それから私たちは飛んで火に入る虫の如く、湧き続けるレヴナントの渦中へと自ら飛び入った。先陣をラウラが駆け抜け、討ち漏らしをほどほどの省エネで私が狩る。そうして着いた先には、異様な光景が広がっていた。
それはまるで張り巡らされた蜘蛛の巣のようだった。幾重にも枝に括り付けられたそれはイメージされただろう糸とは違い、レヴナントに成り果てた者の身体の一部であるらしかった。
血管らしきものが薄く皮の内側から透けて浮かんでいて、気味悪く脈動しているのが見てとれる。その肉の糸とも呼ぶべきものに支えられ、余白のある空間の中央、大きく蠢いているなにかがあった。
ふとそれが身震いを起こしたかと思えば、排出口らしきところから組織液と共に倒し慣れたレヴナント……私たちが名付けた『子』が産み落とされる。
まるで巨大な心臓、または巨大な胎児、または巨大な
「こ、これが……レヴナント……? かつては私たちと同じ、人であった者が……こうも人ならざる貌に成れるのか……!?」
人生でそうお目にかかることなんてないだろう衝撃的存在を目の前にして、さすがの若き
人がレヴナントに成る直前、抱いた執着や感情によって望む貌に遷り変わるというのは、今を人として生きている者からすれば全く理解のできない現象だろう。
なぜだ。人間が持ちうる肉体や言語や理性まで捨てて、そこまでして欲する唯一を手にしたいものなのか……と。私も正直理解に苦しむ側に立つ人間だ。
まあだからって不理解を理解してもらえるわけではない。なにせ、相手は理性などとうに喪われた化け物なのだから。
対話が出来るレヴナントなんてほんのひと握りだ。それこそカンタレラのような……人の身に降りかかるにはあまりにも惨たらしく、悼ましい生前によって、世界に恨みを抱くほどの執着を持たなければ。
「聖杖。あれの支えとなる肉の糸を全て薙ぎ払いなさい」
対話など要らないといったふうの、私の命令にすぐさま聖印を演算を開始した聖杖が白く輝きだす。そのことを横目に確認をとった私はそれとは別に産み出された『子』を処理するべく、極小単位で構成された白の魔弾を複数展開した。
「道は切り拓きます。ラウラ……あなたは『母体』に大きな孔を空けてやってください」
冷静な私に少し遅れて、気を取り直したラウラは使い慣れているのだろう返し刃のある槍を構えて、稲妻の奔る音を
何にも染まらぬ白の魔素と、けたたましく存在を告げる紫の魔素が交差する。混じり合うことなく美しく調和した二色の魔素による絶景は一瞬にして終わり、たちまちに一筋の道を描いて紫電が彼方まで伸びていった。
「良いのだな? 私はあれを……『母体』を貫くことのみを考え、被害を顧みず、縦横無尽に駆けても!」
人が人でなくなった様相を見て精神を蝕まれていたかと思ったが、一転して今のラウラは好戦的な笑みで私に振り向いている。恐怖心を塗りつぶすほどに私が指し示した戦いの道は魅力的だったようだ。
闘争心が分かり易く紫の魔素の出力によって見てとれる。数メートル先にある松の木の枝に魔素がぶつかり、電気による火花によってその表面に焦げたリヒテンベルク図形を描いた。
「ふふ。私を侮らないでください……テイルムンドでは知らない人はいないくらいに優秀なんですよ?」
貴殿が対処を終えるのを待つのは性に合わん。私が言い切るよりも疾く駆けていったラウラ。言葉よりも雄弁に行動で示した意図はつまりこういうことだろう。
言ったからには間に合わせてみせろ……と。なんとも伝説を更なる伝説にて塗り変えようとするケリュドアナの騎士らしい。
いいだろう。その挑発────乗った。
聖印の演算速度は刻まれた魔素回路がどれだけ緻密または膨大に組まれているかによって左右される。まあ要は電子回路と似たようなものだ。最小の図面にナノレベルで回路を刻み込むか、また死ぬほど大きいスケールに悠々自適に回路をたっぷりと刻み込むか。
違いがあるとするなら、わざわざそこまでしてコンパクトにしなくてもいいと言うところだろうか。用途にもよるが、スケールの大きさはそのまま範囲の広さ……殲滅力に直結する。故に魔素回路にこれといった正解は存在しない。魔法使いの好き好きだろう。
だが言わずもがな私の聖杖や、魔素回路を刻むことによって武器を介して行使する魔法のロスを減らす目的で鍛造される魔剣魔銃……道具の類となると話は変わってくる。
刻めるところに全て魔素回路を刻み込んで、演算速度の理論値を叩き出したとしてもその上限は見えてくるし、そこから派生して実戦で有効に扱うことのできる魔法や聖印も決まってくる。
「……でも、それって『普通なら』って話ですよね」
“魂”とは人間が生まれついて持ちうる天然の魔素回路。そして、フォロスにおいての一般的な魔素回路とは人工的に組み込まれた外付けの装置の事を指す。素晴らしい発見だ。
