今夜泊まるところはどこを予定しているだろうか。ラウラの何気ないその一言によって、私たちの無計画さが露呈した。
エレオノーラはただ着いてきただけなので最初からピンと来ておらず。カンタレラは「えっ、流石にレアが宿を押さえてるよね?」とこっちに顔を。
瑛璻は後から合流組なので、わかんない〜とにこにこしている。この
よく考えてほしい。ノープランでこのさっむい冬の中、ケリュドアナまで向かおうとする私が宿とか押さえてるわけねーのだ。
それに加えて、テイルムンドは携帯電話の普及も伴ってホテル予約サイトなんてものがあったりするが、よりにもよって雲龍とケリュドアナは二、三歩発展の遅れた国だというから、そういった文明の利器に頼れもしない。
雲龍に関しては君主の
「いつもはボクらの生活習慣とかに口出すくせに、レアってこーいうこと自分はしちゃうんだ?」
「……う゛っ、それを指摘されると痛いですね」
「瑛璻は〜、瑛璻だけ別宿とかにならなくてよかった〜って思ってますけどね〜?」
右からカンタレラが私の脇腹に肘突きをお見舞いして、左から瑛璻がフォローのようで全くフォローになっていないことを呟いた。
「ならば、こういうのはどうだろうか。私が住んでいる無駄に広くてかなわん屋敷を持て余している。貴殿らの人数でも余裕で個室を用意できるほどだ」
「……おっきなお屋敷? ぜ、ぜひ……泊まりたい」
「……あっ、エレオノーラのばか! ボクらがまだ良いって言ってないのに……」
目を爛々と輝かせて思いっきり首を縦に振るエレオノーラの様子に心なしか嬉しそうに胸を張るラウラ。どこにそんなドヤる要素あったかね、もしやあれか?
親が買ってくれたスポーツカー型のトミカを自慢するちびっ子金持ち的心理なのか?えー!すっげー!って言われるとへへん!そうだろ!ってなるやつ。
「なに、無賃であると貴殿らの方が恐縮してしまうだろうとは考慮している。……そこで、レア殿の霊廟域での魔法の腕前を評価し、その一行である御三方の実力さえ見込んでの依頼がある」
「まぁ〜! ラウラちゃんも駆け引き上手なんですね〜」
「……むしろこちらが本題でしょうね。では、その内容をお聞かせ頂けますか?」
話が早い相手との交渉事はいつも気持ちのいいものだ。おっさん時代にすんなりと外部契約のアポが取れ、稟議書があっさりと通ったときの気持ちよさをよーく知っている。
故に身につくミニおっさんスキル。こういうとき老害みたく話を聞かずして突っぱねるのではなく、一度聞く姿勢を持つ。こんな単純なこと、と思うかもしれないが割とできてない社会人は多い。
やられて嫌なことはしないという言葉があるが、まさにその逆である。やられて嬉しいことはしよう。話を聞いてもらえる、それだけでも嬉しいと思う人はいるのだ。冴えないおっさんとかね、心当たりしかない。
ラウラは断られることも視野に入れていたのだろう。というか、そちらのほうが濃厚だと思っていたまである。意外にも乗り気な私と瑛璻の態度に少し引け気味になってから、暫くして持ち直すと彼女はこう紡いだ。
「聖冬の祈りが終わるまでの期間、私の妹……踊り子を担うルシーラの護衛を任せたいのだ」
ルシーラ・ペルセイアは原作第二章にて登場する非プレイアブルキャラクターである。ペルセイアの姓をラウラと同様に冠しているが、血の繋がりは無く
そんな彼女は聖冬の祈りの踊り子として類を見ないほど舞踏の才覚がある。本来舞踏というものに特別な効果など無いはずが、彼女はそこに魔素が自然と宿り……魅せた者すべてを鼓舞することができる。
効果はメタ的に言えば会心率バフだろうか。分かりやすく火力補助なので、力を司る黄色の魔素に連なる固有魔法である。黄色の魔素と聞いて、ちょっと「ん?」となった人もいるかもしれない。
思い出してみるとあら偶然!
