隠れ家の屋内は二階が存在しない分奥に広く、縦に狭い構造だった。配置された家具や積み重なった木箱に背を隠して、さながらスニーキングゲームのような緊迫感を楽しんでいる今日この頃の私である。
後ろで情けなく訴えを起こしていたデュオニスだったが、あれから外の二人が戻ってくる様子が無いために、なんだかんだ言いつつちゃんと相手取って時間を稼げていると見ていいだろう。
問題は私の方……警戒心の強いリコリッタと呼ばれる女の、隙の無さだ。デュオニスの大声からずっとと言っていいほど、逃亡者の男と用心棒の男を目に届く範囲に置いている。
こいつは理解している。単独で動くことは相手がどんな素性であるか知らない以上、悪手であると。自信過剰な精鋭よりも、こういった小心者の雑兵のほうがやりにくい。
「まったく、めんどくさいことこの上ない……!」
リコリッタたちは何があっても動かない。一向に帰ってこない仲間の二人に苛立ちを滲ませているが、言ってしまえばそれのみ。先手をわざと私に委ねて、後手で徹底的に対応するつもりなのだろう。
真っ正面から諸共吹き飛ばす、一人ずつスニークしてどうにか無力化する、外のデュオニスが勝つことに賭けて二人がかりで攻める。色々と方法は思い付くが……どれもイマイチ不確定性が拭いきれていない。
それは私の好みではないので、ちょっと洒落たやり方でいこう。勘違いしないで欲しいけど、戦いを遊びだと思ってはいないからね。しかしオサレ度ってのは大事なんだよ。
「リコリッタさん、で合っていますか?」
ここで私は奇襲をかけて1キルをするわけでもなく、譲られた先手とはいえファーストアタックのアドバンテージを消した。手を頭上にやることでね。
「……ああ、アタイの名前だよ。質問に答えた代わりに、今度はアタイの質問に答えてもらうよ」
「どうぞお構いなく。私は無力であることを証明できれば、なんだって答えますよ」
「アンタ……ボスの言ってた
その質問から、背筋に嫌な天啓が降りた。……十中八九、私のオサレ鎮圧法は成功に終わる。が、それではリコリッタにあることを訊くことができず、良くないことが起こると。
丹田の辺りがきゅっと引き締められるような痛みが走った。ストレス性の胃痛かもね。……んなバカなことを言っても気が紛らわせないくらいに、脳みそが警鐘を鳴らしている。
「特異点という名称を口にしたボスとやらは……何者ですか?」
「質問に質問で答えるんじゃないよ!! 失礼なやつだね、殺されたいのかい!?」
憤ったリコリッタは魔素を迸らせて私の頬を薄く裂いた。激情的だがその出力は凄まじく、屋内にあるもの全てが吹き飛んでしまっている。
特異点という単語はナルシアが最初私に向けて放ったものである。凡そあの時点からその意味のするところを理解はしていて、名称を口にするのは新人類の幹部だけだろうと思っていた。
どこの骨とも知らない小悪党からその言葉が出てきたものだから、焦った。訊き返してしまったのはそのせいである。冷静に対応を重ねて行った先、悪い天啓を回避することもできただろうに、大々的に失敗した。
「ああすいません。答えは『はい』で……もう和解は無理そうなので、倒されてください。聖杖!」
「……! 天井が、崩れてっ!?」
やっちまったことはもう取り返しつかないので、せめてもの足掻き、オサレに殲滅するとしよう。先手後手の話、あれって私が一人だっていう前提だったじゃん。
でもところがどっこい、私は実質
私の手から離れてすぐ、聖杖は大きく迂回するように外へと出た。私の命令を認証した瞬間、平屋である隠れ家の天井を突き破れるほどの距離と速度を確保したまま。
「特異点ッ……! アタイたちを騙したね!?」
「騙すなんて人聞きの悪い。あなた方が私を信じてくださったが故に招かれた……皆の助力あっての結果でしょう?」
この天井の崩落で三人の陣形に綻びが生まれる。リコリッタは纏っていた魔素を防御に充てねばならず、残り二人は出遅れたことにより聖杖と私に一撃を加える猶予を与えてしまった。
瓦礫を腕で防いだ用心棒の右脇腹にすかさず鋭いブローを打ち込み、逃亡者の男は聖杖による放射で壁際に叩き付ける。吐瀉物を吐き出しながら床に沈み込む音と、壁にひびの入る音がしたのが同時。
「……めちゃくちゃにしてくれたね、特異点」
「めちゃくちゃにできるから特異点なんです。あと、私にはレアという名前があるので、そちらで呼んでくださいな」
どう?オサレじゃない?リコリッタたちの囲むテーブルの上に突如舞い降りる聖杖。そこから瞬きも許さない速度での二タテ。
惜しいことしたなとは少し思ってる。リコリッタの魔素、随分と面白い色をしていた。緑の魔素に差し色がかかったような青の魔素。異なる二つの属性を行使……ではない。
二色が混ざりあってできる空色。肌を裂いた特性から察するに、固有の属性……風といったところだろうか。唯一性の高い、稀有な
ケリュドアナ陣営で実装されたキャラではないものの、なんかどんな性能なのかなって気になっちゃうよね。というか、実装済のキャラで出会ったのが未だラウラしかいないって方が不思議だが。
「これで……終いです」
