「……なんで私が見ず知らずのやべー女の人の道案内を……! しかもケリュドアナの頭上、ありゃ霊廟域の靄じゃない!? ……ああ、行きたくない、行きたくないぃ……!」
ぶつくさと私の前を歩くクソデカバックパック女。逃げられても困るので名前を脅……控えさせてもらったところ、ケリュドアナの北端にある領で古物商を経営しているアンナというらしい。
というか何だかこうして私が語るの、久しぶりじゃないか?……え?時間にしてまだ数時間ほどしか経過していない?そんでもってこちら側に話しかけてくんな?
おいおい、今さらだろ。答えを言わないカス出題者とかいう悪ノリをしている時点で。冷静に考えたら客観的に見て私のこれってあたおかだよな。イマジナリーフレンドじゃん、実質君ら。
「ころころ表情が変わって、顔の筋肉に良さそうなマッサージですねえ」
「……お?喧嘩か?喧嘩すんのか!?」
おもろ。バックパックがぐるん!!つって死ぬほど揺れてる。目も血走ってるし、血の気の多いこと。あれみたいですよね、見た目は愛くるしいのに中身ヤンキーな犬。あっ思い出した!ポメラニアンだ!
前世においてペットというのにあまり良い思い出が無いが、素晴らしきかな相手は中々タフな人間である。少しくらい小突いたって死にはしないところが良いところ。イジりがい……もとい、お話しがいがあるというものだ!
いやまぁ、いとこのペットはポメラニアンではなかったが。チワワも似たようなもんだろ内面。だから噛まれたのかな……思春期の多感な時節、色恋でなくいとこのペットに噛まれたことで初の涙を濡らした思い出は今でも鮮明である。
「あはは。……しかし、ケリュドアナにこんなゴミ溜めがあったなんて知りませんでしたよ」
「あんたやっぱ外の人?……どーりで身なりがケリュドアナ人のもんじゃないと思った。
……そりゃ、綺麗なことばかりじゃ国なんてものはできてないよ。そこにケリュドアナに暮らすやつらの『真新しいもの』に目移りしがちな悪癖が乗っかりゃ……見ての通りさ」
真新しいものに目移りしがち、ね。同じようなニュアンスを現代の踊り子であり、ペルセイア当主の養妹であるルシーラからも聞いた覚えがあるな。
たしか……古くから根付いていた民族的な習性を、英雄譚の更新という部分に昇華したことによってケリュドアナの人間にあった視野狭窄をルシーラは嫌っていたな。
だからルシーラは義理の祖父がケリュドアナに生きていた証がラウラという新しい英雄によって消えていくことを嘆いていたのだし。
前世的なところで言えばドパガキってとこか?ケリュドアナの人間的にはこういうことだろう。「それさっきも見たし飽きたわ。次の面白いミームない?」と。ふは、置き換えた先が悪すぎてどうにもクソガキじみてんな!
これにより古きものを大切にする心を忘れ積み重ねた集大成がこのゴミ溜めということだろう。なるほどこの場所の成り立ちは理解できた。ただまだ一つ謎が残る。
「そんなゴミ溜めに、商人の端くれでもあろうアンナさんは……何の御用があって足を運んでいるのですかね?」
今の私は全てが上手くいかなくてやけっぱちモードである。当然、コミュニケーションもやけっぱち。人類全員と仲良くなるなんてこたぁ土台無理な話だ。だから道すがら拉致ったこのアンナに嫌われても……うーん、ちょっと不服かもな。
「古物商って名の通りだよ。私はまだ使い道のある物をゴミとは定めたくないの。
……例えばこれ。綺麗な装飾があしらわれた、硝子細工のアルコールランプ。オイルは揮発してもう空だし、火を灯すための芯はグズグズで取り替えないといけない」
自ら拾っておいてボロクソに批評するアンナだが、その顔は宝物を紹介する幼子のようである。……ふむ、リアクションがおもろいだけの一般人かと思えば……存外、その奥にある“魂”もおもしろそうな人物ではないか。
「でも、光に当てるとね?硝子に装飾された模様がキラキラと輝いて綺麗なんだ……! こんな素敵な物が、もう飽きたってその一言で捨てられるなんて、ちょーもったいないでしょ!?」
「……ふふ、たしかに? ちょーもったいない!ですね」
「真似すんな!……なにその『背伸びして可愛いでちゅね〜』みたいな歳下を見る顔は!!」
「実際私のほうが歳上ですよ?」
「そーいう話じゃないっ!」
んん〜、心が癒されるぅ〜!人の善なるところというか、真っ直ぐな心の清らかさを直接摂取すると健康に良いな。アンナとやらはルシーラと気が合いそうだ。
