「……で、なんでアタシまで外に連れ出されなきゃならなかったのよ。言ったわよね?舞の練習をしたいって。外じゃ危なっかしくてできやしないんだけど!」
「ルシーラが近くにいなきゃ護衛の意味がないだろー?それにさぁ、練習の一部始終をボクも見てたけど……もう完璧に踊れてたと思うぜ?根を詰めすぎて引きこもってばっかだと良くないしさ、軽い運動と思ってよ!」
ボクらはルシーラの内に秘めた想いを聞き届けたのち、尚のこと護衛の依頼を請け負うことに乗り気になっていた。人々の活気で賑わうケリュドアナに、身の危険なんて無いような気もするけど……今この国には【
この景色も三十年とかそれくらい前にナルシアに連れてこられたケリュドアナと全く変わってない。けど、一つ違うのはナルシアの容姿だ。あの頃は乗り換えたばかりで元となった踊り子の明るい茶髪だったし、整った顔立ちだったけどそばかすが目立っていた。
けれど乗り換えてから長くその身体を使い込むと、ナルシアの生前に近づいていくんだ。青白い長髪、乳白色の宝石のような瞳。少女の体つきから大人の色香が漂うような体つきへ。傾国の……っていうのはナルシアのためにあるような言葉。
ラウラが踊り子であるルシーラに護衛をつけたのは、おそらくうっす〜らこのナルシアの情報をどこかで掴んだからだろう。実際のところ、ラウラのやつがどこまで知ってるかはわからないけどね。
「軽い運動って……魔物退治のどこが軽い内に入るのよ!!!!」
「アハハ!すっごく元気だねぇ!ほら、もっと腕を動かしな?雪蝙蝠がどんどん来るよ!」
ボクは舞踏芸術に造詣が深くないので、屋敷での練習を眺めているのに耐えれなかった。ケリュドアナにも協界の施設があったから、レアたちが護衛を交代している隙に色々と依頼を見繕ってきた。
英雄譚で語られる戦いと密接に繋がりのある恵み……農産業と畜産業に力を入れているケリュドアナ。どうやらケリュドアナの遠方にある洞穴で、寒さに耐性のある雪蝙蝠という魔物が異常繁殖しているらしい。
その雪蝙蝠の金切り声で、放牧している牛や羊がうまく寝付くことができずストレスを抱え込んでしまっている。牧場主は追い払うほど魔法や戦闘技術に精通していないため、いたく困ってるんだとさ。
まあさして人を脅かすほど脅威ではない魔物なのと、この雪蝙蝠の金切り声には熊を追い払う効果もあるために、できれば巣を潰しすぎず適度に間引いてくれると嬉しい……って依頼を、護衛の傍ら、ルシーラと二人で受けることにしたんだ。
「こちとらっ……戦闘技術はからっきしなのよっ!もしこれで乙女の柔肌に傷がついたらどうしてくれるの!?」
「ぷっ、怖がりすぎ!ちょっとくらいの傷ならボクの【被虐者の愛】で治せるって!」
いやぁ、無茶ぶりした自覚はあるけど……脚の運び方は流石踊り子だね!踏み出すべきところをよく分かっていて、腰の落とし方も綺麗。でもルシーラ自身が言ったように、武器の扱いがへたっぴかな?
「ああもうちょこまかと!」
けっこー自由に飛び回る雪蝙蝠の軌道に、適当に持たせた短剣の切っ先が空振る。その隙を啄むように低空飛行してくる雪蝙蝠だけど、ルシーラも負けじとひらと躱してみせた。
悪態ついてる様を見て、口悪い時こそが本来のルシーラなんだろうなと思う。関わる全員に傍若無人な振る舞いをするのかと思いきや、使用人にはどこぞの令嬢みたく丁寧な言葉遣いで接していたし。
「キミさぁ、ずっとそのままでいなよ!」
「……はぁ!?何よいきなり!こっちがっ!雪蝙蝠一匹倒すのにっ!苦労してるときにぃ!」
それって、彼女が好きなおじい様のお家に不和を生まないようにするための、純粋な『愛』のなせることじゃない?
その『愛』に、確かにケリュドアナの人々は淡白だ。冷たく置き物扱いをしてるわけでもない。酷く陰口を囃し立てて肩身を狭くさせてるわけでもない。
でもみんな、「ああ……そういえばラウラ様には妹君が居られましたね」くらいの認識でいる。いっそ突き抜けて嫌われている方がまだ自分を見つめてくれてるわけだから虚しくないだろうね。
誰もがルシーラに清々しいくらい無関心すぎるんだ。
ボクもその辛さ、知ってる。つい最近まで同じよーなことでささくれだってたしね。あ、でも慰めるつもりはないぜ!傷の舐め合いほどBADなコミニュケーションはないからね。
「キミがボクの前では素の自分を晒け出してもいいって思ってくれてるのが、たまらなく嬉しいんだよ!でも、ボクらだけがキミの魅力を独り占めはズルじゃんか?」
「…………魅力って、アタシが好かれるわけないでしょう。アタシは人々の好意に嫌悪で返す方法しか知らないのに」
「アハハ!それは間違いない!」
「ちょっと、そこは否定しなさいよ……!!」
思えばさぁ、まだルシーラってエレオノーラより二つ歳上くらいでしょ?えっと……十九歳くらい?多感なお年頃なのに、大人たちったらひっどい仕打ちだよなあ。
ボクが言ってあげるよ。生きて紡がれる
たださ、そんなアタシの寂しさを理解してもらえるわけないってへそ曲げてそっぽ向くのもそりゃあ良くないと思うんだよね。ぼかぁ。つまりはこーいうことさ、嫌なことは言っちゃいな!
