ラウラに依頼されたルシーラの護衛。今んとこ護衛の付き人というよりシェアハウスしている騒がしい同居人みたいな感じのノリだが、ともあれ何事も無く二日が過ぎ、
領地の境目がほぼ無いケリュドアナは、十二騎士の領民の垣根を越えて喧騒に包まれている。それだけでなく、周辺国の耳聡い観光客も訪れているようで、正に一大行事である。
人に揉みくちゃにされるのは好かんので、舞の最終確認をしているルシーラと彼女の近くで警戒をしている瑛璻を見下ろせる場所で私は見守らせてもらうことにした。
「……ますます季節は真冬へと向かっているというのに、人々の熱気がそうと感じさせてくれませんね」
視界の端、祭りの活気に疲れたのだろうか、私と同じくして上から人々を眺めようとする女性が横へと近付いているのが見えた。
彼女もまた高台の手すりの上に肘を付き、手のひらに顎を乗せている。横目でチラと確認するはずが、あまりにも様になるもので、自然と直視してしまった。すると、相手方も私を凝視していたのだろう、すぐさま目が合った。
「そんなに見つめなくても、私は逃げたりはしないわ」
その艶めかしい声色で、ハッとする。随分露出を控えた服装だが、彼女は私たちが追っていた当人────【
「……そちらから顔を見せるとは信じ難いですね。あなたは雲龍から離れ、遥々このケリュドアナにその身を隠匿しようとしたではないですか」
「くすっ、それを言われると耳が痛いわね。……ねぇ、
共通点……か。原作の意をなぞれば、フォロス大陸とそこに住まう愚かな人々を憎むないしは恨んでいる者たち、だろうか。そうなるだけの理由があると思っているし、善人の数だけ悪人もいるような世界である。妥当な推察だろう。
「分かりやすいお顔ね、レア・オルテンシア。私はね、もうあんまり……人々を恨んでないのよ」
「────は?」
人智を超えた異能を有するだけのレヴナントに成りながら、それでも理性を保てるのは底無しの憎悪によるものだと思っていた。
それが、彼女には無い?嘘も休み休み言ってくれ、ならばどうしてナルシアは理性を喪わずしていられる。どうして……あの僧兵を惨たらしく殺した?
「人の……人の、神経を逆撫でするのがお好きなようですね?」
「残念だけれど嘘ではないわ。私の探している“彼”はとっくに……五百年も前に亡くなっている。この世に恨むものも、もう無いのよ。
……共通点の話に戻るけれど、私たち人の
新人類の初期メンバーである【
見透かすような乳白色の双眸が、寂しそうに細められた。ナルシアのその表情には狂気は含まれておらず、草臥れて疲れきった一人の人間のように見えた。
「数年に一度、私は踊り子に選ばれた少女と同化して……壊れかけた精神を繋ぎ止められる。私は疾うに終わるつもりでいるのに、それをよしとはしてくれないの」
「誰が……と訊くのはもはや察しが悪いでしょうか」
「いいえ?知りたいことは悪じゃないんじゃないかしら。……名を【
クソが。よりにもよって、だ。国や街への被害など一切合切気にも止めない戦闘狂の気狂いが担当だと?新人類に所属しているのも「面白そうだから」というその一つのみで、帰属意識なんて欠片もないやつが?
