやめてください。瑛璻(エイスイ)

 

 芽龍に龍緋へとある事を伝えてほしいと頼んだ内容、それは現在の雲龍で最も強いとされている僧兵──瑛璻の貸し切り許可であった。

 

 魔素の逆探知から【隠者(カンタレラ)】の存在が確認できた私たちだったが、それに加えてもう一人……特定した地点からおよそ半径1m付近。隠す気もないのか、膨大な魔素を垂れ流している人物がいた。

 

 私はこうやって聖女らしからぬ情報の確証を握りまくって安全圏から槍を投げるズルっこなのだが、こと雲龍大好きドラゴンは直感のみで私と同じ結論にまで辿り着くことがままある。

 

 そう。今すぐにでも雲龍を脅かしそうな膨大な魔素に龍緋も気付いていて、尋常でない殺意を放ってひとっ飛びしそうだったのだ。

 

 音おばさまの毒の治療できなさにも焦っていたが、龍緋のそれはもっと焦った。ちょっと君主がお留守になるんはちゃうやんと。

 

 なので現在の私たちが得た情報を龍緋に共有するついで、そんなに気になってるなら対処してきてやーんよ☆という旨、瑛璻を貸してもらったのだ。物のように扱われて可哀想に、瑛璻。

 

「龍緋くんにはレアちゃんの言うことに従うようにと、しっかり念を押されました! ……どのような現状か簡潔に教えてくだされば、瑛璻が全て殺してきますよ〜」

 

 御歳四十だというのに老いを感じさせない容姿。間延び口調、そしてエレオノーラよりもちっちぇロリ体型。

 

 紛うことなき瑛璻は合法ロリである。重要なのでもう一度言う。瑛璻は合法r────

 

 彼女が最強の僧兵と呼ばれるに至ったのは、大災禍によって雲龍に攻め寄せた晦級のレヴナント一体と満月級のレヴナント五体を相手にして、たった瑛璻一人で殲滅せしめたことによる武勲が大きい。

 

 いつ抜いたのか悟らせない抜刀術の神技。なめらかな刀の軌跡で両断されるレヴナントの死骸を見て、かつて共に肩を並べて戦った僧兵らはこう評した。

 

 ────(じゅう)を極める様はまさに流るる水の如し、と。

 

 さすがにインフレが進みすぎた『冥魂』内だとやや真ん中あたりの強さになってしまったが、まあここは『冥魂』に似た現実。当時の私の所感などアテにならない。

 

 確かだと信じられるのは事実による情報のみだとすると、瑛璻は龍緋直属の僧兵でありながら、その龍緋の剣術・刀術の師匠だそうだ。そこらを加味すると、強いどころの話じゃないかもしれない。

 

「…………え、血の気多すぎませんか?」

 

「だって〜! レアちゃん素っ気なくて顔を見せに来てくれないんだもん。せっかくの団欒です、邪魔されたくないじゃないですか〜!ここ最近の龍緋くんの表情が柔らかくなったこと、瑛璻は感謝してるんですよ〜?」

 

 その見た目でぴょんぴょんされるともう年齢が分からないからやめてほしい。うんあの、歳上……だよな?

 

 なんか危なっかしいんだよな。天然?ドジ?何に当てはまるのは知らないが。すっ転びそうで心配になる。

 

「はて、龍緋はかねてより根明の好青年でしょう? 感謝もなにも、私は全く知りえないのですが」

 

「むぅ、素直じゃないですね〜……」

 

 粘り強く追及してくるなこの合法ロリ。両脇抱えて借りてきた猫みたくして歩いてやろうか。

 

 して、さっきから漂うこの死臭も慣れたものだ。強いて言うとするのならば、ここが何が起きてもおかしくない霊廟域ではなく、すげー普通の川べりだということだろうか。

 

 我が身に降り掛かった事態の異常性は強い。こんなことなら霊廟域であるほうがマシだったのに。今年は色々と厄ネタに足突っ込みがちじゃないか?厄祓いでもしてもらおうかな、一回。

 

「ぷりぷり怒るのもやめて、少し気を引き締めてくださいね。瑛す────」

 

「大丈夫ですよ。もう刀に手は添えてますから〜」

 