現状はアホほどこちら側にとって不穏極まりないことは視界の端に置いておくとして、色々厄介事が終わったら友達の少ない彼女に紹介でもしてやるとしよう。
つまり、アンナには申し訳ないが拉致はしばらくの間長期的決定となってしまったわけだ。
どんまい、アンナ!どうせ古物商はどこでも開けるだろ、暇そうだし!あ?ノンデリ?龍緋よかマシだろ。
どうやらゴミ溜めはケリュドアナの領外にあるらしく、整備のなされていないあぜ道を中々の時間歩くこととなった。自分の背丈の倍はあるだろうバックパックを常に背負っているアンナは余裕綽々といった様子。
私?ああ、私?そりゃあ……ねえ?揚げ物食ってすぐ腹壊すような女ですよ。市民マラソンとかでさ、お水を置いてくれてたりする中継地点、あるじゃない。
「す、すびばぜん……うっ……お゛ろろろろ!!!」
「これで何回目よ……うわぁ、後ろの木の根元に等間隔でゲロが落ちてる……」
さながら私は逆補給所。自治体に強制参加させられたにも関わらず、嫌な顔一つせずにお水を配る綺麗なお姉さん……の、ゲロ版。最後の一言さえなければなんか良さげでしょ?でもゲロ版だから。
皆さん熱中症気をつけてくださいね〜!あら〜!ミミズさんたら元気にうねうねしちゃって!干からびちゃっても知らないですからね〜?そんな老いを知らないミミズさんには、サービス(ゲロ)しちゃいますから♡
「…………は゛ぁ゛。 一生分の胃液を吐いた気分」
「大袈裟すぎない……? あとさ、言いそびれてたけど……通算7ゲロ目で領の境に着いたよ」
「なら、さっさと入っちゃいましょう。 霊廟域は外から侵入してくる生物に対してなんのペナルティも課しませんから」
雲龍僧兵隊だとか、ケリュドアナの十二騎士のように積極的に鎮圧にあたる人物以外、たまたま居合わせた場所が霊廟域にならない限り、外部から侵入するなんてことは当たり前だがするわけがない。
だから、この性質を知っているものは少ない。霊廟域は基本的に入る分には無害である。
「……霊廟域は不確定性の温床、って聞いたことがあるんだけど。なんで生物が入ることが許されてるのよ」
「巣の中に勝手に栄養価の高い餌が入ってくれるのに、それを拒む捕食者がいますか?
霊廟域の核とされる魔素溜まりはより多くの魔素を求めています。人間は大小様々であれど、魔素をその身体に有していて豊富な餌なのですよ」
しかし、出るのにはかなりの労力がいる。当然アンナの言うように外部と内部では魔素の濃度が違うために、無闇に脱出しようとした人間が霊廟域内では基準値を測定できていた体内魔素濃度を一瞬の内に上昇させ、突如レヴナント化した、なんて事例もある。
だから霊廟域に入る目的がある組織は入り口付近に仮設休憩地点とかを作るわけだ。何かあった時のための保険だったり、無事帰ってきた兵士のバイタルチェックをできるように。
時折、バカみてぇに人間にしては保有する魔素が多いやつらがいて、そういう例外は霊廟域内外の影響を受けなかったりする。実例で言うと私ことレア・オルテンシアとか雲龍君主龍緋とか。恐らくは妹の芽龍も同様だろう。
「……とは言いましたけど、私もこの規模感の霊廟域はちょっと入りたくないですねぇ」
なにこの大きさ。ケリュドアナを丸ごと一つ覆い尽くせるほどの霊廟域って聞いたことないぞ。原作『冥魂』でもんな横暴してないし。これあれだよなぁ、原作崩壊させたシワ寄せが来てんなぁ。
原作二章のラスボスはルシーラに身体を乗り換えて、過去最高の“魂”のポテンシャルを得た【恋人】だったはずなんだけど……【恋人】と比較的関係性のあったカンタレラがこっち側に付いたもんで、なんだかぬるっとナルシアも味方についてしまった。
その結果がこれよ。【
「……っ、ねぇ! このままだとケリュドアナの人たち全員レヴナントに成っちゃうの!?」
「成りますよ。霊廟域を生み出した
「それは……いけ好かないやつらだけどダメだよ! 助ける方法とかないの!? せめて、レヴナントにまだ成ってない人を避難させるとかさ!!」
……なんか私が覚えていないだけでプレイアブル化していそうなくらい善良だなこの子。んでもって運が良い。たまたま会った不審者が私であったということ、なんかどこぞの神に感謝するといいよ。
「えぇ〜〜〜〜? 住民の避難だけでいいんですかぁ?」
「え、うわっウザ! なにその片眉の上げ方!」
「そんな、そんなこと言わなくてもっ……」
ツッコミ適正ありまくりでは?しかもあれだ、口の攻撃と書いて口撃力が高いタイプのツッコミだ。ヒョロガリ運動不足だけでなく、豆腐メンタル(ガチ)な私にはかなり効く!
