視点は変わり、レアと【太陽】の眷属の戦いの決着付近へと時間は遡る。
驚愕一色に顔を染めたレアが、胸から生えて出てきたかのようなリコリッタの魔素の刃が引き抜かれるまでを見つめ、崩れるように倒れ込んだ。
「……や、殺った。ボス、アタイ殺りましたよ!」
少女のように飛び跳ねて喜ぶリコリッタに、【太陽】の眷属は肩を竦めている。彼はその顔を聖冬の祈りの祭り屋台で買えるお面で隠しているため、表情を読み取ることができないが、恐らくは苦笑いをしている。
「助かったよ、リコリッタ。
数刻前のレアの戦闘スタイルを分析しても、そのあらゆる全てに対して齎された事象の頭のおかしさは際立っていた。
本人の持つ一線を画した素質もさることながら、それを十全に扱ってみせるバカげた目の良さ。どこにどう撃って、どれくらいの勢いならどのタイミングで当たるかというのを、視力と周辺視野の精度で補っている。
これで本職は魔法使いや魔法を用いた前衛ではなく、治癒や援護を主とする後衛なのだから意味がわからない。
【太陽】からの借り物の異能とはいえ、人ならざる赤の魔素が、白の魔素によって中和されかけていた。人外の持つ異能に並び立つほど効果の魔法?
なんだそれは。ふざけているにも程がある。
「……でもリコリッタ。ちょっとだけ、僕に嘘をついているね? 彼女を刺すとき……わざと身体の内側に刃をズラしたろ」
こんな化け物とは二度と戦いたくないな、と汗を拭って、リコリッタに視線を戻した【太陽】の眷属は、優しい柔らかな口調でもってリコリッタに指摘した。
リコリッタは気付かれるとは思っていたようで、隠し事がばれた、というようなばつの悪い顔ではなく……しかし、なにかを懺悔するかのような、告解し許しを乞うような態度でもって口を開いた。
「……こ、怖かったんです」
「……? 『怖かった』?」
「アタイが特異点を刺す一瞬……あいつの心臓あたり、そこが……妖しく昏い光が輝いたんだ。アタイの見間違いじゃなきゃ……こいつは……か、
「……へぇ? “魂”が露出しかけてた、ってことかな。その“魂”の欠け具合は、どれくらいだった?」
雰囲気は依然として穏やかではあるが、ほぼ命令と相違ないほどに矢継ぎ早に問い質してくる勢いに、必死に言葉を紡ごうとするリコリッタ。
レヴナントの等級を言葉にするだけなのに、身体を震わせて涙を目尻に溜めだしてしまっている様子から、並の等級でないことはもはや明白だった。
だが口にされなければ確証は取れない。【太陽】の眷属は言葉というものがそれだけ重いものであることを知っていた。
「こ、こんなの初めてだから……下手に刺激を与えちゃだめだとアタイは思って……わざと半殺しにしたんです。……あ、あいつはっ、あいつの等級は─────!」
リコリッタが恐怖を振り払って告げたそのレヴナントの等級を聞いた【太陽】の眷属。お面越しでも弧を描いて嗤っているのが分かるほど、不気味を纏ってくつくつと声を漏らしていた。
「ああ……そうなんだ。そうだったんだね、レア・オルテンシア……! なぁんだ、君……善性に染まりきった人間だと思ってたけど、全然僕と似た者同士じゃん」
彼はレアという女性が世界のためにどれだけ自分を犠牲にしたのか、その想像が容易についた。自らを使い潰し、そのことから目を背け続けた結果────。
今や彼女は「」級のレヴナントに成りかけている。【太陽】の眷属は心から歓喜した。彼もまた、この【太陽】の異能によって内側から灼かれる運命にある。これを同じと言わずしてなんと言うのだ。
「君は人類のために君を犠牲にして……僕はある一人のために僕を犠牲にする。違いは些細なものだ、立場が違ったら……君とは仲良くなれたのかもね」
気分の良くなった【太陽】の眷属は、恐怖で疲れ切っているリコリッタの肩に穏やかに手を乗せて、慰めた。
「君はよくやったよ、リコリッタ。彼女を生かしたのは正解だ。……最後にもう一つおつかいを任されてくれないかい。レアをゴミ溜めに捨ててきておくれ」
人類の守り手とも言える特異点、レア・オルテンシアが倒され、不在であることを知らない人々は呑気なもので、未だどんちゃん騒ぎを起こしている。
そもそも守ってくれなどと思っても、頼んでもいないのだろうが、まったくもって人々は愚かだと【太陽】の眷属は見下した。どのような存在であれ、何かの庇護下にいることは常である。
羊であれば、羊飼いに。酒場の看板娘ならば、店主の爺に。ケリュドアナの民であれば、領主に。その領主であれば、その国王に。
たったこれだけのことを、忘れている。そして踏みにじっている。だから、過去に捨て去った者どものことなど見もしない。知りもしない。
この聖冬の祈りが終われば、一度は沸き立った踊り子への感動や感謝さえ忘れてしまうのだろう。過去のものとして捨て去ってしまうのだろう。
「……ルシーラを、踏みにじらせるものか。彼女は、そう簡単に浪費されてはならない清い存在だ」
ジェレミア領から、ペルセイア領へ。たった一歩。境という境が無いこの国では容易に跨ぐことのできるもの。
それはあくまで身分に雁字搦めではない、何者でもない民たちの言葉だ。
「僕がこれをすると、騒ぎになるからね。……あと、煩い女どもがうじゃうじゃと湧くし」
「……待ってて、ルシーラ。今……行くから」
その仮面の下、美しい
「────お? やっと来たか。おせーから雑魚寝でもしようかと迷ってたトコだったぜ。 ま、レヴナントに睡眠とか必要ねーんだけどサ」
「屋敷の……使用人たちは?僕もお世話になった、いい人ばかりなんだ」
「んぁー、職務をクソ真面目に全うしようと、屋敷から俺を追い出そうとしてきたから……鬱陶しかったんで全員殺した。
けっこー雑に
「……そう、か。何かを成すには犠牲が付き物だものね、いいよ。あとで、墓を建てて献花を添えるから」
「ギャハハハハ!! 契約したときも思ったけどよォ、死ぬほどおセンチなその心、どーにかしとけよ!?
