人権ヒーラー(︎︎♀)に転生おじさん   作:春に木漏れ日

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16話

 霊廟域が沈静化されてしまい、目標をすげ替えることによってラウラの目を逸らしていた「私って何者?」問題が当たり前のように今になって浮上し始めた。

 

 共通の敵を倒したお陰からか、一度目よりは鋭さが緩和された眼差しでラウラは見つめてくるものの、それでも彼女の背から知らねばならぬことだといったような雰囲気は拭いきれていなかった。

 

「死地を共にして訊くのは野暮というものだと分かっていて、あえてもう一度訊こう。貴殿は何者だ?」

 

「……私ですか?私はしがない聖女で、ケリュドアナまで布教しに来た旅の途中……ただそれだけですよ」

 

「…………嘘というか、隠すのが下手だな。その物言いであれば、()()()の連れがいると言っているようなものだ」

 

 あっれー?なんでさっきのは誤魔化されてくれて、この件は誤魔化されないんだー?龍緋といいラウラといい、一世一代の嘘には騙されてくれるのに、なんてことのない水面下での腹の探り合いが強いのはなぜなのよ。

 

「……はぁ、そうですね。白状します……私には連れの仲間が二人いて、霊廟域が無くなった今現在、彼女たちはこちらに近づいてきています」

 

「……なに、(やま)しいことでも無かったではないか。言ってくれればケリュドアナへ私が案内するというのに。ちょうど今、ケリュドアナは聖冬の祈り(ヒモナス・クリスタ)……大きなイベントの只中なのだ」

 

 罪を告解しますといったふうな私の態度を見て、困ったような苦笑いをして、それからラウラは歓迎の意を込めて手を差し伸べてきた。

 

 聖冬の祈り……ケリュドアナの過酷な冬を英雄譚に度々現れる戦女神に祈ることで乗り越えようとする、人々の昔からある祭式だ。

 

 ほら、前世でもそうだが戦を司る女神は別の側面として豊穣も司っていることが多いだろう。ケリュドアナはそれらに影響されていて、戦いと恵みが生活と密接なのだ。

 

 原作第二章……というか今この時も、恐らくは【恋人(ナルシア)】は聖冬の祈りの真っ最中にとんでもないことをしようとする気満々でケリュドアナに潜んでいるだろう。

 

 あ、もう一回呼んどく?原作第二章の展開のヒントだけ出して答えを言わないカス出題者。それならば、まず現状与えられた情報の整理からしてみようか。

 

 ・新人類の幹部【恋人(ナルシア)】はケリュドアナに滞在している。

 

 ・ケリュドアナは現在聖冬の祈り(ヒモナス・クリスタ)と呼ばれる祭りの只中にある。

 

 ・私たちの動きをどこからか把握していて、霊廟域を産み出すことで分断を狙った人物がいる。

 

 ……ふむ、これくらいだろうか。今分かりきっていることは。

 

 さあ!ここにヒントを三つほど加えてみよう!

 

 ヒント1。聖冬の祈りには踊り子と呼ばれる欠かせない役割を担う少女が毎年選ばれる。

 

 ヒント2。【恋人(ナルシア)】は遥か昔、ケリュドアナの踊り子として選ばれたことがある。

 

 ヒント3。【恋人(ナルシア)】は数年に一度、踊り子に選ばれた女の子の身体に乗り換えている。

 

 ……以上!ここまで出したら分かるやつには分かるだろう。ナルシアは頭のネジが何本か外れてる女だが、それは元の素体となっている踊り子の肉体にガタが来ているのにも影響されているから。

 

 哀しいことにナルシア自身にその狂気を知覚するだけの正気が辛うじて残っているのが問題だ。ナルシアはそれらからこれまた踊り子を使うことで逃れようとして、懲りずに狂気に陥る羽目になる。

 

「やっと見つけた……!どこほっつき歩いてんのさ、レアぁ!?」

 

「エレオノーラちゃん、ほら〜!こっちこっち〜」

 

「う、うぅ……さぶい……お腹すいた……」

 

 聞き慣れた声がふた……あれ?三人いない?しかもあれだぞ、この声合法ロリの声だ!?龍緋に次ぐ戦力が雲龍不在って駄目だろう!何考えてんだあのパチカスドラゴン!

 

「あれが貴殿の連れの仲間か?ふっ……落ち着き払った貴殿の態度とは裏腹、一行は存外にも賑やかではないか」

 

 参観日に子供よりはしゃぐ親を見て微笑ましい顔をする担任教師みたいなやつやめろ。なんだ?私自身はいつでもスマートかつ瀟洒な聖女だろうが!

