ボールのように転がるカルナの頭と、繋がっていないというのにカルナの意思を反映してカンタレラに向かって魔法を放つカルナの首から下の身体。
まさに人ならざる者だからこその芸当をしてみせるカルナだが、その真髄には破綻した性格とは裏腹のロスの無い魔素運用にあった。
人間が息を切らして放つレベルの特大規模の火球……もはや小さな隕石ともいえる魔法を、マッチの火を起こす程度の消費量で撃つカルナ。
それを涼しげに異能ではなく純粋な緑の魔素の物量で押し返して、手首を引っ掻いたカンタレラは、ぽたぽたと滴り落ちる血液から鴉を生み出して応戦していた。
現状脅威なのは軽口しか叩くことのできない頭部ではなく、切り離された首から下だと判断したナルシアは、すぐさま魔造人形によってカルナの頭部を踏み潰すことにする。
「私と“彼”が足払いをするわ」
「じゃ、ボクはこいつを細切れにすればいいってワケねッ!!」
そして、勝手が出来ぬようにカンタレラと挟み撃ちする形でカルナの身体に詰め寄ることにした。カンタレラもそれを一瞬で理解して、自傷から飛び散る血を鎌の形状へと変化させて連携を取る。
「いやぁ……そりゃ悪手でしょ」
喋る口もないというのに、場に響いたカルナの一言。カンタレラの鎌がカルナの身体を格子状の肉片にすると、それぞれが陽炎を纏ってとてつもない熱波を放った。
カルナが何をしでかすかを咄嗟に理解したカンタレラは、その血の鎌の形状を薄く広いものにして、気絶し倒れている瑛璻と磔にされて動けないエレオノーラを守るように覆った。
「────
熱波によって肌の表面を焼き焦がされ、大きく後退せざるを得なくなったカンタレラとナルシアは、一筋縄では死んでくれないカルナの厄介さに苛立ちと辟易をを顔に滲ませた。
「……さっきので死んどけよなぁ。めんどくさいなぁ、もう」
「
「……忘れかけてたけどボクらって腐っても埒外って評される晦級だしね。ていうかさ、ナルシアってその異能に名前とか無いの?」
「ええ、無いわ。“彼”は“彼”でしかないもの」
「……それ前から思ってたんだけど、多人数戦のときわっかりにくいよ。もっといい名前付けない?ボクの【被虐者の愛】みたいにさぁ」
「いいなぁ、ズルいズルい!! 和気あいあいと、俺も混ぜろやァ!!!」
「ぶふっ!! ……え〜!? 野外プレイが好みィ? カンタレラちゃんってば、オマセなんだからァ!」
「さっきから気持ち悪いんだよお前。あそこには
「……ハァ。腑抜けたなぁ、カンタレラセンパイ。昔はさぁ、もっとツンケンして可愛かったのにナ〜……」
「あの時は誰も信じれなかったからね。今は信じてもいいって思えるやつらに出会えたのさ」
カルナは折れた鼻から流れた自らの血を恍惚とした表情で見つめながら、カンタレラの内にある綻びを見つけた。カルナは最悪を好むシリアルキラーである。
物理的にめちゃくちゃにして殺すのにも快楽を覚えるが、精神を廃人同然になるまで追い込んで心を殺すのにも理解のあるハイブリッドキラーであった。
カルナは脳内思考から最速でカンタレラの内側をめちゃくちゃにできる道筋を弾き出した。全てに疑り深かったかつてのカンタレラならば、決して壊れるはずのない言葉を見出した。
「────嘘は良くないヨ? カンタレラ……センパイ?」
「…………あ?」
「信じてもいいって思えたんじゃなくて……昔は欠けてた父性が龍緋によって補われたから安定してるだけだろ、なァ?」
同時、カルナの背に神々しさが灯る太陽が顕現する。その陽光が持つ魔素が、カルナに擬似的な四つ手をもたらし……カンタレラの片腕を灼いて断ち斬った。
「お前はあの君主に懐いただけ。あの君主が信頼に足ると言ったから、特異点であるレアとその仲間に同行してるに過ぎない……」
カルナの異能が、断ち斬られた断面からの出血を塞ぐ。カンタレラの【被虐者の愛】は血を主な触媒として発動するために、異能はカルナの灼熱によって抑えられてしまった。
発動ができなかったために、カンタレラに咄嗟のラグが生じた。戦いに集中できれば、世迷言として聞き流すこともできた。もしくは近くにそれは詭弁だと言ってくれる友がいれば、あるいは。
この
「がっ……!? ……っ、離せぇ……!」
「要はサ。センパイって、まだ
「……んっ……かはっ……んんっ」
「────あれェ? 身体は正直って、やつかナ?
