「……っはぁ!? 2vs1とか卑怯じゃない!? ナルシアセンパイィ!」
「あら、忘れてるみたいだけど。カンタレラがいたときはあなた、3vs1だったのよ」
屋敷内で行われた戦闘、ケリュドアナの外へスケールが広がっていく。祭りによる騒ぎとは別種の二つの殺気は、酒や往来の荒波に鈍麻した人々の頭に強い警鐘を鳴らした。
数回の攻防の末、建物の壁を突き破るようにして吹き飛ばされたカルナが、小洒落たバーのカウンターに背をぶつけることで制止した。
さて、この店には普段とは違う喧騒が肌に合わず、ゆっくりと聖冬の祈りの熱を嚥下しようとする者たちが集まっていた。
「おい、そこの兄ちゃん!?大丈夫か!」
本来はその静謐にバーテンダーの振るシェーカーが響くのみだったのだが、破壊音を携えて入店したカルナによって雰囲気は一変した。
驚愕するのも無理はない。バーテンダーは店内の器物損壊などより、割れたグラスやそこから溢れたワインで水浸しになったカルナを心配した。
「……冬国の酒は度数が強くて味がわっかんねぇナ」
頬に伝う酒を指で掬って舐めとると、不味そうな顔を隠すことなくそう評したカルナ。心配をそのままに、何やら外の人々の声色がおかしいことを察しだした店内。
その答え合わせは、カルナがしてくれた。破片による傷は無いかと近寄ったバーテンダーの頭をさりげなく鷲掴みにしたカルナは、酒の不味さの腹いせか、その異能でもって彼を一瞬にして炭へと変えた。
パラパラと砂ぼこりが崩れた石壁から舞う。その景色の先に、悠然と歩み寄るナルシアが見えた。
カンタレラと違って、獲得した微かな善性が育ちきっていないため、かつてバーテンダーであった成れの果ての炭を見ても怒りは湧いてこないようだった。
「……いやぁ、ドライだね。やっぱ愛しの“彼”以外は眼中に無いカンジ?」
「そんなことはないけれど……今さら私が命の尊さを説いても手遅れでしょうから。するべきことを、するだけ」
店内に波及する悲鳴と恐怖。それをBGMに、二人は凪いだ会話を繰り返す。
均衡を破ったのは店内から急ぎ出ようとする客たちの中に紛れ込んでいた【白鳥と黒鳥】だった。
しかしナルシアの魔素量による弊害か、カルナはすぐさまその両眼をぐりんと【白鳥と黒鳥】に移す。
「
壁にもたれかかっていたカルナは街への被害など一切考慮せず、人外染みた魔素を垂れ流しながら肉薄して、【白鳥と黒鳥】の付近にいた人間の一人を貫いてナルシアへと投げ飛ばした。
一瞬で命を摘まれたことによる感情の複雑が浮かんでいる死体が、膨張する魔素を伴ってナルシアを襲う。ナルシアと死体が触れ合う近さになればなるほど、カルナの品のない笑みが弧を描く。
「
(ナルシアの魔法は黄──つまり、力を司る魔素だ。近接戦闘しか能がねぇ分、容易に
カルナの魔法、『灼放』は物体に過剰に込めた魔素をオーバーフローさせることで周囲に灼熱をもたらす範囲魔法である。これは生物、無生物に関係なくカルナが魔素を込めたかに依存している。
本当はそこらに散ったガラス片でもできた芸当。悪辣なカルナはわざと人を弾として選んだ。その純度100%の悪意による攻撃は、ナルシアの微かな善性を
顔を顰め、わずかに遅れた反応によって、直撃を確信したカルナ。自律している可能性もある【白鳥と黒鳥】を無力化するため、意識をそちらに変え、振り向き直して魔法を放とうとするが……その姿が見当たらない。
「…………あ゛ぁ?」
「私が名付けた【
確かに顔面に当たるところを目撃したはずのナルシアが、優雅に語る。『灼放』は魔素による防御だとか、そういった生半可なことで防げる魔法ではない。