 

 

 

 ラウラの手前、レヴナント化をしてカンタレラの背に掴まり空路を行くのは良くない誤解を招くだろう、というのもあって素直に私たちはラウラの道案内に与ることにした。

 

 それに加え、私のかっけー枝ぶんぶんごっこは図らずともケリュドアナの近くにまで距離を縮めていたらしく、途中休憩を挟む必要もなく到着できた。えっへん。

 

 ケリュドアナの街に入ると、中華風の建築物が多い雲龍とは違い、大理石を主とした古めかしいギリシャ式の建築物がちらほらと目立つケリュドアナ独特の風景が広がっていた。

 

 とはいえフォロス大陸全域に言えることだが、基本的な文明の発展は目覚しい。これらの伝統的な建築物は人が生活するためのものではなく、恐らくは古代から保存されてきた有形文化財的な側面が強いものだろう。

 

 利用するにしても内部を議事堂みたくして、政府の活動拠点にするだとか……博物館じみたものにしてケリュドアナに訪れる旅人たちに国風を知ってもらうために用いるだとかが精々。

 

 つまり、雲龍は伝統と生活が両立する建築様式をしていたが、ケリュドアナはそこらを切り離して考えている国家らしかった。近しいようにも思える二つの国だが、やはり貴ぶものが違うというのは細部に違いをもたらすようで。

 

「……わぁ……すごい……!」

 

「初めは感動するよね。雲龍も大自然による絶景は多いけど、ケリュドアナは人の織り成す街並みに圧倒されるでしょ」

 

 カンタレラに無理やり起こされたのか、道中ずっと目を擦っていたりお腹をくぅくぅ鳴らしていたエレオノーラ。

 

 そんなエレオノーラは楽しみにしていたケリュドアナの景色に息を呑んで興奮しており、カンタレラはその様子に我がことのように誇らしげであった。

 

 ……遠目で見ると歳の近い姉妹のようだ。あどけなさはどちらも拭いきれていないが、互いに気を許しあっている。

 

 奇行に走っただけの私が言うのもあれだが、カンタレラが逐一エレオノーラの動きを気にしながら捜索をしていたのだと察するには十分な距離感だ。

 

 原作主人公と原作敵幹部がこうも仲睦まじい関係性になると、誰が想像しただろうか。『冥魂』では芽龍を通じてギスギスしてて見てらんなかったってのに。

 

「カンタレラちゃん、いい子ですね〜」

 

「……瑛璻。まだ私は納得していませんよ、あなたがここにいること」

 

 道行く人々に声をかけられて親しげに会話しているラウラを先頭に、彼女に着いていくようにエレオノーラとカンタレラがわいわいとはしゃいでいる。

 

 それを数歩分後ろで視界に収まるよう、ゆったりとした歩調で歩いている私に、ひょことアホ毛を目の前に挟んで瑛璻が話しかけてきた。

 

「え〜?龍緋くんは強いし、芽龍ちゃんも強い!瑛璻が居なくても雲龍はだいじょうぶ〜」

 

「君主である彼を矢面に立たせること自体が雲龍の誇る僧兵として恥ずべき行為だと思いませんか?」

 

「その君主である龍緋くんがやる気なんですもの〜……瑛璻に言われてもどうにもできません〜。……それにね?あの件からレアちゃん、少し気を張り詰めてるでしょ〜?」

 

 鋭いやつらが周りに多いことこの上ないが、瑛璻はその更に奥……私が努めて隠している感情の機微を目敏く感じ取ってくる。

 

 あの件とは、ナルシアが蘇生不可能にまでぐちゃぐちゃにしてくれた僧兵惨殺の一件を指しているのだろう。

 

 枯れたおっさんの精神は諦観が身に染みているので、ああいった出来事にある程度の受容ができている。まあ、こんなこともあるわな。といったふうに。

 

 酷く傷ついているのは、レアの精神の方だ。まともじゃない理由で、まともじゃない殺され方をした……罪のない僧兵一人の死体に、同情を超えたものを持ってしまっている。

 

「……彼女たちに話しましたか?」

 

「いいえ〜? 瑛璻貸し切り特待権が有効です〜!とだけ言いました」

 

「え、まだ有効だったんですか。それ」

 

「実はね〜」

 

 ゆる〜くピースサインを向けてくる瑛璻。彼女がおっとりとした性格なのは生来のものではない。伝説の所以となった大災禍での大立ち回り。

 

 彼女はそこで夫と産まれたばかりの自らの赤子を晦級のレヴナントに喰い殺されている。以前は初梅のように生真面目でお堅い女性だったらしい。

 

 どうして今のおっとりとした佇まいに変わったのかは知りかねる。が、私が人の死に誘われて破滅に向かわないか心配なのだろう。瑛璻は死に最も敏感な女性だ。

 

「張り詰めていないと言えば嘘になりますが、大丈夫ですよ」

 

「そう?もっと早く駆けつけていれば、なんて思ってない〜?」

 

「思ってますよ。僧兵の彼だけでなく、過去あらゆる出来事で……救えなかった方々に対して」

 

 合法ロリのどの胸を借りればいいのか分からないが、頼って欲しいと言外に伝えられて、それを突っぱねるのも違う気がした。ので、正直な想いは吐き出しておこう。

 

「……出会ったときから責任感の強い子ですね〜、レアちゃんは」

 

「目の前にあるものがぐちゃぐちゃなのが許せないだけですよ。神経質なだけです」

 

 それを聞いた瑛璻は私から顔を外して、エレオノーラたちのはしゃぎ(ざま)に目を移した。本当はレヴナントというだけですぐさまカンタレラの首を刎ねてやりたいと思っているだろうに、彼女は大人だ。

 

「瑛璻には、そんな風には見えないけどな〜……」

 

「ふふ、随分と私のことを買ってくれているようで」

 

「そうね〜……瑛璻にはできない凄いことを、レアちゃんはできてるからかも〜」

 

 誰に向けるでもなく、寒空に溶けるように呟いた瑛璻のその言葉は、積雪のように私の心にしばらくのしかかってくるようだった。

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