手首から伸びた薄いレースの帯が、ルシーラさんのステップと共に翻った。屋敷に備え付けられた暖色の灯りに照らされて、レースがキラキラとその光を反射してる。
ちょっと前までのルシーラさんはなんていうか……何かに迫られながら必死に踊っていた。それでもさすが、現踊り子のルシーラさん、とっても舞う姿は綺麗だったけど……
「ルシーラちゃん、生き生きしてますね〜」
「わかる。ルシーラさん、表情が柔らかくなった」
私たちに想像のつかないなにかに緊張してた……のかな。強張ってた表情筋が自然になって、肩に入ってた余計な力も今は脱力して滑らか。それはきっと、カンタレラとお出かけした日がきっかけだと思う。
ルシーラさんの練習風景がつまらないのか、カンタレラは庭に遊びに来ていた野良猫にちょっかいを出して遊んでた。どこで摘んできたのか分からないけど、猫じゃらしを片手に「ほれほれ〜」ってケラケラ笑ってて、いじわる。
「カンタレラって、そういうこと、できるんだ」
「瑛璻からすると意外でもなんでもないんですよね〜。カンタレラちゃん、お世話焼きさんですから〜」
「えぇ……? あの子供っぽいカンタレラ、が?」
私からすると、カンタレラって「これでもボクは君よりとぉーっても歳上なんだぜ?敬ってくれよ、な!」とか言って、ヘンな張り合いをしてくるやつってイメージ。
歳上っていうなら、もう少しこう……静かでおしとやかなはず。あんなに騒がしくて、かぁかぁ鳴くのは、大人じゃない。その点、レアさんは理想的。べすとおぶおとな。
ルシーラさんの変化は踊りだけにあらわれたものではなかった。満足のいくまで舞を続けていたのに、今ではすっかり自分の体調や私たちの都合を気にして頃良いタイミングで打ち上げるようになった。
張りのある肌色に流れる汗を拭って、こちらに歩み寄ってくるルシーラさん。自分のことを見つめる私たちの様子がいつもと違うことに気付いたのか、かえってこちらを誘惑するような挑発的な微笑みを私たちにかえしてきた。
「アンタたちが考えてること、当ててあげましょうか?アタシの雰囲気が変わったって思ってるのよねぇ?」
「ん、正解……よく、わかったね?」
「そりゃあアタシにだって劇的な変化ですもの。他人のアンタたちにわかって、アタシ本人がわからないわけないでしょう?おバカさんね」
するすると小気味いいくらいルシーラさんから繰り出される悪口。でも、不思議と不快じゃない。前までは突き放すような棘のある言葉選びだったけど……最近のはちがう。
ルシーラさんにとって、これはじゃれあいみたいなものだ。私たちがこんなことで離れないって気付いてるから、性格の悪いところを晒け出してくれてる。
それをルシーラさんも心地良く思ってるんだと思う。だって、嬉しそう。なにかが変化したわけじゃない。ルシーラさんのほんとうが、ちょっとだけ増えたんだ。
「……のわりには、嬉しそう〜?」
「うっさい!……誰かさんに、アタシはアタシらしく踊っていいって言われたから。万人に好かれようとするのはもうやめたのよ」
……えっと、どういうことだろう。アタシ……らしく?万人に好かれる?ちょっと、難しいかも。瑛璻……さんは、理解できたのかな。顔を向けると、こっそり耳元で教えてくれた。
「多分ですけどね?ルシーラちゃんは『皆が年に一度しかない聖冬の祈りに求める踊り子』のイメージを崩さないように必死だったんだと思いますよ〜」
「それが……万人に、好かれるってこと?」
「きっとそうなんでしょうね〜。でも、それはルシーラちゃんらしくないってカンタレラちゃんは感じたんだろうね〜」
猫を煽りすぎて怒りを買ったカンタレラが顔にひっかき傷を貰っているところに、ルシーラさんが喧嘩を売っているのを瑛璻さんとふたりで見守った。
ラウラさんに頼まれて始めたルシーラさんの護衛だけど、歳の近いお友達ができたような、毒気の抜かれる光景に、なんだかこれでいいんだっけ?なんて思ったり。
まあ、いいか。仲良しなのはいいことだし、ぼかぽかするし。ルシーラさんも、楽しそうに、悪口言ってるし。うん……雲龍もいいところだったけど、ケリュドアナも同じくらいいいところだ。
日が暮れて、みんなが寝静まった夜。いつもだったらレアさんが夜更かしをするカンタレラを先回りしてとっちめるために、玄関前に仁王立ちとかしてるんだけど、居候の立場だからか大人しく寝てるっぽい。
私はカンタレラが雲龍城を襲いに来た時、なにもできなかった。せっかく掴めた【月蝕】も、初梅に教えてもらった戦いのイロハも、まったく役立てることができなかった。
だから……くやしくて、くやしくて。もっと強くならなくちゃいけないから、いっぱい鍛練をする。
どんなレヴナントの異能でも掻い潜れるように神経を研ぎ澄まして。