たとえ死人であるレヴナントでも、人化の状態であれば皮膚が焼け爛れるくらいの火力はあったはず。それこそ当たるところが顔面であれば、喉元も焼けていて喋るのも困難だろう。
「……うーん? 俺、バカだからぁ……由来とか知らないかもネェ……?」
「そう。なら、教えて差し上げましょう。
後方でなにやらうっとりした声色をしているナルシア。話半分に、カルナは異能を展開し始める。
背に浮かぶ太陽は【背教者】と呼ばれる魔法主体で戦うカルナのためのような補助異能である。
「白鳥はまだ何者も愛したことのない者から与えられる真実の愛によって呪いは解け────、
黒鳥はその真実の愛を奪うために存在する、舞台装置としての
限りなく魔法のロスが0に近いカルナの赤魔法。【背教者】はこのロスを「魔素ロス」という枠組みから外す。
消費されるはずの魔素が、0からより正の値へと……増えるのだ。魔法を使えば使うほど魔素が増えていく、無法の異能。
「
無尽蔵の変換装置。それがカルナの背にある太陽、【背教者】であった。四つ手の権限はそれによる恩恵である。これにより、最悪を好むこの男に、無数の選択肢が与えられた。
破壊の種類はなにも一つではない。壊し方は千差万別あるのだ。今この異能の顕現時、カルナはその体現者である。
「説明ご苦労サマ! でさ、二度目の死ぬ準備はできたかナァ!!」
四つ手に集まった倍々式に増幅した高魔素の火球が、四方から放たれる。熱気で揺らいでいたナルシアの姿に、黒鳥を模した魔造人形が重なった。
魔造人形の解除、及び再展開……その速さにカルナは冷や汗をかいた。本体を叩くのにちょこまか動く人形が邪魔だ。だが、その人形を無力化しようとすると解除されるときた。
面倒な異能────!!!!
「くすくす、お話はちゃんと聴くべきよ……? あなたのそのご立派な腕が、
黒鳥は優雅に舞い、その背にカルナの異能を模したかのような太陽を浮かべた。それから、その太陽によってヒラヒラと羽根のようしなやかに動く腕が四つになったではないか。
「あっはァ……!
「あなたの異能……便利よね。少ない元手でも、どんどん増殖する魔素。羨ましい、羨ましいって……黒鳥が欲しがってるみたいなの」
ナルシアの乳白色の瞳がカルナを捉える。そこには様々な感情が見受けられた。
「────もっと、
(…………あ〜〜、やっべぇ。これ俺、ピンチかもぉ……♡)
一方、ペルセイアの屋敷内。カルナの生み出した燃える柱などなんのことかと、自らの肘と膝に食い込み焼ける音を発しながら、身体を捩らせているエレオノーラ。
「動けッ……動けぇッ……!!!」
いつもの気の抜けるような言葉遣いは彼方に、殺意十分、憎悪十分といった風貌で下唇を血が出るほど噛み締めている。エレオノーラは【隠者】襲撃の際も、この【太陽】襲撃の際も役立たずであった。
それは彼女が一番に痛感していることであり、許せないことだった。怒りは痛みをかき消して、エレオノーラに怪力を与えた。両腕が折れ曲がっても、上体は前に突き出ることをやめない。
だがカルナの魔法はレヴナントのそれである。一人の少女にどうこうできる代物ではない。部屋に響く、獣のように荒く呼吸するエレオノーラの声。彼女から見て左、気絶している瑛璻だけしか、生者の気配はない。
自らが立たされている窮地、そこから弾き出される無力感。尚のこと怒りが胸の中を占め、エレオノーラの頭のどこかが、ぶちっと切れる音がした。
「────カルナァァ!!!!