ナルシアのこの態度、雰囲気を見るに両者の願いは
「……私は優秀なので、あなたの言わんとするところが理解できました。私たちにあなたを匿えと言いたいのですね?新人類側による同化を拒むために」
「話が早くて助かるわ。くすっ……ごめんなさいね。今代の踊り子を守るだけでなく、そうせざるを得なくなった、危険の種まで守らせるなんて」
「…………はぁ。これはあなたの
「……そう。あの子は私のことを家族と思ってくれていたのね。やっぱり、素直じゃないんだから」
減らず口を、と言いたいところだが。言葉と表情が一致していない彼女もまた素直ではなさそうなので、この苛立ちは胸の奥にしまっておくことにした。
なんとも歪な人間模様である。化け物に成ってもそこらへん人間くせーのはどういう了見なんだ、マジで。
「……と、いうことで。私たちの当初の目的であった人物であるナルシアからこちらに出頭してくれました」
「少しの間だけど、あなたたちの輪にお邪魔するわね。害を加えるつもりはないから、安心して?」
私たちもルシーラの屋敷にお邪魔してる立場なので、なんというかこの……さも自らが居住しているかのように他人を家内に踏み込ませる行為はどうなのかと思うが。
まあ……匿わないとルシーラは順当に死んでしまうし、ナルシアもそれは本意ではないだろうから許してもらわねばならない。しかし説得は瑛璻に任せることにしよう。なぜなら怒ってるルシーラが怖いから。
「よぉ!ひっさしぶりじゃん?ナルシア」
「……私があなたを雲龍にけしかけたようなものなのに、嫌味の一つもないのね。カンタレラ」
「まあ……龍緋がボクをサクッと殺す容赦のないやつだったらどーすんのさ!とはキミに言いたいかもねー。でも、実際なるようになってるし、気にすることじゃなくない?」
【隠者】の時のカンタレラは精神がレヴナント寄りの構造をしていて不安定だったために、ナルシアからすればここまで落ち着いている彼女は驚愕に値するだろう。
最も成熟したといえるのはまさしくカンタレラだ。特に私がなにか道を指し示したわけではない。龍緋の気まぐれ、『俺も救ってみたくなった』というたったそれだけが大きくカンタレラの不安を溶かしたのだろう。
「新人類時代を思い出してみるとナルシアってボクにべったり!しっかも、言うことぜーんぶ遠回しでわっかりづらいんだから!」
「カンタレラも、わかりづらいとき、あるよ?」
「ちょっと、お子ちゃまは黙ってて!……ま、つまりさぁ。
ボクがこうやってレアたちの仲間になるのを、けっこー前から望んでたんでしょ?ナルシア」
素晴らしい〜!私もカンタレラと同じ考察をしていた。雲龍でのあの一件はナルシアのみが手をかけた状況ではないこと、私たちと相対したとき戦闘態勢を取らずカンタレラの無事を確認したこと。
ナルシア自身、狂気に呑まれかけてはいたものの、実際の目的はカンタレラをこちらに押し付けるのが本筋だったと思われる。
十中八九、新人類……というか、【
その間隙を上手くナルシアに利用されたというわけだ。策士みたく褒めはやしているが、ずいぶんと不確定要素の多いギャンブルをしやがるこのドスケベ服女。
カンタレラの言うように龍緋が史実通りであったならば衝突待ったなしであるし、曲がりなりにも二人とも晦級のレヴナントなのだから人類が怯えて抵抗の意を込めて攻撃してしまうのも当たり前だろ。
「……さあ?どうなのかしらね。私って胡散臭いでしょう、はいそうよって言って信じる?」
「うへぇ……やっぱ、めんどくさい性格だなぁナルシアって。いつかの時ボクに卑屈だとか言ったけど、立場が覆ってるぜ」
おお、すげぇ。ナルシアは見た目もその仕草もいわば『なんか関わったら破滅しそうなえっちなおねえさん』なわけだが、こういったタイプに特効なのが『真正面から気持ちを伝えにいく素直っ子』なのだ。
なんかこの人ミステリアスでえっちだな……と思ったら負けなのだ。見事カンタレラはその錯覚をぶち壊した!ナルシアによる手篭めは手段として機能しなくなり、今やカンタレラの独壇場と化している!
「お知り合い同士でご歓談のところ失礼するけれど!ナルシアさんと言ったかしら?あなた、アタシの付き人でもないのにウチに転がり込もうなんて……いい度胸じゃない!」
……が、ここで乱入者!この優位を更に混沌へと陥れるイレギュラーが割り込んでくる!瑛璻の宥めでは止まることができず、ぷんすこと顔を真っ赤にして近付いてくる────ルシーラの登場だぁ〜〜!?
ちなみに瑛璻はルシーラの服の裾に引きずられながら、えんえんと泣いている。情けないことこの上ないです、上級僧兵とあろうものが。恥を知れ!!!!
