13話
火がやさしく揺らめき、
息を吐けば、白い靄となって空へと消えていく。原始的な焚き火の暖かさに眠りこくっているエレオノーラ。綺麗な金糸のごとき前髪が、引力によって垂れ下がっている。
「すぅすぅ寝息なんか立てちゃって……呑気だねぇ、エレオノーラは」
そうは言うカンタレラだが、表情は柔らかい。いつもは外見的な年齢による差からエレオノーラにお姉さん
カンタレラの装いもまたそれを助長している。足のシルエットが分かりくい裾広の黒いワイドパンツに、襟付きのシャツを内側に着込み、ぶかぶかとしたアーガイル柄のセーターを羽織っていた。
おっさん的私見からすると、お洒落すぎて近付きがたい部類のコーディネートである。下手にきゃぴきゃぴしているわけでも、かえって知性の醸し出す堅苦しさもない。
言うなれば、大学の講義が昼からなので、手持ち無沙汰な朝を有意義に喫茶で過ごす落ち着いた雰囲気の女子大学生といったところか。テイルムンドにもそういう女子たち、いたな……。
私個人としては残念ながらパチカス龍緋ととあるヤニ中毒の女とばかりつるんでいたせいで、まったく無縁の人種だったのだが。あ、龍緋だけはなぜか熱い視線を向けられていたな。黙っていればイケメンだったからだろうか。
「ふふ、年頃の女の子らしくていいじゃないですか。遥か遠くの国がどんな所だろうか……そう期待を膨らませて、旅程は微睡んでおく。私もそういった経験がありますよ」
といっても、今世では一回きりだが。
「レアってさ……エレオノーラに甘いよね。びっくりするくらい過保護じゃない?」
はて、なんのことやら。エレオノーラの長い
まあ、カンタレラの言わんとしてるところは理解している。心配しすぎでは?ということだろう。
フォロス協界での依頼なぞ、エレオノーラの年齢くらいの時分から一人でこなす者は少なくない。協界の依頼に付き添いをする時点で甘いのだろう。
それに初めての稽古、暇すぎるがあまりエレオノーラそっちのけで遊びすぎていたが……根本的なところ、あれだって訓練場に私まで足を運ばなくてよかったのだ。
「……昔の私みたいなんですよ、エレオノーラは」
「ふぅん……レアって子供の頃はこんな感じだったんだ」
むにむにとエレオノーラの頬を指でつつくカンタレラ。エレオノーラが「むぅ……」と身動ぎをする度、ケラケラと楽しそうに笑った。
おっさん的自意識が芽生える前の私は、風変わりなところが垣間見えるにせよ、抑圧的な性格であったと認識している。
それは敬虔な聖教徒であった母ドロテアと、その御側付きの聖騎士であった父ローグレディオス……両親二人の真面目くさった性格に起因するものだろう。遺伝というやつだ。
「まあ……
「あの【戦車】がぁ? 一に規律、二に平等、三に殺戮の堅物おじさんでしょ?」
渋柿を噛んでその果汁を嚥下してしまったかのような、苦い顔をするカンタレラ。対して私も苦笑いを返す。かの父と一言でも交わせば、親となるには些か懸念が残る人物だという評価になるのは誰もが変わらぬようだ。
ローグレディオスはカンタレラが茶化して告げた通り、規律と平等を重んじる騎士だった。融通の利かない一面もあるにはあったが、篤く人民に慕われていた御方だった。
テイルムンドは技術革新の国でありながら、フォロスにおいて多くの聖教徒が暮らす国でもある。よくあることだ……利より徳を重んじる宗教観が、先進的な文明開化と衝突することは。
大災禍ほどではないが、テイルムンド人ならば知らないものはいないだろう世紀の大殺戮。名だたる聖職者の首を円卓に並べ、大聖堂の中心、血で染まった鎧を荒い息で上下させていた狂気の人。
聖騎士ローグレディオスはここ数百年の中で判決されることのなかったテイルムンドの司法によって、最も重い死刑を賜った大罪人である。
そして、首無し騎士のレヴナントとして死の淵から舞い戻り……世界を是正するための平等な殺戮者として私たちの前から忽然と消えたのだ。
「……父は健在でしたか?」
「ボクが話したときが……何年前だ?多分二十年前とかだけど……旧人類の話題が絡まなきゃ、堅物って言っても
「そうですか。……私は分別の無い子供らしく父の翻る外套を掴むことができませんでした。我慢とは、美徳を過ぎて悪禍を招きます。エレオノーラには……私と同じ経験をさせたくないのですよ」
「…………レアは【戦車】のおじさんみたいに、エレオノーラの前から消えていなくならないでしょ」
らしくないことを言った自覚があるんだろう。そっぽを向いて、表情を読み取られぬようにしているカンタレラは赤くなっている耳を無防備にこちらへ見せてくれていた。
過大評価だ。初め私はエレオノーラを
なぜ
私たちは未だ謎の多い現状に身を置いて束の間の平静にいる。明らかでないというのは、言わずもがなこの現状が覆る可能性を常に持ち続けているということだ。