……おめーはもう善人ぶることなんてできねーくらいに落ちぶれた、大罪人なんだからサ」
【太陽】の眷属を小馬鹿にして、品の無い大笑いを響かせるは、
裏路地をたむろっていそうな軽薄な身なりをして、その背には女神像が自らの手の平に抜き取った心臓を持っている、背教的なタトゥーが彫られていた。
地毛なのか、大きなストレスによって脱色したのか定かではない白髪を逆立たせている。【太陽】の眷属に「ンな中見てーなら見てくれば?」と後ろの方に指差し、退屈そうにあくびをした。
屋内に足を運ぶと、弱い人々をどう
殺害が暇つぶしの一つになっている者の所業だ。これを行った後で、退屈で眠気が襲ってきたなんて冗談を言うのか?狂っている。自らの背に立っている人のカタチをしたナニカに、【太陽】の眷属は静かに戦慄する。
「……踊り子の、ルシーラは?」
「ルシー……ラ? ええっと、誰だっけ」
レアが人側に傾いた化け物だとするならば、【
だが、その化け物の眷属となった彼も十分に狂っていた。とうに自分が生きるか死ぬかなどに執着は無く、大事なのはルシーラの幸せで、そのためならばなんだって利用してやるという覚悟にあった。
故に、【太陽】の眷属は憤った。約束が違うではないかと。カルナに敵うわけがないと明白でありながら、喉元を食いちぎるくらいの勇敢は魅せてくれそうな気迫に満ちていた。
「あ゛〜〜……キレんなって、耳にキンキン響くからよ。 ……ええっと? ……そうだそうだ! 生かしとけって言われた女だよな」
「……ああ。安否確認を早くしてくれないか?彼女は無事なのか?」
「それがちょっと予想外でサ。 初めて見たときゃ、なんもかもに諦めくさってたしょーもねぇ木偶人形だと思ってたんだが……なんの心境の変化か、一丁前に抵抗してきやがったのヨ」
まるで楽しかった思い出を探るような、けれど誰かに言われなければ思い出すこともなかった些細なことを思い出すような、そんな軽さを声色に含むカルナ。
「最初はサァ、無傷で持ち帰ろうとしたんだけどな? あんまりにもじたばたウザかったから……持ち運びやすいように手足を消し飛ばしたんだワ!
……んで、なんでコイツ運んでんだっけ?つって忘れちまって……そこらへんの茂みン中に捨てた。ああ、だから……
カルナの言う
カルナの魔法によって断面を焼かれたことによって、鼻が曲がりそうなほど肉の焼け焦げた臭いが漂っていた。踊り子の命ともいえる手と足を消し飛ばす……それは屈辱以外の何物でもあるまい。
それでも
「ひゅっ……ひゅっ……。……ぁ、ありの……まま……ここで……。カンタ……レラ……アンタたちを……」
「────なあ、いつ僕が彼女を
「……おお、コワイコワイ! でもさぁ、俺からも一ついい? デュオニス……ジェレミアくん?」
面白い展開になってきたと退屈からその顔に好奇を滲ませたカルナ。ゆっくりと眷属の彼に近づいたかと思えば、彼の被っていた仮面を人差し指の爪で下から引っ掛けるように外し、その顔を晒した。
クルクルと仮面を器用に回しながら、露わになった正体……デュオニス・ジェレミアの怒りに満ちた顔を見て、昏い快感に背筋を震わせたカルナは、心底嬉しそうに仮面を燃やした。
「悪いけどサ、俺はアクマでもお前の『この国をぐちゃぐちゃしてやりたい』って願いに力を貸してやっただけナ?