ほーら、先人が見せてくれているではないか。魔素回路は
ある聖印の
この補助的効果のみを持つ聖印を、まだ何も指向性を与えていない聖印の祝詞の中に組み込む。すると、並行展開ならぬ多重展開による演算速度の上昇が見込めるという寸法だ。
大学時代の私はテイルムンドでこの研究に打ち込み、聖職者でありながら神学科の教授を勤めていらっしゃったハゲのジジイに「歴史ある聖教への冒涜だ!」とか言われて破門されたことがある。
その後なんか私の研究論文をさも自分が閃いたみたいな顔して、『聖職者でありながら優秀な研究者でもある〇〇教授!』なんて公に表彰されやがっていたが。
まあそれくらい革新的なやべー芸当だと思ってくれればそれでいい。だが、これは未だに魔素操作がずば抜けて巧い私にしかできない、言わば机上の空論レベルのクソムズい芸当だ。
さて、道具である聖杖の演算に限界があるとは言ったが、最大五つまでなら聖印は同時に展開が可能だ。先ほど述べた方法で、ある一つの聖印に残り四つの聖印をぶち込めば……演算は飛躍的に加速する。
聖杖の先から放たれる高密度の白いレーザーが『母体』を中心として円状に廻って肉の糸を消し飛ばす。ラウラの神速よりも疾く撃たねばならなかったために、風情あるような一撃ではなく極めて一瞬の、極めて機械的な一手だった。
しかし闘争者であるラウラにはこの一瞬に詰め込まれた技術の凄さが理解できているようで、疾すぎて何処にいるか分からんが大きく張り上げた声でこちらにも聞こえるくらいの賞賛が投げられた。
「……ふっ、やるな!! 私の強行に合わせてこれるとは!!」
「それだけではないですよ。あなたはどうやら叙事詩的な活躍をお望みのようなので、私から少しばかりの餞別をば」
これは『転化』によって得た内の一つ、あるレヴナントが有していた異能。そのレヴナントが生前抱いていた執着が『貸与』だったため、それに
まあ、執着するものからお分かりの通り、元の人間は高利貸しで、ろくでもない奴だったのだが。『転化』で戻した際は助けなければよかったと後悔するほどだった。
「なんだ……この膨大な魔素は……!?」
「私の色……白属性の効果、及び内包する魔素をあなたに貸しました。これにより、あなたの紫電を阻めるものはなく……より強大な轟雷をケリュドアナの大地に響かせることができます」
強いか弱いかでいえばめちゃくちゃにクソ雑魚レヴナントだったが、唐突に自らの力を貸し与える代わり、ある程度の時間が経過すると逆に相手の力を奪い自らのモノにするとかいう面白い効果をした異能であった。
試したことはないが、『転化』で得た別の恩恵をこの異能によって他人に貸し付けることもできなくはないだろう。私だから耐えられている、他者の“魂”の欠け代ともいえる『転化』の恩恵を、まず他人が耐えられるのかという部分は甚だ疑問だが。
『母体』の危険を察知したのか、無差別的に跋扈していた『子』が明確な目的を持ってラウラの道を塞ぐようにして肉壁となって阻む。丁寧に殺し回っている私の聖印の射速をも振り切る速さだ。衝突すればひとたまりもない。
「────どけ。貴様らなどでは我が英雄譚の足しにもならん」
……が、今や伝説を再現できるほどの力を手にしたラウラの前では全てが無為に終わった。目を凝らさねば姿を捉えるのも難しい神速の軌跡は、腐葉土に蓄えられた苔を焦がしてその苛烈さを物語っている。
阻んでいたはずの『子』の群体が、その軌跡を残すのみとして消えたのだ。まるでそこに最初からいなかったかのように。そんなことは露とも知らず、より一層速度を増して紫電が奔る、奔る、奔る。
目掛けるは収穫祭のレヴナント、その『母体』。どこに“魂”があるのか肥大した肉によって判別が付かない有様だが、ラウラはどうやら智慧による賢しい英雄像よりも一騎当千の勇猛な英雄像が好きなようだ。
「私の覇道に貴様らの死骸さえ残すものか!!!!」
チカと煌めいた紫が、明滅したかと思えば『母体』の芯に大きな孔を空けた。雷鳴は、遅れてやってきた。視界が文字通りスパークする。弾けたのは、ラウラの
白んだ視界がやっと戻り、雷撃によって燃えた木々による熱風が頬を撫でた。ぽっかりと空いた『母体』の孔の先を覗くと、達成感からか心なしか爽やかな微笑みをたたえて彩りを取り戻していく霊廟域の冬空を見上げているラウラが見えた。
霊廟域RTA、これにて終了。MVPはバグみたいな火力バフを私に盛られたラウラ・ペルセイアの一人勝ち。私はといえば、肩を竦めて「やれやれ……」とニヒルな笑みを浮かべてクソの役にも立っていないことを上手く誤魔化した。
んー?最強人権ヒーラーを自負するくせに目立った活躍なくて草?あ、そもそもヒーラーなんで、私。ヒーラーに何求めてんだおい、なあ!!?本来は後衛支援職なんよ!!!