「えっと……
「どうして謝るんだい? お嬢ちゃんが誰か知らないが、わたしが病に倒れたのは不摂生からさ。誰のせいでもないよ」
龍緋の妹、
心から、申し訳なく思ってる。でも芽龍が怒っている理由は、ボクが暇つぶしで雲龍の人に毒をばら撒いていたからだ。芽龍に謝るのは相手が違う。
「ちゃんと見てたよ!どう?音おばあちゃん、とっても優しいでしょ〜?」
ボクはボクのことをまだ信じれない。途中で怖気付いたりして逃げちゃわないよう、芽龍には物陰で見守ってくれないかなとお願いしていた。
孫も遠くに行って寂しいから、いつでも晩ご飯を食べに来るといいわ。そう言ってボクの手を握る音婆さんの皺だらけの手。まだ炊事場に立っているんだろう、この季節は冷水にあてられて赤切れもある指。
「そうだね……
初めてだ。ボクという存在を、性別で量ることのない人たちは。ボクを、目の前に立つ一人の『カンタレラ』として見てくれる人たちは。
「えへへ! カンタレラが気に入ってくれてよかったよ〜! ねぇ、もう少し私の雲龍自慢に付き合ってよ! まだまだ見せたいもの、いっぱいあるんだ〜!!」
「わ、おっとと……ははっ、ちょっと待てって!ボクを置いて走っていくな!」
雲龍は山々に囲まれている影響からか、夏は風が遮られ熱がこもりやすく、冬は麓に流れる木々たちの冷えきった呼吸が厳しい寒さを呼び込む。
その影響からか、身体が温まりやすい香味と辛味の強い料理が多く存在する。ボクが露店で買って食べている
レヴナントは厳密には生きていないから、食事や睡眠を必要としない。だから、夜中は暇だしぽつぽつと湧いて出てくる魔物だったり、レヴナントだったりを狩ってこようかなんて思っていた。
まあ、あとは夢見が悪いってのもあるんだけどね。パパと過ごした……あの地獄の日々がボクを引き摺り戻そうとしてくるような、そんな悪夢を見てしまうから。
そういうワケで、ボクは二人が起きないように足音に細心の注意を払いながら外に出ようとした。……居候先のレアが礼拝堂の扉の前で仁王立ちしてるのに
「どこに行こうというのですか?夜更かしは厳禁ですよ」
「……いやぁ、逃げ出そうとかは思ってないんだ。ホントだぜ?ただ眠る必要がないっていうか……ボクだけ起きてたら二人に迷惑かなって」
レアは時々ちゃんとした聖職者の側面を見せるときがある。
青果店で買った林檎がいっぱい入った紙袋を坂道に転がして泣きべそをかいていたり、自身が
エレオノーラの食い意地張った食べ方を「行儀が悪いですよ。よく噛んでから口に含みなさい」なんて言ったり、予定がひっ迫していないときは小一時間女神像に向かって祈りを捧げていたりする。
「……今のあなたはとても活き活きとしている。私から見てもそう思います」
「えっ、そ……そうかな?」
「だからこそ、過去を思い出したときの淋しさは格別のものとなるでしょう。……独りにはさせられない」
レアは不遜な態度で隠しているけど、とても真面目な人だ。ちゃんと他人の不幸を我がことのように受け止めて、顔を歪めることができる人。
だって、こんな慈しみの満ちた顔をして……ボクを胸に抱き寄せる人が真面目じゃないなんて、そんなことがあるだろうか。
レアはボクのくるりと癖ついた後ろ髪を優しく撫でて、ゆっくりと動く彼女の心臓の音はボクにあるはずの無い眠気を蘇らせた。
それからかな?ボクもなんだか眠気と空腹が訪れるようになってね。肉まんを食べているのはそのせい。芽龍におすすめされたご飯屋さんがいっぱいあるから、当分食べるものには困らない。
さて、そうやって雲龍内をぶらぶら歩いていると……荷車から降りてなんだか困ってそうなお兄さんたちが立ち往生していた。
「どーしたの? 木輪でも
「いや……それが違くてな。この道の先、どうやらレヴナントがいるそうなんだ。逃げてきたこいつが、血相変えて言うんだから間違いない」
「……あ、ああ! ありゃレヴナントだ! 見境なく野兎を食い散らかして、辺り一面殺戮現場かってくらい赤一色だったんだよ! 嘘じゃねぇって!」
ふむふむ。きっと【
「……よぉし! ボクがここでキミたちと出会ったのも何かの縁だね。少し待っててよ……そのレヴナント、ボクがやっつけてくるからさ」