「あなたが今代の踊り子さん?……瑞々しいくらいに美味しそうな“魂”をしてるのね、選ばれるのも納得だわ」
「会話になってないのだけど!なにこの女!」
「アハハ!諦めな、ルシーラ!ナルシアはドがつくほどマイペースだから、会話っていうものが成り立つほうがおかしいくらいなんだよ」
「心外ね。私はちゃんと彼女の怒りを受け止めているわ」
いやはや、外見年齢が低めのこの集団に、大人の見てくれをした女性が入ると少し安心するな……。
瑛璻は実年齢で言えば四十そこらであるけれど、見た目が如何せんロリだし。カンタレラも数十年単位で生きているレヴナントだから年寄りではあるけれども、精神は死んだ時のまま幼いし。
でも大丈夫かな。ナルシアって生活能力無さそうなんだよな。古代ケリュドアナの踊り子でしょ?なんか良家のお嬢様っぽくないか?
どうやら
賑わいは夜になっても静まることなく、普段は暗がりを帯びる路地も未だ街灯によって明るく照らされ、往来が絶えないでいる。
激おこルシーラ、えんえんと泣く瑛璻、ケラケラ笑うカンタレラ、頭の上にハテナを浮かべるナルシア……混沌極まった屋敷に居ると頭が痛くなりそうだったので、私は逃げ……げふんげふん。外の空気を吸いに街へと繰り出した。
「おい……!金は持ってきたか……!?聖冬の祈りが行われて、警備がザルなこの
「……まあそう焦るな。お前たちの
数千年の歴史があるとされる雲龍に比べれば、ケリュドアナという国の興りは短いものかもしれない。故に、ケリュドアナには貴族平民といった身分の格差は形式上存在しない。
代わりに、古くからケリュドアナの王族に仕えてきた十二騎士という家系が存在する。ペルセイアはその一人で、今最も勢いのある騎士家と評されてやまない名家である。
領土の境が実質的に存在しないというのは、見聞の風通しが良いこと以外にもある事を可能にしてしまう。領土の端に暮らす領民によるマネーロンダリング……裏稼業のやりやすい土壌を作っているのだ。
ある程度の憲法によってケリュドアナ全体を統治しているとはいえ、領土を十二騎士に任せている以上、細かな法はその治めている騎士によって変化が生じる。
境が無いとはいえ境。越えてしまえばそこは別の法が存在する別の土地。国王がこれらを黙認しているのは……まだ国内でこの経済が循環しているからだろう。
ただまた、国王はこの領土を治めているが治めていない。領土運営の権を握っているのはペルセイア家。その若領主であるラウラはこのような不届きを許すような女性ではない。堅物騎士は、見逃さない。
「そこの二人。今渡した麻袋をこちらに渡してもらおうか」
「うぐっ!? ラ、ラウラ様がなぜここに!?」
「……っち、見つかったか」
「手荒な真似をしなければ、聴取の後、即解放すると約束しよう。さぁ、こちらへ来るんだ」
温情を与えて手を差し伸べるラウラだったが、こんな小悪党どもにそんなものは通用せず……麻袋を抱えたまま一人は人混みの中へと走り去り、もう一人はフードを被ってペルセイアと地続き……あれは、ジェレミア家の領土へ足を踏み入れてしまった。
「……武力行使による鎮圧は圧政と思われかねん。しかし、面倒なことになったな」
「苦労してるんですね、領主さま?」
「始終を見ていたのか、レア殿。見ていたのならば……いや、客人に手を煩わせるなぞ以ての外であるな。忘れてくれ」
「あはは、見物していたのは謝ります。でもそうですね、増援を呼んで警備のポジションを変えるとかえって問題が起きそうですし……二回目は、手伝いますよ」
「かたじけない!私はペルセイア領に逃げた者を追う。レア殿は私が踏み入るとややこしい事になりかねんジェレミア領へと赴いてくれないだろうか」
「わかりました。……あと、ずっと先ほどから聞きたかったことがあるのですが」
「なんだ?」
「ラウラさんのその衣装……なんですか?」
「これか?私が好んで見ているアニメ『魔法少女マジカル☆マナティア』のコスチュームだ。大きな祭事なのでな、こすぷれなるものをしてみた次第だ!」
「…………なる、ほど」