そして実はというと、これらの謎に対してプレイヤーであった私さえも知っていることは少ない。Ver6.4までで開放されていたのは全部で六章。それまでに明かされているのは【
生前プレイしていた『冥魂』はソシャゲの側面も持ち合わせているだけあって、完結に至ってないのだ。なのに私は死ぬ運命にあるけれど。ざっけんなである。
現状を整理したとして確かなことと言えば、きっと今は原作第一章を通過して原作第二章に差し掛かるあたりだろうということと、
原作本編と大きく展開が変わって龍緋は生存し君主を続け、敵幹部であった【
物語が変わりすぎではあるな。誰のせい?しーらね、私のせいじゃないも〜ん。
「ふふ。可愛いですね、カンタレラは」
「っな、撫でるなぁ!……髪型がくずれるだろぉ!」
生活を共にしてまだ一月ほどの関係だが、カンタレラは雲龍によく馴染んでいた。
それに最近人助けにハマったのか、フォロス協界の依頼を片っ端から解決して重そうな金袋を私に預けにきた。自慢げにボロい長机に金袋を乗せてきたときは何事かと思ったが。あと、期待の新人協界員ムーブをするのお前なんかい。
これにより目を逸らしてきた一つの事実が眼前に迫った。今のところ私の二つ名としてヒョロガリ風呂キャン冷笑逆張り物臭聖女というふざけた長さのものがあるが、ここに最近になって私もしやすると歳下に養われすぎでは?という疑惑が浮上しているのだ。
ふいに寒風が焚き火に灯る炎を強くたなびかせる。そう。ヒモ聖女である。カンタレラを撫でる手を止め、指の関節がかじかんでいることを握っては開き、握っては開くことで確かめる。
カンタレラは少し名残惜しそうに、落ち着きなく自分の横髪を指と指の腹で
さて、レア・オルテンシアの現在に相応しい、新たな二つ名をここに告げよう。さあ皆さんご唱和ください!せーのっ!
ヒョロガリ風呂キャン冷笑逆張り物臭ロリコンヒモ聖女〜!
「────薪を拾ってきますね」
「あ、おい! 今はよしたほうが……足はやっ!?」
居た堪れない。誰が?私が。な、何か貢献せねば……!今のままでは顔の良いだけのクズじゃないか!
「……迷子って、やつですかね」
忘れていた。私は死ぬほど鈍臭かったんだ……幼い彼女たちから向けられる好意の視線にあわや自分の存在価値を疑いかけ、馬鹿をやらかした。歳下の女の子に手ェ出そうもんなら犯罪なんよ、と。
雲龍の境はとうに越えているので、背の高い針葉樹が点々と視界に続いている。それは、目印になる特徴はさしてない地続きの景色ということにほかならない。
迷った。薪を拾うのにどんだけ遠く行ってんだ?という疑問が聞こえてきたぞ。私もそう思ってる。だが男児たるもの一度は経験があるんじゃなかろうか。クソかっけぇ枝見つけてチャンバラごっこをする、そんな体験。
こう……勇者の剣みたいないい感じの長い枝があったのだ。それを見た時、私の中の小学5年生が呼び覚まされてしまって……。
傍から見ればヒョロガリデカ女が「うおおお!」とか言って枝ぶんぶん振り回して走ってるヤバい絵面なのだが、超楽しかった。
そうしたらこんなところまで来ちまった。私は悪くなくないか?無駄に造形美に凝ってる枝が悪いだろ枝が。言い訳がましく歩きつつ片手間で魔素探知でカンタレラたちを探しても、なんでか知らんが反応がない。
「とりあえず探知をかけながら歩き回りますか」
あれ?遭難したとき無闇に歩き回るのはかえって悪手なんだったか?いや、もうここまで来たら悪手もなにもないか。なんだ?残念な美人を見るような顔して。
え?飛翔魔法で空飛びゃあ辺りが見渡せてすぐに帰れる?風が霜を運んで視界は晴れ晴れとしたものじゃない。あと、寒空の下空を舞うのは凍え死んじゃうよ。ひん。
どれほど歩いただろうか。ヒョロガリの癖に一丁前に鳴る腹の音が十回は過ぎたくらいは歩いたはずだ。
「ええっと、気のせいじゃ……ないですよね。はぁ……」
周囲の景色の彩度が薄いのはてっきり冬の冷気によるものだとそう信じていた。信じたかった。現実を見てやろう。これは明らかなる霊廟域の兆候だ。
【世界】のメスガキ十中八九私のことを監視してんだろ。なんでこうもピンポイントで霊廟域を生み出すんだ?なぁ!!
久しぶりの出番に心なしかうっきうっきの聖杖。おうおう、やってやろうじゃねぇか……霊廟域最前線攻略Chとは私のことだ……!
やる気十分魔素十分の私がブチ切れオーラを放っていたのが悪かったのか、それとも単に私のこの魔素に手が出る相手方が馬鹿なのか。それは神のみぞ知ることだが……
空から降り注ぐ紫電の槍が私の立つ大地を焦土に変えたのは、奇妙なことに同時であった。
「────ん? 貴殿……レヴナントではないな?」
「私がいつレヴナントですと自己紹介をしましたか?それに、まずはごめんなさいが先でしょう」
くっ殺女騎士みたいな見た目をした女がその魔法だけに飽き足らず、レヴナントなら“魂”のある位置……心臓を貫こうとするのを紙一重で躱して強烈なはじめましては行われたのだった。