「僕の領地に荒くれ者が!?どど、どうしよう……!ひぃぃ!怖いっ!」
「……ですから、この領地における活動権限を……」
「あげるよ!あげるあげる!僕の代わりにやっつけておくれ!」
「は、はあ……?」
右目尻にある泣きぼくろが特徴的な、すれ違う女性たちが自信を喪失してしまいそうなほど美しい容姿。巧みな話術と貴婦人方から黄色い声の挙がる容姿を活かして、政界では手練手管に長けた騎士と評されている男。
その一方で、武術にも魔法にも才は無く、『最も騎士らしくない騎士』とも世間から揶揄されることも多い。そんな彼こそが、目の前で頭を抱え丸まってびくびくと怯えているデュオニス・ジェレミア本人である。
「その言質だけ貰えれば、私は十分ですので……お目通り頂き感謝を」
「あ、あぁ……そんなに遜る必要は無いよ。僕には敬ってもらえるだけの力が無いから……ほら見ておくれ。僕にはこれっぽっちの小さい火種で辺りを眩しくして……視界を見えなくさせるくらいの魔法しかない……はは。どう?みすぼらしいでしょ」
「それを言うのなら、デュオニスさんこそ卑下をなさってはいけないですよ。話術で剣を抜かなくて済むのならば、そのほうがよいに決まってますから。
魔法に関しても、いつ何時どんな使い道があるか分かりませんし。暴漢から民草を守るだけならば目眩し程度でも十分な武器ではありませんか」
「……そう言ってくれると、幾分か心が軽くなるよ。ありがとう、レアさん」
切れ長の垂れ目を細めて、少し嬉しそうに微笑むデュオニス。なるほどこれは……表情が豊かで相手は絆されてしまうだろうな。そこに男性にあるはずの加害性というか、筋力による威圧が無いのだから、庇護欲を掻き立てられる。
残念ながら私は昭和生まれのむさい男が男性性の全てだと思っているので、死ぬほど受け付けないが。ナヨナヨ系は論外である。ああ、龍緋もそれで言うと論外だな。顔はオラオラしてるが、中身は威嚇がデフォルト装備のポメラニアンかなにかであるから。
「外を出歩く際はお気を付けて。では、聖冬の祈りを楽しんでくださいね。デュオニスさん」
「うん。今日はもう夜遅いし……薄暗闇を歩くのは避けるようにするよ……そっちも、気を付けてね」
不正金?それとも汚職金?なにと呼べばしっくりくるかは分かりかねるが、ともかくそれを捻出していたであろう男を探すのには難航を極めた。
なにしろ、人が多い。魔素探知で探そうにも誰しも微弱に魔素を垂れ流しているものだから別のものに引っかかりやすい。かえって視界よりも煩雑に情報が入ってきて無駄である。
私が感じるやりにくさは別のところからも起因していた。原作ではオープンワールドである仕様上、他の領地にも足を踏み入れることができはしたが細かな法の違いまでは演出などされなかった。
簡単に言うと、ストーリーで全く関与することがなかったので、ジェレミア領のルールを知らないのだ。原作に無いこの展開に、私は戸惑っている。
史実から大きく展開をズラした女が言うことではないのは重々承知している。が、知らんもんは知らんのだ。クソ動きにくいことありゃしない。
「……索敵に特化した『転化』の恩恵を使いたいのですがねっ……!」
ここ最近私の足代わりになってくれるもの……カンタレラとかカンタレラとかカンタレラが挙がるが、その間運動はこれっぽっちも行っていなかった。
忘れているよね、きみたち。私はヒョロガリデカ女の運動不足である。普段走ったりしないのに、張り切って走ったものだから……青白いを通り越して、緑一色に染まった私の顔が想像できるだろうか。
葡萄酒の色をした前髪が視界を覆うカーテンのように垂れ落ちて、私が今街ゆく人々にどう見られているのかを遮ってくれて大変助かる。いきなり道の真ん中で項垂れて、なんだこの女の人!?とざわついていると思う。泣きそう。
「あ……だめですこれ。呼吸……くるしっ……う゛ぇっ……」
四者四様、喜怒哀楽が入り交じっていたルシーラの屋敷から逃げた私だが、道中腹が減ったので露店にてパン粉で揚げ、団子状に串刺しにされた卵のフライを頬張っていた。
エレオノーラも大概食いしん坊だが、私もデカ女。日々生活するのにかなりの食費を要する燃費の悪さをしているのだ。んでもって、食ったのは脂物である。腹が痛くなるのは必然であった。
「胃もたれ……急に走り回るんじゃ、無かったっ……!」
一歩進んで二歩……いや、体感一万歩くらい下がった気分だ。安請け合いした過去の自分を殴りたい。ラウラならこんなの全部ちょちょいのちょいだっただろ、ふざけるな。
「だ、だいじょうぶかい?……ええっと、持ち合わせの薬とかは無いから……はい、ハンカチ。これで口を押さえて?気休め程度にしかならないだろうけど……」
立ち往生(生理的不調)をしている私に、ナヨっちいが優しそうな青年の声がかかる。見上げるとそこにはつい先ほど別れの挨拶をしたデュオニスがいた。なーんでここにいるんだこのへなちょこ騎士は!