よくもっ……よくもお前はぁっ!!!!」
決して赦してなるものか。エレオノーラはこの復讐の枷になる四肢が煩わしいと感じた。満足に動かせぬのなら、それを引き千切っても変わらないと思った。
ぎち……ぎち……と、柱の奥にある骨と肉と皮が抵抗をしている。脳もまた、それらを失うことは生命のリスクだと訴えかけていた。無意識に、込める力が弱まった。
「…………邪魔、しないでッ!!!!」
磔にされている場所からも察する通り、カルナの襲撃時、エレオノーラは扉に近い位置にいた。つまり、ルシーラが連れ去られる時に何をされたのかを最後まで目撃することができたのだ。
目に焼き付いて離れない。肩で担ぎあげられたルシーラが、それでも瞳に絶望を色付かせず、カルナの背中を短剣で刺そうとしていたこと。
羽虫が飛んで喧しい、そんな表情でもってルシーラの四肢を『灼放』で膨張させ、細かな肉の破片として飛び散らせたこと。
あの男が何千何万と切り刻んでもその罪を贖えないほど、万死に値すると、エレオノーラは知っている。
それに……ルシーラの苦しみに比べれば、肉のカタチを保ったまま千切れるなんて、よっぽど幸せなことだろうが。エレオノーラの覚悟は、生命維持の危険性程度では
「……ぐうっ! 這いずってでも、カルナに追いつく……!
今に待ってろ。わたしが、お前を殺すんだ……」
束の間の幸福を壊されたこと。
憧れのように強くなりたいと願ったこと。
彼女もまた、元はレヴナントであったこと。
丁寧に育んでいけば、エレオノーラという少女はその心に翳りを差さぬまま真っ当に強くなれただろう。しかし、彼女の極彩色に塗り潰せぬ黒が滲みはじめていた。
この不穏は、楽観視できるほど小さなものではない。廊下に線のように引かれた、肘から、そして膝から流れ出た血の道筋が……彼女の危うさを象徴しているようだった。
「っあ゛ーーー!!! あんの変態、ボクのことを散々
臍から鼠径部の辺りにかけ、成人男性の腕一つ分の孔を空けたまま、仰向けにケリュドアナの夜を眺めているカンタレラ。
人の姿をしているが、本質はそれとは大きくかけ離れているために、彼女に空いた孔はじくじくと傷口が癒えていく。
悔しさが口いっぱいに広がる。散々いいように身体を弄ばれたからではない。カンタレラは言い返せなかった。まだまだ人類捨てたもんじゃないと、そう思えた者たちが
「──っ、ちくしょうっ。 なにが『龍緋がイイやつ認定したから着いていってるだけ』だ。
ボクはレアの底抜けに優しいとこだって、エレオノーラのバカ真面目なとこだって、瑛璻の気配り上手なとこだって……ぜんぶ、ぜんぶ知ってるっていうのに……!」
咄嗟にそう言えなかった自分に、カンタレラは腹が立った。悔しくて悔しくて、涙で夜空が滲んでいく。自分が大切にしているものを、何も知らない不埒者に荒らされて今にも泣き喚き出す、幼子の気分だった。
「……はぁ、傷心してる暇なんかないんだぜー……? なぁ、カンタレラぁー……?
早いとこナルシアんとこ合流して、エレオノーラたちを治してあげなきゃなんだからさぁ……」
そうは言っても、嫌なことをされたあとの後味の悪さといったら堪らない。すべきことはとうに分かっているのだが、どうしても活力を削がれた。
仲間を蔑ろにしているのではない。大切にしたい仲間の元へ駆けつけられないほど、軽々しい口調とは裏腹に内心は傷つけられていた。
昔のボクなら、これですぐに殻に閉じ篭っちゃって、心の中は不信に満ち溢れてただろうな。しかし今となっては、ここまでされても“魂”が欠ける気配がないことにカンタレラは乾いた笑いが漏れた。
「────カン、タレラ!」
そこに、カンタレラという化け物の心を人に戻したきっかけの一人が訪れた。首だけを声のする方へ傾け、その様相に驚きを隠せないカンタレラ。
「…………おまっ、その腕と脚……!」
「あぁ……よかった。 まだ運が味方してくれてる……カンタレラ、わたしのこの腕と脚を治療してほしい。
────わたしが、あのクズを殺すために、必要なことだから」