……ルシーラとかいう女を助けろだとか、お前の言うことをぜーんぶ聞けなんて願い……ハナからされてねーんだワ」
「……っ、減らず口をっ!」
「────減らず口、ねぇ? そう言うなら試してみる? 多分俺、お前を殺すのに3秒もいらないけど……? イキがんなって、イケメンくん。まだやりたいことあんじゃねーの、なっ?」
俺としてはここで楽しく殺し合ってもイイんだけどネ?と、先に待つ顛末よりも今この時の狂乱に身を投じようとするカルナに、デュオニスはたじろいだ。
「……ちぃっ……!……クソっ!」
「うんうん。お利口クンで偉いじゃん〜! ほら、
物のように達磨状態のルシーラをデュオニスに放り投げるカルナ。酷い扱いに顔を顰めるが、舌戦でも、白兵戦でも敵わない相手だ。辺りに聞こえるほどの強い歯ぎしりをして、何も言わずカルナに背を向けて去っていくデュオニス。
「じゃあね〜、デュオニスくぅ〜ん! ……さぁて、そろそろ寝たフリして聞き耳立てるのやめてくんね? セ・ン・パ・イ?」
カルナの中では最も爽やかな笑顔でデュオニスを見送ったのち、悪戯な子供のドッキリを見破るように屋敷へと身体を翻した。
返事は無い。気色の悪いほど静寂に包まれた屋敷をニヤケ面で見上げて、カルナは待っていた。
「俺たち新人類の幹部はさぁ、大アルカナのタロットから
俺は19番目の【太陽】を。そしてセンパイ方は9番目の【隠者】と、6番目の【恋人】を授かった」
そちらから来ないのならば、俺から行こう。言外に伝わる悠々とした厚底の靴からなる足音が、屋敷のエントランスに響く。
「んで、新人類に加入した年季はこの大アルカナの順で分かる。例外として……【愚者】と【世界】は初期メンだから除かれるけどナ?」
階段を上り、廊下を渡って突き当たり。ドアを開けると、右の片耳を失い、更には左の肩口に大きな穴を空けてどくどくと血を垂れ流し、気絶している瑛璻が正面に見えた。
「カンタレラ……ナルシア。アンタたちは俺より古株だ。新参者のこんなカッスい襲撃で……くたばるほど
右手を見ると、まだ意識があるのかカルナを射殺さんとばかりに睨んで唸っているエレオノーラがいた。しかしカルナの異能によって顕現した太陽の柱で、肘と膝の付け根を壁に磔にされてしまっている。
「カァ……ルゥゥ……ナァァァ……!!!!」
「ギャハ!チビっ子が睨んでも吠えても怖くねーって!……お前は【
「ルシーラさんをっ……瑛璻さんをっ……! よくもおまえはぁっ!!!!」
エレオノーラの激昂が聞こえていないのか、それとも殺し合える相手ではないから興味を失っているのか、無視をしてキョロキョロと辺りを見回しているカルナ。
「あれぇ? あの二人もこの部屋に転がってるはずじゃなかったけ?どこに行ったんだ?おーい!出てこいってぇ」
「────ここだよ。お前の後ろさ、バカカルナ」
カンタレラの声に一瞬で反応したカルナが、振り向くことなく前へと縮地する。その勢いを用いて壁を足場としたカルナは、反発するように飛んで後ろ蹴りを放った。
「やっぱ寝たフリしてたんじゃねぇか!!!!」
「何言ってんの? 最初からボクらは寝たフリなんかしてねーっての」
合点のいっていないカルナだったが、蹴り出した足先がカンタレラの瞳すれすれに近付いたと同時、身体の感覚が思うように掴めなくなる症状に襲われたことでカンタレラの意図することを理解した。
「あ゛〜〜? 幻覚毒、かぁ!?」
狂った平衡感覚に戸惑っているカルナに相対して、エレオノーラと瑛璻の状況をチラと確認したカンタレラ。顔を歪めて、申し訳なさそうに目を伏せ、か細く「……ごめんっ」と呟く。
それから、幼げな顔立ちに似つかわしくないほどの青筋を浮かべて、およそ人が放出することのできない禍々しい緑の魔素で屋敷全体を覆った。
その威圧を受けたカルナは、視界も歪んでいるというのに殺意による感知で正確にカンタレラのいるところを割り出し、笑ってみせた。
「ふざけやがって……ぶっ殺してやる。こいよ、バカカルナ」
「イイねぇ……イイよ!その殺意と憎悪に満ちたその目ぇ!!!」
生きとし生けるものに死を齎す万象の毒と、神聖さによる傲慢で地に這う矮小を全て灼き尽くす恒星が衝突する。
一度火蓋が切られればただでは済まない。両者それを理解している。
「カルナ……あなた、楽しいことに気を取られすぎね。私のことを忘れては困るわ」
「……おまテメッ!?」
ただし、それは二者間が正々堂々とぶつかればの話である。突如としてバツッ!という鈍い音が鳴ったかと思えば、カルナの首が吹き飛んだ。
幻覚も切れかけ、旋回した視界に映ったのは、優雅にピルエットを披露したナルシアの魔造人形。お手玉のように転がるカルナの頭を冷ややかに見下ろすナルシア。
「こちらからもお返しするわ。私たちのこんな雀のような啄みで……死んでしまうほどあなたって