ッハハ、ギャハハハハハ!!!!」
四つ手を用いて、カンタレラの身体をまさぐるカルナ。生前、性的虐待児であったカンタレラは危機的状況における身体の防衛反応が麻痺していた。
本来は身体が硬直して発汗が激しくなるところを、実の父が首を吊るまで消費し尽くされた身体は男性性の象徴を受け入れる合図として認知してしまっていた。
気持ち良くなくても、気持ち良いと感じさせられる。本当はそう思っていないのに、身体が反応するからと真意を捻じ曲げられる。
そして、カルナは異能によって生まれた四つ手の一つに糸引く粘膜をカンタレラの目先に突きつけることで、心を折ろうとしていた。「お前は生まれついての売女である」と。
「う、うぅぅぅ……やめろっ、ボクは違う。ボクはそんなんじゃないっ……!!」
「反論弱いなぁ、カンタレラセンパイ!」
やがて両腕で顔を隠して、ひっくひっくと泣きじゃくるカンタレラ。龍緋との戦いの際は、レヴナントとしての精神性が強かったために狂気に満ちていたトラウマへの拒絶反応だった。
が、人間性を取り戻す日常に身を置いていたことで少女らしさを獲得したカンタレラは弱々しく震えるのみとなってしまった。
それが良いことなのか悪いことなのかは測りかねるが、この場においては事態を好転させる要因にはならなかった。
「おいおいおい……このままだと死んじまうヨ? いいのか?いいのかって聞いてんだカンタレラァ!! お願いだよぉ……もっと俺を楽しませてから死んでくれ、なァ〜〜!!」
「…………う、ぅぅぁぁ!!!!」
少女のように泣きじゃくるカンタレラの腕を強引に退かして、泣き腫らした顔を至近距離に拝もうとするカルナ。
その瞳はもうカンタレラを好敵手として見ておらず、最後にどれくらい楽しませてくれるか、といったことしか映し出してなかった。
精神を掻き乱されたカンタレラは胡乱な狙いで【被虐者の愛】を暴走させた。普段は鴉を象っている緑の魔素が、一意に定まらない奔流でカルナを襲う。
「えぇ……かっこ悪いよぉ……! 自分の幼稚性とかさァ、女性性とかをさァ?受容する、そんなオトナな部分を魅せてくれたりしないのかヨ〜!
ハァ……なら、もういいわ。レヴナントがガキ産めるか知らねーけど、二度と産めねえ身体にしてやるよ」
乱雑なカンタレラの攻撃を受けながら再生するカルナが、彼女の首根っこを掴んで立ち上がる。じたばたと藻掻くカンタレラを心底嗜虐に満ちた表情で眺めながら、四つ手の魔素を空いた腕へと集約させた。
「
その腕をカンタレラのへその緒あたりに宛てがったと思えば、そのままゆっくりとめり込ませるように貫いた。じゅう……と肉の焼ける音がして、血を流すことも許さない。
そして、人なら既にショック死でもしていそうなほどの激痛に見舞われても、カンタレラはレヴナントであることが悪い方向に働いて、死ぬことすら許されなかった。
「……ぎっ、────ぁぁぁっっ!?!!」
カンタレラは口元の端から泡を吹き出しながら、痛みに悶えて歯を食いしばった。悲鳴と言うには静かすぎて、しかしカルナの所業の悍ましさを十分に伝えるほどに凄惨な声を漏らした。
ナルシアは一連のカンタレラへの暴虐の限りを見て、身体が
新人類の中では面倒を見ていたほうだが、ここまでカンタレラに肩入れをしていたか?そうナルシアは自らに疑問を持った。
正直に言えば、雲龍の一件から上手くいかないだろうと諦めていた。【
全てに諦観していた。人の道を踏み外して数百年。化け物としての力を得ても、人の業に縛られてばかりで。
全てに辟易していた。本当の“彼”の元へと死して逢いに逝きたかったのに、こうして生き永らえてしまっていることに。
「
カンタレラがここまで善性に傾くとは思っていなかった。生来が無垢な少女であったばかりに、白いキャンパスのように吸収していく善への道。
ナルシアも、そちら側に足を踏み出したかった。いつも枷となっていたのは自分自身だった。なにを今さら?数々の少女を養分に生きて、改心するだと?……なんて。