「ああ、時間無いってのにいじけんなよめんどくさいなぁこの人! ……で!? 避難よりもいい方法があるってんなら教えてよ!」
よし来たそれを待ってました!私にしかできない芸当かつ私だから提案できる最善のプランを紹介しませう!
「思いっきり気合いでケリュドアナ全域を私の魔法で覆いますっ!」
「は?」
「……あれ?聞こえませんでした?思いっきり気合いでケリュ────」
「 は ? 」
怖いって。
まあ見てなって!ゴミの山の中に埋もれてるとことゲロ吐いてるとこしか見せてないから信用なんねーかもしれないけど!
ほっせー腕を袖捲りして晒して、ぶんぶんとやる気十分に振り回す。良いところ見せたいから肩が攣りかけてんのはポーカーフェイスで誤魔化す。クソいてぇ。
「シンプルに霊廟域へと足を踏み入れます」
「……? うん」
「霊廟域に二重膜を張るように魔素のドームを作ります」
「おい、ちょっと待て」
「このドーム内で常時魔素検知を行って死ぬ気でレヴナントと成ってしまった人を『転化』させて人に戻します」
「ちょっと待てって言ってんだろ」
「建物内とかは……
はい完成〜!思いっきり気合いでどうにかする霊廟域荒治療の出来上がりで〜い!
「だからちょっと待てって!」
「あ痛てっ!?」
コミカルに話したんじゃやってることの頭のおかしさは誤魔化せなかったか。肩の筋痙攣は騙せたのに!
ふざけてるのは本当にずっと心を痛めているレアの精神から目を逸らすためもあるけんども、そうはアンナは卸さないようで。問屋じゃなく。
「ねえ、レヴナントから人に戻すって言った? あんた何者!?」
「何者って……ゴミ溜めに捨てられるくらい価値の無い女ですがぁ!?」
「あ、逆ギレしやがったな!? なんだマジでこの女!」
アンナに一から十まで説明してるとエレオノーラたちのピンチに駆けつけることが叶わなくなってしまうので、煙に巻きつつ腰を掴んで跳躍する。
屋根から屋根を跳ぶように駆けて、魔素探知でとりわけ強い魔素を放っている存在の方へと向かう。
「〜〜〜〜! がぶっ!!」
「う゛っ……!? いったぁ!! なんで手を噛むんですかぁ!?」
「がじがじ……あんたが悪いやつじゃないのはなんとなくわかるけど……! 説明義務を果たさないのはむかつく!!」
「んなっ……こんのデカ鞄娘ぇ!!! 大人しくお縄につけぇ!!!」
バックパック置いていくと嫌がるだろうなって思って反対の肩で背負ってやってるというのになんたる仕打ち!歯型がついちゃったでしょーが!血も出てる!酷い!
アンナの原始的レア・オルテンシア急ブレーキによってよく分からん建物の屋根で立ち往生せざるを得なくなった私たち。
ガチ喧嘩始まるかといった一触即発の空気感が漂いだしたが、どうやら先客が居たらしく屋根友(#屋根の上を走る人と繋がりたい)を作ろうと話しかけてきた不埒者によって遮られた。
「……ああ、君か。僕らの足止めはしっかりと有効だったようだね」
「馴れ馴れしく話しかけないでくださいね。私は貴方のことが嫌いですので。【太陽】の眷属……いえ、デュオニス・ジェレミア」
不埒者の正体は、仮面を外して泣き腫らし隈を重ね憔悴しきった姿で振り向いたデュオニスであった。彼が膝枕をして看病らしきものをしているのは、四肢を無くして命の灯火が消えかけているルシーラ……もはや彼女の亡骸と言ってもいいものだった。
まあ設定崩れなきゃ勝ちか