領民である男衆の一人が「おい、あの人って……デュオニス様じゃないか?」と騒ぎだした。また、女衆は誰とは明言しないものの、赤らめた顔を手で覆い、傍にいる同性の友人たちと色めき立っている。
そこから波及して、デュオニスを知らない観光客などが一斉に彼の顔を拝もうと輪を形成し、なし崩し的になっさけない姿の私までその輪の中心に居る羽目になった。
「……あはは。僕そんな有名人だっけなぁ?この領土を任されてから……凄いことをした覚えは無いんだけど」
「うっぷ……あー、気持ち悪い。ケリュドアナの果てで暮らす遊牧民を領民として迎え入れ、他領には無い特産品の貿易を唯一可能にしたのは、デュオニスさんの話術によるものでしょう」
探知による男の捜索は無駄と言わざるを得なかったが、副産物もあった。屋台の店主と喋っている軽薄そうな男の会話。聞いてるだけで胸焼けしそうなほどお熱いカップルのピロートーク。
そこから少しずつ出没する『我らが領主、デュオニス』についての話題。騎士らしくない騎士という悪評が耳に届くということは、一定数彼のことを支持している者がいなければ成り立たない事象だ。
よくある諺、火のないところに煙は立たないと言うようにね。つまり彼は十分に人気者で、私にとってはそれがいい迷惑なほど人を集めるだけの理由になった。故に優しくされておいてなんだが、私はキレかけ寸前だったりする。
「あー……それは、遊牧民の長さんが大変話の分かる好々爺であったからでぇ」
「ちょっと気分が優れないので口が悪くなりますね。はいはい、謙遜もお上手なようでこのへっぽこ騎士!……逃亡者の捜索にこの人集りは少々不味いので────翔びますよ」
白い翼を生やして空を翔んだ女……酒の肴には持ってこいな奇談だろうが、まあ聖冬の祈りの期間だ、んな不思議なこともあるだろうと人々は納得してくれることだろう。
「って、なんで僕までぇぇっ!?」
「領民に私との関係について質問責めされたいのならば今からでもあの場に置いていきますが?」
よし黙った。そうだよな、面倒だよな?どうせああいうヤツらはこっちがいくら真実を告げたって邪推して「ジェレミア家の貴公子、贔屓の愛人か!?」とかゴシップでくっつけたがるんだ。んなの相手にするだけ無駄でしょ。
「ああ、確認ですが。ジェレミア領には『空を翔んではいけない』といった法はございますか?」
「翔ぶやつがいるなんて想定してないから、無いに……決まってるだろぉぉぉ!?!?
…………っはぁ!! なんでいきなり急降下したんだい!?」
なんで急降下したか?逃亡した男の背が見えたからで……その上彼の仲間だろう集団も視線の先、かなりの数たむろしていたからである。
男一人しょっぴくだけで済めば良かったのに、こうなると関連組織を潰さないと足が付きそうなところまで来て、本当に憂鬱だ。巻き込まれ体質なのか?つくづく運が悪いというか、間の悪い女よな……レア・オルテンシア。
「帰ってくるのが遅かったね。なにか問題でもあったのかい?」
「……いいや、つつがなく取引は成功したさ。それに、取引自体が成功していても失敗していても、さして
「ボスが言うにはね。……ペルセイア領に不穏を届けられたら、種は撒き終えたようなものだとさ」
二言三言交わしたのちに、女に案内され建物の奥へ入っていく逃亡者。取り引き相手を馬鹿にしていたあの態度はそも、男が言ったように悪事らしい悪事を演出するのにうってつけのモブだったというわけか。
ここの立地は喧騒から離れ、人数も割れている以上、魔法での盗聴がしやすくて助かる。まさに隠れ家、悪人どものアジトって感じだ。ジェレミア領の人間じゃない私はかるーく感想を吐けるが、隣のデュオニスは気が気じゃないらしい。
「うっそだろぉ……僕の領地でこんな悪党がのさばってたの?どうしよう、領主としての自信無くしそうなんだけど……とほほ」
「ジェレミア領の各種事業と癒着する前に発覚できてよかったじゃないですか。ともすれば、今ここで潰しておけばデュオニスさん、あなたの手柄ですよ」
「僕の手柄ぁ!?いやいや、無理無理!弱っちくてそんなの嘘だってすぐ皆にバレちゃうよ!」
あー……せっかく小声で喋ってたってのに。このオーバーリアクション弱男がぁ……!声が小さくてもその大袈裟な身振り手振りで後ろの木箱が崩れてんだよな。徹底的にバレるための極意を習得でもしてんのか?こいつは。
「……ん?今なにか音がしたね。……そこのお前ら!外に行って確かめてきな!」
「ハッ、お前の気のせいだろ。……冗談だろ、リコリッタ。だからその刃物をしまえって……ったく」
「くそが!可愛げのねー女だよ、おめーは!わかったよ、行ってやるよ!」
……ん?この感じ、魔法による探知ができる者が相手に居ないのか?ならばこの状況は好都合だ。外へと哨戒に出てきたのは二人。中の建物にはリコリッタと呼ばれた女と逃亡者の男、そして最後にリコリッタの用心棒のような大男の三人。
────これは千載一遇のチャンスだ。
「外に出てきた二人はデュオニスさんに任せますね。私はこの分断に乗じて中のほうを叩きます」
「えっ、ええ!? ちょっと待っておくれよ、僕あの二人に勝てそうに……って行っちゃった……!」
「しかしまあ……特異点って呼ばれてる割には、随分と隙だらけだなぁ。あれなら簡単に壊せそうだ。どうやって壊してやろうかな?聖女レア・オルテンシア…………」