どんなレヴナントの異形でも対処できるように武器の扱いをもう一度見直して。
どんなレヴナントの硬い皮膚でも斬り裂き、貫くことができるように何回も模擬人形に壊れちゃう勢いで剣を振るって。
最後に、初梅から貰った力……【梅の香】の改良版。【月蝕・
この力は、赤の魔素からなる移動阻害魔法。攻撃を与えると、梅の花の紋様が相手の体皮のどこかに浮かび上がって一つ花弁が灯る。この花弁一つだけでも、けっこう体が重くなるから、相当動きにくくなる。
これはたぶん……火を司る赤の、熱に関する部分によるもの。身体に打ち込まれた赤の魔素が熱異常を起こして、相手の平衡感覚と倦怠感を強めてるから移動阻害が成り立ってる。
そして、この花弁が五つ灯ると、小さな発火現象が紋様を起点として発動する。おーばーひーとってやつ。花弁によって乗算的に重くなってる身体に降りかかる火の粉は、小さな発火とはいえばかにならない威力になる。
私はこの条件を達成できるほどの戦闘技術が無い。初梅は片手銃を使うことで射程圏内を伸ばして可能にしていたけど、筋力がない私が銃を扱うと反動だけでロステンポになる。
飛び道具。銃という遠距離武器でなくてもいい、攻撃の回数を増やすことで【月蝕・梅花】の発動条件の確率を高められるもの……私には必要だ。
「長さの違う双剣で一回の攻撃を増やす……?手に持っているだけで読まれやすいから、だめ」
模擬人形の顎下、人間なら脳震盪が起こる箇所に剣の腹を当てて、揺らす。右に大きく崩れた人形をすかさず足で押し倒して、喉元に剣先を突き立てて無力化。これも、だめ。
「剣に、こだわりすぎてる……のかも。たとえば、ラウラさんのような槍は?」
ラウラさんの槍は切り返しがない、刺突のみに特化したもの。薙ぎ払いは殴打に近しいものになるし、袈裟懸けといったものは叩きつけに置き換わる。
「私には使えないかも。使い方を……知らない」
ああ、もどかしい。私の身体能力の数々が、どうしても一段階か二段階ほど足りない。それは成長によって解消されるもので、鍛えてもどうにもならない。幼い身体は、付く筋肉に限界がある。
それを補うのが私の魔法……【月蝕】なのだろうけど。他人の魔法を使うには、一度喰らいたい魔法を、自らが避けも守りもせず受けなければならない。即死級の魔法もありえる戦いの中でこの条件は、あまりにシビア。
模擬人形をもう一度立たせて、ごちゃごちゃの頭をすっきりさせるため、なんどもなんども剣を振るって倒す。初梅に教わった基本的な連撃の型は、いつも欠かさずやっている。
「今日は、もうやめよっか、な」
いろいろ悩んだけど今の私には解決できないことのような気がして、ちょっと虚しくなりながら鍛練をやめた。
すこしだけ、うるさくしすぎたかなって恐る恐る中庭からお部屋に戻ろうとしたら、やる気なく翔んできた鴉がつついてこようとしたから、両断した。
「一人でこそこそやってても息詰まるだけってルシーラにも言ったけどさぁ?もしかして、お子ちゃまも同じこと言われないとわかんないわけー?」
「お子ちゃまじゃ、ない。カンタレラの方こそ……突拍子もなく、危ないことして、子供!」
「まぁまぁ、ムキになんなって!……キミさ、【月蝕】の能力を持て余してるんだろ?初梅の力を上手く使えなくて、悩んでるとみた」
「だから、なんなの」
「キミの強みって誰かの能力をコピるところじゃないだろ。五色の魔素どれにも適性があって、コピった能力を混ぜ混ぜできるところが強いんじゃないか」
だから、夜更けだけど呼び出してみた!じゃじゃーん!ってカンタレラが扉の方に腕を伸ばして、サプライズかのように連れてきたのは……最近は忙しそうに領土運営に奔走していたラウラさんだった。
「話は掻い摘んで聞かせてもらった。私の紫電……紫の魔素をエレオノーラ殿が喰らう……という表現で良いのだろうか。そして、我が物にしたいということだろう?」
「そゆこと!んじゃ、ボクは二度寝するからさ、ごゆっくり〜!」
「はは、カンタレラ殿は自由気ままだな。
では……語り合うより刃を交えた方が早かろう。いつでも来い、死なない程度には手加減をしてやろう」
槍をどこからか展開したラウラさんはバチバチと紫に明滅する雷を纏って、こちらの出方を窺っている。余計なお世話……ってカンタレラに言いたいところだけど、手詰まりだった鍛練に一つの道が見えたのはカンタレラのおかげだ。
「あとでありがとう、って言わなきゃ」
全力で……潰す。ラウラさんにも勝てないようじゃ、私は
「はは!少女のする顔ではないが、その意気や良し!!!」
次の日の朝、ラウラさんの紫の魔素と私の極彩色の魔素が庭を埋めつくして眩しかったと使用人から苦情が入って、二人共々レアさんに正座にさせられて怒られちゃった。