身体を乗り換えるにはおあつらえ向き……もといそんな偶然が重なったルシーラだが、史実ではナルシアに身体を乗っ取られてそのまま退場している。肉体はナルシアのものとなって無事だが、精神は死んでしまうという表現でいいのだろうか。まあそんな感じだ。
薄々察しているだろうが、『冥魂』運営ってどこまでいっても人の心がないシナリオを作るのが得意なのだ。龍緋だって今は生きてるけど史実だとレヴナントに成って妹に殺されなきゃならんし。クソろくでもねぇ世界である。
「アンタたちが姉上が依頼したっていう護衛?……女ばっかりじゃない!こんなのでアタシの護衛が務まるっていうの?」
さてその話題の人、ルシーラはと言うと……くっそ一昔前のなろう令嬢モノの悪役ヒロインみたいな性格をしていた。嬢ちゃん、めっちゃいい性格してはりますわぁ。
椅子の背もたれに全体重を乗せて、ふんぞり返った態度。人によって使い分けてるのだろう、第一印象から受け取ることのできる可愛らしさを十分に自覚して洗練された甘いマスク。
その外見情報から突如繰り出される、腹を抉るような罵詈雑言。自分が中心だと思わないと出てこないだろという発言の数々。ものの見事に横にいるカンタレラが青筋を立て踵を鳴らしている。
「ねぇねぇ、こーいう人間は滅んでいいと思うんだけど、レアはどう思う?」
「ノーコメントで」
職業柄尖った発言はできねーっての。聖女に人類の間引き基準を問うてくるな!あと、苛立ちが表情に出すぎだって。ルシーラの
「…………はぁ、あと二日も無いのに。アンタらとの顔合わせに使ってるこの時間、舞の練習に費やしたほうがマシだったわ!」
「ルシーラ……さんは、舞うのが嫌いじゃ……無いんだね」
おおう。この空気感でよくその質問をぶっ込めるな。物怖じせず物事に首を突っ込めるのは流石原作主人公といったところだろうか。
「────どうしてそう思うの?」
「だって……ルシーラさんは、自分のことかわいいって、思ってるでしょ?」
「……ふはっ!」
「こら〜。カンタレラちゃんってば、笑っちゃだめですよ〜?」
エレオノーラのずけずけと相手のパーソナルな部分に踏み入る方法は、今この場面においてクリティカルだった。幼げで無邪気だと傍目から見てわかる彼女だからこそ、ルシーラの棘を掻い潜ることができた。
彼女が居なければ、第一印象最悪の口悪女として私たちとすれ違っていた可能性もある。ナルシアの乗っ取り先である以上、仲良くしといて損は無い!ナイスファインプレーだ、エレオノーラ!他人任せ?はにゃ?
「たぶん、ね?そんなに自分のことをかわいいって思ってる人だったら……苦労するのを嫌がりそうだな、って。汗をいっぱいかく舞なら……なおさら」
「ふぅ、アンタの話を聞くと調子狂うわ……そもそも、誰がアタシ
「失礼ながら……私たちからすると、全てを見下してる態度に映りますが」
頬杖をついて、ばつの悪そうな顔を見られまいと窓に視線をやるルシーラ。私はぶっちゃけるとこの態度の悪さの理由を知っている。原作第二章を履修済みだからね。
「おじい様が好いたこのケリュドアナを、ほんとうに嫌いになるわけないじゃない。大衆酒場で詩人が鼻歌混じりに紡ぐ英雄譚……橙に灯る街灯の下に落ちる老若男女の影……全部好きだから嫌いなのよ」
「好きだから……嫌い?へんな、言葉」
「あのねぇ……
「んー、でもさ。今のカンジだと、ボクらは好きなところしか分からないけどなぁ?キミの言う嫌いなところはどこなのさ」
「────姉上のケリュドアナになりつつあるから、嫌い。街に染みついたおじい様の匂いが……あの人の匂いで上書きされるようで、堪らなく嫌なのよ」
ルシーラはラウラの祖父に対して、格別の親愛を持っていた。それに応えてくれる祖父の大きな背を見て育った彼女は、羨ましいのだろう。
本当の家族。本当の孫娘。本当のペルセイア家。
……いや、そんなのはどうでもよくて、彼女はずっと祖父との強い繋がりそれだけを欲しているのかもしれない。手っ取り早く証明できるのが血縁であるというだけで、奥底にあるのはただ純粋な……
「しかし、ケリュドアナは封建制度をとっている。ラウラさんがケリュドアナ全土を統べているわけではないでしょう」
「十二英雄の姓を持つ騎士に分け与えられた十二の領土のこと?はっ……ただでさえ狭いケリュドアナが、十二に分割されたらどれだけせせこましいか理解できる?」
「つまり領を越え見聞は広まりやすく、実質的にはケリュドアナ国王のお気に入りってこと、ですかね〜?」
「そう。いいわよねぇ……才色兼備の女騎士。街を歩けば人々に声をかけられて期待をされて。
片や私は年に一度のこの踊り子でしか才を振るうことのできないお飾り。なんなら正統な騎士の血筋でもない!」
「────でも……好きなんだ。ね?」
ラウラには妹のルシーラを貶める意図など無い。産まれついてから生粋の騎士であり、誰からも好かれることのできる女性だっただけ。
悪い言いかたをすると勝手にルシーラの方が惨めな思いをして自分で自分を苦しめてるだけなのだ。
それを彼女も理解している。だがその考えを分かっていてやめられるほど、人間という生き物は上手くできていない。
だからこそ、踊り子は暗く輝く。祖父が褒めてくれた華麗な舞踏を、唯一ラウラに対抗しうる復讐道具と認識して。
祖父が喧騒を眺め、嬉しそうに酒盃を傾ける姿を覚えていながらも、
「ええ。私はこの嫌悪を抱きながら、おじい様の愛した聖冬の祈りを無事にやり遂げてみせる。
そうして、それを楽しみにしているケリュドアナの人々の平穏を祈るの。愛した人が愛したものを、私だって愛してあげたいから」