「性格悪いのは変えられようないじゃん。諦めなって〜!でもルシーラが怒って、嫌って、ムカムカしてる理由って正しいとボクは思うぜ」
「…………肯定、してくれるの?」
ボクの影から鴉が二羽翔んで毒の風切羽をはためかせる。見返してやろうぜ、キミを見てくれないセンスの無い大人どもに。キミは実はさいこーにイケてる女の子で、さいこーに魅力的なんだってことをさ!
一羽はルシーラの短剣に貫かれるように近付いて、その形を緑の魔素に変えてエンチャントした。もう一羽は、はためかせた翼からひらひら落ちる羽根を変質させて、四方に芽吹く毒性の樹を生やした。
邪魔する残党はボクのこの樹が抑えてあげる。こーいうのは誰がやったかってのが大事なんだよ。ルシーラが、ルシーラ自身の意思で、しっかりと踏み出すことが重要!だから有終の美、ラストアタックはキミに任せるぜ?
「大人の言いなりばっかじゃあ面白くない。キミはキミらしく……誰かに用意された踊り子じゃない、新しい踊り子として爆誕しちゃいなよ!!!」
「────っ。はぁぁぁっ!!!!」
雪蝙蝠をそこそこ倒して、念の為退治した分の雪蝙蝠の片羽を持ち帰って協界に戻ると、先んじて依頼達成の一報が届いていたのか、牧場主と思われる恰幅のいいおじさんが集会室に入って左向かいのテーブルの席に腰を下ろしていた。
ボクらを見るやいなや、立ち上がってはすぐさまボクらの方へと駆け寄ってきた。そして手をいきなり握ってきたかと思えばぶんぶんと縦に振り回して大袈裟な面持ちで感謝の念を告げてきた。
「いやぁ、カンタレラ殿のお陰じゃ。助かったわい……動物たちの気性難は染みついたら中々戻しにくくなるのでのう……」
「ふふん。もっと褒めなよ?ボクのお陰でキミのお仕事は守られたんだからね!」
……へへ。何度やっても悪い気がしないね、感謝されるってのは。ちゃんとボクの目を見て、「ありがとう」って言われることの満腹感っていうのかな?満足じゃあないんだよ、お腹のあたりがねぇ、ぽかぽかするから満腹感なんだ。
「……して、そちらのお嬢さんはどなたかの?」
「挨拶申し遅れました、わたくしの名前はルシーラ・ペルセイアといいます。以後、お見知りおきを……」
「……ああ!雷の騎士、ラウラ殿の妹君か!流石、彼女の姉妹だけあるのう、流石の辣腕ぶりじゃ!」
恭しく服の裾をつまみ、優雅な一礼をするルシーラ。そのまま牧場主のおじさんの褒め言葉のようでその実全くルシーラのことを見てない、いやーな褒め言葉を社交的スマイルで受け取ろうとしたから……社会とか関係ない化け物代表のボクが、ぶっちぎってやった。
「ちょっと!『ラウラ殿の妹君』とか『彼女の姉妹だけある』とか、この子にシツレーじゃない?」
「あ……!ちょ、ちょっと!何言ってるの、カンタレラ!」
「いいかい!?この子の名前はルシーラ!ちゃんと顔見て、ちゃんとどんなやつなのか覚えて帰ってくれよな!あと、最後にルシーラに言うことあんじゃないの、おじさん?」
大人の言いなりになるのをやめるんじゃなかったのかい、ルシーラ。口が悪くて、態度の悪い素のキミがボクは好きだぜ。だからそうやって隠そうとするなよ。ラウラとばっか比べられて、ラウラのって言葉が接頭語として付く毎日はもう終わりにしようぜ。
何もかも諦めくさった顔で、笑って流そうとするなって。このデブ!アタシはアタシだ!ラウラの名前を二度と口にするな!くらい言ってやろーぜ。それくらいの権利はキミにはあるよ。
「…………はぁ。アンタのせいで何もかも台無し。いい?牧場主のおじさま。これが本当のアタシ……幻滅するならしてちょうだい。でも、カンタレラの言うとおり感謝を受け取るのがまず先よ」
「め、滅相もない!今再び、カンタレラ殿に二度も助けられた気分じゃよ……!目が覚めたわい、ワシはルシーラ殿になんという態度を……」
「だ、か、らぁ! 『ごめんなさい』を貰いたい訳じゃないのよ!アタシは『ありがとう』が欲しいの!わかる!?」
「あ、ああ……すまな、ごほん!!……ありがとう。本当に助けられた。英雄の妹……ではなく。ただ一人のルシーラという女性に、ワシは感謝申し上げる」
「────ふんっ! おっそいのよ!」
……へぇ?やんじゃん、ルシーラ。ぶっきらぼうだけど、悪いやつじゃないってこの一日でボクは知れたよ。遠出にあたって、キミってば不在で心配するだろう使用人のことを第一に考えてたよね。
あんなに見返してやるって言ってた相手たちに、なんて気遣いだろうか。嫌悪だけならできるはずのない行為だよね。少なくともボクにはできないことだ。
嫌いだけど好き。好きだけど嫌い。なるほどそういうこと。どーしてもケリュドアナに関わる全部を捨て置けないんだろうな。見てもらいたいってのは、その分ルシーラはみんなを見てるから思うことなんだね。
良かったね、ルシーラ。小さな一歩だけど、キミをしっかりルシーラだと認識してくれた人が今ここに生まれたよ。これから少しずつでいい。キミがキミらしくあれるケリュドアナに染めていこうじゃんか。
「ふぅ!今日も良いことした〜♪ね、なんか記念に食べに行こーよ!ルシーラは何食べたい?」
「太って体型維持に困るから脂身のあるものは遠慮願いたいわね。……って、ちょっと!どうして大衆酒場の方に足を向けるの!?」