そのレヴナントの見た目はというと、痩せぎすの野良狼みたいな……四足歩行で唸り声をあげて自分の縄張りを主張していた。ちょっとだけ違うのは、その頭部のカタチだろうね。
ほら、狼とか犬とかって口先と顎が発達して眼窩よりも前に突出してるよね。でも、こいつは違う。当たり前にレヴナントは元々人だったわけで……人の頭部のまま、仕留めた獲物の
「生前は食いしん坊だったのかな?……レアがこれを見たら行儀が悪いって言うんだろうな、アハハ!」
理性が無いやつの出方を見る必要なんてない。みんな困ってるし、即断即決。ボクは影を用いて手首を切り……吹き出した血を操って鴉を数羽翔ばしレヴナントの目を潰した。
「おお……筋密度が高いんだね? 貫けなかった……中々歯応えのあるエネミーじゃない!」
本当はその両目に風穴空けておしまいにするつもりだった。なのに鴉が目に突き刺さって止まるのみに抑えられたってことは……力を司る黄色の魔素持ちだね。
血で象られた鴉たちが激昂したレヴナントに握りつぶされ、可哀想な悲鳴をあげて絶命する。まあ、命とか無いけど……。
器用にも狼もどきクンは目から血の涙を流しながらも的確にボクのいる位置を特定し、爪で引き裂こうとしてくる。さっきまで器用だったのに、野蛮だなぁ……もっとかっこよくいこうよ。
黄魔法は力に関係するものを向上させるものが多い。きっとこのレヴナントも無意識下で五感の強化を行って潰れた視覚の補完をしてるんだろう。
それってつまり血流は常人の数倍で巡り巡ってるってことだよね?ボクの血の鴉は確かに潰された。けど、微量でも抉った傷口からその血の一部が入っちゃったんじゃない?
「…………おっ? 効きはじめた? ボクの特製血液!」
ボクの血で象られた鴉は【被虐者の愛】の副産物だ。鴉を操作して与える攻撃はあくまでサブウェポン。
真打はその血に付与された毒性。毒性変異はボクが指定するまで保留し続けることができる。相手の体内に潜っていてもね。
「じんわりと気分が悪くなってきたでしょ? でもそれはニュートラルな毒。まだボクは指向性を持たせて変異をさせていない」
レヴナントはボクに飛びかかろうとしていたみたいだけど、胸に走る痛みを無視できなくて転んじゃった。空を見上げてボクを睨むしかない彼を、ボクはしゃがみこんで見下ろしてあげる。
「どんな毒がいい?
現実か分かんなくなって狂っちゃう毒?
節々から腐って崩れ落ちていく毒?
内側からどろどろと溶けていく毒?
────好きなのを選んでいいよ」
理性が無いってことは感情もその分薄くなってるってことだ。でもどうだろう。ボクを見上げるこのレヴナントは、愉しげに嗤うボクのことを恐怖しているように見える。
そんなはずはないと彼自身も雄叫びをあげて、最後の力で喉元を喰い破ろうとして────残念。
腐り落ちて転がった頭部は険しい顔付きをしたまま動きを止めてしまった。しばらくすれば頭と首がくっついて元に戻ったり、頭からまた身体が生えてレヴナントが分裂したりなんてことになっちゃうから……“魂”を潰さないとね。
「ふぅん……半月級のレヴナントか。そこそこだね」
欠け具合をなんとなーく確認して、手で握り潰すと、レヴナントの身体はさらさらと粉のように舞って消えてしまった。これにて終了。荷車のお兄さんたちに報告っと。
「助かった……!お陰で離れの村に食料を届けることができる……!あんた、名前はなんて言うんだ!」
「へ? ……えっと、カンタレラ」
「カンタレラ! ありがとう。持ち合わせがなくて礼としちゃ少ないが、何かの足しにしてくれ!それじゃあ、またどこかでな!」
「行っちゃった……。……ありがとう、ね……」
不思議な気持ちだ。レヴナントと戦っている時のボクは
あまり褒められることじゃないはずなんだ。だけどボクのそんな行いで誰かが助かった、ありがとうって声をかけてくれた。
きっとボクの【隠者】としての側面は根強く残り続けるだろう。それでも、誰かの役に立って名前を覚えられることに新しい意味を見出しているボクがいる。
「感謝されるんなら、これからも弱っちい人間たちを守ってあげなくもないな!」
今日は時折見ていたパパの夢に魘されず、ぐっすりと寝れそうかもしれない。明日はどんなことをして感謝されようか。そればかりが頭に浮かんでしょうがなかった。