 そりゃ頼もしいことで。私たちは歩調を少し遅め、警戒を強める。私の中で膨大な魔素を垂れ流していたとされる渦中の人物像に当てはまる予想は三名いる。

 

 ま、もれなく全員新人類(オルター・エゴ)の幹部なんですけどね。でもどうかな?私の話を聞くまでは分からんぞ。意外と弱い幹部でヌルゲーかもしれない。

 

 一人目は【恋人(ナルシア)】と呼ばれるドスケベ衣装に身を包んだ未亡人みたいな女。異能の詳細は端折るがとにかくこいつは内包する魔素量が新人類(オルター・エゴ)の中で一、二を争うくらい多い。

 

 二人目は【太陽(カルナ)】、戦闘狂。もしこいつならわざと垂れ流してこちらを誘き寄せてる。一番戦いたくない。以上。同情できる理由があるやつらが多い新人類の中で最もこいつはカス寄りのキャラだと思う。

 

 三人目は【吊るされた人(ルドナレッサ)】。別名躁鬱ハイテンションギャル。『冥魂』のスチルでツインテの片方を木の枝に括り付けられてぷらーんと吊るされてるシーンが有名。今回の当たり枠。ハイテンションすぎて溢れる魔素を抑えられなかったと予想。

 

「───待っていたわ。特異点、レア・オルテンシア」

 

 答えは①、【恋人(ナルシア)】だった。男の僧兵を一人ずつ丁寧に並べて、優しく手を当てて顔を見つめている。

 

 女性の僧兵の死体も疎らにいるが……雑に間引かれたクズ野菜みたいに、興味なさげに捨てられている。

 

 まるで殺人事件の現場にたまたま居合わせて、自分が殺していないような……部外者の振る舞い。にしては、猟奇性も仄かに感じ取れるいい塩梅。

 

「……彼らは?」

 

「私とカンタレラが殺したの。私に見惚れちゃったのか、彼ら、うるさくって……。うざったく思ったのでしょうね、癇癪を起こしたカンタレラが一人の胸を貫いたところからすべては始まったわ」

 

「そうやって僧兵さんたちの顔を一人一人見てるのは、罪悪感からですか〜?」

 

 瑛璻の何気ない質問に、ナルシアは不思議そうに首を傾げている。そうだわ、まだ新人類って暗躍してる段階だからこいつらのヤバさを知らないんだ。

 

「はあ……? 罪悪感……とは。私はただ、“彼”を探しているだけよ」

 

 ナルシアは存在しない理想の“彼”を求めてる。理想の瞳、理想の鼻、理想の口────完璧な“彼”に似た造形が一つでもあれば、ナルシアの中では合格ラインだ。

 

「殺してから気付いたのだけど……見て。ここに“彼”がいたのよ。綺麗な耳……ずっとずっと探してた、“彼”の特徴よ」

 

 それから、合格ラインを通過した対象の部位を……黄色の魔素で編んで造られた人形に移植する。ぶちぶち……ぐちゅっ!と不快な音を立てて。

 

「……なるほど〜。完全にイカれちゃったんですねぇ〜?」

 

「くす……ほら、二人が見てるわ。ごめんなさいね、“彼”ったら恥ずかしがり屋なの」

 

「……いえ。お気になさらず。私たちはそちらの僧兵さんたちを蘇生したいだけですので、遺体を渡してもらえますか?」

 

「かまわないわ。──ああ、でも待ってちょうだい」

 

 ぶっちゃけこの頭のネジが一本どころか十本くらい外れてそうな女とは会話をし続けたくない。元のレアの精神が耐えれずに白魔法ぶっ放しそうになる。

 

 だというのに上品に待ったをかけるナルシア。物言わぬ人形の“彼”からナルシアのことが見えないところに立たせ、耳を剥いだ僧兵の一人を……足で潰してぐちゃぐちゃのミンチにした。

 

「“彼”じゃない部分はもう要らないから()()()しないとね。でもね、品の無いところは見られたくないから……“彼”には後ろを向いてもらわないといけないの」

 

 女性にあるまじき怪力を発揮したナルシアは、顔を赤らめて「私ったらはしたなかったわよね」なんて身体をくねらせている。

 

 足にこびりついた脳漿を、汚物のように恐る恐る拭うナルシアは、自分のしたことの残酷さを理解していなさそうだった。

 