リコリッタとはまたどこかで会う。そんな気がしてならない。名残惜しいが、こっちだってラウラの手伝いをしてんだ。その障害としてお前は邪魔なんだ。だから、倒されろ。
「────俺の部下に酷いことをしてくれるじゃないか」
正面から白の魔素をたっぷり込めたグーパンを、そして真後ろから聖杖による先っちょの突起による体当たりを喰らわそうとしたところ……燃え盛る炎の壁が私たちとリコリッタの間を阻んだ。
「ボ、ボス……!!」
「あなた……その異能……!【
魔法が出現した先、辿っていくとそこには燃え盛る太陽球を背に悠然と佇んでいる仮面の男がいた。たとえ赤属性の使い手であっても、龍緋がバカげた密度の赤の魔素持ちだとして、カルナは限りなく0に近い浪費で赤の魔素を扱える。
赤魔法という土俵では全ての数値が高水準。選択肢の多さと、最悪の結末を好む最低の性格が悪魔的ベストマッチを叩き出し……人々を大鏖殺するシリアルキラーが誕生する。
「やあ、お初にお目にかかるよ。特異点レア・オルテンシア。君もお察しの通り、俺は【太陽】本人じゃない。そうだね、さしずめ……俺は【太陽】の
「特異点。【太陽】によると、【世界】が恐れている『定められた運命を覆しかねない脅威』のことらしい」
「今のところ、俺に知らされている特異点は、三人。
一人は、君。君だけの白の魔素を使って、レヴナントを人に戻すことのできる聖女……こうして言葉にすると、彼らが君を恐れる理由がわかるよ。
もう一人は、龍緋。赤の魔素をふざけた方法で圧縮して更に濃い緋へと昇華させた、力によるイレギュラー。だから本当は
そして最後……俺は納得がいかないんだけど、ルシーラ。【恋人】の同化素体として選ばれるだけの潜在能力を秘め、その“魂”は新人類にも並び立つほどの強度……だってさ」
大層な演説の如く悠々自適に語り続ける、自称【太陽】の眷属。敵の話に傾聴し続けているほど私もアホじゃない。さっきから聖杖も用いた多角的な攻撃を展開して、ずっと追い込もうと必死に魔法を放っていた。
そのどれもが、児戯をあしらう様な簡単な手つきで蔑ろにされている。大した出力じゃない。しかし全て的確だ。放出された魔法のムラを見極めて、その部分に最小限の炎をミートしてかき消してくる。
「眷属ですって?カルナも顔負けのテクニックじゃないですか」
「……いや、俺はそこまで強くないよ。むしろ、弱くなってしまったのは君のほうさ、レア」
「……なにを言っているんですか?」
「さっきから心ここに在らず、って感じで雑な魔法ばかり。優秀な君だから気付いてる。それが君が目の前に集中できずにいる理由として妨げてる」
「黙ってください」
「…………目を背けてるのか、それとも向き合おうとしてるのか曖昧な態度はやめなよ。君は
「…………うるさいっ!!!!」
「……はは。ずっと瀟洒なやつだと思っていたけど、なんだぁ。そんな子供っぽい顔もできるんじゃないか」
リコリッタをさっさと仕留めようと焦っていた。なぜなら特異点と呼ばれた時点でこの隠れ家に私が留められたこと自体が罠だと薄々気付いていたからだ。
このしょーもないボヤ騒ぎは、ラウラと私をルシーラのいる屋敷から引き離すためのブラフでしかなかった。
いつから計画していた?どうして私が外に出ると分かった?なんでナルシアが私たちの庇護下に入ることを許した?
分かっている。最適解はうだうだ悩まずに目の前の敵をぶっ飛ばしてルシーラたちの元に駆けつけることだと。冷静な前世の私はそこまで辿り着いている。
枷となってしまっているのは、元の私……本来のレア・オルテンシアの精神だ。前世の四、五十ほどのおっさんと違って、まだ二十五しか生きてないうら若き乙女。
動揺している。今までなんだかんだ言って上手くいっていた事象、初めて他者に出し抜かれたことに。結果、もしやするとルシーラの屋敷にカルナが襲撃を仕掛けているかもしれないということに。
瑛璻やカンタレラ、今ならナルシアもいる。けれど……運が悪ければ誰かが死ぬ可能性だって……無いわけではない。
「君のしていることはとっても高尚だと思う。でも、俺も譲れないんだ。彼女のことを見てやらないケリュドアナを……ぐちゃぐちゃに壊してやらないといけない」
「幼稚な願望を垂れ流して、私の行く手を阻もうとしないで。あなたと私は違う。人々を脅かすあなたと、人々を信じる私を……一緒にしないで」
「……はあ。性善説ご苦労さま……ねえ、これはちょっとしたクエスチョンなんだけどさ。人々を信じるっていうのなら……俺の願いもまた叶えてくれはしないのかな?」
「…………っ」
激しく打ち付けていた私の白が、ブレる。涼しい顔をしたまま、ただその隙を突く【太陽】の眷属。針の穴を通すように、魔法の間を通り過ぎて彼の炎は私の左脚を燃やし焦がした。
「……やっぱり拍子抜けだなぁ。特異点と彼らは言ってるけど、君から返上してあげたら?不相応だ」
「忘れてない?私は本職は聖職者で、回復を生業としているってこと」
「忘れてないよ。……そうだ!君もなにか忘れてることがあるんじゃない?君の相手は俺だけじゃなく……この場に俺の愛しい愛しい部下がいたってこと」
彼のその一言と同時、私の心臓に空色の魔素による刃が突き立てられ……背から聴こえるリコリッタの声を最後に、意識が暗転した。