「……善い人になりたいなんて思わないわ。けれど、あの子……カンタレラだけは、愚かでも善き道を歩んだっていいじゃない」
体裁の良い言葉で取り繕いはしない。これはある種の自己投影だ。ナルシアは面影を重ねた。「もしも、私も救われたなら」とカンタレラの今に。
なので、カンタレラには救われてもらわねばならない。
魔造人形……いいや、ナルシアにとっては比翼連理の恋人が優雅に舞う。それにつられてナルシアも、久々に軽やかな足取りでステップを踏んだ。
「異能の名前……ね。どうしましょうか、“彼”にピッタリな名前……」
次第に踊っていくと、男性の骨格をしていた魔造人形の外郭がボロボロと崩れ落ちていった。異能の進化……というより、それは偽っていたものが剥がれ落ちただけに過ぎなかった。
悍ましくあらゆる他人の部位を継ぎ接ぎにしていた容姿のちぐはぐさは消え去って、そこには美しいシルエットのバレリーナが存在していた。
美しい理想の“彼”を求めていたナルシアにとっては皮肉なことに、美醜に取り憑かれたものの本質を表しているようだった。
だが、もはや忠実に命令を聞く魔造人形ではなくなった。真の美しさと引き換えに、この人形は愚かしい自我を芽吹かせる。外見と内面は一致しない……それを雄弁に物語っているのが、今のナルシアの異能だった。
「────そうね。“彼”は……この世にいないのだわ。ならば、この人形は私自身でしょう。
なによりも醜く、
義憤に駆られ、家族と慕う少女を助けに参るはずなのに、ナルシアは心が解き放たれた気持ちでいっぱいだった。それは清涼感にも満ちて、胸の中心では少しの寂寥感も残っているようだった。
「お〜……やっぱ祭りってのは風情があるネ! そう思わない? カンタレラセンパイ。……あれ、聞こえてる? ギャハ、意識飛んでら」
カンタレラの腹から腕を引き抜いてから、ぽっかり空いた孔を覗き見るようにして、その孔から一望できるケリュドアナの夜景に感嘆しているカルナ。
思ったように壊せて満足だったのか、遊び飽きた玩具を投げ捨てるようにポイとカンタレラから手を放したカルナは、遊びつつも二度の失態を犯さないように警戒していたナルシア探しに意識をシフトした。
ナルシアは加入時期の背景も含めて、あまり魔法理論が発展していなかった古代の時代の元人間である。なので、魔素の操作は必然的に現代の魔法使いと比べれば荒く、感知しやすい部類にあった。
かつてのレアが言った、内包する魔素が新人類の中で一、二を争うほど多いという点もあってナルシアは隠密に向かないレヴナントであった。
カルナはどうせ簡単に見つかるだろうと高を
「……ハッ。同化を嫌がって逃げるモンだと思ってたよ、ナルシアセンパイ」
「──それって、デュオニス……って呼んでいたかしら。あの子を結局殺すってこと? 邪魔はしないと言ってたのに、酷いわね」
「うん、殺すヨ? だってそっちの方が面白いじゃん。 あいつを暴れさせるだけ暴れさせて……最高潮に混沌に満ちたトコで……ぱっくんちょ!……あぁ〜……やべっ、イきそ……」
「……くすっ、品性の欠片もなくてもはや尊敬すら覚えるわね。私はその子だけ拾えたら、あなたと荒事を起こす気はないのだけど……穏便に済ませる意思はあるかしら?」
そう述べたナルシアに、カルナは返事ではなく小規模の火球を放つことでアンサーをした。つまり、穏便は彼にとって論外らしかった。
その火球をどこからともなく顕現した魔造人形が無機物には勿体ないほどの美脚で弾き、霧散させた。命令を終えてもなお舞を続ける魔造人形を、そのままにしておくナルシア。
「……俺、もしかしてアンタの触れちゃいけないトコに触れちゃったかナ?」
「淑女に何でも問うのはマナーがなっていないわよ。それに、気付いていることをわざわざ訊くのも悪癖ね」
「ああ〜……ごめんネ? 俺ってばダメダメでさァ……だからサ、センパイのお仕置きぃ……欲しいんだけどナ〜?」
「────くすっ。荒事は得意じゃないけれど、いいわよ。あなたを完膚なきまでに叩き潰してあげましょう。この……【白鳥と黒鳥】で」