 ……最悪だ。脳はブラックボックスなんだよ。

 

 あそこまで壊されたらもう蘇生は不可能だ。なまじ蘇生に成功したとして、重度の脳障害を患っていても不思議じゃない。私の技量ではそこにさえ持っていくこともままならない。

 

「──そうだ。あなたに聞かなければならないことがあったわ、レア・オルテンシア」

 

「……なんですか? 答えられるものだけ答えます」

 

「カンタレラは無事かしら?」

 

「さあ。龍緋次第ですね」

 

「────くすっ。嘘つき」

 

 ふぅ、私の中で嫌いなやつリスト堂々ランクインかもしれないな、この女。猟奇的な側面ももちろん容認しがたいが、“彼”が絡んでないときの化かし合いの上手いこと上手いこと。

 

「あの子は卑屈で、わがままで、寂しがり屋だから……独りにさせちゃだめよ」

 

「識ってますよ。あなた方からして、私は特異点なんでしょう? 舐めてもらっては困りますね」

 

「ふふ、その言葉を聞けて安心したわ。あの子をよろしくね、聖女さま」

 

 洒落た場の去り方しやがって。あ゛ーーっ胸糞悪い。蘇生できるやつ片っ端から蘇生して八つ当たりしてやる。つーか僧兵弱すぎんだろうがぁ!!!!

 

「レアちゃん、顔が怖いですよ〜? ……今からでも追って殺しにいけるけど、どうします〜?」

 

「……蘇生を優先します。死後から時間が経ちすぎている。早くしなければ彼らを蘇生できなくなってしまいます」

 

「うん、わかりました。あまり溜め込みすぎないようにね。いつでも瑛璻は相談に乗りますよ〜」

 

「…………ありがとうございます」

 

 

 

 ────と、いうことで排骨湯を作っているんですね。はい。今もちょっと思い返して腹の下あたりがむかむかしている。

 

 芽龍と瑛璻には念の為気が変わったナルシアがカンタレラを連れ戻しに来ないよう雲龍の境で警戒に当たってもらっている。

 

 僧兵じゃ心許ない。いや彼らは悪くないんだけどね。晦級のその上澄みに位置する新人類の幹部どもが悪いんだけども。

 

 余熱も引き、鍋も掴めるほどに冷めてきたのでこのまま雲龍城に持っていってやろうかな。皆で鍋パみたいな。

 

 北西街から雲龍城までまぁかなりの距離があるが、なんとか……なんとかなるっしょ!

 

 音おばさまに八つ当たりするのも違うし、とはいえこのままむかむかしているのも良くない。今は無性に誰かに会いたい気分なのだ。

 

 初めはそもそもエレオノーラを労おう!という話だったではないか。どうしてこんなに七面倒臭いことになった?私はただ穏やかに暮らしたかっただけなのに!

 

 文句ばっかり考えながら歩いていると時間が一瞬に感じることありますよね。気付けば城前。ファストトラベルは……あった……?

 

 ちょっともう一刻も早くエレオノーラの成分、略してエレオニウムを摂取しないと口悪やばやば聖女になってしまう。さあ、みんなで囲もう排骨湯!ほっと一息排骨湯!

 

「あっ、やべっ。足が滑っ……」

 

 手から離れた鍋がくるりと一回転半トーループ。そして彼方へフライアウェイ。

 

 ばしゃあ……!!と素晴らしい音を奏で、零れ落ちていく排骨湯……。あ、ああ……!ほろほろの排骨が……!身体暖まるスープがぁ……!

 

 あんまりだ……こんなのって無いよ。私は悪いことしてないのにぃ!!!新人類ぃ!私は、お前らを……お前らをぉ!

 

「……あのさぁ。地面に拳叩きつけて打ちひしがれる前に、ボクに一言かける言葉があるんじゃないのかなぁ?」

 

 顔を上げると、水も滴るいい女。もとい、排骨湯も滴るいいカンタレラがそこにはいた。

 

「えっと……男前ですね?」

 

 真夜中、私はカンタレラの放ったすっげースピードの鴉たちに追っかけられながら、「無理だってぇ! 速い速い速い!!!!」と雲龍中に叫び声を轟かせたのであった。

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